第3話 無理無茶無謀な話
「お待たせー、紅茶で良かった? 苦手なら他いれるけど……」
少女がこれまた綺麗なティーカップが乗った盆をドカンと乱暴に机に置いた。言葉とは裏腹に、これでいいと言うしかないぞ、という強い圧力を感じる。
「いえ、大丈夫です! ありがとうございます!」
「うんうん、素直にお礼が言える若者はいいねぇ。そういう基本的なことが世の中大事なのにさ、忘れる輩が最近多くてねー。ほーんとやんなるよねぇ」
(いや、自分だって若者だろ! どう見ても俺より若い……っていうか幼いようにしか見えないんだけど!?)
「いやぁ、わたしこのなりだけど、キミよりはるかに長く生きてるからね?」
心の声に反応が来た!? なんなんだ、この人……? もしかしてエスパー?
「エスパーっていうか、私全知全能に近いとこあるからね。なんてったって神だし」
「は!? 神!? いや、そんなあっさり言うようなこと……?」
「いやぁ、いい反応だねぇ〜! 久々に最近ここにきた子たちみーんな私が神です! 敬え! って言ってもさ、『やっぱり!? ラノベ的展開キター!』なんて言ってさぁ、全然驚いてくれないんだよねぇ。もうほんと、つまんないのなんのって……」
目の前の椅子に腰を下ろし、自分のティーカップに口をつけ、少女はそう言い放った。
まあ確かに、この……城?は神々しさというか、なんかそんな感じのものがある気がするといえばまあする。
「さて、まず君も聞きたいこととか色々あると思うし、答えられる範囲なら答えるよ」
「えーっと……。俺さっき事故に遭ったと思うんですけど、なんでこんな所に居るんですかね……? あ! もしかしてここ天国とかですか!? やっぱ死んだんですかね、俺……」
いや、死を覚悟してあの子どもを助けるって決めたけど、やっぱ死ぬって嫌だな……。
なんせ、まだ蒼も椿を殺した犯人も見つけていないのだ。犯人を見つけて罪を償わせると、椿の墓の前で毎日誓っていたはずなのにこの体たらく……。もっとスマートに解決できればこんなことにはならなかったはずなのに……。
しかし返って来たのは意外な反応だった。
「いや、キミ死んでないけど」
「はぁっ!? え、いや、あんなん絶対死んでますけど!? ゴリって嫌な音した気がするし! なんか若干痛み覚えてる気がするし!」
あの車、あきらかに百キロは出てた。今だから速く感じるだけかもだけど、物理的にあの速さでぶつかられたら普通人間の体は保たないだろう。
というか、あの子どもはどうなったんだろう。俺と一緒に轢かれてたりしないだろうか……。
「あ、君が突き飛ばした子どもは五体満足無事だよ。ただまあ、君がここに来たときはもう酷いもんだったけどね!」
「あ、無事なんすね、良かったぁ……。で、酷いもんとは、その、どんな感じに……?」
「そりゃもう、グッチャグチャよ、グッチャグチャ! 流石のわたしでもあれはないと思う」
「グッチャグチャ、ですか……」
想像したくないが、なんとなくわかってしまった。まあそうなるだろうな、むしろ今なんで俺生きてんだ?
「それはね、この箱に秘密があるんだよ」
コツコツ、と人差し指で少女は机の紫色の箱を叩く。というか、俺もだいぶエスパーに慣れてきたな……。
「なんなんですか、これ? この部屋結構似たのいっぱいありますけど」
「これね、中にひとつずつ『能力』が入ってるんだよね。
「へえ、じゃあ、これにも入ってるんですか? そのギフト? っていうやつ」
「いや、これは特別なやつで、今から作るやつだからまだ空だよ。ほれ」
ぱかり、と箱を開けられる。確かに何も入っていない。ただ中もかなり力を入れて作られていることがよくわかる。中の壁を念入りにクッションが覆っていた。
「この中にはギフトとして宝石を模したものが入るんだよね。今ここにあるやつはこれから来る私の……なんだ? まあ大切な人のために、特別に他の神が作ったやつを入れるわけなんだけど……。納期過ぎてんだよねー、いやマジ信じらんねー!」
「いや、キレないで下さい……。俺関係無くないですか?」
「いや、まあそうなんだけどそうじゃないというか……。まいっか。で、君の箱がこれね」
ミリアさんが人差し指をクルリと宙で一回転させると、キラキラとした金色の箱が目の前に現れた。
先程の物よりは確かに地味だが、それでもかなり装飾が豪華だ。しかし、不思議と嫌な華美さは感じない。むしろなんだかよく馴染む感じがする。
「あ、ありがとうございます」
「開けてみ?」
「はい……、うわあ、凄っ……!?」
ミリアさんに促された通り、箱を開けるとそこにはダイヤのような……とまではいかないが、俺の平凡な人生では透明な宝石が入っていた。そっと摘んで光に透かすと、複雑に反射をして虹を作りだした。
「綺麗……」
「でしょでしょ? これには治癒の能力がギフトとして込められてて、君をこれの主として登録したから君は生きてるってわけだ」
「なるほど……。見た目からは想像できないほど凄いんですね、これ」
正直目の前にあるこの石のお陰で生きてるなんてあまり実感が湧かないが、もうこれほど信じられないことが起きてるわけだし、一周回って信じる気になってくる。
少なくとも俺が生きているのは、目の前の少女のお陰であることは疑いようのない事実なので、本当に感謝しかない。エスパーで俺の心は読めているのは分かっているが、俺のけじめとして、ミリアさんに頭を下げる。
「いや、ほんと助かりました。これでまた椿を殺した犯人と、蒼のことを捜しに戻れます。……あ、椿と蒼は俺の幼馴染みで……、」
「いや、知ってるよ、西館椿と鳳城蒼でしょ? 言ったはずだよ、私はほぼ全知全能だって」
「そういやそうでしたね。……じゃあ、犯人のこととか、蒼のこととかご存知だったりは……?」
「それは言えないな。知らない訳ではないけど、言ってはいけないことになってるんだよね」
そうか、それは残念だ……。何かわかると一歩前進できたんだけど。
まあ、命があるだけありがたい。この少女には素直に感謝しかない……。あれ、そういえば俺、この人の名前を知らないのでは? というか名乗ってもいない! あ、でも2人の名前を知っていたということは……。
「うん、知ってるね。というか一番最初に呼んだだろう。それから、私の名前はミリア・グランツェルだよ。よろしく」
「あ、よろしくお願いします。……えっと、ではそろそろ俺は帰ります。お茶、ご馳走さまでした」
名前を知るのが最後になってしまったのは残念だったが、なんだかこの人と話すのは楽しかった気がする。いや、正直常識外のことが起こり過ぎてたけど、結構すぐ慣れたものだ。
もしかすると、俺は順応性が高いほうなのかもしれない。意外なところで自分の新しい一面に気づけたのは嬉しいな。今日はいい気分で眠れそうだ。
「君、勘違いしてるね。これだけのことをしてもらってタダで帰るとは流石に言わせないけど?」
「え!? いや、俺そんな金とか持ってないですよ!? 俺、学生だし……。あ、神様だからお賽銭か! いやでも、今562円しか持ってなくて……」
「いやいやいや、お金は取らないよ! 君には私がそんな貧乏神に見えてるっていうの?」
「いや、そういう訳じゃないですけど……」
こんな豪奢なところに住んでいるくらいだし、何より神だし。ただ人間の常識的に、こういうときはお金をせびられるイメージがある。といっても、それは小説だとか映画だとかから得た知識であって、別に普通に生活していて何かをしてもらった礼にお金を要求された経験はパッとは思い出せない。
「てか、もう元の世界に戻れる訳ないじゃん、車に轢かれてどこにも怪我はありませんでした! なんてなったら戻ってもおっかない組織かなんかにつかまっちゃったりしてさ、何かしらの実験台にされるだけだって!」
「それは……。確かに……」
いや、車に轢かれたはずの人間の死体が見つからないっていうのもだいぶおかしな話になりそうだが!
……いや待てよ?なんかこんな話をどこかで聞いたような……?
「と、いう訳で! 君には今から異世界へ行って、そこで生きてもらいます! さ、とっとと行って! 私も忙しいんだよね、本当は君なんか助けてる暇とかないんだから!」
急にミリアさんが立ち上がり、俺のことを持ち上げる……ってか力強い!? いやまあ、神様だもんね! そりゃ人間ひとり持ち上げるくらい楽勝だよな!
……うん? というか今なんて言った? 異世界? そこで生きるって……?
……まさかとは思うけど、これ、戻って来れなくなるってことなんじゃ……!?
「いやいやいや、待って下さいよ! 帰らせてもらえるんじゃないんですか!? というかまだ心の準備が! それにさっき言った通り蒼と犯人を捜さなきゃ……って、聞いてます!? そんな箱だけ押し付けられても困りますって……!」
ミリアさんは俺の手に先程の金色の箱を押し付け、俺の制服のワイシャツの首を掴んだままずんずんと進んでいく。やばい、進行方向とは逆を向いているためどこへ向かっているのかが全くわからない!
「もう! 聞き分けがないなぁ! いいから、その2人なら向こう行ったらちゃちゃっとやってなんとかなるって!」
「それ根拠無いですよね!? ちょっ、離してください! いくらなんでも急すぎないですか!? せめて! せめて心の準備を!できれば異世界についてとか、この箱とかについてもっと詳しい説明を──」
「なんでそう腹括れないのかなぁ!? こっちだってやりたくてやってるわけじゃないの! 私ってば忙しいんだから、キミだけに構ってる時間なんかないわけ! ……ほら行くよ! そ、りゃぁ!」
直後にフワリという浮遊感と、本日2度目の背筋が凍る感覚。
あ、ヤバい。これは落ちる。というか、
「もう落ちてるって! うわぁーーーーーーーっ!?」
「じゃ、あとは頑張ってねー。大丈夫、詳しい説明は向こうにいる子がちゃんとしてくれるだろうからね!」
最後、落ちていくその瞬間、チラリとミリアさんが見えたと思うと──扉が閉まるように、その姿がかき消えた。
そうして、かなり不本意ながら、俺の異世界での生活が始まったのだった。
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