白倉薺の辛酸
殴られた箇所を優しく優しく撫でつつ、先ほど耳にした疑わしい台詞を脳内で再生する。
録音時間は午前八時九分、再生時間は二秒六七、それではお聞きください。
≪アタシ……この作品大好きだから≫
信用できねえええぇぇぇ。
俺は今非常に混沌している……混沌を極めている……。
あの白倉が……マスクド戦士好き?
一年の頃、関連アプリをプレイしていただけで唐突にディスってきたあの女王様が……。
原作の小説を読んでいただけで嘲笑されたし、昨日だって必死に集めたストラップを捨てようともしてたよな……。思い返せば返すほど、『愛』と『言動』が結び付いてない。
そしたら俺が出す答えはただひとつ。
「やっぱお前、別世界戦の白倉だろ?」
「しつこい」
否定と脛への痛みを同時に貰った。いらんオプションが付いたもんだ。
「いっつぅ~……」
「次それ言ったら反対も蹴るから~……」
片足立ち姿勢を保ち、蹴られた箇所を擦って癒しを与える。
微量の涙を浮かべながら白倉に視線を向けると、ゴミか害虫でも見るかのような冷たい眼差しをしていた。透かさず俺の顔は青ざめ、情けなく『ごめんなさい……』と口走る始末。
綺麗な瞳に書かれた〝本気〟は生涯忘れられないだろう。
とにもかくにも、この一瞬で俺の頭には何点かの疑問が思い浮かんだ。
それをひとつずつ消化していこう。
「えっと……質問良いか?」
「なに……」
先ほどの怒りパラメーターがゼロに下がっていないのか、顰められた眉は継続状態のままだ。今の一睨みで口から出そうとした言葉が喉の奥に引っ込もうとしたが、全力で押さえ本来の働きを実行させる。
「好きなら好きで、どうして去年からずっと作品自体を否定するような言動を取ってきたんだ……。昨日も俺のラバーストラップ捨てようとしてたし……」
趣味嗜好が一致するなら去年からでも友好関係を結べたはず。
それをこいつは今まで否定する態度を取り、しかも躊躇せず嘲笑してきた。
余程の深い理由があるのかと、勝手に想像してしまう。さて、どう答えてくれるのやら。
「んなの決まってるじゃない。イメージよ。クラスでの立ち位置を崩さない為に一芝居打ってたのよ」
「し、芝居……?」
〝立ち位置を崩さない〟も放っておけないが、その次の単語が数倍引っ掛かった。
芝居ってなんぞや。
「そうよ。『天下の女王様』こと白倉薺が、実は特撮オタクでした』。なぁんてバレたら、即行で今の地位から引き摺り下ろされること間違い無しなんだから」
自分で『天下の女王様』とか言うな、自分で。
あまりの自尊心の高さに少し引いた。だが事実なのが悔しいところ。
自信の表れなのか、腕を組んで威張った態度を取ってきた。
しかし今更という名の見慣れた姿勢である為、少し苛付きが生じるのみで済んだ。
「だからって、あそこまでする必要はないだろ……。自分も好きな作品なのに、バカにして辛くなかったのか……?」
「辛かったに決まってるでしょ。でもね、こうでもしないとアタシの望んでた学校ライフが真っ白になっちゃうの。そんなの絶対ヤダっ!」
何とも自分本位千パーセントな考え方……。
朝から一気に情報量を吸収したせいか、若干の頭痛と目眩が生じた。
片手で両のこめかみを押さえる。
「何でそんなに学校でのイメージを大切にしてるんだ……。何がお前をそう掻き立てているんだ……?」
「う……」
根本的な部分を突くと、白倉の覇気が無くなる。視線は徐々に横に逸れ、唇上下を内側に仕舞い込んだ。言い辛い、と嫌でも伝わる。
先ほど彼女は〝学校ライフ〟をどうとかと口にしていた。人の精神を長い期間追い込むぐらいだから、余程の野望があるのかもしれない。
色々と不満は募っているが、向こうも理由があっての行動だろう。まずは話を聞く、考えるのはそれからだ。
「……したくないからよ」
ようやく絞り出された台詞だが、耳で処理できる大きさではなかった。
思わず『え?』と返してしまう。
「高校生活〝は〟失敗したくないからよッ!」
要求に応じてくれた白倉が、次は確実に聞き取れる大きさで発言してくれた。
高校生活……『は』。助詞だけで、何かしらの大事件が発生した事が窺える。
絶対このあと『白倉薺・回想編』に突入して、彼女の壮絶な記憶を振り返る王道的展開に突入するだろう。同情の準備をしておくか。
「信じても信じなくてもどっちでも良いけど、アタシ……中学では虐められてたのよ」
ビンゴ。自ら暴露してくれるのは有り難いが、内容が想像より重たい。
だが聞いてしまった以上、適度な問い掛けが必要だ。
「げ、原因は……?」
「コレよ……」
第一の問いは逆鱗に触れずに通過、返答は彼女が手にする箱が証明してくれた。
「マジック……か?」
「正確には『マスクド戦士』よ……。中学の頃に観始めて、今のアンタと同じようにグッズぶら下げてたりしたら、見事にターゲットにされた……」
特撮オタクでの対象か。まるっきり現状俺と似たり寄ったりな経験してきてるんだな。
「そんな噂、一回も聞いた事ないぞ。それに今の身なりからしてその……まったく想像が湧かないっていうか……」
「そりゃそーよね。その為に県外の高校選んだんだし、自分自身も変えたんだから」
大きく見せるように腰に手を当て、ふんすと鼻を鳴らす。へぇ、意外と苦労人なのか。
「それでも、マスクド好きはやめなかったんだな……?」
「当ったり前でしょ!」
淡々と詰め寄られ、距離が縮まる。
「虐めの原因にはなったけど、すっごく大好きなんだからっ!」
ムッとした膨れっ面が視界いっぱいに広がった。
えぇ……っと、可愛いです。そんな場合じゃなかった。
「そ、そこまで言うなら試しに公表してみたらどうだ。お前レベルならカミングアウトしても、みんな受け入れてくれるんじゃないのか?」
実際リアが昨日受け入れられた訳だし、大差は無いと思うんだが。
しかし彼女の中では不正解だったらしく、眉間のシワが一層寄せられる。
マドカには劣るけど、こっちも充分に怖い。
「マスクド信者のモッキー毎日のように虐めてて『実はアタシもでした~ッ!』……な~んて口が裂けても言えるワケないでしょ。少しはイメージってモノに頭働かせなさいよ、キモいんだから!」
饒舌に言葉を紡ぎ出され、今の一瞬で凄く心に傷を負わされた。ナチュラルな侮辱って怖い。
「なら何でリアは許したんだ。身近なやつがオッケーならその流れでいけるだろ?」
「あの子は雰囲気的に許せちゃうのよ。でもアタシは絶対にアウト。単なる予想に過ぎないけどね。だから誰にも打ち明けられずに、ず~っとこの趣味隠し通してきたってワケ~」
白倉が額に手を当て、重い息を吐く。
「だけど、今こうして俺には打ち明けてくれてるよな……?」
「昨日含めて隠し切れない要因がいくつも重なったからよ。それに、バラしたところでモッキーには言い触らす勇気なんて無いだろうからね~」
「分からんぞ。人間って変なところで勇気大開放する時あるから」
「へぇ……」
少し本気姿勢を取って目付きも変えた。が、反対に目を細めて微笑を浮かべた女王様の前では『蛇に睨まれた蛙』の如く萎縮し、瞬時に作り上げた〝本気〟が容易く崩壊してしまった。
「ま、言いたいんなら止めはしないけど~。クラスから総スカン喰らってる人間の話なんか誰が信じるのかしらね~」
「うぐ……」
核心をつかれて吐きそうになった。彼女の発言はもっともだ。
スクールカースト上位に君臨する白倉は、クラスメイトたちからの信用度が抜群に高い。
対称的に、迫害を受けて信用度がカラッからに乾き切っている俺の言う事など、妬み嫉みによる虚言だと捉えられるのがオチ。
天地がひっくり返りでもしなければ、マドカ以外からの信用は皆無。
下手すれば翌日、早ければ今日から虐めがエスカレートしていく未来が安易に予想できる。
改めて自分の置かれている立場に、自害を図ろうかと過るほど負の感情が積み重なった。
俺のメンタルはボロボロだ。
「ま、そういうワケだから~。下手な行動は控えたほうが良いよと、一応アタシからは忠告しておくね~」
こちらには目もくれず、おさげの部分を弄り出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ白倉」
「な、なによ……」
今度は俺が熱を帯びて切り出すと、白倉が表情を強張らせて半歩下がった。
「お前の辛い過去や事情は大体分かった。だけど、なんでそこから俺への虐めに発展したんだ……?」
素性は理解できたにしろ、不明な点は解決されていない。もっとも知りたい部分を聞き出そうと熱くなるのも仕方のない事だ。
「お、落ち着いて。アタシだって、最初から虐めるつもりなんてなかったんだから」
「……は?」
てっきり堂々と特撮好きをアピールしている俺に対しての嫉妬かと考えたが、見当違いの回答を出され、見開いてしまう。
「え、お前……初めて俺に掛けた言葉、覚えてるか……?」
「ハッキリとね……。酷いこと言ったって今でも反省してるわ」
「だったらどうして……?」
「イメージを守る為よ」
「またそれか……」
最早芸能人レベルの意識の高さだ。いずれ通行人Aの役とかで出演したら、次の日からマスクとサングラスしてきそう。
「当ったり前でしょ。周りの期待に答えないと、アタシの人生危ぶまれちゃうもん」
「それは人を傷付けて良い理由に結びつくのか……?」
「う、ごめん……」
先ほどの御返しにピンポイントに攻めると、逆切れせずにしおらしく謝ってきた。
正反対な一面に、改めて身の毛がよだつ。
「でもね、訳だけは聞いて。じゃないと、アタシの気が治まらないから……」
「あ、ああ……」
虐めの動機、傍から聞けば並みの精神力を持ち合わせない限り耳を貸したくない話題だ。しかし、俺はそこをどうしても明確にしたい。
胸がどきどき張り詰めてくるのを感じながら、彼女の経緯を聞く姿勢を取る。
「あの時、オタク趣味のカミングアウトする良いきっかけになってくれればと思って、みんなの前でモッキーのマスクド戦士好きをイジったの……」
「そしたら何て……?」
「えっと……聞きたい……?」
覚悟の上で頷くと、案の定『子供っぽい』『気持ち悪い』の罵詈雑言で、詳細を求めた選択肢を後悔した。目頭を強く押さえ、質問を続ける。
「白倉はその時、どう感じたんだ……?」
「可哀想だって思ったよ。やっぱ何処もそうなんだなって。でも、下手に援護したらオタクバレして昔の繰り返しになると思ったから、仕方なく周囲に合わせたの
よ……。」
危険予知ってやつか。
「そこからどう進んであの結果に……?」
「冷やかそうって空気になって、最初は別の人が行こうとしてたの。それはさすがに……と思ってアタシが名乗り出たんだけど、何て声掛けて良いのか分かんなくて、咄嗟に思い付いた台詞がアレだったってワケ……」
「…………」
……開いた口が塞がらない。
……呆れて言葉も出ない。
えっと…………泣いて良いすか。
俺は……俺はそんな……そんなくっだらなく交わされた雑談をきっかけに約一年弱も疎外を受けてきたのか……。不十分過ぎる動機に涙が止まらなかった。
▲▲▲
一通り心の涙を流し終え、白倉が俺を虐めてきた経緯を不本意にも受け入れる。
白倉薺は、飽くまでも自分のイメージを崩さない為に長期間も俺を貶し、謗り、痛め付けてきた。一種の防衛手段だ。
中学時代、当時中間ポジションに位置していた彼女は、今の俺と同様マスクド戦士好きを公に学校生活を送っていた。
しかし、その時のスクールカースト上位の男女から精神的、身体的にも暴力を振るわれ、悲惨な毎日を繰り返していたという。
何度か不登校になりかけながらも、無事卒業。過去の記憶を消し去りたい思いから、県外の高校を選び……今俺たちが在学する
昔の惨劇、劣悪な環境を再発させない為にも、彼女は自分自身を変えた。
美容にも気を配り、メイクも独学、ただ趣味嗜好を変える事には至らなかったそうだ。
白倉にとってマスクド戦士からどのような影響を受け、どういった存在なのかは不明だが、好きに理由はいらないとどっかの誰かさんが言っていた。
要約しての感想…………納得しにくいわボケ。
元虐められっ子が虐めっ子になるケースはよく創作物で見掛けるが、自分が受けてきた不快を他人にも味合わせるなど、決して許される行為ではない。
自分が良ければ他人は良いのか……俺の感情は不満で膨れ上がっている。だからこの場を一刻も早く離れたい。
教室に戻って机に突っ伏して、目を閉じて数分間現実を忘れたい。そんな衝動に駆られる。
事情も理解したし、退散しよう。
「じゃ、俺先に戻るから……」
「あ、ちょっと待って。最後に言いたい事があるの」
振り向いてまた振り返る。実質その場で一周した。
そんな情報は不要と見做して即刻排除し、聞く姿勢を取る。
「なんだ、更にショックを与えるつもりか……?」
因みにここまでで俺のメンタルは非常に憔悴し切っている。
下手したら崩壊の未来が危ぶまれるだろう。
「違うって。モッキー、アタシの秘密知っちゃったワケなんだよね~。だったら~、責任取るってのが筋ってもんじゃないのかな~?」
「……は?」
腹立たしさを通り越して無の感情に突入する。
この期に及んでまだ自分本位を貫き通そうってのか、この女王様は……。
「なんだよ責任って……アホらしい」
「断るってんなら、今日から脛以外に股間も蹴るよ……?」
「それダメ絶対!」
ご先祖様が築き上げてきた石森家の歴史が俺で途絶えてしまう。
「じゃ、決まりね」
背丈が中学生並みに小さい白倉の上目遣いと笑顔が炸裂する。
あのな……可愛い顔してそれは核兵器並みの威力だぞ。平静でいろ……素因数分解を数えるんだ……よし、動悸が治まった。
「いや、決まりって言っても……そもそも責任って何するんだよ……?」
「そうね~……じゃあまず手始めに、雑談なんてどうかしら?」
「雑談……?」
パシリとかじゃなく、まさかまさかの〝お喋り〟ですか。身構えた力の何パーセントかを返してくれ。
「そ。簡単に言えば、互いのマスクド愛を共有する為の話し合いってところかしらね~。アタシ今、リアルで会話する相手が欲しいのよ」
「ネットじゃダメなのか……?」
「ヤダ。アイツら少し間違った情報呟くと即マウント取ってきて荒らしてくるから嫌い!」
せやな。その意見は否定せずに肯定しておこう。
「じゃあ、リアはどうなんだ。俺と同レベルの知識持ってるし、同性同士で話しやすいんじゃないのか?」
「リアっちはダメ。内容ひとつでも間違ったりしたら殺されちゃう!」
「人の妹を化け物みたいに言うな……」
「だ、だって先週辺り、うちのメンバーのひとりがリアっちのバッグに付けてるストラップ見て、適当に語ったり冷やかしかりしたのよ」
それは……なんと自殺行為な。
「そしたら……?」
「もっっっの凄く睨んできた。そっから一気に険悪なムードになって、機嫌取ろうとカラオケ行ったりご飯奢ったりしたんだけども、ぜ~んぜんダメ。最終的にそいつ公衆の面前で土下座させてた」
我が妹末恐るべし……。
まあ、実際あいつは中学時代に『ノベルト』を侮辱してきた男子生徒を、血祭りにあげたという拭い切れない伝説を残している。相手は全治一ヶ月。よく生き残れたもんだ。
昔から好きな物を傷付けられると気性が荒くなる性格は、兄の俺でも恐れている。
「それに、リアっちにはまだバレたくないのよね。増えたりしちゃうと、色々とメンドくさくなりそうだしさ。ていうか、アンタが責任取るんだから元からアンタ一択だし!」
く、そこ誤魔化せなかったか。
「分かったよ……。それじゃあ、いつ話そうか。昼休みとか?」
「放課後まで待ってて」
「なんでまた……」
今みたいな時でも充分に話せると思うんだが……。
「だって語るとなると、多くゆっくり話す事になるワケだし~。それに昼とか、嫌われ者のモッキーとこっそり会話してるのを誰かに見られたら、絶対妙な噂とか立っちゃうもん!」
「そうでございますか……」
腑に落ちないけど納得してしまった自分が憎い。
「あ、それと今後の絡み方についてだけど」
「おう……それ気になってた」
話し相手になってやるんだ。これまでよりかは良い待遇にしてくれるって約束だろ。
「いつも通りにするね」
清々しい笑顔で『お前まだまだ虐めちゃうぞ☆』宣言された。
「ちょっと待て……。せっかくお前の要望飲んでくれたヤツまた虐めるって……脳内の理性システムどうなってんだ。狂ってんのか?」
「だって~、いきなり優しくしたら勘繰られて変に思われる確率高くなるじゃん?」
「あ……」
的を射ている発言に同感してしまう。こいつ……地味に頭良いな。
「だ、だったらせめて、趣味については弄らないでくれ。好きな作品悪く言われると、さすがに我慢も限度を超えてくるから……」
「分かってるって、その点は心配しないで」
「助かるよ……」
「今日からは、モッキー単体で虐める事にするから」
ん~……もうそれでいいや☆
考えるのはやめだ(ヤケクソ)!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます