第3話 異世界で初めて人に会う話

 太陽の光が俺の目を刺す。あまりの眩しさにギュッと目を瞑る。……なんかこんなこと前にもあった気がする。頭がモヤがかかったように働かない。




 俺は、何をしてたんだっけ……?大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。それだけで少しは体の調子がマシになった気がしなくもない。上半身だけを起こしてゆっくりと体を起こす。体のあちこちがキリキリと痛む。




 草の匂いと、春のような暖かい風が吹いている。どうやらここは草原のようだ。


 少しばかり見渡してみても、草と少しの丘以外は目に入ってこない。




「これ、どうしろと…」




 あまりの何もなさにため息が出てくる。せめて街道かなにかがあれば、それに沿って歩いていけるんだが。


 見つかったものといえば、俺が寝ていた場所の隣に見慣れないナップザックのような革袋があることくらいだろうか。ここに来る前に持っていたはずの学生鞄ではないのは変だが。




「これ、俺の、ってことなのかな……」




 もし誰か別の人の物だったらどうする。いやでも、倒れていた隣にあった物だし、他に誰かいる訳でも無い。


 他に何がある訳でも無い。……もし他の人のだったら見なかったフリをしよう。




「失礼しまーす……」




 そうっと中を見てみると、中には先ほどミリアさんが見せてくれた金色の箱、それから幼馴染3人で夏祭りに行った際にお揃いで買ったブレスレットが入っていた。




「うっわ、超懐かしい……」




 親が厳しくてなかなか外出ができない蒼を連れ出すため、椿と計画を立て3人で花火を見たときの感動は今でも色褪せず俺の心に留まり続けている。


 このブレスレットはその花火の思い出を忘れないようにそれぞれ違う色のものを選んだのだ。




 俺の物は黄色と赤色のビーズがついていて、昔はキラキラとしていたのだが、今はキズや汚れで見る影もない。


 正直、女の子っぽいというか実際女子用のもので、大きくなってからはあまり身につけたり、仕舞っていた箱から出すようなことはしていなかった。


 それがこうやってまた俺の手の中にある。それだけで何故だかこんな状況もどうにかなるように思えてくるのだから、つくづく俺は単純なんだと改めて思ってしまう。




「これは、次ミリアさんに会ったらお礼を言わなきゃいけないな。ちょっと……というかかなり癪だけどな……」




 急にほぼ何の説明も無しに箱と宝石の説明だけされて異世界へ行け!なんて言われて、正直めちゃくちゃ腹が立ったが、これに関してだけは素直に感謝しかない。


 ……今なんか、ミリアさんがしたり顔をしている気がする。やっぱり文句のひとつでも言ってやりたいかも知れない。




「よっし、とりあえず歩くだけ歩いてみますか!」




 立ち上がり、大きく伸びをする。なんだか2人に元気を貰えた気分だ。正直、何も状況は変わっていないけど、気分というのは案外大きいものだと思う。


 俺はブレスレットを腕に……は流石に入らないので、ズボンのポケットに入れた。




 そうして、ほとんど何も無いところからのスタートだが、俺は異世界での第一歩を踏み出したのだった。


















 まあ、いくら元気でも、気力が満ち溢れていたとしても、上手くいかないときは上手くいかないものだ。つまりどういうことかというと、




「暗くなってきた……。しかも寒い!凍える!」




 すでに陽は落ちきり、空には星が煌めいている。何故か……というかまあここが異世界だからなんだろうけど、月がどこにもない。俺たちの世界でいうところの太陽にあたるものがあることは分かっていたため勝手に月もあるだろうと決めつけてしまっていたため、初めにこのことに気づいたときは驚いたものだ。いや、もしかしたら今日が新月のようなものである可能性もあるのだが。




 あれからかなりの距離を歩いたのだが、街道どころか強盗や獣、動物の類いすら出会っていない。完全に孤独だ。世界に俺だけしかいないんじゃないかとすら思えてくる。


 景色も空以外は全く変わらず、草原が広がり、たまにポツポツと木が生えている程度だ。正直言って、めちゃくちゃ怖い。寂しい。今はブレスレットのお陰でなんとか気を保てているけど、これが続いたら耐えれる気がしないし、体ももうだいぶ疲弊している。ぶっちゃけいつ倒れてもおかしくなかった。




 ……もう駄目かもしれない。実はさっき、もらった『治癒』の力で空腹が満たされたり、疲労が回復したりしないか試そうと思ったのだが、使い方が全くわからない。宝石を振ったり叩いたり、体に押し当てたりしてみたのだが一向に回復しなかった。つまり、八方塞がりである。




「も、もう駄目だ……。一回休憩しよう……」




 一度力を抜いてしまうと立ち上がれなくなるだろうということはわかっているが、足にもう力が入らない。棒のようとはよく言ったものだ。その例えで言うと、もう棒が折れる寸前レベルで疲れた。喉もカラカラだし、腹は空きすぎて気持ちが悪い。




 俺は倒れるように草原に寝転がり、空を見上げる。星が腹が立つほど綺麗だ。寒いから空気が澄んで綺麗に見えるのかなぁなど、半ば現実逃避のように呟いてしまう。


 やばい、まぶたがゆっくりと落ちてしまいはじめた。寒い。




(このまま寝たら、死ぬのかな……)




 そうしたら、椿にまた会えるのだろうか。というか、よく考えたら蒼も無事とは限らないのか。もしかしたら先に椿のもとへ行ってしまったのかもしれない。


 今までその可能性を怖くて考えていなかっただけで、その可能性も否定できないどころか、充分過ぎるほどあり得る話だ。




(そうか……。それだったら、いいかもしれないな)




 そしたらまた3人で会えて、大変だったね、って笑いあえるのかもしれない。それはあまりに幸せな妄想だった。いや、こんな状況なんだし、幻覚なんだろうけど。意識が薄れて指の先からだんだんと感覚が無くなっていく。体が軽く、フワフワとしている。もう夢なのか現実なのか、生きているのか死んでいるのか自分でもよくわからなかった。










 後ろの方からかすかに足音が聞こえる。それはゆっくりと俺に近づいてくるような、足早に近づいてくるような、それすらもう判別できない。




(椿……?いや、蒼かもしれない……。もうこの際どっちでもいいや……もうすぐ会えるのかなぁ……)






 足音が近づくにつれて意識が薄れていく。迷いの無い足取りでこちらへ向かってくる足音が俺までたどり着く前に、俺は完全に気を失ってしまった。














 幸せな夢を見た。そこには椿と蒼がいて、3人で色々な場所を巡る夢。


 ヨーロッパのどこかの国のような街並みや、見たこともない植物の生えている森、飛行船で空を旅して、最後には何もない場所にたどり着いて……そこからが思い出せない。


 いつの間にか俺はひとりぼっちになってしまって、歩きまわっても誰も手を差し伸べてくれない。沼にはまるようにずぶずぶと沈んでいく。光が消えて、闇だけが俺を包み込む。




 それは唐突に、俺の前に現れた。闇を取り巻き、ぐねぐねと蠢いている。ヒトの形をかろうじてとっているソレは、俺に向かって手を伸ばす。


 これは駄目だ。逃げなければ。そう思っても体が闇に掴まれ指の先すら動かない。


 そうしている間にも腕は俺に迫っていく。ついに、俺の首を掴み、首を、










「うわああああああああああぁぁぁっ!」


「ひゃあ!?」




 ……首、折れてない。無事にある。体……動く。どこも痛くない。


 生きてる。首と、体のあちこちを触って無いにもないことを確かめ、胸に手をあて心臓が動いていることを確認して、ようやくひとつ息を吐いた。




「よっ……よかったぁぁぁ……」




 ところで、ここはどこだろう。見た感じでは、昨日倒れた草原と似たような景色のようだが。


 というか、もう昼じゃねぇか!?どれくらい眠ってたんだ、俺!?




「急に飛び起きないで下さい!びっくりするじゃないですか……」




 突然、後ろから人の声が聞こえた。振り返ると、そこには、美しい銀髪を後ろでひとつに結び、夜の空をそのまま閉じ込めたような瞳をした美……女?美青年?とにかく、ものすごい美形がいた。




「あ、すみません……。えっと、助けていただいた……ん、ですよね?ありがとうございます」


「ああ、いえいえ。困ったときはお互い様ですから。私はアルト。よく間違えられるのですが男です」




 美形……アルトさんは上品にお辞儀をした。俺も慌てて頭を下げる。




「俺は坂本陽介です。いや、ホントに助かりました!何もわからない状態でここに放り出されて、誰もいなくて困ってたんですよ。……えっと、俺、何もお礼できるような物とか持ってないんですけど……。金目の物とか、まじで神様を名乗る胡散臭い人に貰った石と箱くらいしか!」


「ああいえ、これは私の仕事みたいなものなので。お気になさらないでください」


「いやいやいや!そんなわけにもいかないですって!こっちは命救ってもらってるんですから!」




 ぶっ倒れて意識の無い人間を介抱するのはそう楽なものでは無いはずだ。意識の無い人間というのは本当に重い。それに、アルトさんはこう言っては失礼かもしれないがとても華奢だ。どちらにせよ苦労をかけてしまったことは明白だった。




「え?いや、私は水を飲ませて、火に当てたくらいです。倒れてたといっても寝てただけでしたし、水も口に入れたら普通に飲んでましたよ」


「マジですか」


「マジですね」




 口から大きく安堵のため息がでる。死にかけてなかった、俺。というか寝てただけって……ただの勘違いだったのか……恥ずかしい。穴があったら入りたい!




「でもヨウスケさん、もしかして、こことは違う世界から来られた方ですか?お名前がこの世界のものではないですよね」


「あ、はい。日本ってところから来たんですけど……もしかしてご存知だったりします?」


「いえ、すみません。日本、と・い・う・だ・け・だとちょっと。でもそうか、異世界人の方なんですね」


「はい。……その感じだと、他にも俺みたいな人がいるってことですか?」


「そうですね、最近は特に増えているようです」




 アルトさんがうなずく。なるほど、こうやって放り出されているのは俺だけではないということか。それは安心するような、なにがあるかわからない怖さがあるような。




「えっと、増えている?っていうのは?」


「そうですね。増えているというよりは増やしていると言った方がいいでしょうか。そのあたり、ミリア様から説明とか受けてないですか?」


「受けてないです……って、あの人のこと知ってるんですか!?」


「異世界から来た人はみんな会ったことあるらしいです」


「はー、忙しいってそういう……」




 それならまあ、あの扱いも納得……か?いや、説明責任果たしてないってことでもあるんだけど……。




「すみません、これ以上ここに留まっていると、陽が暮れるまえに街へ辿り着けないかもしれません。移動し始めましょうか。立てそうですか?」


「あ、そうですね!はい、大丈夫です!」


「それならよかったです。じゃあ、行きましょうか」


「はい!っと、どこに向かうんですか?」




 俺たちは立ち上がり、アルトさんが方位磁石のようなものと地図を見ながら辺りを見回した。


 昨日はこの周りをかなり歩いたが、街らしきもには見当たらなかったはずだが、もしかしたら歩いていたら方角が真逆だったのかもしれない。アルトさんに拾ってもらえなかったら大変だった。




「エルダレという国のバスクという街です。実はここもエルダレの領土なんですよ」


「ここも!?かなり広いんですね……」


「実は他国に攻め入られないよう魔術で許可の無い人間を辿り着けないようにしているんです。私は許可が下りているのでこうして見回る仕事をさせていただいているんですよね。あ、こっちみたいです」


「魔術!凄い異世界っぽい……!」




 アルトさんがふふ、と微笑み指し示した方角へ歩き始める。慌てて俺も後ろに付いて歩きだす。




 それにしても魔術か。魔法や魔術なんて小説でしか見たことがなかったからか、実際に存在すると言われてもなかなか実感が湧かない。


 俺の力として渡された『治癒』の石は使い方がわからないし、今後のためにも何か自分の身を守れる手段を用意したほうがいいのかもしれない。そのために魔術、というものが俺にはうってつけに思えた。




「あ、そうそう。私のことはアルト、と呼び捨てで大丈夫です。敬語も要りません」


「いやいやいや!俺は助けていただいた立場ですよ!?そんな恩知らずなことできませんって!」




 そんなことしたら天国の椿に叱られてしまう。いや、天国から異世界が見えてるのかはわからないけど……。




「見回りをしている、と言いましたよね。実はそれには敵国の兵が迷い込んだときに捕らえる役割もあるんですが、異世界人は方がいたら保護するのが一番大事な仕事なんです」


「はあ……。それで俺を?」


「はい。実はヨウスケさんにはとても重大な仕事をお任せしないといけないので……。出来るだけ楽にして頂いて、と言われているんです」




 なるほど、なんでそうなるかはこれだけの話ではわからないけど、重鎮扱いになることだけはわかった。いや、今まで特に成し遂げてきたわけでもない平々凡々な俺が重鎮扱いっていうのですら意味不明だけど!


 とにかく、言う通りにしておいた方がいいだろう。これを破ってしまうと上の立場の人に怒られるのかもしれないし、恩人の頼みだ。助けてくれたアルトさんに恩を仇で返すようで申し訳ないけど……。




「わかった。これからよろしく。……アル、ト」


「はい、よろしくお願いします。詳しい事情は国王陛下からご説明があると思いますので、とりあえず頑張って街まで辿り着きましょう!」


「はい……じゃ、なくて、了解」




 こうして、俺は異世界に着いて初めて現地の人に出会うことができ、今日はひとまず安全な場所で休むことができそうだ。まだ見ぬ街やそこに住む人々に思いを馳せ、ワクワクした気持ちになっていた。……この時までは。


 それが甘い見通しだったことを、後になって思い知ることになるのだが。


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