妹が来た

【マスクド戦士】。


 三年前、毎週日曜朝八時の番組枠を飾った、特撮テレビドラマ作品の名称だ。

 同一の番組ではなく、『マスクド戦士』の名を冠した複数の番組が存在し、登場人物や設定を変えながら各一年間ずつシリーズとして放映されていた人気作品群でもある。

 リストとしては順番に。


 一作目:マスクド戦士 マジック

 二作目:マスクド戦士 テオス

 三作目:マスクド戦士 データ

 四作目:マスクド戦士 ノイズ

 五作目:マスクド戦士 ハンター

 六作目:マスクド戦士 忍火しのび

 七作目:マスクド戦士 サヴィア

 八作目:マスクド戦士 タイム

 九作目:マスクド戦士 エクシス

 十作目:マスクド戦士 ノベルト


 以上の計十作品である。

 約十年間休止する事なく継続されていた番組であったが、『ノベルト』を最後にシリーズは終了してしまった。ネット上に記載された噂によると、原作である小説を執筆していた著者が、突然失踪してしまったとかなんとか。

 しかし、放送終了後も今なお語り続けられているのは事実。定期的に握手会やヒーローショー、周年記念の映画などが公開されているほど、メディアにも多く取り上げられている。

 批判が相次いだグロテスク描写ですら、今や反面教師の一部。特撮の影響力とは凄まじい。


 無論、俺も『大』の付くファンの一人だ。


 戦う等身大のヒーロー。その概念に魅了され、幼少期の視聴をきっかけにすっかり引き込まれた。小説も全巻揃え、もう何周したかも把握できないぐらいに読み込んでいる。

 他にもグッズ収集、聖地巡礼、握手会、エキストラの応募など、放送当時は数々の可能な範囲を堪能してきた。

 子供番組を覆す圧倒的な世界観は、俺の人生の教科書とも言える。

 だから絶対に離れない。

 どんなに囃し立てられようと、お子様扱いを受けようが、好きなものは好きであり続ける。

 感動を与えてくれたのなら生涯愛していく。それが俺の考える『ファン』もとい『オタク』という生き物の特性だ。


 ▲▲▲


 四限目の終了を知らせるチャイムが校舎全体に鳴り響く。

 この音色をどれほど待ち詫びていたか……。

 既に空腹パラメーターは殆どゼロに近かった。

 二限目が体育だった為に朝食で得てきたエネルギーは一気に消費され、三限目と四限目は疲労と空腹に挟まれ地獄以上の何物でもなかった。

 それがようやく救われる……。


「ソウちゃん」

「ん?」


 突っ伏した顔を上げると、マドカが視界に入った。


「一緒にお弁当食べよ?」


 と聞いておきながら、マドカは運んできた椅子を前に持ってくる。


「了承する前提でしたか」

「断る理由があるの?」

「無い」

「じゃあ良いじゃん」


 俺専用の机の上に、いつもの赤いペイズリー柄の布に包まれた弁当箱と、水筒が置かれる。

 布が解かれると、中からは布と同じく赤い楕円形の容器が姿を現した。


「相変わらずの〝赤〟好きだな?」


 水筒も赤いし。


「うん。だって可愛いんだもん」

「可愛い……?」


 色を見てカッコイイとは感じるけど、可愛いっていう表現は初めて聞いたな。

 お年頃の女心はよく分からん……。


「そうよ。それにほら。私が付けてるカチューシャも、赤くて可愛いでしょ?」


 顔を少し傾け、前髪を下ろしたまま付けられた赤く細いカチューシャを指差す。

 言われてみれば。


「確かに可愛いな」

「でしょ」


 同意を得れて、ご満悦に喜色を浮かべてきた。

 だけど実際はマドカ単体が綺麗で可愛いから赤いカチューシャも可愛く見えるんだぞ。

 ……と付け加えたかったが、変に気取ったりすると気味悪がられて唯一の友達もいなくなってしまいそうだ。なので発言を留める。

 にしても、あの〝ぽっちゃり〟が代名詞だったマドカが、よくここまで変われたものだ。

 脳内で一番酷かった記憶と比較するが、同一人物とは到底思えない……。

 人ってここまで変われるんだな。


「あれ、ソウちゃん食べないの?」

「ん、ああ、ごめん。今出すよ」


 マズいマズい。幼馴染をただ黙って見続けるなんて、変態のやる事じゃないか。

 不審がられる前に俺もさっさと食べる準備をしよう。


「今日も手作り?」

「だよ」

「あの子の分も?」

「作ったさ」

「ふふ、いつもの優しいお兄ちゃんだね」

「やめてくれ」


 褒められて嬉しがれば良いものの、この年になってからは素直に受け取るのが恥ずかしくなってつい否定が口走ってしまう。ま、徐々に直していくか。

 などと今後の計画を立てつつ、鞄の奥底に仕舞い込んでいた弁当箱を机上に乗せる。

 予定では取り出した次に、白い容器が映るはず……だった。


「…………」


 目の前で起こった現状に、マドカも俺と同様に言葉を失う。


「ぶーっ! あーはっはっはっはっはっはッ!」


 そして隣から下品な吹き出しと笑い声が上がった。嫌なタイミングで購買部から帰ってきてくれたもんだ。あと口の飲み物ちょっと顔に掛かったぞ……。


「ちょ、何これ~狙ってんの? マジ……マジウケる~ッ!」


 買ってきた紙パックを握り潰し、中身のジュースを吹き零しながらも白倉は笑うのをやめない。ばんばんと机を叩く音は、クラスメイトたちの注目を集めた。勘弁してくれ。


「ナズナ~、何笑ってんだ」

「廊下まで響いてきたぞ」

「なになに~、なんか楽しい事~?」


 同じく購買部から戻ってきた、白倉兵士四名まで追加。タイミングが悪いにも程がある。


「いや、もう最高過ぎ~。モッキー本当に期待裏切らないんだもん!」

「へぇ、何持ってきたんだ。見せろよ」

「超気になるぅ」

「ほら、モッキ~。みんな見たがってるから見せてあげなってば~」

「いや~、見せる程のモノじゃ」

「見・せ・ろ……ッ!」


 空になった紙パックで頭を小突かれた。角だから余計に痛い。


「はい……」


 女王の苛立ちスイッチは、ジェット機並みの爆速。性格を分かっていながらも応じなかった俺の戦犯だ。


「…………」


 目先のマドカはというと、食事の邪魔をするなと言いたげに眼光を放っていた。地獄の閻魔様もびっくりして、自分の舌を引っこ抜いちゃうレベルの鋭さだ。

 そんな彼女を横目に、俺は白倉グループに渋々と見せた。

『マスクド戦士』オール主人公の集合イラストがプリントアウトされた、弁当箱のフタを。


 返ってきた答えは言うまでもなく嘲笑の嵐。涙が出そうだ。


「さすがだわモッキーっ! 意識高いなぁ!」

「もう今日で何回笑わせてくれんだよ。ああ、腹いてッ!」

「モッキーまじキッモ~」

「ちょっと~。それアタシの台詞~!」


 またしても教室内は『女王』と『兵士』たちの騒々しさで充満する。こいつらのエネルギーは底が知れない。

 すると背後から冷たい視線を感じた。

 恐る恐る振り返ると、『平民』ポジのクラスメイトたちが目を細めて俺を睨んでいる。

 明らかに不満を訴えてきている眼差しだ。


 …………また余計な事しやがって。

 …………うるさくしたのはお前のせいだ。

 …………静かな時間を返せ。


 直接言われた訳ではないが、どうも被害妄想が暴走を開始してしまう。

 気にし過ぎたか、と前に向き直ると。


「……あなた達、いい加減に!」


 マドカが静かに怒り出した。それを透かさず止める。


「ちょっと、ソウちゃん!」

「いいんだって。別に俺傷付いたりしてないから……」


 この場で止めなければ、最悪彼女に理不尽な暴力が振り掛かってくる。それだけは避けたい。


「でも……」

「大丈夫だ、心配するな。間違って持ってきた俺が悪いんだし」


 それに元から羞恥心は芽生えていない。

 ここで堂々と食せば、俺の愛は本物であると証明できる。どうだマスクド戦士の弁当箱だカッコイイだろ、俺は大好きなんだからな。若干恥ずかしいのは否めないけど。


「さ、早く食べよう。食べ終わっちまえばこっちのもんだ」

「う、うん……」


 少し不服そうな表情を浮かべてきたが、浮かせた腰をまた落としてくれた。

 隣の下品な笑い声、クラスメイトたちの痛い視線、以上二つを完全に無視してフタを開ける。


「すみませぇん」


 と、ここで来訪者登場。

 ノックと同時に訪問時の挨拶をしてくれたが、あまりのヤル気無しの声音だった為、未だ笑い続けるグループの声に掻き消されてしまう、

 のも束の間、先に笑いの刺激が治まったであろう白倉が、戸の前にいる生徒の存在に気付く。


「お、リアっちじゃ~ん!」


 来訪者の正体は女子生徒、しかも一年生だ。

 髪は両サイドで結ってあり、白倉とは違い、耳より上に結び目を作っている。

 正真正銘のツインテールだ。

 容姿に関しては、まるで小動物のようなあどけない可愛らしさがあり、つり目が特徴的。

 背は低くも、嘗めてかかれない不思議なオーラが彼女を覆っている。


「お、ナズちゃぁん。やっほぉ」

「やっほ~。どしたの?」

「うぅん、兄貴に用があって来たのぉ」

「へぇ、リアっちにお兄ちゃんいたんだ?」

「そだよぉ」

「え~、会ってみたいな~。どこにいるの?」

「ん~っと……あ、兄貴ぃ」

「……おいよ」


 実の妹、石森莉愛いしもりりあに呼ばれ、席を立つ。


「…………へ?」


 白倉が素っ頓狂な声を発し、取り巻き四名に至っては目を丸くしだした。


「なんだ、来たのか」

「あったりまえじゃぁん。ウチのお弁当箱、間違って持ってってるんだからさぁ」


 この校内でマスクド戦士の大ファンは俺一人だけじゃない。妹のリアもだ。

 推しは十番目の戦士こと『ノベルト』。

 五体投地する域に達しているほどの崇拝者だと、本人は語る。


「ごめん。今朝バタバタしてて、慌てて入れちゃったんだよ」

「もぉ、しっかりしてよぉ。ウチこんなに食べれないしぃ。つうかぁ、ノベルト様見ながらじゃないと、喉通らないからぁ」

「はいはい、分かったって。ごめんな」


 園児用の小さい容器を取り、持ってきてくれた俺専用のデカい弁当箱と交換する。

 考えてみたらこのサイズの差で間違えるか普通。きっと日頃の疲れだな。


「え、そのお弁当箱って……リアっちのだったの?」


 と、しばし兄妹のプライベートな部分を見せていたところに白倉が参入してきた。


「そうだよぉ。カッコイイでしょ?」


 誇示するように両手で支え、キャラ入りのフタを見せる。うちの妹、天使だなぁ……シスコンじゃないぞ。


「え、そ、そう……だね」


 天使の微笑みは白倉にも伝わり、先ほどまで否定していたマスクド戦士たちを褒めた。その感想にリアは、にひっと歯を剥き出して笑う。可愛いいいぃぃぃシスコンじゃないぞ。


「じゃあ兄貴ぃ、戻るねぇ」

「おう、階段気を付けろよ」

「うぇ~い」


 廊下に出たリアを見送り、視界から見えなくなったところで再び教室に入る。

 数分前まで鬱陶しかったスクールカースト上位五名は、呆然と俺に視線を向けていた。一人に関しては食べ掛けのパンを落とす始末。そこまでショックかい。

 リアは入学から一週間も経たない内に、白倉のグループに気に入られた。本人は特に抵抗も感じず、酷い扱いを受けている様子でもない。安全領域の保証は兄としても誇りに思う。


 しかし、その安心も本日を以て終わりが告げられる。

 毎日のように蔑まれている、石森爽真の実妹と明るみになってしまったのだから。

 俺と兄妹関係があると虐めの対象にされてしまうと恐れ、今日の今日まで隠し通してきたというのに、なんて大誤算だ。

 既にあいつらはどう虐めてやろうかと思考を巡らしているはず。兄の二の舞にならない為にも、放課後は即行回収して全力ダッシュで帰らなければ。


「いやぁ、リアっちの兄貴がモッキーだったなんてな……」

「名字一緒でマスクド好きだから、まさかな~って思ってたらガチかよ……」


 ああ、そうさ。だが酷い目には合わせないぞ。いざとなったら戦ってやる。かかってこいや。


「んでもさぁ、リアっちがマスクドオタクって……なんか良くなぁい?」


 …………は?


「ああ、んだな。モッキーだとただのキモキモ製造機にしか見えねぇけど、リアっちはなんかこう……可愛く思えてくるな」


 おい、百歩譲ってリアが可愛いのは認めよう。俺だって週七でこっそり添い寝してるからなシスコンじゃないぞ。

 それはさておいて、贔屓ひいきな発言を聞き取った。

 妹は許せるけど俺はダメ……なんで?


「だよねだよね~。リアっち可愛いなぁ、ますます気に入っちゃった!」

「今後はリアっちの前ではマスクド戦士バカにできないなぁ。つうかさ、人の好きなもんバカにするとかヒドクね?」

「あ~それ思う~。ホント、最低よね~」


 もしも~し、記憶力改造されましたか。

 なるほどねぇ、性別が異なると気味悪がるコンテンツも可愛いに早変わりですか。

 そうですかそうですか、ふぅん。


 え、怖いわああぁぁ。キミたち怖いわああぁぁ。

 素晴らしい掌返し。人間が怖くなってきた。


 忌々しい贔屓に、声を大にして言いたい事を内心で呟く。勢いに任せてしまえば最悪な結果は免れない。我慢だ、我慢するべき。

 取り敢えず、リアが俺と同じ扱いを受けずには済んだ。そこは確定した。

 奮い立たせる身体を必死に抑え、弁当箱を持って俺はぷるぷると自席に戻る。


「ま、待たせてごめんな。マドカ」

「ううん、大丈夫。それよりも良かったね、リアちゃんが届けに来てくれて」

「あ、ああ、なんだかんだ言ってくるけど優しい妹だよ、あいつは」

「ふふ、そうね。私も、リアちゃんのような妹と、ソウちゃんのようなお兄ちゃんが欲しかったな……」

「は、ははは……からかうなって」


 陰気な空気から一変、妹リアのおかげで昼食時間を取り戻せた。陰気な空気から一変、妹リアのおかげで昼食時間を取り戻せた。さて、ブルーな気持ちはここまでにして、念願のエネルギー補給とご対面しようじゃないか。


 パカ(〝中身ぐっちゃぐちゃ〟)


 あまりの汚い絵面にマドカが本気で引く。

 あいつ……間違えられた怒りで一旦シェイクしやがったな。

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