掃除当番代行(強制)

「モッキ~、掃除当番変わって~♪」


 昨日も一昨日も耳にした、『お願い』の皮を被った命令が下された。


 ねぇ、知ってるぅ?

 僕らヒューマンの中にはぁ『はい君』『いいえ君』って呼称される妖精さんが図太く居候してるんだよ。

 でもね、その『いいえ君』がコンマ数秒前『もうアナタについていけません。さようなら』なぁんて書置き残して旅立って行っちゃったんだよね。

 おかげでさ、現状『はい君』が全力で前に出ようとしてるのを、血眼になって止めてる最中なんだ。あ~……他に『いいえ君』みたいな勇気ある子、いないかなぁ。


(ツンツン)


 お、『いいえ君』……戻って来てくれたか……待ってたよ。


 ≪Hey!≫


 オ~、キミは〝コウカンリュウガクセイ〟の『YES君』じゃないか。

『いいえ君』めぇ、こっそり手続きしてくれたな~。悪い子だ。まあ、いっか。

 ヨロシクね、『YES君』っ!

 キミに会えて嬉しいよアイムハッピー。


 ≪Me too!≫


 そして帰れ、貴様は不要だ。


 ≪Fu○k!≫


 せっかく来てくれた『YES君』は中指よろしくで退散し、闇の奥へと消えていった。


 ……などという寸劇はこのぐらいにして、説明せずとも選択の余地は無い。

 これが恋愛シミュレーションゲームのイベント中なら了承する返事の他に『勇気を持って断ろう』あるいは『手伝うから一緒に掃除しちゃおうよ』という好感度アップ&フラグ回収に持ち込める選択肢が下記に表示されるのだが、ここは現実。そして非情なり。

『はい』一択だ。

 おまけに後方のお仲間さんたちが目から破壊光線を放つ勢いでメンチを切らせてくるもんだから、断る気すら元から微塵も起きない。なので。


「あいよ……」


 彼女のを計画を欠けさせない希望通りの答えを返し、掃除係を受け持つ道を選んで箒を受け取る。まあ掃除ぐらい、俺以外なにも問題が無いのなら別にいいか。


「ダメよ、ソウちゃん」


 ワーニング。早速問題発生。マドカに分捕られてしまった。

 返せよ、俺の箒。返してくれよ!


「あなたに任された仕事でしょ。責任を持ってさっさとやりなさい」


 一度受け渡しの済んだ箒が白倉の前に戻る。その一瞬だけで雰囲気が悪くなった。


「なんだよ女狐……。モッキーがオッケーしたの聞いてただろ……?」

「恫喝したからでしょ。つべこべ言わずに始めなさい!」

「……あ?」


 白倉の眉がぴくっと動く。ここまで好き放題言われるという事は〝下に見られている〟と理解したのだろう。

 結果、プライドが傷付いたであろう女王様が、明らかに暴力を振るう際の目付きをしだす。

 毎日喰らっているし、間違えるはずがない。


「マドカ、大丈夫だから」


 幼馴染とギャルの間に割り込み、仲裁に入る。

 横からでも充分に迫力のあった表情は、真正面からだともっと怖かった。

 心臓が仕事放棄するところだったよ……。


「ソウちゃんッ!」


 気圧されて萎縮寸前だったが、負けじと言葉を掛ける。


「俺は大丈夫だから。マドカが気にする事じゃないって!」

「ほ~ら、本人もこう言っているワケだし~。あんまでしゃばった真似すんなって~の」

「…………ッ!」


 歯を噛み締めるマドカに対し、『はいはい、どうどう……』と静かに宥める。

 最後の最後で煽るなよ……。


「ナズナ~、早くしろよ?」

「待ちくたびれた~!」

「急げよぉ、オレ飲み物買いたいんだから~!」

「おっけ~、ごめんね~」


 遣り取りを終えた五人が、廊下に笑い声を響かせながら歩き去っていく。

 教室に残った俺とマドカは、対面したまましばらく黙っていた。


「どうして……」


 先に口を開いたのは向こうだった。


「どうしていつもいつも、あの女の言いなりなの。ソウちゃん何も悪い事してないでしょ。言う時はハッキリ言わないと、去年の繰り返しで日に日にエスカレートしていくよ!」

「いいんだって、刃物向けられて命取られる訳でもないんだからさ。それに、さっきも止めていなかったら、俺みたいに脛蹴られるか、最悪殴り合いの喧嘩が勃発していたかもしれないんだぞ?」

「別に構わないわよ……。それを理由にあのバカを退学処分にさせてやる……ッ!」


 目の色に迷いが見受けられない。ザ・本気だ。


「だけど代償として一生残る傷が出来たらどうするんだ。せっかく綺麗になったんだし、少しは自分の心配をしたほうが良いぞ」


 あ……今俺、ナチュラルに歯が浮くような台詞吐いちまった。

 ヤッベ、絶対気持ち悪がられたわ。


「え、あ……ありがとう……」


 セーフでした。

 嫌われる確率千パーセントは見事外れ、早くなった心拍が落ち着くのを感じる。


「じゃ、じゃあ俺は掃除しなきゃだから、マドカは先に帰ってて良いぞ」

「ううん、私も手伝う」

「え、いいのか?」

「うん、私が痛い目に遭うのを守ってくれたお礼」

「マジか、助かるよ……」


 正直一人で掃除をするとなると、床を掃いて、雑巾で拭いて、ゴミ出しまでの一連の流れを熟さなければならない。猫の手も借りたかった近況、その協調性が非常に有り難かった。


「ほら、早く終わらせて帰ろ」

「だな。じゃあ俺バケツと雑巾用意してくるから、箒頼んでいいか?」

「うん、任せて」


 先ほどは白倉に渡す一心で早く離したかった様子の箒を、今度は大事そうに持ち直す。

 箒もどこか、マドカの手の中で安心し切っているように見えた。なに考えてんだ気持ちわり。

 それから約三十分間、俺たちは一心不乱で教室掃除に励んだ。

 箒担当のマドカは、隅から隅まで溜まった埃を集め出し、雑巾担当である俺は隙間なく床を磨く。途中言葉を交わす訳でもなく、どちらかが一方的に喋り続ける事も無い。

 おかげで予定よりも早くゴミ出しに行けそうだ。


「じゃ、ゴミ出ししてくるから」

「待って。私も行く」

「オッケー」


 ここでようやく会話が生まれた。

 ダストボックスから廃棄物の溜まった袋を取り出し、それを校舎裏まで運んでいく。

 校舎裏には清掃員さんが使用する用具室とは他に、集積所が設置されてある。

 ちょこちょこ生ゴミを狙ってカラスが陣取っている時があるが、今日はいなくてホッと胸を撫で下ろす。

 しかし上空から鳴き声が聞こえ、急いで袋を置いて早足に退散する。

 マドカも感付いてくれたのか、一言も聞かず行動を合わせてくれた。


「よく分かったな?」

「勿論、ソウちゃんの考える事なんてお見通しよ」

「ほお、幼馴染の直感は伊達じゃないってか」

「ふふ、そうね」


 マドカが気さくに微笑む。

 その姿からは、先ほどの怒りボルテージMAX時と同一人物である事が想像できない。

 改めて俺は礼を言う。


「今日は本当にありがとな。助かったよ」

「こちらこそ、守ってくれてありがと」


 お礼をしたつもりがお礼し返されてしまった。

 時折思う。なんでこの子は俺なんかを守ってくれるのだろうか。

 クラスのスクールカースト上位に目を付けられているヤツとなんて、接しないのが普通だ。

 なのに俺がどんなにバカにされようと距離は置かないし、寧ろどんどん積極的に交流を深めてきてくれている。

 今朝もそうだ。もしかしたら殴られていたかもしれない状況の中で、マドカは俺のストラップを取り返してくれた。

 昼休みだって、さっきだって……相手の理不尽な言動に幾度とぶつかってくれる。

 彼女には本当に頭が上がらない……というか上げる気も無い。

 このままの関係で良いのだろうか……いや、良いんだ。勇気と無謀を履き違えて今を崩したくはない。変化無き現状維持こそ至幸だ。

 それはそうと、彼女に何か出来ないだろうか。


「マドカ、このあと暇か?」

「え、うん……特に予定は無いけど。どうして?」

「それはその……このあと一緒に街中でも行こうかかなと思って」

「…………え?」

「ほら手伝ってくれたからさ、何かお礼がしたいんだよ。どっか行きたい場所あるか?」

「え、あ、あの……その……」


 顔を真っ赤にさせ、動揺の気配がよく表れている。なんだ。急に聞かれたから焦ったか。


「い、行きたい場所は、え~っと……そ、ソウちゃんの行きたい場所で、いいかな……?」

「俺の行きたい場所?」


 聞き返すと、首振り人形の如く高速で頷き出した。

 噴き出した汗が、ちょこちょこ雫が顔にかかる。焦燥感が溢れ過ぎだ。


「俺の行きたい場所かぁ……」


 となると〝あそこ〟だな。


「よし。そしたら荷物取ってきて行くか」

「う、うん……!」


 未だ顔を真っ赤にしたまま、マドカはもう一度頷いてくれた。


 ▲▲▲


「ふんふんふふ~ん♪ ふんふふ~♪」


 学校を出てからのマドカは、えらく気分上々であった。

 鼻歌交じりで俺よりも一歩先に足を進める。最早どちらが案内者やら……。


「なあマドカ、今からどこ行くのか知ってるのか?」

「え~、どこかな~♪」


 場所が不明なら何故先導する。奢ってもらえる事が余程嬉しいのか。現金なヤツ……。


「お~い、そんなポンポン行くと目的の場所通り過ぎちゃうぞぉ?」

「え~、だってまだ先でしょ~♪」


 あれ、さっき分からなかったはずじゃ。もしかして、心読まれた?

 さすがは幼馴染、読心術もお手の物か……。


「ふ~んふふん♪ ふんふふ~ふん♪」


 ……ていう訳でも無かったな。普通に目的地前を通過していった。


「マドカ、ここだぞぉ」

「え……?」


 気付いたら五歩ほど先に進んでいたマドカが、進行を止めて振り向いてくれた。


「え、だってソウちゃん。目的のお店って、向こうにあるんじゃ……?」

「なに言ってんだ。ここだって」


 動揺する様子……どうやら俺の『行きたい場所』と彼女の想像する『俺の行きたい場所』が見事にミスマッチしてしまったそうだ。手招きで呼び戻し、目的地が何処であったかの正解を示す。


 ホビーリサイクルショップ店『アラカワ・オフ』。


 新商品の販売だけでなく、買い取りも行い、それがまだ販売可能であれば適度な値段を付けて店頭に並べ、売りに出す。

 それが限定版やプレミアム価格が付いていれば高額で取引される、どこにでもある一般のリサイクル店だ。

 そして何故ここが俺の行きたい場所としてランク最高上位に入賞したのか。理由は簡単、『マスクド戦士』のグッズがいっぱい置いてあるからだ。

 幼少期の頃は買ってもらえなかった品が山ほど並べられ、値段は当時より少しお高めになっているが、それでも手が届く範囲だからあの時の悔しさを晴らす事が出来る。

 中学一年の時に偶然発見して以降、毎週土日は必ず来店、高校に進学してからは週三、四ペースで来ている。

 特に白倉どもに酷く見下された日には、心の癒し場所としても利用するレベル。

 正直、ここで寝泊まりしたいと言って良いほどこの店が大好きだ。

 さてさて、今日はどんなお宝が眠っているのだろうか……おらぁワクワクしてきたぞ。

 店舗を前に腹の底から高揚感が湧き上がり、自然と口角が上がる。


「よし、レッツご」

「待って!」


 マドカが制してきた。不意に腕を引っ張られ、肩が外れる一歩手前の激痛を味わう。


「どした、痛いぞ?」

「ご、ごめんね。でも、えっと……なんで……ここ?」

「〝俺の行きたい場所〟だから。マドカが言ったんだろ?」

「そ、そうだけど……。も、もう少し……お洒落な喫茶店とかが、良いかな~って」

「ははは、面白い冗談を言うなぁ。俺みたいな陰キャがお洒落な喫茶店に入ったらその瞬間で利用客全員腐るぞ?」

「そこまで自分を卑下しなくても……」


 可哀想な人を見る視線が深く突き刺さる。


「だから俺にはこういう場所がお似合いなんだって。ほら行こ?」

「待って!」


 もう一回引っ張るならせめて反対にして……連続攻撃はさすがに敵わん……。


「そ、ソウちゃんごめんね。でも〝ここ〟だけは遠慮したいかな~って……」

「……なんで? マドカだって『ノイズ』好きだろ。フィギュア置いてあったら買ってやるぞ」

「確かに好きだけど、どちらかと言うと私は『ストーリー』のほうを重視してるの。とにかく〝ここ〟は嫌っ!」

「なんで。〝俺の行きたい場所〟ならどこでも良いんじゃないのか?」

「そうは言ったけどまさか〝ここ〟だなんて……あ、コーヒーストア。コーヒーストアに行きたい!」

「コーヒーストアぁ?」

「うん。だってソウちゃん、私にお礼してくれるんでしょ? だったら私の希望する場所に変更しても良いよね!」


 まあ確かに、今回はマドカへのお礼だからな。彼女を優先するべきなのは当たり前か。


「だけどコーヒーっつったって、店員さんに復活の呪文言わなきゃならないんだろ?」

「またそういう事言う……。注文なら私がするから、ソウちゃんは心配しなくて大丈夫よ」

「ホントか……?」

「こんな事で嘘吐いても仕方ないでしょ。ほら、行きましょ」

「はいよ……」


 あまり乗り気ではないが、今は彼女が主役。我が儘を言う訳にもいかず、渋々と返事して素直に従う。

 コーヒーストアの何千倍も好きな『アラカワ・オフ』の前を通過するのは実に初だった。

 もしかしたら今とんでもないお宝が店頭に……やめよう。考えるだけ心を苦しめるだけだ。

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