彼女は推しの為に奮闘する。

休日にイジメっ子と

 晴天にも関わらず寒い風が吹き募る。

 身を守るように肩をすぼめ、横切る群衆に視線を向けた。


 まだ来ない……のも当然か。残り十分前だもんな。

 かれこれ五十分、俺は約一時間前から駅前で待ち続けている。

 決して気合が入り過ぎている訳ではない。過去の失敗を繰り返さない為だ。

 以前リアの誕生日プレゼントをマドカと決める際、集合時間十分前に到着したのに怒られた。怒鳴ってきたのは彼女本人じゃない。駅員さんだ。


 事情を尋ねる前に淡々と説教され、注目の的になったのは言わば苦い経験である。

 内容を聞くに、マドカは一時間前から待機していた。それは今の俺と重なる。

 しかも当時は雪が降り積もり、長時間の立ちっ放しは酷だと判断される低気温だった。

 気にも留めていないと仲裁に入るマドカだったが、ヒートアップした女性駅員さんから『彼氏としての自覚は無いのか!?』などと叱り付けられ、いい歳こいた高校生が否定もできず涙を流しながら返事をしてしまったのは今思い出しても辛いの一言。

 おかげで女の子との待ち合わせ時は、一時間前に集合しなければならない暗黙のルールが嫌でも根付いてしまった。


 あれから三ヶ月半、あの駅員さんは見掛けていないが、ここへ足を運ぶとどうも記憶が呼び起こされて少し逃げたい衝動に駆られる。

 そこで五十分近くも立ち続けているのだから、地獄のような拷問だ。

 と、こんなくだらない石森爽真メモリーをお届けしてしまうほど、暇だった。

 スマホを弄って時間を潰すのも有りだが、寒くて手が凍りそうだ……。

 やれる事と言えば、歴代のマスクド戦士主題歌をイヤホン越しに聞きながらポケットに手を突っ込んで待つ。それしか選択肢が用意されていない。


「よっすっす~!」

「んっ!?」


 意識が半逸れていた事で、急な声と背中ドーンに鈍く反応する。

 昨日も味わった衝撃、幼馴染とは違う喧しそうな声、来たか。


「よお……おはよう」

「おっはよ~!」


 振り返ると、予想通り白倉が『ニヒヒ』と笑いながら立っていた。

 服装は白のシャツワンピースに、昨日も見たダークグリーンのブルゾン。

 そして知り合いに見付かっても平気な万全対策として、紺色のキャップを被っている。

 控え目に言って。


「お前……寒くないのか?」


 この気温にしてはやや軽装で心配になった。


「だはっ」


 俺の率直な感想を聞いた白倉が、お笑い芸人さながらの昭和なコケるリアクションを公衆の面前で取った。危なっかしいやつ。


「あ、あのねぇ……第一感想それ? もっとこう……『可愛いね~』とか『似合ってるね~』とか、あるでしょ?」


 溜め息を吐かれ、憮然とされた。

 気のせいか、周囲で同じく待ち合わせている女性陣も頷いているような。


「そうなのか。ごめん、健康面気にしてた」

「はあ……。ま、別に良いけどさ……」

「でさぁ、寒くねぇのか?」

「あくまで健康面重視!?」


 当然だ。家事を任される傍ら妹の健康管理にも気を配らなければならないから、どうにも染み付いてそっち方面を重要視してしまう。

 己の拭い切れないさがと向き合っていると、脛に激痛が走る。人の目を介さず蹴ってきた証拠だ。


「うぐぅぅぅ……」


 早朝から獣に近い呻き声を出しながら痛みに耐え、片足立ちする。

 顔の中心に集めれるだけシワを集め、痛い意識を逸らす。


「よく見て。タイツ、タイツ履いてるから大丈夫よ!」


 惜しみなく自身の足を見せ付ける白倉の両足は、確かに黒いタイツに包まれている。

 普段ひけらかしている健康的な肌も、黒い布地の効果かこう……なまめかしく感じた。

 おっとこれはまずいぞ。正視に耐えられない。


「そ、それなら良し……。万が一風邪引いたりしたら可哀想だからな……」


 健全な俺は急いで眼球をスライドさせ、自分で膨らませた健康面の話題に終止符を打つ。


「アンタ……なんでそんな平然と良い奴アピール出来るのよ……。モッキーまじキモいんだけど……」

「悪かったな……」


 理不尽に貶され、繊細なガラスのハートに三百三十三のダメージが入る。

 内心は損傷中にしろ、外部の痛みもだいぶ和らいだところで立ち方を正常に戻す。


「じゃ、じゃあ……立ち話もなんだし、とっとと始めるか」

「そうだね、ぐずぐずしてられないよ。早く行こッ!」


 えらく気合充分な白倉。リアも似たように意気込んでへたばったから先行きが不安だ。


「ま、まあ、変に慌てたりすると道間違えたりするから落ち着いて行こうか。それよりも、例のモノはちゃんと持ってきたんだろうな?」

「もち。ここに!」


 リュックの中から彼女が取り出したのは、マスクド戦士スタンプラリーの専用台紙。

 以前ひとりで参加を試み受け取ったものの、勇気を振り絞れず記念として保管したままだったという。

 しかも配布時にスタッフがうっかり二枚重ねて渡してきたようで、今回で二度目であるが俺も見事参加者としての権利が与えられた。


 二枚折りされたシートを開くと、マジック~ノベルトの歴代主人公合計十名が放送順番に羅列された見開きページが目に映る。

 一列に五人ずつの、四角い空白の上に位置する各主人公たちの吹き出しからは、自分のスタンプ場所を示す台詞が出ていた。

 まず今いる駅前、ここにはマスクド八番目の戦士『タイム』の台が置かれている。

 タイムは〝時間〟を題材にした作品内容の為、待ち合わせスポットとして時間厳守と結び付けてあるのだろうとSNSで噂が広まっていた。

 事実か定かではないが、もし製作陣の意向が当て嵌まっているならすこぶる嬉しい配慮だ。


「じゃ、タイム押していこっか」

「だな。えっと……スタンプ台は確か……」


 周りをきょろきょろ見渡すが、それらしい台は見当たらない。

 記憶はあるにはあるが、何せ一ヶ月前の経験上曖昧になりつつある。

 下手に探し回っても時間を食うだけだし、駅員さんに聞いてみるか。


 ▲▲▲


「まさか撤去されてたなんてね……」

「まあ……最終日だし、仕方ないさ」


 窓口で聞いたところ、ここ数日間参加者が皆無であった理由から駅員スタッフたちが運営人と話し合い、二日前に片付けてしまったそうだ。いや、何してくれてんの案件。

 けどスタンプラリーは実施継続中で、台紙と旨を伝えれば押してくれる、または押させてくれる流れに変更されただけだった。


 出鼻を挫かれ、醍醐味を失われたがスタンプをもらえたのは確かだ。

 長針・短針・秒針で逆Y字を象る仮面を付けた『マスクド戦士タイム』。口が悪いとして人気を博した主人公の【バァカ、テメェの都合なんか知らねぇんだよ】の台詞がセットとなった紫色の絵に、ぶれない態度の悪さとカッコ良さが滲み出ている。


「はあ……」


 俺が興奮する反対で、並行して歩く白倉はどうもショックを隠せないでいる。

 マズいな、この空気のまま次の目的場所に行くのは正直苦だ。何か話題を振らないと。


「白倉はさ、マジックとノベルト以外にどれ観たんだ?」

「え、まだその二作品だけ」


 初っ端壁発生。他にも視聴経験があるなら話広めれたのに……。

 考えろ我が脳みそ、話さなければ生き残れない!


「え……っと、今後観てみたいモノとかあるのか?」

「ん~……現段階だとマジック一択なのよねぇ」


 ほお、一目惚れは伊達じゃないって訳か。


「実はうちでも今、マジック観直してるんだよ」

「え、マジ?」


 お、食い付いてきたから掴みはオッケーのようだ。これでマイナス面を削ぎ落していこう。


「大マジだ。ここ最近、妹と観てる」

「へぇ、リアっちとモッキーって仲良いんだね。何でそんな仲良しなの?」


 注目した部分そこですか。ま、良いや。


「一番は共通の趣味を持ってるからかな。話題があれば会話が生まれるし、そこで盛り上がれば楽しい雰囲気も作れるからさ」


 飽くまで個人的な意見。確固たる自信は無い。


「ふぅん、いいな~」

「白倉には、兄弟姉妹はいないのか?」

「一個上の姉がいるよ。でもアタシと違って大真面目で、特撮趣味持った途端から軽蔑の眼差し向けてきたから、絶賛絶交中ってところ~」


 おいおいおい……暗い方向にジェット機で進行するのやめてくれ。

 グラビティ・プリーズでもされたかの如く足取りが重くなったよ。挽回だ、挽回。


「ぜ、絶交と言えばさ、述宮さんが理不尽に絶交されたシーンあったよな?」

「あ~、有名な『ヘッジホッグジーペット』の回でしょ。あれ可哀想だったよね~」


 冷静に考えてみると何だその話題の繋げ方と呆れたが、案外持ち直せた現況に驚きつつ話を続ける。

 エピソード『三十五話』は、トラウマ回として名が高い。

 ストーリー前半は無差別に殺戮を繰り返していくジーペットたちであったが、後半からは自分たちが定めたゲームのルールに沿って殺人を行う方向性に変わった。


 中でも白倉の口にした『ヘッジホッグジーペット』は、主人公の述宮峯飛に関わる同年代の人間を対象に、次々と惨殺を実行して孤独へと追い込んだ。

 一番辛かったのは、三十話から登場した準レギュラー枠である女性キャラの死だ。

 彼女は小学校時代から主人公に好意を抱き続け、視聴側としては驚きの恋人関係にまで発展した。しかし、彼に関わった事でジーペットに目を付けられ、死亡に至ってしまう。


 結果、準レギュの第二ヒロインこと『及川つぐみさん』は主人公のせいで亡くなったと同学年から非難を受け、彼女の親友からも平手打ちと絶交を言い渡される。

 あの回で、最後まで主人公を見捨てなかった正妻ヒロインの株が上昇するも、ファンにとっては飛ばしたいぐらいに視聴が辛い。

 マジックのスーツアクターさんが語るに、撮影当時は感情移入し過ぎてジーペット役の人を本気で殴り殺す勢いだったと豪語していた。


「…………」

「…………」


 そんな記憶を引き出して明るくなると思ったか?

 もっとテンション下がりましたよごめんなさいソースである俺の責任です。


「ち、因みに、ノベルト視聴中はマジック以外に気になったマスクドとかはいたか?」


 こうなれば喋れるだけ喋るしかない。目覚めよ俺の語彙力。


「そうだね~……ノイズとか?」

「お、良い所に着目したな」


 アイツなら鉄板のネタがある。


「これ豆知識なんだけど、ノイズって原作者が一番初めに考えたマスクド戦士っていうの知ってるか?」

「え、そうなの?」

「ああ!」


 原作者の秘話によると、マジックよりも先に考案していた内容だったらしい。だがストーリーが余りにも辛過ぎる、グロテスク過ぎると編集サイドから批判を貰い、そこからオブラートを二割ほど注入して完成したのがマジックだと言われている。

 まあ、実際観てみたら初っ端から寝取られ、人肉捕食等に加え、敵側の絶望や苦しみの鬱要素が事細かく描かれていたから、この作品こそ日曜朝八時から流して良いのかと疑問を持つ程だった。

 それをマドカは面白いと好評しているから感性が末恐ろしい……。


「じゃあ、もしノイズが最初に通されてたら」

「マジックの登場は無かったって事になるな」

「えええぇぇぇッ! 編集者さんに感謝じゃん!」


 白倉の調子が良い方向に進んでくれた。

 けど悲しいかな。原作者は当時批判してきた編集者を末代まで恨んだとブログで明かし、今も彼は一時間に一回は小指をぶつける呪いに掛かっているらしい。地味に怖いって。

 などと話している最中に、三駅移動してからの徒歩三十分。五作品目の戦士こと『ハンター』の設置場所まで来れた。


『マスクド戦士ハンター』のスタンプは動物公園の入り口前に配置され、題材の〝獣〟を彷彿と上手くイコールされている。

 入場料を支払う必要性は無く、台もキチンと残っていた。


「ほら、押せよ」

「え、先に良いの?」

「当ったり前だろ。お前がメインなんだから」


 というか俺はもう特典を貰ってるし、ぶっちゃけ入手できなくても何も思わない。

 だからせめて、参加を躊躇ってしまった仲間のサポートに徹する。

 今日の目的は、それだけだ。


「ありがとね……モッキー」


 白倉がお礼を言ってきた。明日流星群落ちて来るな。

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