第4話 異世界で初めての友人の話
それから街までの道中、アルトからは様々な話を聞くことができた。といっても、俺がまだこの世界に来て全くと言っていいほど時間が経っていないので、話題は自然と今起こっていることやこの世界について、エルダレについての話に限定される。
まずアルトが説明してくれたのが、ギフトと呼ばれる俺が貰った石についてだ。俺が使い方がわからず困ったもんだと言うと、すぐにわかりやすく説明してくれた。これの使い方としては、主として認識されれば自由に行使できるらしく、「使いたい」と念じれば使える……らしい。俺の石は『治癒』の力だが念じても駄目だったと言うと、
「イメージの仕方が慣れてない方には難しいらしいですね。私は魔法と同じ要領で使えるので、そんなに困ることでもないのですが……。これはエルダレにいらっしゃる異世界人の方に教えてもらった方がよいのかもしれません。」
「なるほど……。いや、不良品を渡されたわけじゃなくてよかった」
「いや、流石にあの人もそんなケチなことしないと思いませけどね!?」
とのことだった。まあこれに関してはその『他の異世界人』に聞いた方が早そうだ。いや、ちょっと使ってみたいなという気持ちがないわけでもないけど!とにかく、今すぐ使うのは無理そうだ。
他に聞けたのはこの世界のことだ。なんとアルトさんも元は俺のいた世界とは違う他の世界から来たらしい。ここに元から住んでいる人間よりも俯瞰した立場で見ることができるからこそ、異世界人に対する説明係や世話係のようなことをしていて、倒れていた俺を発見できたのも仕事に使う諸々の素質によるものらしかった。
というか、俺の住んでいた世界以外から来た異世界人がいるっていうのもかなり大きいニュースではある。俺にとっては異世界が存在することすらも壮大な話だというのに、他にも違う世界があるとか……。常識の崩れる音がする。ただ異世界に来たというだけでも文化的なすれ違いはあるのだろうと予想できる。それが他にも異世界があって、異世界人が集められている。眩暈がしてくる……。
──気を取り直して、この世界のことについてだけど、正直俺はファンタジー小説などを読むほうではなかった。妹はよく異世界物の分厚い小説を買ってきて読んでいたものだが、俺は勉強に必要な最低限の本しか読まなかったため、異世界について常識とされることに疎い。つまりどういうことかというと、説明を受けるには受けたものの、半分理解できたかできてないか、というレベルだ。
いや、俺の理解力が足りないと言う人もいるだろう。確かにそれも理由のひとつだと思う。しかし、この世界、かなり複雑な事情により成り立っているらしい。いや、もとの世界も世界情勢はかなりごちゃごちゃしているのだろうけど、こっちには魔法や魔物、妖精やドラゴンなど元の世界にはないものが存在することで、国と国、人と魔の者の関係が複雑になってしまっているらしかった。
この世界は大きく分けて、人間やエルフ、ドワーフ、獣人などのヒト族と、魔物や魔人、妖精や龍などの魔族のふたつに分かれているらしい。ヒト族の代表として勇者が、魔族の代表として魔王が、それぞれひとりずつ代表として出て大災厄と呼ばれるものに立ち向かうのが習わしとなっており、今はヒト族の代表にあたる先代の勇者が勇者の座を降りた後失踪してしまったため、新しく勇者となる人物を決めなければならないらしい。
勇者というのはヒト族の中でもかなり大きな力を持つものだ。力が発言力に大きくかかわるこの世界では勇者が懇意にしている国、というだけで大きなアドバンテージを持つらしい。新しく勇者となる者に恩を売ろうとヒト族の国々は力を持つ者や勇者を目指す者、それから異世界に来てすぐでもひとつ、神からの贈り物である“ギフト”を持つ異世界人は国から支援を受けられるのだということらしい。
つまり、異世界人である俺には勇者を目指すのなら、という条件付きではあるのだがエルダレから衣食住と、戦い方の指南、金銭などの支援をしてもらえるという訳だ。エルダレは各国の中でもあまり大きいとは言えない国で、その証拠に俺が迷い込んだように国の周りをよくわからない魔術で囲い、外からの入国を商人や旅人以外受け付けないようにしているようだ。これによって他国から侵攻されないのだそうだが、自然とエルダレにやってくる異世界人も少なくなる。そのため、異世界人は直接王に謁見することを許されるのだそうだ。
「どうでしょう?悪い条件ではないとは思うのですが、リスクも大きいですし、断ったとしても国内での職の斡旋はいたします」
「うーん……。確かに右も左もわからないようなこの状況だとありがたい申し出なんだけど……」
そう、何ものにもメリットとデメリットはつきものである。それは異世界であっても変わらない。
この取引において何がデメリットになるかと言うと、身の危険がかなり大きいことである。俺が貰ったこの『治癒』の力の源と言えるこの石は他の異世界人も持っているのだが、実は他人から奪うことも可能である、らしい。相手の持つ石を自分の持っているあの豪華な装飾の施された宝石箱ギフトボックスに入れることで、その石の持つ力を自分のものにできるらしい。
他にも石の手に入れ方としては世界各地に散らばる様々な試練を乗り越えることで手に入るらしいが、その試練を乗り越えるのも腕がたたないと難しいのだそうで、既に石を持っている人間が油断している間に奪ったり、殺して奪ったりなどの方が楽だと考える者も少なくはないだろう。
そんな訳で、よほど覚悟を持った人間でなければ国内で職についたり、それぞれの世界での文化を広めたりして生活しているらしかった。
正直俺にそんなリスクを背負ってまで大きな力が欲しいという意欲はない。というか、出来ることなら元の世界に帰って蒼の行方を追いたいものだ。しかし、一度この世界に来てしまうと、戻る方法は開発されていないため、戻るという選択肢は現実的ではないそうだ。
「こんな言い方をしてしまうと卑怯かもしれませんが、勇者になればこの世界から出ることも叶うのかもしれませんね。勇者や魔王になると神に等しい力をミリア様から頂ける、という触れ込みですから。それに、先代の勇者が失踪した先が異世界なのかもしれないという噂もあるので」
「そうか……。うーん、今すぐ決めるのは難しいけれど、帰れる可能性があるのは魅力的な話だな」
神に等しい力。それがあれば、元の世界へ行き、蒼を見つけ、犯人の行方も分かるのかもしれない。それは全くあの事件の証拠が見つからず焦っていた俺には願ってもみないことだった。こんな非常事態ともいえる状況ですら2人のことが頭から離れないのだから笑えない。
「ちなみに、なんでそんなに元の世界に戻りたがっているんですか?」
だからこそ、初めにその話を持ち掛けられたときは本当に驚いた。
「──え、」
「……あ、いや、珍しいなと思っただけなので答えなくても大丈夫ですよ。……話したくないことだったりします?」
驚いて思わず歩みを止めてしまった俺に地雷を踏んだと思ったのか、申し訳なさそうにアルトが俺の顔を覗き込む。
「いや……。そうだな、話していいなら。──あまり気分のいい話じゃないけど、いい?」
まるで今話しているのが自分ではないような心地がする。普段の俺ならこんなこと言わないはずなのに。
実を言うと俺はあの事件からこの話を人にしたことが無かった。2人の事を知っている人にはあの事件はトラウマとなっていたし、俺自身あまり人と関わるのが得意な方ではないこともあって、幼馴染2人が消えて、ほぼ人と話すことがなくなってしまったため、誰かと話をすることに飢えていたのかもしれない。
「ええ、ぜひ。まだ街までは時間がかかりますし、ここまでずっと私ばかり話してしまいましたので」
「……ありがとう。えっと、まず、俺の幼馴染の話からなんだけど──」
こんな重たい話をまだ出会って間もない人に話すことに抵抗を覚えるかとも思ったけど、予想に反して俺の口はするすると言葉を紡いだ。そのことにどうしてだろうと思わなくも無かったけど、理由はすぐにわかった。
アルトはとても椿に似ている。椿の聞き上手で話しやすく、誰とでもすぐに仲良くなれるところが本当にそっくりで、どことなく安心するというか、懐かしい気持ちになって、話している間少しだけ泣いてしまった。……アルトにそれがバレてないことを祈る。
俺の不慣れと緊張でつっかえつっかえな椿と蒼の話を、アルトは本当に楽しそうに聞いてくれた。話しているとき、どこか慈しむような、どこか遠くを見つめるような瞳をしていて、本当に俺の拙い話に聞き入ってくれているのがわかって嬉しかった。
そんなわけでついつい話し込みすぎてしまったのだが、アルトは笑って許してくれた。懐の深さに感謝しかない。
アルトの話も聞くことができた。まず、奥さんと幼い娘さんがいること。アルトは俺と同じくらいか俺より若いように見えていたので本当にびっくりした。これについてアルトは、
「人の年を見かけで判断しては駄目ですよ。──いや、本当に」
と言っていた。どことなく目が死んでいるようにも見えて、アルトのアドバイスに従おう、と心の底から思ったものだ。
更に驚いたのが、その奥さんと娘さんと今離れ離れになってしまっているということだった。なんでも、娘さんは故郷に残してきてしまい、奥さんが仕事で遠くへ行っている間にこの世界へやってきてしまったらしい。
できることなら、私も早く元の世界に帰りたいんですけどね、とアルトは寂しそうに呟いた。
そこからはほぼその2人の話だった。2人の好きな食べ物の話や思い出、2人がどれだけ可愛いのかを若干鼻息荒く語ってくれた。要は惚気だ。
そこまでしてようやく俺にも合点がいった。アルトが何故戻りたいのかを聞いたのか、それが本当に家族を愛していて、もう一度会いたいと思っていたからこそ、俺の言葉に反応したのだろう。
そしてそれは俺の幼馴染にもう一度会いたいという想いと相違ないということが分かった。
そうして、俺たちは互いに色々な話をして、気付けばあっという間にエルダレの入口の街、バスクに到着してしまった。到着する前からすでに俺たちはかなり意気投合し、エルダレの城壁が見える頃にはすっかり大切な友人どうしとなっていた。
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