幼馴染との亀裂

 帰宅後、自室のベッドに横たわった俺は白い天井に焦点を当てる。理由は不明、無意識の行動だった。

 いつもなら学校での嫌な記憶を除去しようと、真っ先にマスクド戦士の関連動画を漁る予定が、未だ余韻に浸っている。

 以前までとは相違した一日……多少トラブルにも見舞われたが、内心はひとつの感想で充満していた。


「……楽しかったな」


 口元が自然と動いた。感想が限界値に達し、自然に吐き出されたのだろうと自己解決する。

 想いを伝え切れず消化不良だったはずが、妙な満足感は得られた。

 趣味嗜好が合い、互いの愛を否定せず、素直に褒める、こんなに楽しかったのは久し振りだ。

 嫌がらせは継続だったにしろ、白倉薺の特撮趣味発覚から始まり、放課後はまさかの互いに熱をぶつけ合う特撮トーク……全てが夢か幻かと疑心を抱いてしまう。

 更には彼女の悲惨な過去や、俺を蔑んできた経緯など、疑問視していた部分が明らかになったのも大きな収穫だ。

 そこからどう事が運ばれるか、先の未来など占い師でもないから分からない。

 取り敢えず、楽しかったのもそうだが……。


「どうしよ……」


 ひとつの不安が襲い掛かってきた。マドカだ。

 放課後に呆れられてしまった訳だし、あれからメールを送っても既読すら付かない。電話を掛けようにもチキって実行に移れず不安ばかりが募る。

 明日から無視されたらどうしよ……陰口言われるようになったらどうしよ……マイナスがマイナスを呼び、ネズミ算に増えていく。


「はぁ……」


 せっかく高揚していた一時が、悪い癖であるマイナス思考で自ら台無しにしてしまった。

 そろそろこの癖、治さないと。寝る前にでも『マイナス思考 治し方』で検索かけてみるか。


「はぁ……」


 しばらく感情の起伏をひとり勝手に暴走させていると、部屋のドアが開けられた。


「兄貴ぃ、ごはぁん」


 せめてノックはしようか。


「俺はご飯じゃない。ちゃんと『お兄ちゃんご飯作ってください』と言いなさい」

「はぁいはい、さっさと作れバァカ」


 なにひとつ復唱されなかった。

 だがこの遣り取りは今に始まった事ではないから気にならない。

 学内での扱いに差があるにしろ、俺とリアの兄妹仲は自他ともに認めるほど良好だ。

 作ったご飯は文句言わずに食べてくれるし、衣類を顔色ひとつ変えず一緒に洗濯してくれる。生意気な部分と学力テスト最下位から二位の頭脳を瞑れば、比較的普通の妹。

 マドカとも仲が良いし、仮に明日不機嫌満々だった際は取り持ってもらう予定だ。

 ただ代償は大きいだろうから、そこを覚悟して後程頼んでみよう。


 俺の予想では、楽しい時を作る大手企業で現在販売されている〝大人の為の変身ベルト〟通称『CSM』、その中のひとつ……崇拝中の『マスクド戦士ノベルト』の【ノベルドライバー】を要求してくるだろうな。

 価格は税込みで一万越え、どこからか『あ~貯金が減る音~♪』と言われる値段だ。

 でも、仲介してくれるなら安いものか。

 勉強はからっきしだが多少賢いところはあるし、何より適当にしない事は兄である俺が充分に理解している。


 自身のグッズ収集に今後支障が出そうだが、任せてみる価値はありそうだ。

 因みに俺が白倉たちから嫌がらせを受けている事に関しては、然程気にも留めていなければ、助けようとも思ってないらしい。お兄ちゃん泣きそう。


 ▲▲▲


 父親不在の我が家では、俺が料理、リアが洗濯と、出ずっぱりな母親の負担となる家事を兄妹で分担し、それぞれこなしている。早めの親孝行とでも称しておこう。

 自炊は苦じゃない。実際作ったモノを美味しいと食べてもらえるのは嬉しい。

 かと言って好きと口にすれば嘘になる。ただ市販の弁当や総菜ばかりに頼れば栄養を偏らせ、いずれは健康を害してしまう。病気を患えば経済面に大きく響くし、学校を病欠すれば学費だって無駄な出費に変わる。

 健康であるこそが一番。だからこそ手料理は欠かせない。


 そして準備から後片付けまで、夕食の日課を一通り済ませた俺は、ソファーに深く座り込んだ。いくら習慣付いていても、身体は正直に疲労を訴えてきている。

 脳では誤魔化し切れない足の辛さ、行儀が悪いと揶揄されても仕方のないほどに前方にだらんと伸ばす。

 さて、胃の中が消化されるまで何か観るか。


「リア、今日面白い番組あるか?」

「なぁんも」


 後方でダイニングチェアに座る妹の、ヤル気が感じられない返事が聞こえた。

 紙を折り曲げる音もセットになっているから、新聞の番組表を確認しての根拠ある回答だと信じておこう。

 ということは。


「じゃあ、マスクド戦士観るか」

「おっけぇ」


 お目当ての番組が放送されていないのなら、マスクド戦士を視聴する。誰かが制定した訳ではないが、つまらないバラエティー番組やドラマを観て時間を潰すぐらいなら、その分を眼福に当てたいという我が家限定の暗黙のルールが作られた。

 余談になるが、DVDは全シリーズ全巻揃っており、しかも専用の棚まで設置されてある。

 ちっぽけと思われるが、自慢できる部分だ。


「リクエストとかあるか?」

「なぁい。兄貴選んでぇ」


 お、それならお言葉に甘えて。


「マジックで良いか?」

「いいよぉ」


 賛成意見も出た事で、今晩はマスクド戦士マジックの鑑賞会に決定した。

 白倉との雑談で、再度視聴したくなったのが決め手だ。

 ディスクを挿入して再生、好きな作品を前にして兄妹仲良く沈黙する。

 静寂した空間に、映像制作を手掛けた企業のロゴ【角映】のCGが音楽と共に画面中央に表れた。この後に本作が開始されると思うと、ワクワク感を助長させるから好きだ。


 そして待望の……【第一話】が始まった。

 アバンタイトルで流れる『先代のマジック』が繰り広げる戦闘シーン。複数のジーペットたちを前に、恐れず、勇猛果敢に立ち向かっていく。

 少し大きめのSEと同時に形態変化を瞬時に行い、武器を駆使して次々に沈めていく。


 バーンスレイプで斬り裂き、タイダルバレットで撃ち抜く。テンペストギアで滑空する者を落とし、クエイクスタップで猛烈な一撃を与えていく。

 最後に基本形態のマジシャンフォームでジーペットの首領を撃破した彼は、ベルトを外し、深い眠りに就いた……。

 たった数秒だけでも鳥肌が止まらない。それほど惹き付けるカッコ良さを持ち合わせている、だから特撮というのは最高なんだ。


 しばらくするとオープニングムービーが始まり、今や一流となった俳優さんの若かりし姿が映し出される。

 映画にドラマと引っ張りだこであるこの人も、出演した過去を誇りに思い、バラエティー番組等でゲスト出演した際は必ず話題に上げてくれるから人気が高い。

 主題歌が終了すると、十五分前後のドラマが流れた。

 封印されたはずの戦闘種族が復活した原因、主人公の性格、ヒロインの可愛さ、どれも欠かせない要素に目が釘付けになる。


 ストーリーが進み、いよいよ敵の登場シーンへと切り替わった。

 警察官が所持する拳銃では歯が立たず、子供番組らしからぬ惨殺描写は瞬きも忘れて見入ってしまう。場面は再度主人公たちの学校に変わると、数秒後にパトカーが突っ込んできた。

 逃げようとした警官を捕まえ、運転を操作して被害を拡大させる……なんとも豪快なアクションは感想すらも殺す。


 第一話の蜘蛛を模した敵『スパイダージーペット』が車内から這い出て来ると、集まった生徒たちの悲鳴が上がる。そして警官に向けられていた殺意が、少年少女たちへ切り替わった。

 飛び散る鮮血、分裂させられる四肢、恐怖に涙する者。目を瞑りたくなる光景を前に、主人公の『述宮峯飛さん』がパトカー内に置かれたベルト状の装飾品に引き寄せられ、導かれるように腰に巻き付ける。


 しかし光ったかと思えば装飾品は体内に吸い込まれるのみで、外見的変化は一切起きない。寧ろ吸い込まれた衝撃が彼を苦しめ、腹部に痛々しい痣が生まれる。

 だからといって敵は攻撃の手を緩めたりはしない。

 破壊しようと目論んでいた装飾品が体内に入り込んでしまったのなら、その人間ごと殺す。

 言葉では伝えない、行動での表現力。容赦ない殴打が浴びせられ、体力が刻一刻と削り取られていく。何度見ても胸が苦しくなる。

 このままじゃ死ぬ……そう感じ取った主人公が死への逃れから拳で反撃を試みると、当たったと同時に自らの右腕のみが白い鎧に包まれた。


『はあはあ……変わった!』


 一言感想を漏らしたあとも、もしかしたらと攻め続ける。全身が徐々に変わり、ついに戦士『マジック』が爆誕した。リアリティ追求型の作品ではあるが、ここは都合よくヒロインしか見ていなかったのが何とも良い。


 マジックが登場しての残りは、戦闘描写のみだ。

 最初こそ『喧嘩を好まない』性格が災いして攻撃を受ける一方であったが、戦いが進むにつれ、分からないながも懸命に戦う後半戦の姿は非常に見応えがあった。

 大詰めを迎え、敵は敢え無く撤退。あとはエンディングが流れ、次回予告で終了する。

 当時はコマーシャルの含まれた三十分間の番組が、DVD収録だと一話大体約二十四分も縮む。その二十四分間の中で、俺の瞳は三回も潤んだ。

 目頭が熱くなる度にティッシュを両目に押し当て、鼻水まで垂らしてしまった。


「やっぱマジック……最高だね……」

「だろ……?」


 気付くと、隣にリアが座っていた。〝元〟推しの活躍に感動が湧き上がったようで、ティッシュを取りに移動してきたみたいだ。

 我が家はどうしてか、感動的な場面よりも心くすぐられる魅力溢れた戦闘描写等の、とにかく熱い展開で感極まり涙に声を詰まらせてしまう。

 なのでマスクド戦士視聴後は、ゴミ箱が涙と鼻水を拭いたティッシュで埋まっている。


 四話収録されているディスク一枚を見終わる頃には三箱目に突入していてもおかしくない。

 泣く時は泣き、盛り上がるところは盛り上がる。趣味嗜好だけじゃなく感性まで似るとは誰が予想したか。

 以前マドカにその旨を伝え『羨ましい』と声を上げられた記憶をふと思い出す。


「そう言えば兄貴ぃ」

「ん、どした?」

「マドちゃんと喧嘩でもしたのぉ?」


 飲んだお茶を鼻から出しそうになった。

 思った途端に当てて来るとか、エスパーか何かかこいつは……。


「急になんだよ……」

「本人から意味深なメール貰ったからぁ。知りたぁい?」

「いや、特には……」

「はいコレぇ」


 先ほどから異様に操作し続けていた自身のスマホを見せてきた。聞いてきた意味は?

 妹の言動に戸惑うが、取り敢えず向けてくれた画面に集中する。

 設定により着せ替えられた『マスクド戦士オール主人公』の背景デザインに一早く注目してしまったのは。オタクならではの性(さが)だろうか。

 それはさておき、二人の遣り取りを確認していく。つうか、他人に見せて良いものなのか?


 ≪リアちゃん。今お兄ちゃん何してる?≫

 ≪エッチな番組鑑賞中≫


 初っ端アウト。


「なにデタラメ送ってくれてんだ……?」


 さすがの俺も怒りの導火線が点き、頬を軽く引っ張る。地味に柔らかいから癒されるな。


「いひゃいいひゃい、し、下見ひぇっ!」


 呂律の回ってない喋りに若干の面白さを見出しつつ、視線を下に移動させる。

 マドカからは無論『え……?』と返信されてきたが、こちらから『冗談』と返事されているのを把握して胸を撫で下ろす。最初の絶対いらなかったろ。

 安堵と腹立たしさを同時に感じながら更に視線を落とすと、続けてリアから『今マジック視聴中なう』と答えられていた。


 ≪そっかそっか。じゃあ電話掛けても大丈夫そうかな?≫

 ≪多分ね。一応伝えとこうか?≫

 ≪うん、お願い≫

 ≪ていうか、なんかあったの?≫

 ≪ちょっとね≫


 メールはそこで終了している。

 マドカの返信してきた時間が今から大体二分前、それに答えるかの如く俺のスマホが震動を始めた。なんちゅうジャストタイミング……。


「ごめん、ちょいと鑑賞会中断……」

「はいはぁい」


 今の返事、どこか笑みが含まれていた気がしたが、確認を取っている暇はない。

 画面を一時停止してからリビングの隅に移動し、通話アイコンをスライドさせる。


「はい……」


 顔を合わせてないにしろ、鼓動が早くなるのを感じた。


『えっと、ごめんね。急に電話掛けちゃって……』


 向こうも少しおどおどした様子なのが、声質で分かった。

 恐らく不安を抱えながらも掛けてきてくれたのかもしれない。


「大丈夫だよ。で、どうしたんだ……?」

『う、うん。放課後、怒鳴っちゃった事を謝りたくて……』


 数時間前に自室で予想した最悪の事態は免れ、その事実だけで非常に安心する。

 良かった、縁切られる話じゃなくて……。


「いや、あの……その件についてなら、俺も本当にごめん。マドカの頑張り踏みにじるような真似しちゃってさ……」

『そんな、踏みにじるだなんて……。でも、ソウちゃんがそう思ってくれてたなんて、嬉しいな……』


 声の質がいつも耳にしている優しさに戻り、淀んだ空気が晴れる。

 胸や肩に乗っかっていた重りが無くなった気分だ。


『じゃあ今回はどちらも悪かったって意味で、お相子にしよっか』

「マドカがそれで納得するなら……」

『ふふ、良かった。それじゃあ、また明日……』

「ああ、また明日」


『な』と言い終える前に、スマホを奪われた。

 犯人は……リアだ。


「あぁマドちゃん。今からそっち行って良い?」

「ちょ、おい、何言ってイッタァっ!?」


 脛を蹴られた。こいつ、白倉から教わったな……。


「そうそう、マジック観たら〝組手〟したくなったからさぁ」


 それから話は勝手に進められ、俺の意見には耳も傾けず『今から行くねぇ』と残して通話を切った。投げ返されたスマホを、びくつきながらも見事キャッチする。


「お前、なにもこんな遅くに……」

「良いのぉ、マドちゃんもオッケーくれたんだからさ。はい、支度ぅ」


 ほんわか一変、体育教師を真似た口調で指示してきた。


「マジかよ……」


 夜のささやかな楽しみ『特撮鑑賞会』は中断のまま終了する方向へ。

 急遽、谷矢家を訪問する準備をしなければならなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る