シャーク・アームズの脱走

 男の両腕には、腕の代わりにサメがついていた。全長二メートル程度のサメが男の両腕から生えており、男はサメを引き摺りながら森をさ迷う。

「あー…あー…」

 鮫男はうめき声をあげながら宛もなく歩き続ける。両腕の鮫の口から血が滴っていた。


******


 二階堂礼二は絶望していた。手術をして生き残りはしたが、失なったのは演奏家の命と言える両腕であった。

 世界へ旅立つ登竜門。S級の芳野江ピアノコンクールで優勝した翌日、二階堂の両腕に激痛が走り病院へと担ぎ込まれた。骨肉腫。それは両腕を切断しなければならないほど進行していた。

 生きてきた全ての時間をピアノへ捧げてきた、と言っても過言ではない。25歳を迎えた二階堂にとって、芳野江ピアノコンクールの優勝は漸く掴んだ成功であった。

「新しい両腕をあげましょうか。」

 二階堂の病室に入ってきた女はそう告げた。

「今さら、別の腕なんかはいらない。」

「なら、何が望みなのかしら。」

「全てを壊す力が欲しい。こんな世界、消えて無くなれば気持ちも晴れると思うんだ。」

 二階堂はそう女に語った。

「なら、その願いを叶えてあげる。」

 翌日、二階堂は青蜥蜴の研究所へと連れ拐われた。こうして、二階堂礼二は実験体シャーク・アームズへと生まれ変わる事となる。


******


「実験体はどんな外見をしている。」

 洋服に2本の刀を差した男が研究員に尋ねる。かげりに断酒王と呼ばれた男だ。

「身長は180センチ程度の男だ。神崎細胞の適応率は80%を越え、両腕にはサメが付いている。」

「無茶苦茶だな。」

 断酒王は思わず呟いた。

「これこそ神崎細胞のなせる業さ。細胞の活性化と驚異の再生能力。また、環境への適応力も上がる。アルコールさえあれば宇宙でも活動可能さ。」

「それで拘束具を壊されて逃げ出されたわけか。」

「羆でも押さえられる強度だったんだけどな。」

 馬鹿馬鹿しい。断酒王は血痕を頼りに実験体を追いかける。既に犠牲者は3名。敷地の外へ逃げ出すのも時間の問題であった。

 

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