俺もヒーローみたいになりたい
「良かったのか……?」
帰りの電車内。単調ではない不規則な動きに揺られ、時折下から突き上げられる感覚を座席越しに覚えながら白倉に問う。
「うん。だって、せっかく参加したのに嫌な気分で帰らせたくないでしょ?」
それも然りだが、問題は自分自身満足しているかだ。現に虚ろな表情がちらほら見える。
強気な姿勢は健在だが、本心の残念さを誤魔化す芝居もとい演技だろう。
途中いくらか道草は食ったが、七時間近くも大規模な範囲を電車と徒歩で回り切って、得たものは『無』。疲労だけが残って欲は満たされないまま。落ち込むのも自然な反応だ。
賢い選択だったのかその逆だったのか、今となってはただの思い出に過ぎない。
「なにずっと見てんのよ……」
「あ、や、その……お前が人に優しくする光景なんて想像付かなかったからさ……」
不満によって芽生えた怒りの矛先を完全に向けられる前に取り繕う。
窓の景色を見て頬をぽりぽり掻いて、と……俺のやり方古いな。
「あ~そうね。モッキーから見たら驚愕レベルよね。でも、アタシ一人でいる時はそれなりに他人に優しく接してるのよ。足腰悪そうな御婆さんの荷物持ってあげたり、道に迷ってる人助けたり」
「だったらどうしてその優しさを学校で披露しないんだ……?」
「立ち位置でのイメージが付いてるから」
またそれかい。
「あのさぁ……正直、白倉の中の『学校にいる自分像』ってどんなんなんだ?」
「礼儀知らず、我がまま、オタク嫌い」
ちゃんと自分考察できてやがる。オブラートに包めば面接時の自己PR困らなそうだ。
「どう。間違ってる部分ある?」
「いや、まったく……」
「でしょ。自分でも驚く適格っぷりよ」
半笑いに自虐し、足を組み始める。夕日の影響で照らされた黒いタイツが、一層色っぽく見えてしまう。。
「そんなイメージが突然壊れてみなさい。幻滅からの友情崩壊でシラクラ王国壊滅よ」
「別に全てがマイナスになると確定した訳じゃないだろ……?」
「けど、プラス維持って確固たる根拠も無いでしょ?」
会話の中でたまに出る的を射た発言に『う……』と言葉を詰まらせる。
だが俺も負けてばかりはいられない。トライ精神カモン。
「だけど、礼儀正しくするってのは寧ろ良い方向に壊れてくれるんじゃないのか。ほら、前は悪だったけど最近は大人しくなったとか、イメージプラスじゃんか」
「アタシは気味悪いと思うな~。腹の中で何か考えてそう」
必死な例えが感性の違いで亡き者にされた。そういう考えもあるのか。
「捉え方は人それぞれだけど、アタシがクラス内で急にしおらしくしたらプラスマイナスに別れるわよ。加えて、マイナス勢がいつもつるんでる人たちだったら敵に回ってさあ大変。先の未来も見通してモッキーはそう言ったのかな?」
「ごめんなさい……」
安直な意見がバッサバッサと細かく切られてサイコロステーキ状にされた。
お気楽な考えの全否定に無意識に謝罪を述べてしまう。
「ま、言ったところでする予定も無いし、卒業までアタシはこのキャラを貫くわ」
「徹底してるんだな……」
「もちよ。痛みを変えるには周りよりもまず自分が変わらなきゃ」
白倉の発言は決して正しいとは断言できないが間違ってもいない、ホント微妙なライン。
有言実行可能なら苦労もしないし、現状維持を望む者も多いと思う。
正しいと確信した行動ひとつで余計酷くなったらどうしようという、最悪な予想が邪魔してくるからだ。俺もその枠に収まってる訳だし、彼女の台詞は心を抉ってくれて痛い。
ショベルカーの免許でも持ってるのでしょうか……。
「と、ところでよ。仮に俺がファイル渡してなかったら、ど、どうしてたんだ?」
これ以上は夕日と連携して心も漆黒の闇に沈みそうだから、無理にでも話題を変えるしかない。だが特撮の話題で盛り上がるのは現況難しそうだから使用済みを掘り出していく。
「そうね~……渡してたかも」
ダメ下で垂らした釣り針に食い付いてもらえた。掘り出し物も時には役立つ。
「そ、そうなんだ……」
「だって、マジックも絶対そうするって思ったから」
すらっと口に出された意図に『へ?』とリアクションを取ってしまう。
「アタシ、もうとにかく〝マジック愛〟が止まらないのよ。一人でいる時に困っている人とか見掛けると『マジックならこうする!』って後押しもらって動くようにしてるの」
意気揚々と捲し立て、詳細を教えてくれた。
つまり、架空のキャラから物事を対処する勇気をもらうって意味……か。
非常に素晴らしい理念だが、出来る事ならアナタの真隣に現在進行形で困り果てている救助者がいるから助けてほしいです。唯一の問題点としては、助けを求めている相手が被害を与えている首謀者なのがとても厄介なところだけど。
「視聴してなかったら絶対有り得なかった。前までのアタシをとことん変えてくれた存在だから、マジックが大好きなのよ」
その変わった性格を学校面でも前に出してくれればどれだけ俺が憂鬱にならずに済むか。
恐らくまたイメージの話を蒸し返されるだろうから発言は控えよう。
「でも……」
「でも?」
「やっぱファイル欲しかった~……」
「おい、さっきの踏ん切りは何処行った……?」
バーンフォームの瞬間移動もびっくりな思考転換だ。
「だってだって~、こんだけ歩いたんだよ~。何も無いなんておかしいじゃ~ん!」
先ほどの俺を読唇術でもしたのか、次々と代弁してくれた。
組んでいた足をバタつかせ、さながら暇を持て余す小学生に似た暴れっぷりが醸し出される。これ以上は乗客の視線を集め兼ねず、また俺だけが辱めを受けてしまうから一旦落ち着かせよう。
「静かにしろって……」
「悔しいいいいぃぃぃぃっ!」
お、聞く耳持たずにヒートアップし始めたぞ。お主、三猿の聞か猿か?
なんて例えは捨てて、彼女を放っておくのは迷惑だし付添人としても申し訳ない。
こうなれば。
「白倉……」
「え、なに?」
よし、二度目は止まってくれた。さ、ここからだ。
「このあと、ウチ来れるか……?」
「…………ひぇ?」
要は、白倉薺はスタンプラリー特典の限定クリアファイルを欲している。
しかし非売品だから購入は不可。
一応買えるは買えるが、ネット中古でどの展示品も足下見られた高額請求だから奴らの懐を埋める真似は到底したくない。滅びろ転売ヤー。すまない口が滑った。
さて、気を取り直して。
脳内で議論を交わして出た結論に対し、彼女はどう反応を返してくれるのだろうか。
「は? な、なに急に誘ってんの!? こわ! モッキーまじキッモー!」
答えは、顔を真っ赤にして俺たちの乗る車両に丸々響く大声を上げて両手をばたつかせる、でした。
うん、しまった。端折り過ぎてしまったか。
▲▲▲
「渡したいモノがあるならハッキリ言えって~の。深読みして恥かいちゃったじゃない!」
改札口を出てから数分間沈黙した空気に、白倉が開口一番そう言い放った。
いかがわしい想像を勝手にしたのはそっちだろ……とツッコミを入れたかったが、理不尽な逆ギレを先読みして恒例のお口にチャックする。
石森家に続く帰路を辿りつつ『ごめん』と一言詫びを入れ、自宅のあるマンションに戻ってきた。エレベーターに乗り込んで七階に上がり、廊下を歩いて五号室前に着く。
鍵で解除してから玄関を開け、声を掛けるが返事はない。
この時間には珍しくリアが不在なのは気掛かりだが、却って好都合でもあった。
「良かった。家族全員留守みたいだ」
「ほ~。じゃアタシを連れ込むにはうってつけな環境ってワケね?」
「やめろってば……」
洒落にしろ、手籠めがご所望ならこちとら発情お盛んな男子高校生だからいつでもバーストモード化して襲えるが、生憎そんな勇気も根性も無い。
マスクド戦士に助力を頼めば、その瞬間にも全主人公たちが一斉に必殺キックを叩き付けてくるのは目に見えている。善人マジックも、トレードマークとしている平和の象徴ことピースサインを喜んで両目に突き刺してくるだろう。
「あはは、めんごめんご!」
はにかみながらお決まりの俗語を口にされる。真剣な話題の際は普通に『ごめん』と発言するから、どうやら『めんご』は調子付いた時にしか使わない様子だ。
彼女のちょっとした特徴を知っただけで、何故だか可愛げさを感じてしまった。
まあ、元から可愛いけど……ってそうじゃない。本題を忘れるところだった。
白倉を家に上がらせ、自室に招き入れる。マドカ以外に同年代の女子を誘ったのは実に初だが、特に目的が男女の色恋沙汰ではないため心は平穏を保っていた。
「ふぇ~……意外と綺麗にしてるんだね。予想はずれちゃった~」
一体どんな部屋を想像されていたのか。そこら辺の床に関連グッズが転がってると思ってた? 残念ながら家事男子の実力は本物だぞ。
振り向いてドヤ顔をかましたかったが、時間が限られているんだぞと語り掛けて思い留まる。机の引き出しを開け、目当てのモノを取り出した。
「で、渡したいモノって何?」
「ああ。はい、コレ」
俺は以前獲得した、特典のクリアファイルを差し出した。
「え、コレって……」
『渡したいモノがある』と言われたら安易に予想できると思ったが、唖然としてまじまじ見詰める状態の白倉を前に、察せていなかったかと悟る。
「今日一日頑張ったご褒美。俺からの努力賞だ」
「で、でもこれじゃあ、モッキーには何も残らないじゃん!」
「別に構わないって。また拝みたくなったらリアから借りれば済む話だし」
もっとも、その際は死を覚悟しなければならなくなるが。
時が来たら念のため遺書を用意してから挑戦しよう。
「ほ、ホントに良いの……?」
「いいよ。寧ろもらってくれ」
「あ、ありがとう……」
小さな声でお礼を言うと、嬉しそうにファイルを受け取ってくれた。
うきうきした感情を隠しているみたいだが、口元がむずむず動いてバレバレだ。
次第に我慢の呪いは解かれ、極限状態にまで口角が上がる。
オモチャを買ってもらった子供、あるいは三年前ノベルトの握手会で目にしたリアと母さんの変態的笑顔にそっくりだ。あれガチで気持ち悪かった。
「…………ッ!」
ついには照れに照れた顔をファイルで覆い、悶える。
これだけ喜んでくれるのなら、あげた俺としても気分が良い。
釣られて微笑んでしまいそうだ。
「ねぇ。ホントにモッキーってさ、どうしてこう優しくできるの……?」
下にスライドさせ、目元だけを露わにしてきた。
おまけに上目遣い、ハッピーセットでしょうか。
「どうしてって、そりゃあ……」
彼女の素朴な疑問に、一呼吸置いて答えを告げる。
「マジックみたいな存在に……なりたいと思ってるから……」
自らを犠牲にしてまで人の為に尽くすマジックは、優しさを全面に表している。
決して自己犠牲してる俺カッコイイと思っている訳ではないが、彼の生き様を真似たいと幼稚園の頃から心に刻んでいた。
「…………」
しかし直ぐにも正気を取り戻す。面と向かってなんちゅう事を抜かしてんだか……。
白倉が言う分には可愛げあるが、俺が言うとただの厨二病患者の発言にしか聞き取れない。下から徐々に〝恥ずかしさ〟の熱が登り、頭頂部に到達するまで五秒も要さなかった。
あー言っちまった。あー恥ずかしい。あー黒歴史できた。
笑われる覚悟、準備万端。さあ笑え。
「へ、へ~……そ、そうなんだ……」
だが意外。白倉は感激の眼差しで受け止めてくれた。
「じゃあ、モッキーも毎回『マジックならこうする』って思いながら行動してるんだね?」
「まあ、そうなるな……」
また無意識に頬をぽりぽり掻いてしまい、右を見据える。
やっぱ俺の直視の回避方法古いしダサいな。
「あ、案外アタシたち、気の合う同士なのかもね……」
クリアファイルを完全に下にスライドさせ、にっと綻ばせた口元を見せてきた。
「そう……なのかな」
本音を言うと、最悪な第一印象をきっかけに白倉とは一生気が合わないと決め付けていた。
それがふとした偶然で彼女の趣味嗜好が一致していると知り、躊躇こそあったがいざフタを開けてみれば共感できる部分が多く、以前よりも楽しみが増えた。
クラス内でのイメージ維持として、未だ俺への嫌がらせはやめれそうにないが、元からその気が無いのだとしたら、複雑な気持ちながらに我慢したほうが賢明な選択だと俺は思える。
今は辛いが、しぶとく生きていれば人生は大きく傾いてくれると次作の『テオス』も言ってくれていた。卒業までは頑張ろう、果てしなく遠いが、現目標はそれだ。
「ていうかさ、やっぱモッキーだけ何も無くなるのは可哀想だよ~」
「気にすんなって。寧ろほら、白倉のおかげでファイト・ライジングこんなに沢山手に入ったんだぞ。これだけでも充分な等価だよ」
しかも一番欲してたマジックのLR(レジェンドレア)が当たった時は発狂してしまうほど興奮した。店内スタッフに怒鳴り散らされたのちの経験は嘆かわしいけど。
「ううん、それじゃあアタシが納得できないの!」
頑なにお礼をしたいのか、尚も抵抗してくる。変なところ強情だな。
「じゃあ、今度逆にジュースでも奢ってくれ」
「え、そんなんで良いの?」
安く済んだのに疑問を持つのか。
「そんなんでって……何て言うと思ったんだ?」
「アタシの身体……」
まだそれ言うか。あと地味に頬を赤らめてもじもじするな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます