彼女の推しの話が止まりません。

イジメっ子に掃除をさせる

 放課後。ホームルーム終了と同時に白倉は、二年B組担任の歴史教師、久保先生から怒号を浴びせられていた。

 分かり切ってはいるが、昨日の教室掃除を俺に押し付けた事が要因だ。


 お団子ポニーテールに左下の泣きぼくろがトレードマークの久保成美くぼなるみは、綺麗をこよなく愛する女性教諭として有名である。

 特に放課後の清掃に関しては、自身の帰宅前に埃が残っていないかの徹底的なチェックを取るほどの姑気質な部分があり、当番の生徒は気も手も緩められない。

 しかも昨日は、俺とマドカが掃除に専念している光景を偶然目撃したらしく、本来担当であった白倉への怒りが久保先生の中で蓄積されたようだ。

 天下の女王様ですら怯む担任の怒鳴り声は、取り巻きたちも震え上がらせるほどに怖い。


「ふん、自業自得よ……」


 隣で帰宅準備を整えたマドカが静かに呟く。

 無表情であるにしろ、今日も今日とて俺への侮辱から必死に守ってくれた彼女の目は、どことなく優越感に浸っているように感じ取れる。

 余談だが、本日のメニューは罵倒・脛への暴力・嘲笑の習慣フルコースで終了。

 ただマスクド戦士については弄られず、キチンと約束を果たしてくれている事には安堵した。トップが話題に上げなければ、取り巻き連中も不用意に口には出さない。嬉しい限りの統率力だ。

 それで俺単体への嫌がらせも無くしてくれれば尚良しなんだけどね……。〝俺を虐める〟イメージを崩さないようにとは言え、精神的に来るものがあるな。

 こればかりは慣れない、というか慣れたくない。


「うげぇ、メンド……」


 説教が一通り終わり、久保先生が退室すると白倉が文句を垂らしながらも清掃活動を始める様子が窺えた。余程お灸が効いたのだろう。

 さて、じゃあ俺は予定通りに。


「ソウちゃん、早く行きましょ」

「ふぇ?」


 移動しようとした途端、幼馴染が躊躇せず腕を鷲掴みして引っ張ってきた。

 おかげで計画が狂った際に生じる情けない声を漏らし、動揺してしまう。


「またあの女、押し付けてくるに違いないわ。だから早く帰りましょ」


 昨日の件を今日もしてくると警戒したマドカの目付きはとても鋭く変化している。

 もし白倉の本性を知る前であれば非常に有り難い言動なのだが、申し訳ない事に今その救済措置は自分の立てた〝計画〟に亀裂を入れる一部にしか過ぎない。


「ちょ、マドカちょっと待ってくれ……!」

「どうしたの?」

「……ッ!?」


 唐突に顔を覗き込まれ、そのあまりにも自然過ぎる動作に息を呑んで立ち竦む。

 この子は極稀に〝異性〟なる結界を容易くぶち破ってくるから、とある勘違いを生んでしまい兼ねない。これも〝幼馴染〟の力ってやつか。恐ろしいな……。


「いや、その……今から図書室に用があるから、先帰っててイイぞ」


 必死に高まる感情を抑えつつ、平常心を保って彼女の疑問に答える。

 白倉との『放課後・特撮談議』を実行する為には、双方が教室に残らなければならないという絶対条件がある。

 条件を成立させるには、互いが学校に残る必要があり、掃除当番である白倉は予定通り清掃活動を開始し、俺は終了の時間帯まで図書室で時間を潰そうと目論んだ。

 当初は再度俺に任せるという調子付いた案も出されたが、繰り返すようであれば掃除をせずに帰ると突き付けたところ、不服そうな態度を向けられながらも了承を得れた。

 両者の知り合いに不審がられず計画を着実に進めるには、これが一番手っ取り早い。

 なので、一緒の帰宅を望むマドカのお誘いは、なんとしても断らなければならないのだ。


「図書室? 本でも借りるの?」

「まあ……そんなところ」

「それなら一緒に行くよ。なんだったら探してあげるし」

「そ、そんな悪いって。それに借りて直ぐ読むと思うし、結構時間も掛かっちゃうからさ!」

「大丈夫。私も読みたい本あったから、心配しなくて平気よ」


 お~……手強い。

 マズいな、何としてでも俺と図書室に行く気満々のようだ。

 変に不本意を示せば訝しく思われるだろうし、かと言って同行させれば白倉との『放課後・特撮談議』を成立させなければならない、また新たな計画を練らなければならなくなる。

 はてさて困ったものだ……。


「おい」


 女性を傷付けないオブラートな回避方法に思考を巡らせていると、威圧感ある男声に呼び掛けられた。

 声の主は白倉グループもとい『シラクラ王国』にて『兵士』の役割、その中でも女王の側近を担う『隊長』枠こと村上智也むらかみともやだ。

 高身長、イケメンを兼ね備えた茶髪の爽やかヘア持ち男子で、異性同性関係なく人気がある。

 こちらも校則をバリバリに破り、ワイシャツはインせずアウト、ズボンに至っては趣味の悪い柄の下着が見え隠れするレベルの腰パン、そしてネクタイなどしていない……これもまさに『不良』のレッテルが素晴らしく似合う身なりをしている。

 更に去年からボクシングジムに通っているそうで、その成果が表れているように体格もとい屈強な身体付きをお持ちだ。

 正直言うと……白倉以上に関わりたくない。

 そんな『決して近付くな。危険度最高』級の人物が、俺たちニ人の会話に割って入ってきた。


「…………」


 マドカを一瞥すると、既に戦闘モードの顔付きになっている。特に相手が村上であるから、一段と怖い……。

 出来れば彼女に全て任せたいと一瞬考えるが過るも、男としての意地を見せてやらんと先手を打つ。


「ど、どうひた……?」


 噛んだ、カッコ悪くて死にたくなった……。


「〝どうした〟じゃねぇよ。犯人オメェだろ!」


 しかし奇跡的に聞き取ってもらえ、誰からの嘲笑を味わう事なく話は進行を続けた。

 拾われなかったらなかったで、それはそれで複雑な気分に陥ってしまうんだけどね……。


「え、は、犯人……?」

「とぼけんな。先公はああ言ってたけどよ、本当はオメェが掃除の事チクったんだろ?」


 あ、なるほど……告げ口の犯人に仕立て上げられてるって訳か。

 てっきり以前パシられた際に復讐として御釣りの八割ネコババしたのが露見したのかと思ったよ。別件か、良かった良かった……いや良くないか。


「なぁ、なんとか言えよ!」

「えっと、俺は……」

「変な言い掛かりはやめてくれる……?」


 弁明の余地にあやかろうとモゴモゴさせていた口を開くと、マドカが先陣を切って否定意見を述べてくれた。

 ありがとう、カッコ良いよ。それに対して俺ってなんてカッコ悪いんだろ……。


「おうおう、さすがモッキーファン第一号の谷矢さん。こんな時でもクソザコのキモオタくん守ってあげるなんて優しいねぇ」


 意図的に煽り立てる台詞は、俺の繊細なガラスの心を粉砕直前まで痛め付けた。

 ああ、本当に優し過ぎて自分の情けなさが一際目立つよ……。


「当然でしょ。こっちはあなた達の要望を嫌々飲んできたというのに、自業自得で叱られた原因を根拠もなく彼に擦り付けてきたんだもの。非常識も甚だしいところよ」

「お~、怖い怖い。思わずションベン漏らしそうだわ!」


 知能指数が低めな発言後に、これまた品行方正の欠片も一切感じられない笑い声が教室内に響く。村上は見た目の反面、吐き出す言葉が小学生の悪ガキ並みでいちいち汚い。

 だからマドカは、クラスメイトの中で一段と毛嫌いしている。


「ま、チクってなくても掃除はモッキーの専門分野だ。んだぁかぁらぁ……今日もオメェがやるんだ!」

「あ……」


 利己的な態度を取ると同時に、隊長さんは女王様から箒を取り上げ、俺に向けて投げ渡してきた。無視して抵抗を試みれば漢気を見せれたものを、身体は正直に屈してしまい条件反射でキャッチしてしまう。なっさけな……。


「じゃ、よろしく~」

「ちょいちょ~い、勝手に話進めないでよ~」


 そろそろ終盤に差し掛かったところで、後方で茫然と見ていた白倉が参戦してきた。


「アタシ~メンドいとは言ったけ、どやらないとは一言も口にしてないから。それにクボっちにバレたら、今日以上に怒られっから~ッ!」

「心配すんなって。モッキーが『自分から進んで掃除しました』って証言すれば良いだけのハナシ~。つうワケだ、もしチクったらそん時は覚悟しとけよ……?」


 血走ったウインクが綺麗に輝いていた。


「はいはい……」


 彼の上機嫌を汚さんと、俺は不承不承に返事をする。断れば胸ぐら掴みからのグーパンチだろうからね。痛いのはなるべく避けるべきだ。


「ほらナズナ。キモオタも分かったってよ」

「へぇ、じゃあ……任せっちゃおっかな~」


 白倉の仏頂面がみるみる和らぎ、にひっと笑う。あれって本心か……?


「ちょっとあなた……調子に乗るのも大概にしなさい!」


 と、ここでマドカが激しい勢いで村上との距離を詰めだす。

 不良に立ち向かう勇気を示してくれたのは賞賛に値するが、そんな彼女を今日も止める。


「やめとけって……」

「ソウちゃん!」


 間に割って入ると、憎悪に満ちた顔が映る。怖っ……けど怖気づいている暇はない。


「気にすんな。俺なら大丈夫だから……」


 それに、明らかに向こうは右手を構えている。

 ありゃ軽くて平手打ち、最悪は右ストレートだろうな。

 気に入らない相手には暴力を振るう事に抵抗の無い村上は、下手したら女性にまで手を上げるクズとしても有名だ。

 幼馴染が目の前で暴力を受けたらどうしようか……その時果たして俺は動けるのか……今となっては心配しなくても良い結果となってくれた。


「お、ようやく自分の立場をわきまえたようだな。嬉しいぜ~モッキー君よぉ!」


 背後から右肩をポンポンと叩かれる。

 一回、二回までは軽くて若干心地良かったが、三回目で不意に勢いよく叩かれ、重い一撃に表情を歪ませる。

 後方から下卑た笑い声が響くと同時に、マドカが更に荒々しい顔付きをしだす。


「…………チッ」


 舌打ちが鳴ったということは、彼女の感情は激昂を意味している。

 このままマドカが村上相手に手を出せば、本当に洒落にならない結果になってしまう。


「大丈夫だってば、落ち着け……」


 だから俺は、怒りのパラメーターを少しでも下げようと宥める。

 後ろで下品な笑い声がなおも続き、さすがにイラつきは芽生えたが、そこをグっと堪えた。

 感情に任せても返り討ちに合うのは目に見えている。

 しかも俺だけではなく、マドカも傷付けてしまう事になれば、彼女と彼女のご両親に一生顔向けできなくなってしまう。

 我慢すればいつもの平和な時間が訪れる……俺が堪えれば良いんだ……。

 笑い声は治まってきているし、帰るのも時間の問題だろう。

 アイツらが完全に去ったところで、再度マドカを宥めれば良い。

 だから早く行ってくれ……。


「んじゃあな~、ちゃんと掃除やっとけよ~♪」


 自分の仕事を無理矢理押し付けてきた不良は戯れ言を残し、白倉含め残りの取り巻きを連れ、人に不快を覚えさせる笑いを発しながら教室を出ていく。

 奴らの声が完全に聞こえなくなるのに、一分と掛からなかった。

 これでようやく、静かになったか……。


「ソウちゃんっ!」


 と思ったのも束の間、昨日と同じ耳をつんざく幼馴染のお叱りが室内に響く。


「なんで毎回止めるの!? このままじゃ去年と同じように調子に乗る一方よ!」


 熱くなった感情が消化不良だったようで、村上にぶつけようとしたであろう最大級の怒りを向けてきた。あぁ……美人が台無しだ。


「落ち着けってマドカ……。俺なら大丈夫だから」

「またそう言って……いつも自分を犠牲にして辛くないの? さっきだって叩かれたの痛かったんでしょ?」

「まあ……多少は」

「だったら叩き返せば良かったじゃない!」


 彼女の猛攻は止まらず、圧倒されてしまう。けど今の発言には納得できなかった。


「はあ……。あのな、何回も言うようだけど……暴力を振るっても問題は解決しないぞ?」


 溜め息を吐き、聞き飽きたであろう〝彼〟の名言をマドカに伝えた。

 俺はこの台詞にえらくベタ惚れしている。

 言葉で分かり合える人間同士なのに、対話を拒絶して暴力を振るったところで感じるのは悲しい気持ちだけ……それを〝彼〟は教えてくれた。


「だからって何もしないのは逃げてるのと同じじゃない。言い訳ばかりで誤魔化して、辛いのは自分だって理解してるんでしょ。悔しくないの!?」


 だが険悪な表情を向ける幼馴染の心にはどうやら響かなかった様子だ。

 結構な頻度で聞かせてきたはずなんだけどな……。


「もう知らない!」


 機嫌を損ねたマドカが鞄を肩に掛け、足早に教室を後にした。

 薄っすら涙が見えたような……気のせいであると信じたい。


 ▲▲▲


 掃除を始めて十分前後が経過した。やはり昨日と比べ、効率は悪い。

 しかも、マドカを怒らせてしまったという点で寂しい気持ちも生じてくる。


 今になって考えてみると、彼女は俺を守ろうと必死だった。一度も見捨てる事なく、去年からずっと……。だがその行為を、踏みにじってしまった。

 お互いが痛い目に遭わないよう注視していた俺の言動は、自然と彼女を見限らせてしまっていたようだ。さて、この関係は修復できるのだろうか……。

 おまけに放課後の雑談に誘ってきた白倉は帰る始末。結局あいつは何がしたかったんだ。単に俺をからかいたかったのか、意図が掴めない。

 なんて考えていると、自然と箒を持つ手が止まっていた。


「あ~、モッキーさぼってる~」


 唯一の味方を失い欠けるのではないかと悲しみに暮れていると、無音の室内に女声が響く。小生意気な口調に、幼さを醸し出す声質、白倉薺以外ありえない。


「な、なんだ……戻ってきたのか」

「当然でしょ。せっかく話し相手ができたんだから」


 台詞こそ律儀で美しいが、目を細めて腕を組んだ態度はやけに高圧的だった。


「そっか。それならどうして俺に掃除任せて一旦帰るような真似したんだ?」

「だって仕方ないでしょ~。あそこで下手に粘って積極的な姿勢取ったりしたら、モッキー援護してるんじゃないのかって疑われてたかもしれなかったのよ。だったら、周りの空気を読んで期待に応えなきゃならないじゃ~ん」

「知らんがな」


 そこまで頭回さなきゃ学校生活って送れないのか。スクールカースト上位の立場も案外大変だな。一生最下層のヒエラルキーで良いわ。


「ところで、どうやって抜け出してきたんだ?」

「〝母親から頼まれ事〟作戦よ」

「あれ、一人暮らしは?」

「モッキー以外には言ってないも~ん。だから、変にも思われないってワケ~」

「ほぇ~……」


 彼女の考えに思わず感嘆の声を漏らす。

 急遽作戦が変更されたとはいえ、その場で考え付く臨機応変さは素直に見習いたい部分だ。

 俺も今度使ってみよ。それにしても助かった。

 戻ってきてくれたという事は掃除も捗るし、早めに切り上げられそうだ。


「よっしゃ、白倉も来たって事でさっさと掃除終わらせるか。じゃあ俺は埃掃くから雑巾お願いできるか?」

「は? するワケないじゃん。ネイル落ちたらどうしてくれんの?」


 おっと、勢い付いた明るい雰囲気がドス黒く濁ったぞ。

 顔は天使に近い微笑み、しかし発言が攻撃的で若干低いから本気な態度だ。

 ここは空気を読んで俺が折れるとしよう。


「……だったら雑巾掛けは俺がやるから箒のほうを」

「するワケないじゃん。制服に埃付くの嫌だし」


 我がままかな。


「……ならゴミ出しだけでも」

「するワケないじゃん。あそこ臭いし……そもそも掃除する気もないから」


 目先に見えた光が、一気に漆黒の闇へ引き摺り落とされる気分を味わった。


「もしかして……掃除が終わるまでずっと待ってるつもりか?」

「そういうこと♪」


 屈託の無い笑顔を見せられて苛ついたのは生まれてこの方初めてだ。


「元々の当番はお前だろ……?」

「そうだよ。でもさ、掃除引き受けてくれるってさっき言ってたじゃ~ん」

「あれは村上が怖くてつい……」

「とにかく、アタシが掃除するなんてぜぇ~ったい考えられないから。後はシクヨロ~」

「先生に見付かったら極刑もんだぞ……」

「だってその時はモッキーが誤魔化してくれるんでしょ? そしたらアタシは透かさず箒を持って『やってました』アピールすれば良いだけのハナシ~」


 こいつ……。

 特に白倉の力を借りなければならないという境地でないにしろ、何もせずただ待機するのなら出来れば手伝ってもらいたい。

 仕方ない……意欲を掻き立てる為にも方法を少し変えてみるか。


「終わったら言ってね~。それまでスマホいじってるから~」


 二人きりなのを良い事に、教卓の上に腰を掛けだした。

 怠惰な彼女を横目に、俺はふと天井を見上げ、右の人差し指を立てながら精神を安定させて台詞を吐く。


「母親が言っていた。掃除も満足に出来ない人間は、自分の心の汚れも落とせない……と」


「は? 突然なに言ってんの?」


 よし、ひとまず食い付いてはくれた。

 だからといって攻撃の手は緩めない。追撃開始っ!


「母親が言っていた。足元のゴミひとつ掃除できない人間には何もできない……と」

「なに? アタシに掃除しろって言ってんの?」


 いぐざくとりー。物分かりが良くて助かる。


「母親が言っていた。汚い教室の乱れは心の乱れだ……と」

「あのさ……マジやめてくんない? キモいんだけど……」


 反応が変わってきたな。もう少しってところか。


「母親が言っていた。掃除ひとつ出来ない人間は毎分小指をぶつける……と」

「分かった! 手伝う、手伝うからッ! もうそれやめて!」


 折れてきたか。よし、トドメだ。


「母親が言っていた。さあ、お前の汚した箇所を数えろ……と」



「分ぁぁぁかぁぁぁりぃぃぃまぁぁぁしぃぃぃたぁぁぁッ!」



 声を荒らげた白倉は、急いで箒と雑巾を準備しに教室を出ていって持って来てくれた。

 やっぱネチネチ母親の名言を口にして情に訴えかける作戦は効果あるな。


 ▲▲▲


 掃除は予定よりも八分早く終了した。

 というのも、四つ目の名言をどうも信用し切ってしまった白倉が全力で頑張ってくれたおかげだ。相当小指をぶつけたくなかったらしい。そりゃそうか。

 一方掃除の実力はというと、マドカよりかは劣るも丁寧に埃等を履いてくれた事には変わらない。

 しかも雑巾がけまで積極的に行ってくれたから有り難かった。


 ゴミ出し時は、集積所を陣取るカラスに対して番描ばんびょうさながらの威嚇で追い返してくれたおかげで、昨日と同様の恐怖を味あわずに済んだ。

 実際に『しゃあああぁぁぁっ!』って言う人初めて見たよ……。

 先ほどの状態を鮮明に思い出しつつ教室に戻ってくると、一段落を表すかのように白倉が適当に選んだ机に突っ伏す。


「うわぁ……づがれだ~……」


 これでもかと台詞に濁点を付けており、如何に普段掃除を真面に行っていないのかが様子から見て取れる。


「お疲れ様。さて、早く終わった事だし、話し合うか」


 突っ伏してから微動だにしない白倉に切り出すと、バッと顔を上げた。


「そうだ! 待ちに待ったマスクド戦士雑談会ッ!」


 そんなに楽しみにしてたのか。

 意外なほどの高揚感を見せてくれた彼女に対し、こちらも少し会話をする為の気合いを入れる。向こうがこれほど楽しみに待ってくれていたのだから、適当に話を合わせては失礼に値してしまうからだ。

 白倉が窓側隅にある自席に向かい、俺もゆっくりと後を追う。

 彼女の前席の子の椅子を後方に回し、対面する。


「んじゃ、お手並みを拝見させていただきますか」

「へっへ~ん。アタシの知識量嘗めてると痛い目見るよ~?」

「そりゃあ期待できそうだ。では、始めるとしましょうかね」

「うん!」


 夕日に照らされる白倉は、いつもとは違う笑顔を俺に見せながら陽気に頷いた。

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