イジメっ子は語りまくる
掃除終了後も教室に残るのは、実に初めての経験だ。
普段の今頃なら、夕食の買い出しをしているか、帰宅して前日の余った食材で夕食の準備をしているか、傷付いた心を癒す為にアラカワ・オフに赴いているか……。
約一年間は継続してきたルーティンに、亀裂が入った瞬間だった。
そもそもの居残り理由が、今日中に提出しなければならない課題の片付けや、進路相談による教師との個人面談ごとではない。
『マスクド戦士シリーズ』を主体とした特撮愛の雑談をする為だ。
しかも相手は幼馴染のマドカや、妹のリアではない。
「ふんふんふん、ふふんふ~ふん、ふふふ~ん♪」
目の前で上機嫌にハミングする、このクラスの女王様こと白倉だ。
取り敢えず、違和感は半端ない。
今まで精神的および身体的暴力を振るわれた訳だし、こうして普通に対面しているのが幻覚と表現しても過言ではない程に緊張しているのが正直な感想だ。
ただ変に焦ってもしどろもどろになるだけだし、それが原因で呆れられて翌日から虐めの規模が大幅アップグレードされてしまったら、とてもじゃないが耐えられないと予想する。
以上を踏まえ、俺は冷静に徹する事を心に決めた。
「で、話し合うって言っても……何から話してくんだ?」
「さあ?」
「『さあ』って……お前な……」
「そこはモッキーがリードしてよ。こういうの慣れてるでしょ?」
言われてみれば……確かにそうだな。
だったら質問形式で情報を聞き出しつつ、話を膨らませていくか。
「じゃあ……視聴し始めたのはいつから?」
「ん~っとねぇ、中学二年生ぐらい」
丁度ノベルトの放送時期か。
歴代のマスクド戦士がゲスト出演する世界観爆発な設定だったから、それまで未視聴だった勢も心が躍ったり惹かれたりするのも分かる。
「きっかけは何だったんだ?」
「早く起きて暇で、テレビ点けたらチャンネルがそこだった」
偶然か、よくあるケースだ。
我が家もたまたまマジックを視聴したのがきっかけだったし。
その結果、親子三人でこんなに愛に燃えるとは誰が予想したか。
「へぇ、因みにサブ戦士も含めて、全マスクド戦士の名前は知ってるのか?」
「う~ん、今のところは主人公たちだけかな」
お、じゃあ基本は話を合わせられそうだ。
「その中でもっとも好きな戦士は」
「マジックっ!」
疑問符のイントネーションを言い切る前に、白倉が突然立ち上がり、その反動で椅子が後方にガタンと倒れる。びっくりした……。
気圧された俺は驚倒し、無意識にバランスを取りながら後傾する。
勢いに押されたが、それ以上に興奮が芽生えてきた。
同士が現れたからだ……っ!
【マスクド戦士マジック】は、記念すべき『マスクド戦士シリーズ』の第一作目として、その名を世間に轟かせた最高傑作だ。
キャッチコピーが『誰も悲しませたくない』の通り、主人公は暴力を嫌う善良な高校生であるが、無慈悲な殺戮を繰り返す戦闘種族から罪なき人々を悲しませない為、覚悟を固めて戦いの渦中に飛び込んでいく。
話し合いが通じない以上、傷付けあう事でしか解決する方法には至らない要素は、見る者を圧倒させた。暴力の辛さを訴える名言も多く、マドカに対し発言したのもそのひとつだ。
当時幼稚園児の俺には半分チンプンカンプンだったが、中学二年生から再視聴した結果、心に染みる〝なにか〟を感じ取って大ファンとなった。その思いは継続中だ。
あらすじとしては、数百年前、魔法を駆使する鎧の戦士『マジック』により、本に封印された古の戦闘種族『ジーペット』が何者かの手によって現代に復活を果たしてしまう王道的展開からのスタートである。
人類に牙を向けだしたジーペットは己の生きがいとして人間を惨殺していくが、同時に復活現場から掘り出されたベルト状の装飾品を、主人公『
その勇姿は、何度目に浮かべても涙が溢れ出る勢いでカッコイイ……。
だからこそ、今でも頼もしいヒーロー像として強く俺の心に残っている。
現状愛が爆発しているからこそ、先ほどの白倉の勢い付いた発言には感銘を受けた。
俺も思わず前のめり姿勢になり、脳内に即浮かんだ次の質問を出す。
「好きになった……理由は?」
「もち、一目惚れしたから!」
更なる共感度アップに、言葉を失うレベルで嬉しさが混み上がってきた。
分かる……めっちゃ分かるその気持ち!
『もち』なる『勿論』の略称を指摘したい感情も一瞬生じたが、それよりも悦楽が勝った。
新シリーズが製作される毎に主人公スーツのデザインが奇抜に変化していった中で、マジックのスーツは第一作目ともあり、見た目がとてもシンプル。
黒い素体に始まり、肩・肘から手首・胸部・膝・足首と白い鎧が構成され、開いた本のような仮面が特徴的で黄色い複眼を持っている。
一見微妙と思われがちだが、このシンプルイヅベストが俺には非常にたまらない。
「じゃ、じゃあさ……一番好きな〝フォーム〟は?」
「そうねぇ……やっぱ『タイダルフォーム』かな」
「本当か。通過ぎるだろ!」
彼女のチョイスに、自然と声を荒らげていた。
マジックには最大の特徴がある。
それは、ベルト状の装飾品、名称『アーツ』をコントロールする事により姿形を変化させる【
・トータルバランスに優れた白い姿の《マジシャンフォーム》。
・体力を代償に瞬間移動を駆使する赤い姿の《バーンフォーム》。
・攻撃力を代償に水中を自在に移動する青い姿の《タイダルフォーム》。
・五感が鋭くなる分、一分間の制限が課せられた緑の姿の《テンペストフォーム》。
・速度を犠牲に、堅牢な鎧をまとう橙色の《クエイクフォーム》。
・五色のエネルギーを集結させた黒い姿の《オールマジシャンフォーム》。
・六形態を凌駕する究極の銀色の姿の《サイキックフォーム》。
以上を有している。
七種類の内の一種を、色ではなくキチンと名称で答えてくれたのだから本気のファンだと瞬時に捉える事が出来た。
「え~、そうかな~。因みにモッキーは何フォームが好きなの?」
「俺は、基本の『マジシャン』だけど……『オールマジシャン』も捨て難いんだよなぁ」
「ほぉ。〝中間形態〟選択する辺り、相当好きと見た……!」
「お前こそ、何回か視聴しないと〝派生形態〟の魅力に気付かないってのに、そこを選ぶんだから結構見てるんだな?」
「もちよ!」
互いに興奮を抑え切れず、口角を上げたまま瞳をキラキラさせる。
マスクド戦士シリーズには姿形を表現する専門用語があり―。
【基本形態】。
【派生形態】。
【中間形態】。
【最強形態】。
の、四つが存在している。
劇中にて登場人物たちは口にしないが、ファンの間では常識の範囲として広く浸透している知識のひとつだ。
まずは【基本形態】。
パワーとスピードのバランスに優れた姿形の名称だ。
俺の中で一位、二位を争う《マジシャンフォーム》がこれに該当する。
主に表紙を飾るのはこの形態であり、主人公は物語序盤、大体この基本形態に変身する事が多い。
次が【派生形態】。
〝基本形態〟のボディが変色し、状況に応じた戦法が可能となる名称だ。
該当する形態が《バーン・タイダル・テンペスト・クエイク》の四種。
物語が進むにつれ、基本形態では対応が不可な〝身体的特徴〟を持つ敵が登場したりする。
その際に己の意思で姿を変化させ、戦いを有利に持っていく。
更に欠点を補ったり長所を活かすべく、それぞれに専用の武器を出現させる能力もある。
・バーンフォームには、鋭い切れ味を誇る長剣『バーンスレイプ』。
・タイダルフォームには、近距離で撃つ事により威力を発揮する銃『タイダルバレット』。
・テンペストフォームには、ブーメラン形式の歯車状の武器『テンペストギア』。
・クエイクフォームには、一撃で粉剤する巨大な槌『クエイクタップ』。
以上四種の武器を巧みに操り、必殺技を放って敵を倒していく。
その中でも白倉は《タイダル》を選ぶのだから驚いた。一番見所少なかったのに。
三番目が【中間形態】。
基本形態・派生形態よりも更に強力な性能を持つ。
推し形態の問いに《マジシャン》と迷った《オールマジシャン》が該当する。
大体この辺りでベルトの付属パーツや手首に付ける端末状のアイテムが登場し、そのまま最後の形態にまで流されるパターンが多い。
そして最後が【最強形態】。
その名の通り、基本・派生・中間の全てを凌駕するマスクド戦士シリーズの各戦士の最強の形態だ。
劇中後半に登場する強大な敵や、終盤のラスボスに対して使用する。
《サイキックフォーム》は、正に最強であると自信を持って発言できるほどに強い。
この【形態変化】という要素があったからこそ、マジックの人気は滞る事を知らず、マスクド戦士シリーズが作り上げられたのだと勝手に盛り上がる。
「それならさ!」
気付くと、自分自身意識せず話題をバンバン振っていた。
それもそのはず……非常に楽しいからだ。
入学してから今日まで、学内でマスクド戦士について語り合う機会は皆無。
一応マドカも全シリーズを通して視聴してきたようだが、彼女はどちらかと言うとストーリー重視勢で、アクションシーン好きの俺としては少々盛り上がりに欠ける。
リアに関しては時折否定意見が入ってくるから、正直話し辛い。
なので、純粋にただ『カッコイイ』『好き』を言い合えるこの瞬間がたまらなく楽し過ぎる。
可能ならもっと自分の感想を言いたい、もっと彼女の感想を聞きたい……例え難い感情が心の隙間を埋め尽くしてくれる瞬間を味わう。
「他に引き寄せられた部分ってあったか!?」
「そりゃあ、登場キャラでしょ。因みにアタシは『
「おぉ、ヒロイン来たか……!」
「だって可愛いんだもん! 最初ツンツンばりばりだったのが、クエイクフォーム初登場回以降ずっとデレデレで、仕草がひとつひとつもう可愛すぎ!」
彼女の中で興奮度が急上昇しだし、両腕を振り子の如く上下に振り出した。よっぽど好きなんだな。
この様子だと俺の好きなキャラクターを入れる余地は無さそうだし、質問に徹底して白倉が好むヒロインへの情熱を引き出してペースを合わせていくのが精々だろう。
「オススメのシーンとかは?」
「ん~……全部って言いたいけど……強いて挙げるなら、やっぱ『マッシュジーペット』の時かな~」
「あれかぁ……」
十八話だったっけか。確かにあの回はネットでも高評価されていたから、話題のオススメとして候補に挙げるのは頷ける。
内容としては、口から毒胞子を吹き出すマッシュジーペットによりマジックこと述宮が瀕死の重傷を負ってしまう、子供番組からは想像できない衝撃的展開が放送された。
一方で場面は彼が在学する高校に変わり、兄が緊急搬送されたと報告を貰った妹の『
普段運動を苦手としていながらも、懸命に病院へ走っている姿はファンの胸を熱くさせた。
あ、ヤバい……記憶を呼び起こしたら目頭が……。
異様な空気が流れる前に、滴るほどに潤んだ目を高速瞬きで引っ込める。
「もう何が良いかって、戦闘前に二人でひと悶着起こしたでしょ? そのあとの心配展開ときたらキャアアアァァァっ!!!」
乙女心に響くモノを感じたのか、伝えきれずに発狂しだした。
リアに近いタイプだ……。
▲▲▲
「印象に残ってる回ってあるか?」
「二十二話かな~。みんなが修学旅行先の遊園地で楽しむ中、述宮さんだけ一人地元に残って敵と戦ってる場面が、じ~んときちゃったのよね~」
「分かるわぁ。ヒロインの乗った急流下りのアトラクションで水しぶきが上がった次に、交戦するシーンに移り変わるからなぁ。映像だけで辛さ物語るって相当の凄さだよ」
「直ぐにもぴんとくるって、さっすが~」
白倉によるマスクド戦士マジックへの熱は冷める傾向を見せず、燃え盛る一方であった。
それから話題は『キャラの魅力』から『劇中用語』に急遽変えられ、彼女は作中で多用された【未確認生物】というジーペットの別称がお気に入りだという。
より身近なリアルさを追求する為、警察から始まり、マスコミ報道、それから世間一般と知れ渡り、総称して【未確認生物】が定着した。
寧ろ〝ジーペット〟なる真名はストーリー内で実に一回しか使用されていない。
お次のトークテーマはグッズ収集。変身ベルトは勿論の事、キーホルダー等も所持している。
他にもソフビから始まり、可動式のアクションフィギュアも大体揃えているようだ。
白倉は基本、平日中にグッズを購入したい際は用事云々で取り巻き連中もといグループから抜け出し、見付かっても平気なよう一度自宅で変装してから来店すると聞く。
「だったら、どうして昨日は制服のままだったんだ?」
「中々抜け出せなかったのよ。ここ最近、用事戦法使い過ぎちゃったから、疑われないよう無理に付き合ってたら帰る暇も無くなったってワケ」
マドカのように、厳格な両親から門限決められてるって作れば楽に済むのに。
「じゃあ、昨日俺がいない状態でアイツらに遭遇してたらどうしてたんだ?」
「分かんな~い」
暢気か。はたまた危機感ゼロか。
「でも勢いで誤魔化す事は出来たかもしれない」
「へぇ、例えば何て?」
「ん~っとね……〝モッキーを服従させる為に買った〟って」
「すまない、本人を目前に言う台詞じゃないと思うんだが……」
「実際言ってないんだから平気じゃん」
「そりゃそうだけど……もういいや」
反論疲れそうだ。
「で、具体的にどうやって服従させる予定だったんだ……?」
やや複雑で気乗りしないが、詳細は明確にしておきたい。
「え、それ聞いちゃう……?」
しかしどうやら選択肢を間違えてしまったようだ……。
数分間光輝いていた両目が、変態を見る警戒心剥き出しの危険人物察知にチェンジするのを……俺は見逃さなかった。
けど、後には引けない。少し気になるから。
「一応な……」
「うげぇ……。まあ、別に良いけど……」
凄いや、目付きだけで人の心に爪痕残してったぞ。気色悪さ全開の表現だ。
数秒前に戻って思いとどまるよう説得したい。
「予定では、早朝モッキーの前でチラつかせて、欲しかったら一日犬になるよう仕向けて、最後はアタシが持って帰るって作戦だった」
「一言良いか?」
「なに?」
「お前の道徳どこ置いてきた……?」
善人マジックでも助走付けて殴るレベルとかそういう事態に発展する級の淡々としたアイデアに恐怖を感じた。しかも結局褒美貰えてないし。犬なり損じゃないか。
「まあまあ、実際ならなかったワケだし、軽く聞き流しておいてくれればアタシも気が楽になるからさ~」
「軽くも聞き流せないし、気も楽にできないんだが……」
「真骨頂の箱、勝手に開封したでしょ。それの代償♪」
「デカ過ぎね……?」
御釣り貰いたい気分なんだが。
「ところでモッキーってさ、フィギュアいつもどうしてるの?」
「どう……って?」
「飾ってるとか何かしてないかってこと」
「ああ、保存状態か。箱から出してポーズ取らせて、ショーケースに飾ってる」
「え、ホント? 写真ある?」
「メッチャあるよ」
「見せて見せてッ!」
クズ発言から流れた不穏な空気がまたもや一変、白倉の興奮パラメーターがコンマ数秒で頂上に到達した。
要望通りスマホ内のフォルダに保存された、過去の写真を画面に表示して見せる。
「わぁ~……カッコいい……っ!」
スマホを奪い取られ、画面に目を凝らす彼女の表情は、憧れと高揚感に溢れていた。
反応が幼馴染や妹と全体として違い、感動が湧き上がってくる。
マドカは見せてもリアクションが薄い時があるし、リアは自己主張の表れで『自分ならもっと上手く撮れる』と不快にさせてくる始末。
純粋な感想に、またしても心が浄化されていく。というところで幸せな空間は崩壊した。
悲しきかな、生徒指導員の先生登場により教室を追い出されてしまいましたとさ。
くそぉ……まだ語りたかったってのに。
予想以上の盛り上がりから、一刻も早く帰宅したかった当初の考えが薄れ、話の続きをしたい衝動に駆られる。
学校を出たあと、どこかファストフード店に入って喋ろうかと持ち掛けたが、白倉は予期せぬ事態……グループ仲間たちとの遭遇を恐れ、この案を断ってきた。
結果、本日の特撮雑談会は消化不良のまま幕を下ろす方向へと進んだ。
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