怒る理由そこですか

「これで……四つ目……ッ!」


 かれこれスタートから三時間が経過。

 最寄り駅から徒歩四十五分掛けて到着した城郭前にて〝忍者〟をベースに構成された六作品目の戦士『忍火しのび』のスタンプを枠内に収めて押し込む。

 最寄り駅とは一体……という疑問はこの際無視する。

 だが歩き続けた代償はとても大きい。膝が絶賛ガクブルの爆笑中だ。


「な。時間掛かるし、疲れるだろ……?」

「そ、そうだね……」


 お、素直に共感してくれるか。

 元気溌剌な若者前後であれば余裕綽々な作り笑いで『まだまだ!』と誤魔化してくるのだが、白倉は元気の『げ』の字も消え失せた態度で衰退し切っていた。

 実際、これの前にも一時間近く足に頼って〝神様〟をモチーフにした二人目の戦士『テオス』の台が置かれてある神社に赴いたのだから、疲労が積もりに積もるのも当然だ。

 下手に電車賃をケチると、そういった弊害が生じるのも今回で学んでもらいたい。


「じゃ、駅に戻るぞ」

「うげ~、またあの道通るの~!?」


 子供のようなクレームが入った。

 不平不満を大声で出してくれたものだから、普通にお城を一目見ようと訪れた観光客数人から厳しい眼差しをもらう始末。物凄い圧力だ……。


「他に手段が無いんだから仕方ないだろ」

「それはそうだけど~……」


 お次は口を尖らせてきた。反抗期か何かか。

 文句を垂らしたい気持ちは分かるが、我がままを言ったところで問題は解決しない。

 加えて、複数で行動するなら冷静に対応する中心人物が必要となる。

 現状その役目を無理にでも担わなければならないのは、比較的俺だ。


「ねぇ、せめて一休みしていこうよ~!」


 バタバタと地団駄を踏まれ、一層視線が集まる。だけど折れない。時間が限られているから。


「そんな悠長は無いぞ。こうしてる間にも、一枚また一枚と特典は消費の意図を辿ってるんだ。休憩なんて以ての他。さ、行くぞ」

「ああ! ソフトクリーム売ってる」


 無視された。メンタルに相当なダメージが入ったぞ。

 白倉が指差す先には、観光客の休憩スペースには絶好の茶屋があった。

 ソフトクリーム看板が一際目立ち、俺も一瞬で胃袋を掴まれる。なんと恐ろしい絶大効果だ。


「モッキーも食べたいんじゃないの~?」

「いいや平気だね。ほら、行くぞ」


 確かに疲弊した身体に冷たい糖分を入れたらどれだけ美味いかと少し考えたが、時間が押しているのも事実。イベント終了が夕方五時だから、それまでにスタンプを全て集め切り、また電車で三十分か四十分も掛かる交換所に向かわなければ到底間に合わない。

 特典の数にも限りがあるだろうし、ギリギリだと残っているかも正直不安だ。

 だから一分一秒も無駄に出来ない。


「アタシは食べたいな~」


 けど絶賛アクシデント発生中。こいつ……人の気も知らないで。

 まあ、ひとまず落ち着こう。焦るあまり俺も苛々が溜まってきてしまっている。

 本来は否定意見を即選択したいが、駄々っ子全開の白倉は主張を譲歩しないはず。

 ここで押し問答をしてしまえば、それこそ時間が食われるのは目に見えている。

 誘惑に負けない信念を心掛けていたが、一度曲げてみる方向も取ってみるか。


「分かったよ。買ってきていいぞ……」

「え、ホント?」

「でも、歩きながら食べる事になるからな」


 悠長に時間を使っている暇は無い。

 一刻も早くスタンプを十個揃えて特典をゲットする、これが今最優先される目標だ。


「おけおけ。じゃ、行ってくるね~」


 ご褒美に有り付けると分かった途端に笑顔を綻ばせた白倉が、るんるんと上機嫌で茶屋に向かった。出来れば早く済ませてほしいが、急かすと喧嘩の原因にも成り得ると思い、待っているこの時間をスマホでしばし過ごす。

 あれだ、五分経ってもメニューに悩んでいるようだったら勝手に注文してやろ。


「モッキ~!」


 遠くからアダ名を叫ばれ、反応に抵抗を感じたが一応顔を上げる。『こっち来て!』と全力で表現した大きい手招きだ。


「なんなんだよ……ったく」


 アクションに従って歩を進ませ、茶屋に接近していく。徐々に甘い香りが漂い、口内の唾液が充満する。

 思わぬ事態に備えて金銭含め我慢しているのに、これは拷問だ。


「どうした?」

「モッキーは何味食べたいの?」

「……はい?」

「だ~か~ら、何が食べたいの?」

「えっと……抹茶」


 咄嗟に上のメニューを見て、注目度が高かった『人気ナンバー1』を選ぶ。


「おけおけ。じゃあ抹茶ソフト二つ!」


 初老の女性店員さんに、白倉がピースサインを向けた。

 え、なに……ひょっとして……奢ってくれるのか?

 そ、それならそうと早く言えよ。初めから一言教えてくれればもっと早く行かせたさ。

 しかもひとつ三百円だぁ!? うわマジかよ、これ無料でご馳走してもらえるのか。

 単なる生意気な我が儘っ子と認識してたけど、良い所もあるんだな。


「じゃあモッキー、会計シクヨロ~」


 前言撤回。〝図々しい〟も追加で。


 ▲▲▲


「美味しい~」

「そうだな……」


 抹茶の独特な風味と、クリーム特有の甘味が見事にベストマッチしている。

 時折涙の味もした。多分俺のだけ特別製だな。


「いや~、なんでああいう所のソフトクリームって無性に食べたくなるんだろ。不思議だよね~」

「俺としては奢らされたほうが不思議に思えるんだが……」


 歩行ペースを乱さない白倉より半歩下がり、とぼとぼ歩を進ませる。


「だってモッキー、アタシの財布でしょ?」

「それ学校内だけの設定じゃなかったのか……?」


 しかも堂々と公共の場で言わないでくれ。横切ったオバちゃんたちの慈愛に溢れた瞳に更なる涙腺崩壊が来そうだよ……。


「まあまあ、細かいこと気にしない気にしない。こうして糖分摂取出来たんだし、幸せを噛み締めないと」

「それ奢った側が言う台詞な」


 厚かましさに嘆息し、気を紛らわせようとクリームを口に運ぶ。

 減る量は俺のほうが若干速く、あと二口も食べればコーンに到着してしまう。

 疲労と不満と悲哀の極限状態でソフトクリームを食す速く減る……よぉく理解した。


「ねぇ、次ってどこ~?」

「え~っと、確か宇宙科学館だな。電車乗って二駅先にある」


 兄妹で巡った際もルートはこれが一番効率良かったし、順調と言えば順調だ。


「また電車乗るんだ……」

「諦めるか?」

「は?」


 足取りが止まり、バッと振り向かれる。


「んなワケないでしょ。最後まで頑張るわよ!」


 冗談のつもりが真摯に受け止められ、険しい表情で睨まれた。

 反動で抹茶ソフトを落としそうになったが、持ち堪える。


「お、おう……それなら良かった」


 因みにここで諦める素振りを匂わせたのなら、特に何の感情も抱かず帰る予定だった。

 どうせ俺は限定クリアファイルを既に持っている訳だし、本人のヤル気が削がれてしまったのであれば無理強いをする必要もない。

 頼まれたとは言え『誰がここまで付き合ってると思ってるんだ』は、エゴの押し付けだ。

 嫌なら初めから断れば良かった話。

 だから彼女が諦めると言った場合、怒りも呆れも芽生えてこない。そう長々と組み立てていたが、白倉の今の発言ひとつでふと脳内に過った思考は無駄だったと悟った。


「絶対十人集めて特典貰うんだから!」


 スポーツ漫画に紛れてもカモフラージュ可能な眼差しは、気合と根性に満ち溢れている。

 あと背中から灼熱の炎を燃え上がらせれば絵面としては完璧だ。


「あむぐむ。モッキー、行くよ!」

「お、おう……」


 どうやら何かのスイッチを押してしまったようで、三分の二あった抹茶ソフトを一口で平らげた。頭キーンなる食べ方だ……。ん?


「と、ごめん。電話出て良いか?」


 太腿に震動を感じ、長さから着信だと確信する。


「良いよ~」


 白倉からの許可をもらい、スマホを胸ポケットから取り出す。

 誰からだ。リアか? 母さんか?



【谷矢円香】



 幼馴染でしたか。


「もしもし、どうした?」

『あ、ソウちゃん。今ってお家にいるの?』

「いや、外出中」


 澄み切った声から、緊急事態でない様子が窺える。


『そうなんだ、珍しいねぇ』

「まあな。で、何か用か?」

『ううん、予定空いてるか聞きたかったの。じゃあ、またあとでね』

「はいよ」


 マドカからの通話切りを待ち、耳から離す。ん……『またあとでね』……?

 普通『またね』とかじゃないのか。

 まるでこれから会うかの言い回し……普段言い慣れてるから間違えたのかな。

 取り敢えず、何気ない会話で安心した。

 今あの豪邸に一人だから、強盗が押し寄せてきたとか、ケガしたとかのヘルプだったらどうしようと変に焦ってしまった。まあ、それなら警察か救急車で補えって思っちゃうけど。


「誰からだったの?」

「マドカから」

「え、女狐から!?」


 語気を強めた白倉が顔を歪ませる。嫌悪感が剥き出しだ。


「あの女狐ホント嫌い。態度も乳もデカ過ぎるのよ!」


 求めてもいないのに好ましくない傾向を暴露された。

 性格の不一致はまだ理解できるが、そこにボディも含まれるとは誰が予想したか。

 もう少し心境を聞きたいから、しばらく放置してみよ。


「いっつもいっつもアタシのこと見下してさ、何様のつもりよ。しかも毎回これ見よがしにあのでっかい胸を腕組んで強調して、貧乳なアタシへの当てつけか。ステータス嘗めんじゃないわよ。ていうか絶対あれパッドだって。そうじゃなきゃ高校生であんなに胸大きくならないから。雌牛よ、そう雌牛。顔面が狐で身体が牛なんてカオスなキメラにも程あるって~の。今度搾乳機でも持ってって喧嘩の時にでも見せて脅してやる。抵抗するなら搾り切って小さくしてやるまでよ!」


 約三十秒間にも渡る舌回り良き清々しい暴言に内心拍手を送る。毛嫌いする理由、ほぼ体型寄りになってやしないか……?

 女性が同性を嫌う訳って他にもいっぱいあると思うんだが、彼女の場合は自分に無い部分を妬んで嫌っているようにしか聞き取れない。

 情報量が明確過ぎて、失礼ながら笑いそうになった。


「ねぇ、モッキーはなんであの女狐と一緒にいられるの。ストレス掛かってるんじゃない?」

「別に何も。寧ろこんな陰キャと親しくしてくれているから、有り難いと思ってる」


 嘘偽り無しの内心を伝えると、隣で頬を膨らまされた。同調してもらいたかったのだろう。

 だが、いくら二人切りとは言え、いくら雰囲気だからって、嫌がらせを受けている俺を見捨てない幼馴染の陰口は叩きたくない。KY扱い覚悟、後悔など無い。


「ふん!」


 脛蹴られるのは考慮してなかった。本日二度目。


「あっぎゃあああぁぁぁっ!」


 不意とクリーンヒットのダブルに腹の底から絶叫する。

 幸い、周囲に人がいないから騒ぎ放題ではある。いや迷惑か。


「モッキーまじキッモーっ! アタシといるんだから今は合わせろっての!」


 片足けんけんのまま被害箇所を高速で撫で回し、少しでも痛みを和らげる。

 その最中に白倉が怒鳴り散らしてきた。仰る通りではあるけど、俺には出来ない。

 涙目になりながら彼女を見据える。


「いてて、そういう訳にいくかよ。仮に俺がアイツの悪口言い出したら、お前それ録音して聞かせて、戦意喪失させるとかここ最近流行ってる手口使ったりするんだろ……?」

「…………なるほど」


『その手があったか』ばりに手をポンと打たれる。

 どうしよう、いらん事を吹き込んでしまった感が否めない。

 でも心配ご無用だ。悪口とか絶対言わない。逆に評価上げてやる。


「あのなぁ、マドカだって根っから悪者じゃないぞ。アイツだって小学生の頃、体形のせいで酷い扱い受けてきた側なんだよ。でもそこから自分なりに努力して今の姿を手に入れた。お前には厳しいけど、普通に接してれば優しくて良いヤツなんだぞ」


 ホント、俺みたいな地味キャラには勿体ない高級素材の集合体だ……。

 月とすっぽんが当てはまる悲しき差よ。


「なんでそんなに褒められるの……。やっぱ彼女?」

「違うって。ただの幼馴染だ……」


 関係性をどんなに改めて尋ねられようと俺の答えは一択。

 それ以上それ以下になるかは、よく分かってない。

 ただひとつ理解できたのは。


「でもアタシはあの女が大っっっ嫌いッ!」


 白倉の、マドカに対しての評価が上げれなかったこと。

 ごめんよ、力足らずだった……。

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