決着

「あれって、もしかして、ひかげか?」

 胴着を羽織った女、神崎かげりは戦場を見てそう呟いた。

「これは行幸。オリジナルとの対戦データが取れる!」

 隣にいた研究員は興奮を隠そうとしない。

「あいつ、酒を断ってんな。限界酔拳の正当後継者が何をやってんのか。」

 かげりは不満そうにひかげを見つめている。

「酒を断ってシャーク・アームズと渡りあっているのか。信じられん。」

「そもそも、お前らは私を基準に適合率を決めているだろ。本来の限界酔拳は私の遥か上だよ。」

「…嘘でしょ…。それはもう人間ではないですよ。」

「そう。神崎とは神の盃。私達は人の形をした化け物さ。まあ、見てなって。」

 かげりと研究員は並んで戦いの行く末を見守る。決着の時は近づいていた。


******


「酒酒酒酒。さあけええ!?」


 神崎ひかげは戦闘スタイルを変えた。身を屈めて肩を大きく回す。ゴリゴリゴリ、と大きな音が響く。

 断酒王は悩んでいた。乱入してきた女は、間違いなく神崎に名を連ねる者だろう。一対一でも手に余る。それは、経験済みであった。

 シャーク・アームズは神崎ひかげを警戒していた。己と同じ酒気を帯びた怪物。本能が危険信号を発する。


「ヒレざあけええ!!呑ませろおおおぉぉ!!」


 痺れを切らしたのは神崎ひかげ。地を這う姿勢のまま高速移動を行う。大口を開いたサメを突き出すシャーク・アームズ。しかし、神崎ひかげはその下を行く。

 ドン!!と激しく打ち付けた音が響く。シャーク・アームズがサメを力任せに神崎ひかげへと叩きつけたのだ。

 シャーク・アームズには3つの頭が存在する。両腕のサメ。そして、人間の頭である。それらは独立した意思を持つ。サメは目の前の獲物を喰らう事しか考えないが、それとは別の人間の思考は、全ての破壊を望んでいた。故に、先の取り合いは複雑化する。本能のまま突撃した神崎ひかげには交わせない一撃であった。


「シャアア!!!!」


 シャーク・アームズは吼えた。


「サメがウザいな。」


 その背後には、酒断ちを納め別の刀を抜いた断酒王が立っていた。彼は上段に構えた刀を振り下ろす。シャーク・アームズの肩を斬り、サメを切り離した。


「あ!?…アウア!!」


 声にならない叫び声をシャーク・アームズは上げる。この日初めて、シャーク・アームズは神崎ひかげではなく、目の前の男に意識を集中した。

 切り離されたサメは神崎ひかげの上でじたばたと暴れている。断酒王はシャーク・アームズを斬った後、距離をとった。片腕を失いバランスを崩したシャーク・アームズは半身の姿勢で残ったサメを突き出す。既に斬られた傷口は塞がっており、戦うのに問題はなかった。

 サメが断酒王に襲いかかる。断酒王はそれを外回りに交わす。シャーク・アームズは力任せにサメを横に打ち払う。断酒王は咄嗟に身を屈めてそれも交わす。

 断酒王は手にしていた刀を捨てて酒断ちを握る。居合一閃。シャーク・アームズの胴を斬る。それと同時に切り離したサメがぶつかってきた。


「酒を寄越せ!!!!!」


 神崎ひかげがサメを投げ飛ばしたのだ。断酒王はサメ共々森の奥へと消えていった。


「醜いな、ひかげ。まだ獣の方が理性があるぞ。」


 異常なまでの酒気を帯びた女が神崎ひかげに近寄ってきた。神崎かげりである。


「その、酒を、よこせぇええ!!」


 かげりが手にしていた一升瓶を見た神崎ひかげは、シャーク・アームズからかげりへと標的を替えた。


「酒も飲まずに舐められたもんだな。」


 かげりは独り言を呟く。神崎ひかげにそれを聞く理性は残されていない。神崎ひかげはかげりに向かって突進した。


「限界酔拳。裡門頂肘!!」


 かげりは強く踏み込み肘打ちでそれを撃退する。神崎ひかげは森の外まで吹き飛ばされた。


******


「これ、どうする?」

 神崎かげりはシャーク・アームズを指差して、研究員に尋ねた。

「もうダメかもしれないですね。」

 シャーク・アームズは力尽きその場で倒れていた。わずかに呼吸はしているものの、それも風前の灯だろう。

「そいつは、俺の獲物のはずだ。」

 森から1人の男が現れた。断酒王である。

 彼は捨てた刀を拾いシャーク・アームズへと振り下ろした。サメと身体が切り離される。

「これで傷口を塞げばこいつは死なないはずだ。」

 断酒王はそういった。

「それが神殺しか。私に向ける刀じゃないのか?」

「この刀は鬼しか殺さない。」

 冷たいことを言うね、と言って神崎かげりはその場から立ち去った。

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