(2)夜中の太陽
ドアを開けるとそこは、別世界だった。
昼間何度も通った廊下は、見違えるほど不気味な空間へと変わっていた。
部屋から漏れ出た明かりも、どうやらすぐ目の前の足元を照らすのが精一杯のようだ。
部屋が明るい分、余計に廊下の暗さが際立つ。
妙な寒さを覚えたカイは、一度ドアを閉め、クローゼットから上着を取って羽織った。
上着のえりをビシッと正す。意を決して、もう一度ドアを開ける。
やっぱりそこは、相変わらずの別世界。
何も変わるはずがない。行くしかない。
カイは目にギンと力を入れ、勇気を振り絞って力強く一歩目を踏み出した。
進めば進むほどに、暗闇にすっぽりと飲み込まれていく。
部屋の光はもう、届かなくなった。
敵はどこに潜んでいるかわからない。一時も隙を見せるわけにはいかなかった。
廊下という構造上、常に背後にも警戒しなければならない。
これが余計にカイを追い詰めた。
前後をキョロキョロしながら神経を張り巡らせ、カイは少し腰を落としてそろりそろりと歩いた。
その時、カイの上着のポケットから、コトンと、ビー玉が転げ落ちた。
「ひいっ!!?」
ほぼ無意識的にカイは、前方へがむしゃらにダッシュしていた。
この時のカイは、きっと街一番の俊足だったに違いない。
気がつくとカイは、廊下をすっかり通り抜けた、階段の前まで来ていた。
額の汗を拭い、ふぅと胸を撫で下ろす。
もうポケットにビー玉は入れない、そう決心したのだった。
カイは次第に、自分の目が暗闇に慣れてきていることに気がついた。
隣の部屋のドア、窓際に置かれた花瓶、床の板の木目。
ぼんやりと浮かんでいた景色が次第に輪郭を見せ始める。
来る前まではあんなに恐ろしげに映った廊下も、実際に近づいてみると、やっぱりいつも通っている廊下なのだ。
一体何に怯えていたのか。なんだか急にバカらしく感じてきた。
カイは少し笑って、余裕げに階段を降りた。
トイレは、階段を降りてすぐの所。ついに諸悪の根源に、けりをつける時が来た。
これでもう、一安心。
長い道のりを経てたどり着いた、砂漠の中のオアシス、暗闇の中のトイレ。
カイはなんだかとんでもない大冒険をした様な気分だった。
そしてこれを機にひょっとしたら自分は暗闇を克服したかもしれない、とも思った。
ちょっぴり自分が強くなれたような気がして、カイは満足気だった。
そしてズボンを下ろしかけた、次の瞬間。
「…っ!!??」
トイレについている小さな窓から、強烈な光が差し込んだ。
まるでカメラのフラッシュをずっと浴び続けているような、強い光がカイの目を刺す。
驚いたカイは思わず目を瞑ったが、その後すぐに玄関へ向かって走り、外へ飛び出した。
まるで真昼のように、空一面が明るく照らされていた。
口をぽかんと開けながら、こんなに明るい夜は見たことがないとカイは思った。
よくみると空の端の方に、チラチラと光の強さを変えながら動く物体があった。
夜を昼にした正体は、星だった。
刺すような白い光で、他の星とは比べ物にならない、異質なほどの明るさだ。
ぐんぐんとスピードを上げたかと思うと、次第にゴーーという低い音が大きくなり、そしてどごん!という凄まじい音をたてて地面を揺らした。
星は丘の向こうへ落っこちたようだった。
その様子をしっかりと目に焼き付けるようにして見ていたカイは、はっと気がついたように丘の向こうへ走り出した。
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