第4話 30

豊後竹田からは、特急が接続しているが

待ち合わせ時間が、15分。


道路混雑を予想しての事だが

今日は平日、がら空きである。


列車に乗り込んでゆったりしようかと思ったが

発車の5分前あたりまで、ドアは開かないとの事。



ここでも、高齢の婦人が文句をぶつぶつ(笑)


開けとけばいいのに、とか(笑)


まあ、それはそれ。


自由席なので、開けておくと

後から来た人が文句を言うとか(笑)いろいろあるそうだ。




輝彦は、なんとなく「竹田竹田竹田♪」と

薬のコマーシャルのように歌ってしまいそうであった。


もちろん、武田製薬とは関係ないし

竹田の子守歌とも関係ない、豊後竹田市である。



水の豊富な街で、あちこちに水源がある。


駅の裏側には滝が流れていたりするし


近隣にはナイアガラのような滝もある。



それ以外は、至って静かな街で「荒城の月」を

ここで作詞したと言われる程静寂な場所である。



昔のひかり、今何処。



そのメロディが、列車到着メロディとして流される。



それを聞くと、岡山で「瀬戸の花嫁」が流れた事を連想し

非業の死を遂げた真智子を悼む。



山陽新幹線でも「いい日旅立ち」であったし

どこかしら連想の種が尽きない輝彦である。



九州横断特急、と言う

歴史ある命名の列車はしかし、線路を災害で奪われ

横断できず、忙しい様子であった。



乗客はほとんどおらず、がら空きの車内に入ると

ひんやりと冷房が心地よい、秋10月の九州。


午後3時。



大分に向かい、川沿いを下る豊肥本線である。


川が褶曲しているので、水害に遭いやすく

先日もそれで、鉄橋を奪われた。


近年、豪雨が多いのは

海水温の上昇の為だとする説もある。



原子力発電は、膨大な核エネルギーの多くを

そのまま捨ててしまう発電方式の為


火力発電などより、海水の温度上昇が大きい、などとされている。


なぜ、同じ蒸気タービンを使って

火力の方が熱を有効に使えるか?

放射能が無いからである。

それゆえ、根本的に無駄の多い

今の原子力発電。



発電所付近に熱帯魚が住み着いているなどという

報告も多く


自然保護派からの追求もあった。



真智子は、どちらだったのだろう?



中庸、といったところではなかったろうか。



理論武装する女性のような、尖った所はない彼女であった。



もし、替え玉殺人であったなら

別天地でもう一度出逢いたい。


そんな風に夢想する輝彦を乗せて


九州横断特急は、大分に向けて快適に走行した。




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大分駅は、しばらく見ないうちに

都会的な高架ホームに変わっていた。

鄙びた、昭和を思わせる

国鉄時代そのままの駅が好きだったのだが。


それも時代の流れだろう。

利用者にとっては、清潔で綺麗な

新しい建物の方が好ましいであろう。



とは思うが、こうした駅の建て替え、高架化は

大抵は公共事業として行われるから

税負担が市民に課せられると言う訳である。


駅なら直接恩恵を感じられるが。



そこで輝彦は回想した。


反原発の闘士、死した関東電力の女性幹部や

その父親は、そうした事に厳しい目を持っていたのだろう。


もし、彼らが生きていて

活動が日の目を見ていたら、原発事故は起こらなかった

かもしれないのだ。



その事に、怒りを覚える人は未だ多い。


いや、無自覚な方が良くないのかもしれない。




高架の大分駅ホームに降り立つ。

ガラス張りの綺麗な待合室は、新幹線ホームのようだ。



爽やかな風吹き渡るホームで、街を見下ろしながら

真智子のフィアンセだった彼に電話を掛けた。


彼は、50歳と言う事だったが

意外に若々しい低い声で、てきぱきと返答した。


夕方に大分を通りますから、どこかで。


そういう彼の言葉に、それでは8番線の待合室に居ますと

答えた。



新しくなった駅は不案内だし、喫茶店などは

意外と会話が聞かれてしまうので


内容が問題なので、外、ホームの端などの方がいいと

これも、捜査(笑)の鉄則で



話しやすい環境を作る事。



そう反芻しながら、電話を切った。



17時50分に、久大本線経由博多行き特急「ゆふ」号。

それに乗れば、今宵の由布院温泉までは50分だ。



ゆったりと取材がてら、温泉を堪能するつもりである。






その彼は、自由業とあって

ラフなスタイル、ブルゾンにジーンズと言う格好で

現れた。


割と背が高く、柔らかな表情で

見た目は40そこそこ、くらいの印象。



穏やかそうに、「お待たせしました」と言った。



幸い、待合室は無人だったので

輝彦は普通に話を聞いた。



彼の話では、真智子の事は

まるで意識していなかった所を


唐突に、好意を寄せられたとの事で

別に断る理由もないので、そのまま婚約と言う

そういう事だそうで


真智子には指一本触れていないとの事。



その事を不満に思うでもなく、真智子は毎日を

楽しそうにしていたと言う。



突然、研究所を辞めたのは


特に思い当たる事はないが


彼の任期が終わったせいかもしれない、との事。


大分で彼の今の仕事が始まるので

それで、九州に転居しようと考えたのかもしれない、と

彼は言った。






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彼は、静かに、さりげなくそう言った。

通学の高校生たちが、高架ホームに居並ぶ時間帯だが

彼らは待合室には入らず、至って快適な空間である。


時折流れる駅の自動アナウンスだけが時を伝える。



輝彦は、思う。


彼は、想像通りだ。


悪い人間ではないし、まして義憤から

殺人をするタイプではない。



むしろ、証拠を揃えて刑事告発をするだろう。

怒りがあるのであれば。



「真智子さんに最後に会ったのは?」と聞くと


意外にも、それは輝彦が東京を発つ前の日で

つまり、物理的には....。

関東電力会長・社長事件に関わる事は可能。だ。




不在証明は、と

刑事のような事を聞くのは、止めておいた。

もし犯行可能ならば、警察が任意同行を求めているだろう。



真智子事件の実行犯の可能性はあるが、動機はない。





駅のアナウンスが流れる。


「久大本線経由、博多行き特急、ゆふ4号は7番乗り場です..向之原、湯平、由布院、豊後森方面...」


と、明るくよく響く女性の自動音声で。

それは、以前と変わらない。



ご足労ありがとうございましたと

輝彦は彼に告げ、列車に乗る事にした。


彼は、ゆっくりと歩き

エスカレータに消える。





特急「ゆふ」の到着を電子ベルが示す。


メロディチャイムではなく、電話機のような

音なのが却って好ましい。


赤いディーゼルカーは、ゆっくりと

小倉方面からやってきた。



ドアは折り戸なので、ばたり、と

器械っぽく動作して

そのあたりが、ぎこちなく楽しい。


先頭の3号車に乗り込む。自由席である。




すぐに発車するのがちょっと慌ただしいが

特急故。


高架ホームは大都会のようだが、まだ一部作りかけで

コンクリートの地肌が真新しい。



エンジンの音が唸り、ギアが掛け変わる。

器械らしくて楽しいと思う。



そうそう、真智子は自動車の研究をしていて彼と知り合ったそうだ。



こういう物を研究する人は、本質的に純真だと思う。


嘘のつけない機械だし、何より物理は

自然の摂理である。



自然は、誰にも平等だ。



そういうものに対峙する人というのは

純真でないと務まらないだろう。




高架を降りた列車は、のんびりと向之原駅に向かった。


特急「ゆふ」は、がら空きで

短い旅は楽しめそうだ。




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特急「ゆふ」は、夕暮れの鉄路を

登り始めた。


向之原駅は、また郊外の雰囲気である。


次第に緑濃い山里の様相に変化していく

路線は、夕方だと趣深い。



輝彦は、彼と真智子の事を考えていた。


少年少女のように、清らかな愛を育んでいた二人を

とても美しいと思い、それが失せてしまった事に

深く悲しみを感じた。


...やはり、真智子は父親を殺してはいないだろう。



彼、も同様に。



純真な二人は、愛が成就する目前であったと言うのに

殺人などを犯す筈がない。



清水が、幾ら真智子を欲したとしても


そんな男の我が儘は無視されて然るべきである。


元々、金で人を束縛しようなど

頭のおかしな人間の妄想にすぎない。


その金ですら、国のものであって

個人の物ではない。




そう考えると、清水殺しの動機は

彼らには無いと思える。



もし、動機があるとすれば

それは、会社絡みではないだろうかと

輝彦は推理する。


そう考えると、勝俣殺しの動機も

そこにあるのではないだろうか。


折りしも、過去の女性幹部殺害事件の

冤罪判決が出たばかりである。




考えに耽る輝彦の視界に、特急列車の電光掲示板

ニュース。


ー中国・韓国、領土問題対立激化ー


そう、過去からの遺恨を表面化させたのは

一政治家の思想だった。



思想。



それも、殺人の動機足り得る。






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駅の夕闇に

子供たち、高校生だろうか

はしゃいで、無邪気に笑い合っている。

そんな平和も、ひょっとしたら

かりそめであるのかもしれない。


そう、放射能汚染は見えないからで

あと、何年か後にみんな死んでしまうかもしれないのだ。


そんな危険なものを使う、原子力発電。

50年も前の古い技術である。



隣国との領土問題を、紛争に仕立て上げたのは

国境の島を買うと宣言した、関東の右翼首長である。


紛争になるので先送りしよう、と

中国も言っていたそれ、である。


彼の目的は、左翼政権の転覆、と

原発利権の復活にある、と輝彦は見ている。


そうして、思惑通り

世界中で反日デモが、中国人の一部によって起こされ

左派政権は転覆する。



それこそが、目的であった。


更に彼は、関西で人気のある

反原発をスローガンにした、弁護士上がりの首長率いる

政党に近づき、合流を誘い

その、反原発スローガンなどを止めさせて

政党自体を乗っ取った。



全ては、かつての盟友で

原発利権を正当化した政党への援護である。



おそらく、彼の背後には


黒い利権に蠢く悪が控えているのであろう...。



一千兆円に及ぶ負債を抱えた国民に

まだ負担させて、危険な原発を利権にしようと言うのか。



...そう、類推すると。


失策で原発利権を危機に追いやった

勝俣、清水を用済みとして消したのは彼ら、利権側とも

考えられる。


おそらく、過去の

女性幹部殺害事件への関与が明るみに出ると

都合の悪い事があるのだろう。



政権転覆、選挙。


その時に、明るみに出て欲しくない理由があったのでは

ないか?



ふと、気づくと

夜闇に紛れて列車は、湯平駅を発車していた。


由布院はもうすぐだ。



疲れたな。


輝彦は、考えを休めた。



...兄さん。


ふと、兄の事を思い出す。

官僚として、世のため、人のため。

時には、納得できない事もあったろう。


そうして生きてきた人達の支えになるのが

国策という指針である。


決してそれは、一部の人達の利権の為に

あるべきものではない。




仮に、利権絡みに事件が起こされ

政治判断で事実が隠蔽されたとしても

警察官僚の兄は、悪党ではない。


同様に、原発で働く人や

電力会社の人は、悪党ではない。



たまたま、違う立場なだけだ。




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列車は、ゆっくりと左カーブしながら

黒い由布院駅に着く。


デザインが洒落ていて人気のある駅は

待合室が美術館になっており、誰でも見ることが出来る。

誰にでも門戸を開く、それが文化である。


由布院は、街全体がデザインされている保養地である。

元々は北由布駅であった、その名前までデザインの一部で


観光資源として意識された街である。


そのあたり、好みは分かれるであろうが

輝彦は、便利で綺麗な街であるならば

それで宿泊先としては十分だと思っている。


人が住む、それ自体

自然を変えてしまう事だから。



由布院に投宿したのは、会員制のホテルの

利用権を持っている、ある会社に

勤めていたので

永久会員権を貰えたから、である。



それでも、母などは温泉を好むので

時折連れてくると、喜ぶあたりは

やはり女性だなと思ったりもする(笑)


単純に、喜んで貰えると嬉しい。

そういう感覚である。




今回は取材なのだが、連れてくれば良かった。

そうすれば真智子事件のアリバイ証人に成れたのだが(笑)




連想して、ふと思うのは

真智子の死にだけ、理由が見当たらない。


と言う事だった。




動機らしきものもない。


容疑者もない。



自殺にしても、その理由もない。



他の二人のように、怨恨もなく


替え玉殺人を企画して、国外逃亡する程

国内に居づらい理由もない。



突然会社を辞めた事くらいである、死につながりそうな事柄は。


だが、それも結婚準備としてしまえば

不自然でもない。




駅前広場には、クラシカルなボンネットバス、勿論観光用だが

そのような演出、昼間なら辻馬車にも遭遇する事も出来る。



のどかで愛らしいこの街、探偵などしているのが

馬鹿らしくなってきたので、輝彦は考えを止めた。


駅前からの道は真っ直ぐ、三叉路につながって

鳥居のある交差点を左折して、ホテルへと向かう。

右手には懐かしいような電気店、看板だけはデオデオ、と

秋葉原のような名になっているのも微笑ましい。



その店先に、点いたままになっていたテレビ。

7時のニュース映像が流れており、残像のように

視界をよぎった顔写真。


輝彦は、足を止めた。



...勝俣会長。


かと思ったが、別人の名前がテロップで流れる。



南フランスのリゾートで、撲殺されたとのニュース。



痛ましい、と思った。



が......。




次の顔写真に、輝彦は目を見開いた。


それは、清水社長に似た人物。

もちろん、名前は違うが。



モナコ公国の海岸リゾートで、道路横断中に

轢死したとの事である。



...まさか。



立ち止まって映像に見入っている輝彦を、不思議そうに

若いカップルが眺めつつ、通りすぎていった。



ニュースのテロップでは、このところの反日感情の高まりに

便乗したテロリストによる同時多発襲撃事件、の

可能性を示唆していた。






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ホテルは、駅に程近い

白亜の4階建てであった。


洒落た外観と、豪華なデザイン、しかし

低廉な会員料金とあって、人気のある場所である。


昭和の豊かだった時代を彷彿とさせるムードは

未だ健在、と言う感じであり


輝彦は、そこが気に入っていた。



会員制リゾートも、国策の一部であった時期がある。

批判の対象ではあるが、原発と異なり

放射能を出す訳でもないので、あるものは使うべきだと(笑)

取材の時はよく利用している。


回廊式の客室は、ゴージャスなホテル形式。

今宵は408号室。


川沿いに由布岳を臨む。


部屋に着くと、早速衣服を解いて

シャワーを浴び、


浴衣に着替えた。


こうすると、疲労も忘れてしまうようだ。




兄に連絡を取ってみる。


電話は、すぐにつながったが

兄は、仕事を終えたばかりなのか

やや不機嫌だ。


今となってはどうでもいい事に思えるが


ニュースで見た話題について尋ねると、兄は



「あれは、恐らく本物の方だろう」と。



つまり、日本で死んだ勝俣、清水は替え玉。

国外に逃れた彼らは、現地で消された。


浦島太郎は、竜宮城から戻れなかったと言う

伝説のようだ。



実行犯は別にして、それを指示したのは....



「輝彦、もうこの事件に関わるのはよせ」と

兄は言う。



輝彦は返答する。「なぜですか、上の意志ですか」



兄は答える「日本の警察だけでは、手に負えない相手だろう。世界各地の実行犯に指示を出せるだけの規模で、しかも粉飾しやすいよう、世界各地でデモが起きた時期を狙ったか、或いは紛争を仕掛けたか。」




それでは、テロ組織か?

反日デモの主体は中国系の活動家とされているが

実体は怪しい。


日本で、領土問題で紛争を仕掛けたのは

例の右翼系政治家だ。


国政進出を目論んでいる。



.....何れにせよ、巨大な組織が相手だ。


兄の言うのはそういう事だ。



複雑な利権が絡んだ連続殺人。

真犯人は、組織。


というか、排他的な意識だ。



何という事だ、と憤慨する。



勝手なルールを作り、人さえも殺める。

子供の虐めレベルの幼稚さだ。


そこには何の理念もなく、ただ醜い欲望があるだけだ。


子供は、これを模倣するのだろう。



どうでも良くなったが、正義感、が

それを否定する。



「それでいいんですか。」と兄に尋ねると


兄は、柔らかな無言でそれに答え、電話を切った。







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