頑張って得たもの

 宇宙科学館にて、第六作目『マスクド戦士サヴィア』のスタンプを入手する。

 戦士自身のモチーフは〝蟷螂〟と〝雷撃〟で、本来は昆虫博物館に配置される予定であったが、俺と同じ境遇の〝訳有り勢〟が悲鳴の嵐を起こすと上層部から突き付けられ、急遽変更となったそうだ。


 余談であるが、石森爽真は虫全般が苦手です。はい……。


 しかし設定上〝他惑星の軍事兵器〟だったり、二つの形態を有する内の一つ『ミッションフォーム』に〝隕石〟の要素が含まれているなど、ある意味〝宇宙〟と関連付いている。

 ただ見た目からの接点が必要であると判断され、敵こと宇宙外生命体『エイリアン』のコンセプトを引き出そうという結論に至ったそうだ。

 証拠付けの一環か、あらかじめ用意された『どうしてサヴィアがここに?』という架空の質問に、『宇宙からの怪物エイリアンと戦ってるからだよ』と手書きのQAが貼られていた。


 まさに先手必勝。しかも無難で納得も付く。

 因みに運営側のツイートでは、裏設定を重視してファンを喜ばせたかったらしいが、インパクトに欠けると葛藤し続け、苦渋の決断を下したと非常に嘆いていたという。

 幅広い年齢層に向けたイベントにて、妥協も要する事実に同情を抱いてしまった。


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〝ゲーム〟と〝仮想世界〟をテーマにした第三作品目『マスクド戦士データ』の台は、大型ショッピングモール内の一角にあるゲームセンターコーナーと実に相性が良い。

 まあ本心としてはスマホアプリ【マスクド・オンライン・システム】を中心に物語が進行していくから、可能であればケータイショップコーナーを願望だった。

 だが〝ゲーム〟題材なのにゲームに因んでいなければそれこそ指摘は免れないだろし、仮に俺が企画者であればケータイショップ選択で反感を買ってぐうの音も出なかっただろう。


 実際、一作目のマジックと、二作目のテオスと比べ、機械音声によるシステマチックな戦闘描写が導入されたデータは根強い信者が多く蔓延っている。

 特に従来では多くても一作に三人しか登場しなかった『マスクド戦士』の数が、二十名近くと複数登場するのが本作最大の魅力だ。

 しかも端から協力体制には及ばず、全員が全員己の意のままに行動する欲深さも垣間見えたリアリティさも含まれている。ストーリーが進むに連れ共闘を望む者も現れ、チームを組んでの同時並行形式による戦士同士のバトルやレースゲーム要素が実に見所だ。


 そんな敵に回してはならない勢が散らばっているデータのスタンプを枠に収め、完了を決め込む。さて、お次は……と。


「モッキー! 【ファイト・ライジング】やりたい!」


 マップアプリで経路確認中、白倉の我が儘二回目が発動された。

 専用バーコードつきのカードを読み取らせる事で、描かれたキャラクターを反映させて活躍させるトレーディングカードアーケードゲーム、通称【ファイト・ライジング】に釘付けとなっている。俺もプレイはしたいが……。


「ダメだ、時間が無いんだぞ」

「え、だってここマジックのレア出易いって書いてあるよ?」

「なんだと!?」


 好きな者を前にすると消失してしまう。〝我慢〟とは弱い存在だ。


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 レアカードを引き当てるのに千円越えと三十分を費やしてしまった。

 リアと参加した時よりも出遅れているのは明らかだ。

 寄り道を避ける役割を持つ俺が一番取り乱してしまったのは、完全なる監督不行届。

 精神的な不安に煽られつつ、俺たちはペースを合わせて早足に向かう。


 次は九作目、〝祓魔師(エクソシスト)〟のデザインが組み込まれた『マスクド戦士エクシス』と繋がりのある教会だ。

 悪魔祓いを主題とし、人間に取り憑く『悪魔』をテーマに沿らせた内容構成から、マスクド戦士シリーズの中で残酷な描写がもっとも多いと評されている。


 人類を『おもちゃ』と称して弄ぶ悪魔の王、のちに終盤ラスボスとなる狂った言動が波紋を呼び、俺も背筋を凍らせた。

 過激な人体損傷やメンタル面に響く濃密ストーリーに人権無視も甚だしいと批判が相次いだが、一方で綺麗な劇中歌に美しさ溢れる甲冑が暗い物語と相まって根強いファンを生み出している。しかし俺はとにかく正視に耐えられず、断片的にしか記憶していない。


 反対にリアは澄ました顔で観ていたし、何だったら食事中も凝視していたから家族として複雑な気持ちになったのを思い出した。


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 エクシスの次に場所が近いのは、グロテスク枠仲間の第四作目『マスクド戦士ノイズ』。

 スタンプ台は大型家電量販店に据え付けられていて、二十分真っ直ぐ突き進めば到着する。


 作品概要としては〝殺意〟や〝人間の闇〟が主で接点が無いと思いがちだが、ノイズ本人が重厚感のあるメカニック戦士で、他にも携帯端末をベルトに差し込んでの変身が見もの。加えて電子機器を彷彿とさせる武器を駆使する点などで場所とイコールされている。


 見た目とアクションで魅了してくれるのは勿論なのだが、『人間は善い者、怪人は悪い者』なる固定観念を覆した現実味溢れる人間ドラマも魅力のひとつだ。

 元は人間であった怪人側にもドラマがあり、どの経緯から彼ら彼女らは進化してしまったのかを事細かく説明してくれる。戦闘描写よりも登場人物たちの織り成す内容をマドカは重視し、この上なく心が惹かれた作品だと唯一評価してくれた。


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 スタンプも残り二つ……。

 枠が埋まる毎に白倉は隣で心を弾ませ、跳ねる回数が増える。

 外見が完璧に中学生サイズであるから異様と感じられなかったのが幸い、つうか可愛い。

 ……と、危ない危ない。微笑んでる暇は無かったんだ。

 ノイズを押し終わった俺は直ぐにスマホを覗き、十作目でリアが五体投地にまで移る勢いの推し戦士『ノベルト』へのルートを把握しておく。


〝栞〟と〝小説〟をベースとした『マスクド戦士ノベルト』は、マジック~エクシスがそれぞれ存在した世界を巡り、本編最終話のその後や、劇中内で有耶無耶に流された伏線回収などで物語を完結させる役割を背負って奮闘する。

 主人公は読書好きで平凡そうと一見できるが、いざ喋り出したら毒舌だったりとギャップが激しく、妹はこのキャラクター性に心を打ち抜かれて惚れたそうだ。

 それまでマジックと同じ善人を理想の結婚相手と決めていたのに、急に変更されたのだから急なUターンも良い所。高速道路なら衝突ドミノよろしく連続大事故間違い無し。


 つうか、結婚自体お兄ちゃんは許しませんよ……。って、突然なにを思ってるんだ俺は。シスコン発言?

 いやあれだよ、実の妹だから大切なだけであって、可愛いから一生愛でていたいとかそういう訳じゃ決してないからね。

 だからって可愛くないとかそんなんでもないぞ。

 リアは可愛いからな、クッソ可愛いからな。

 以前気怠さ全開でリビングのソファーに寝そべった姿、あれめっちゃ悶絶したから。


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 最後に残されたマジックのスタンプ台が取り備えられているスポットは、日本の特撮ドラマを背負った作品たちが集結する『ヒーロー記念館』だ。


 長寿番組こと宇宙から来た巨大なヒーロー『ハイレベルマン』を始め、色分けされたスーツを武装して悪の組織と戦うチーム『ハイパー戦隊』、他にも子供たちを盛り上げてくれた数々のヒーローが展示され、一番若い枠として『マスクド戦士』が並べられている。


 無論、代表するのは俺らが憧れる『マスクド戦士マジック』だ。


 無慈悲な殺戮の恐怖に脅える人々の涙を見たくない為、高校二年生という多感な時期にあらゆる学校行事を捨て、主人公は戦いの渦に飛び込んでいった。

 体育祭、修学旅行、文化祭、どれも待ち望んでいた青春の一ページを暴力と悲しみで乗り越える姿は何度見ても泣ける。

 小さい頃、特別感情は奮い立たなかったが、中学時の再視聴で知った際は大号泣した。

 殴る感触は到底慣れないし好きにもなれない。それでも振るうしかなかった。


 ストーリー内では語られなかったが、常に仮面の下で涙を流しながら戦っていたそうだ。しかし表には出さず、話の通じない相手には実力行使で止めるしか方法はない。

 戦闘後は必ず悲しそうな表情が映され、例えジーペットという人の命を軽々しく奪う残忍な生き物でも、命を奪う行為に抵抗があるという彼の優しさが自然と伝わってくる。

 その反面、戦士マジックとして以降も戦い続けていかなければならない現実への残酷さも表現されている点から、見ていて本当に心が揺さぶられる。


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「はぁ~……ようやく集まった……!」


 白倉が腹の底から歓喜の声を上げる。

 興奮度をメーターに表せばもう少量で泣きそうな勢いだ。


「お疲れ。じゃ、交換しに行くか」

「うん!」


 現時刻は午後四時十九分。朝九時から開始された白倉とのスタンプラリーは、約七時間とちょっとで終点に着いた。

 考えてみれば昼食は城郭の茶屋のソフトクリーム一個だったし、凄い体力の持ちようだ。

 けど安心し切ったら空腹の音が。胃袋が背中とくっ付きそうだ。

 何だろう……無性にステーキ食べたいな。

 白倉も根を上げず最後まで頑張ったし、特典と交換したら夕食に誘ってみるか。


「すみません。交換お願いします!」


 双方が大好きなマジックを最後に選んだのは『ヒーロー記念館』に交換所が設けられているからだ。格別利口ではないが、中にはロマンで放送順番に集め回る猛者もいるし、台紙をここで貰ってから各地を巡り終えて戻ってくる人も参加している為、言うなれば二度手間になってしまう。

 過去、俺とリアも受け取った勢いから回ろうと当初は考えていたが、効率と体力を気にかけ翌日の日曜日をフルに活用して今日と同じルートで集めきった。

 ロマンと勢いも大切だが、効率もひとつの楽しみ方だ。


「やった~! ファイル、ゲットゲット~!」


 数時間前よりも激しく跳ね、さすがに今回のはくすくす笑われる要因となって付添人である俺も恥ずかしい感情が芽生えてきた。


「白倉、ちょっと一旦落ち着け……」

「え? あ、ごめん……」


 テンションに任せていた様子が見え見えで、注意を促された彼女も顔を真っ赤にして大人しく隅のほうにこそこそ隠れていった。

 陽は沈む一方で気温が低下してきているというのに体温の上昇は留まらず、服の隙間から蒸気が噴き出してくる。

 受け取ったら一刻も早く外に出る。RPG風に作戦を立てつつ、台紙をスタッフに見せた。

 実に二枚目となるクリアファイルだが、多いに越したことはない。

 さて、隅っこで『やっちまった』ポーズを取って後悔する白倉を連れてこなきゃ。


「え……無くなっちゃったんですか……?」


 早足に距離を詰めていくと、ボリュームを通常の十前後ほど上げた男声が後方から鳴り響いた。

 振り返ると、眼鏡をかけた成人男性が目を見開いて仰天している。後ろには大体小学三~四年生の女の子と、幼稚園ほどの男の子が、以上の情報量から親子だと捉えた。


「申し訳ございません。たった今在庫が切れてしまいました……」


 受付のお姉さんは心苦しい面持ちで頭を一回下げ、父親に詫び入れる。

 緊迫した空気に、何人かはクレームが発生するだろうと移動を始めた。

 俺もせっかく満足した時間を過ごせたのだから、嫌な気分の余韻が生まれる前に退館しようと固まってた足を動かす。


「……いえ、それなら仕方ありませんから。ありがとうございます……」


 だが、意外とあっさり諦めをつけてくれた。

 観察していた野次馬軍は、それはそれで面白くないと言いたげに溜め息を吐く。

 お前ら性格わる……。


「えぇ……ふぁいる、もらえないの……?」


 人間の闇を前に引いていると、屈んだ父親に女の子が頬を膨らませて文句を言い始めた。

 あれだけ長い道のりを通り、疲れたご褒美が無しなら出るのも当たり前か。


「ほ、ほじがっだ……!」


 お姉ちゃんの手を握る男の子が、涙ぐんだ声で本音を漏らす。

 のちの展開は安易に理解できる。世間一般でよく見掛ける、泣き声の大演奏だ。

 姉のほうも強気を保てていると見せ掛けてぽろぽろ滴を落としているし、館内に響き渡るのは時間の問題だろう。それを良しと思わない連中も現れる。

 だから少しでも和らげる、俺はそういった大胆な行動が少し得意だ。


「あの、良かったらこれどうぞ」


 踵を返し、親子との距離を縮めてファイルを差し出す。


「良いんですか……?」

「構いませんよ」


 変身者の『述宮峯飛』は常に笑顔を振り撒き、周囲を安心さてくれた。小恥ずかしいが、彼の堂々とした性格を見習って俺も笑顔で対応する。

 すると父親は『ありがとうございます……!』と素直に受け取ってくれた。多少上ずった声質から、心の底から感謝している状態なのだと生意気に悟る。

 ふと横に視線を動かすと、スタッフのお姉さんも緊張を緩めて俺に微笑みかけていた。

 姉弟からも可愛くお礼を言われ、注目の眼差しになった現状をこれ以上増やしたくないと早々に白倉の回収に取り掛かる。


「ほら、行くぞ……ッ!」

「ちょっと待って」

「は?」


 俺の思考とは真逆に、白倉も親子三人に接近しだした。


「あの、これ……どうぞ」


 ……あいつ、なにしてんだ。


「あの……え、一体……?」

「アタシのもあげます。二人に一枚より、二人に二枚のほうが良いと思うので」

「そんな、悪いですって!」


 父親が取り乱すも、隣の子供たちは貰える千パーセントの純粋な輝かしい眼を自動照準している。遠慮も大事だが、相手が言うなら受け取ったほうが正答。

 しばらく押し問答が繰り返されるか、先に父親が折れるか。果たして結果は―。


「良いから受け取ってください!」


 勝敗は、中々前に出ないお父さんに痺れを切らした白倉が無理矢理手渡してゲームセット。

 エゴのドッジボールか。


「ほらモッキー。行くよ!」

「うぇ?」


 手首をむんずと掴まれた俺は、拍子抜けした声を発してぽかんとする群衆に恥ずかしさを深く印象付けて退館してきてしまった。

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