第5話 街の話
エルダレの入口に位置する街、バスク。この街は首都ではないものの、国へ入国して最初の街ということで、商人の出している簡易的な出店が多く立ち並び、それなりに多くの人で賑わっていた。
特に目についたのが特徴的な石畳だ。青と白を基調とした複雑な模様が付いていて、綺麗に地面が舗装されている。
そして遠くの方、大体500メートルくらい先の方にこれまた青と白の美しい城がそびえ立っていて、どこか童話の世界に迷い込んだような気持ちにさせるほど大きな存在感を放っている。
これがこんな状況でもなかったら遊園地に来たような気持ちで観光できたのかもしれないが……。
「いやぁ、ここまで来るのに結局大分時間かかっちゃったな。もう夕方だ」
「そうですね。今日これから王に謁見するのは難しそうですし、宿屋で一泊して、明日から動きましょうか」
「了解。──つまり、明日までに身の振り方を考えておいた方がいいってことだよな?」
「いや、そこまで深刻に考えなくてもいいですけどね?ただまあ、返答だけは考えてもらえると助かりますかね」
「わかった」
これからの道を決める──つまり、勇者になるために戦う道を選ぶか、この国で普通に国民として仕事をして生きていくか、ということだ。
正直、まだ迷っている最中で、決め手に欠けるというか、なんというか考えあぐねている。
もちろん元の世界に帰れる可能性がある勇者になるという選択肢も魅力的ではあるのだが、やはり身の危険を冒すというのは怖い。そのひとつの理由として、椿の死もあるのだろう。首が一直線に斬られ、頭と体が離れているあの光景がいつも頭の片隅にこびりつき、俺に死の恐怖としてのしかかっている。それもあって、どうしても決断する勇気が出ないでいた。
俺がメリットとデメリットを並べ、ぐるぐると悩んでいる間に今日の宿に着いてしまったようだ。
到着した宿はエルダレのメインの色であるらしい青と白とはうってかわってベージュをベースとしたおしゃれなカフェのような建物で、看板に『海岸亭』と異世界の文字で……って、あれ!?読める!
「お、気付きましたか?そう!ミリア様が異世界から来た方全てにオプションとして渡しているんです。宝石箱がそれにあたるので、これだけは無くしたりしないようにしてくださいね」
「イエス、サー!」
「ふふふ、元気でよろしい。じゃあ入りましょうか」
こうして冗談が言い合えるのも、先ほど色々と話せたお陰だ。最初にあったときからみたら随分と打ち解けたと思う。勝手に友人のように思っているのだが、それは俺が陰キャ故なのだろうか?でも、アルトも同じように思っていてくれるといいなと思ってしまった。
『海岸亭』に入ってみると、中は酒場のような内装になっていて、何人かの武器や大きな何かの道具を持っている人々が思い思いに談笑している。テーブルやイスの奥には木で出来たカウンターがある。その奥に店主らしき初老の男性が佇んでいて、アルトはまっすぐその人の方まで進んでいく。俺も慌ててその後ろをついていく。
アルトは店主の男性といくつか言葉を交わし、何かを受け取り俺の方へ振り返った。
「これが部屋の鍵です。2階に上がって一番奥の右側の部屋みたいですね。あ、お金は国から出ているので気にしなくて大丈夫です」
と、小さな鍵を渡された。
「ありがとう」
「見慣れない服装だね。お兄ちゃん異世界の人かい?この国じゃ珍しいね」
男性がカウンターから乗り出して気さくに話しかけてくる。ど、どうしよう。とりあえず返事……。
「あ、はい。どうも」
いやどうもってなんだどうもって!もっと何か会話を膨らませるようなことなかったのか、俺!これじゃコミュ障みたいに思われないだろうか?いや、人と話すのは苦手だけど……。
助けを求めるようにアルトを見ると、苦笑いされた。なんか複雑な気分だ。
「じゃあ私は城へ報告しに戻りますので、今日はゆっくり休んでください。明日の朝迎えに来ます」
「わかった。ここまでありがとう」
「いえ。ではまた明日」
「おう」
そう言って、アルトは店を出て行ってしまった。俺も横の階段を上り2階へ上がる。
言われた通りの部屋に鍵を差し込んで開けると、それなりに広い部屋に、いかにも『宿』といった感じの内装で、出窓に、机と椅子、ベッドが置いてあった。
机の上にはパンらしきものとリンゴに似た形の黄色い果物、水瓶とコップが置いてある。これが今日の夕食のようだ。
荷物を椅子の上に置きベッドに腰掛けると、どっと体が重くなる。
「はぁ……。そういえば、今日は歩きっぱなしだったっけ……」
一日中歩いて汗だくなのだが、体を拭く気力すら起きない。お腹も空いている。体がベタベタとする不快感と空腹感はあるが、強い眠気と疲労には耐えられず、俺の瞼はゆっくりと落ちていった。
窓から差し込む光によって朝を迎える。そういえば聞こえはいいものの、実際の心境は最悪だった。
昨夜体を拭かずに寝たのと寝汗で寝る前よりもひどいことになっている。それから、
「お腹、空いた……」
これがお腹と背中がくっつきそう、というやつなのだろうか?空腹がひどすぎて吐き気すらもしてくる。これが昨夜の怠慢の証だと思うと言葉も出ない。
ひとまず、死屍累々といった様相で机に向かい、イスに体を投げ出すようにもたれこむ。リンゴのような果物に鼻を近づけると、甘酸っぱい良い香りが鼻腔を満たし、腹の虫がうるさく騒いだ。
口をつけてかみ砕き、飲み込む。……味は普通にリンゴだった。
一通りリンゴを食べ、パンを食べきった後、水を飲んでようやく少し落ち着いた腹をさすり、椅子から立ち上がる。
部屋に備え付けられていた布を水瓶の水で濡らし体から汗を拭うと、やっと不快感が消え去った。
「はぁ……。綺麗なもんだなぁ……」
窓から部屋に差し込む光が綺麗だ。さっきまでと逆の感想に、流石に笑うしかない。人は体のコンディションだけでこうも気分が変わるものなのか。
ぼんやりと窓枠に体を預けて街の景色を見る。この辺りは住宅街といった感じで家が沢山立ち並んでいるため、城は見えないかも知れないとも思ったけれど、昨日と変わらず大きな存在感を放ち遠くの方に見ることができた。
今日、俺はあそこへ招かれている。聞かれるであろう問いの答えと、覚悟はまだ決まっていないけれど、やらなければならないことだけは、2年前のあの日からずっと誓いとして胸にある。その成就のためにどうすればいいのかも、もうわかっているのだ。
そのくせなかなか腹を括れない。何かきっかけがあれば踏み出せるのかもしれないが、今はまだ悶々と考え込んでだけいたい気分に腕を引かれる。
「もしもし?ヨウスケさん、起きてますか?アルトです」
しかし、現実というのはそううまくいくものでもない。俺を呼びに来たのであろうノックの音が部屋に響いて、俺は慌てて扉を開ける。
「おはよう、アルト。起きてるよ」
「おはようございます。とりあえず、朝食を食べに行きませんか?」
いや、さっき食べたんだよな……。と返そうとして気がついた。あれは本来、昨日の夕食となるはずのもので、今日の朝食ではないのだった。
そこまで認知すると、俺のお腹の音が部屋中に響き渡った。
「……行きましょうか」
「……スミマセン」
アルトに苦笑されて恥ずかしい思いをしながらそう返す。昨日から格好悪いところばかり見せている気がするが、大丈夫だろうか?なんかさっきまでの悩みが一気に霧散してしまった……。
(いや、城に着くまでに答えを決めなきゃなんだって!気合を入れなおせ、俺)
とはいえ、気合を入れたところで答えが決まるわけでもなく、また思考のループに落ちていってしまうのだった。
異世界人が俺の他にもいるとはいえ、この国ではあまり見かけないらしく、一階で朝食を食べているときもチラチラとした好奇の視線を感じて落ち着かない。そんな俺に対してアルトは大して気にしていないらしく、サンドイッチを幸せそうに頬張っている。俺もこのくらい肝が据わっていればいいのだが、平凡なごく普通の学生として生きてきたのでそう簡単には多くの視線を浴びることに慣れることができない。どうにかこうにか目の前の定食に意識を向け口に運ぶのだが、どうも味わった気がしなかった。
結局アルトよりも先に食べ終わってしまい、暇になった俺はぼうっとしていたのだが、そうしていると不可抗力で周囲の会話が耳に入ってきてしまう。そしてそれらのほとんどが、あまり聞いていたくないような内容のものばかりだった。たとえば、
「チッ!異世界人がこんな田舎の国まで来やがって!強国はもう冒険者の仕事がねぇからこんなとこまできったってのによう」
「この国の異世界人はみんな雑魚だっていうし、コイツもそうかもしれないぜ?」
といった感じだ。大体は厳つい武器を持った者たちによるもので、まあ俺は歓迎されていないのだと平和ボケした俺でも流石にわかる。
他にも、
「異世界人っていったって、あの人たちすぐ問題を起こすじゃないか。サイカ様はずっと引きこもってるらしいし、モネ様に至っては、ドラゴンのこともそうだけど、あの方若い女の子ばかりつけまわしてるらしいぞ」
「その話聞いたわよ。正直異世界人なんて変人しかいないんじゃないかって思っちゃうわよね」
など、これは普通の国民らしき人々のものだ。正直、アルトから異世界人はひとりひとつ強力な能力を与えられると聞いた時から良く思わない者もいるのだろうなぁと思ってはいたのだが、まさか人間性でも嫌われているなど、全くもって想像していなかった。なにしてるんだ、他の異世界人……。
こんな感じで、他にもいい話が聞けることはついぞなく、アルトが食べ終わるのを待って俺たちは『海岸亭』をあとにした。
出来ることならもっといい意味で、言ってしまえば覚悟を決めるのを後押しするような情報を得たかったものだ。俺の心は先ほどよりもさらに沈んでしまい、王に謁見するのがどんどんと憂鬱になってしまったのだった。
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