第6話 ファンタジー全開な話

店から出て、しばらく離れた後、今まで黙っていたアルトが急に振り返り、俺に話しかけてきた。




「……店での噂話、聞こえてしまいましたか?」


「……うん。とりあえず、俺があまり歓迎されていないことは分かった」


「ですよねぇ……」




 アルトはあの客たちを知っていて無視していたのか。まあ、あそこで口論になって困るのは俺たちだったので、俺も黙っていて正解だったようだ。


 アルトが苦い顔でため息をつき、辺りを見回す。今は朝早いため、大通りでも人はまばらだ。それを確認したからなのかは分からないが、アルトが重々しく口を開く。




「黙っていてすみません。いつかは話さなければいけないとは分かっていたのですが、まさか本人に聞こえるようにしてくるとは……」




 アルトも完全にこの世界に馴染んでいるようではあるが、この国の異世界人のひとりなのだ。あんな風に言われていい気はしないだろう。




「いや、お前も苦労してるんだなと思ったよ。──あー、なんだ、異世界人の担当って大変なんだな」


「いえ、好きでやってることですので。……ただ、あの方々には少しばかり手を焼いているのは確かですね。悪い人たちではないんです。……ただほんのちょっとクセが強いだけで」


「……なるほど」




 普段こんなに弱音を吐くようなタイプには見えないアルトをこんな苦い顔にするくらいだ。おそらく、アルトの言葉通り悪人ではないのだろう。しかしまあ、俺もどの選択肢を選ぶにしても切っても切れない関係になることはもう避けられないだろうし、できることはあまり関わらないように距離を置くことくらいだろうか。……それができるのならば、だけども。




「とりあえず、いつまでもその服のままですと人目を惹いてしまいますし、服を先に買いに行きましょうか」


「そうだな、今なら人も少なそうだし。ただ、こんな早くから開いてる店とかあるのか?」


「ええ、そこの者なら腕も目も確かです」




 こっちです、とアルトが路地裏を指す。そこは簡単に見ただけでも複雑な構造をしているようだったが、アルトは勝手知ったる顔でずんずん進んでいく。進んでいくにつれ、家々の壁が段々に折り重なり陽が当たらなくなっていき、最終的にはほぼ光のない道を進むことになってしまった。


 体感にして20分ほど歩き、あとどれくらいでたどり着くか声をかけようとしたとき、ぴたりとアルトの足が止まり、こちらを振り返った。




「ここですね。中は明るくなっていると思います」


「っ、おう」




 ……不味い。びっくりして答えるのに少し間が開いてしまった。胸中をさとられないよう、俺は慌てて扉を開ける。




 中は意外に普通のすこしこじんまりとした店といった感じで、アルトの言った通り綺麗なライトが部屋中を明るく照らしている、木をふんだんに使った上品さを感じる内装だ。今いる場所の奥にもうひとつ部屋があるような間取りのようで、廊下の先から光が漏れている。……正直、こんなところにあるくらいだから、もっと魔女の館みたいな感じかと思っていたため、少しばかり拍子抜けした気分だ。いや、そうだったらそれはそれで困るんだけど……。




 俺が入った後、アルトも店に入る。そのまま右に置いてある小さなテーブルの上のベルを一つたたいた。すると、急に奥からゴトゴトと何かがぶつかる音がしたと思った矢先、小柄な女性が飛び出してきた。




「いらっしゃーせー!店主のアデレアと申します!お仕立てのご依頼ですか!それともお直し?」




 出てきたのは身長大体145センチほどの綺麗な赤毛の女性だった。


 随分と元気な人だ。この店が小さいこともあるのだろう、声が部屋中に反響して少し耳が痛い。




「どうもこんにちは、アデレアさん。こちらは異世界からいらっしゃったヨウスケさんです。いつものように何着か服を見繕っていただけませんか?」


「おー!風の噂では聞いてたけど、君が例の新しい人かぁ!いやあ、アルトさんも私の店を選んだのはいい判断だったとおもうよー!他の店だと異世界人なんて絶対嫌な顔されるだろうしねぇー」




 そう言いながら彼女は俺の体をなめまわすように上から下まで見た後、バシンと自身の手を打ち付けた。




「うんうん!君に合うようなものなら色々あるね!いくつか持ってくるからちょっとお待ちよ」


「あっはい!よろしくお願いします!」




 アデレアさんにつられて俺まで大きな声で返事をしてしまった。しかし、当の本人は気にした様子もなく、バタバタとまた奥の部屋に戻っていく。




「元気な人なんだな……」


「そうですね。あれでも王からも信頼されているほど腕のあるかたなんですよ」


「へぇー。なんでそんな凄い人がこんな路地裏奥の暗い所に店を出してるんですか?それこそ、さっきの大通りとかに出したらいいのに」




 そう言うと、アルトが微妙な顔になった。……何となくわかった気がする。アルトとはまだ出会って間もないが、こういう顔をするときは面倒くさい事情があることくらいは読める。




「実は、あの方は魔王様……、今となっては先代ですけど、先代魔王様の妹君であらせられるので……。あまり目立ちたくないというご本人のご意向なんです」


「は!?あの人が!?魔王の……妹!?」


「はい」




 正直全くそんなようには見えない。見た目も普通の人間だったし、禍々しいオーラとかはこれっぽっちも無かった。ただまあ、確かにそれが本当ならば、表に堂々と店を構えるのは難しいだろう。


 それに、先代の魔王とは?勇者は新しく決めなければという話だったが、魔王も新しい人になるということなのだろうか。




 するとアルトは俺の疑問を見透かしたように答えてくれた。




「高位の魔族は自由に外見を変えられますからね。それから、勇者の代が替わると魔王も代が替わります。勇者と魔王は信頼関係が大事ですから」


「信頼関係?戦うんじゃないのか?」




 俺はあまりファンタジーに詳しくはないが、魔王と勇者は争いあう存在というイメージが強い。それが何故、信頼関係が重視されるのだろうか?




「ああ、ヨウスケさんの世界ではそういう認識なんですか。この世界では、勇者と魔王は対の存在であり、手を取り合う相棒のような存在なんです」


「はー。なるほど」


「まあ、魔王の後継は無事なので、勇者選定においてはその方との相性がそれなりに重要視されると思います」


「魔王の後継は、ってことは……」


「ええ、勇者の後継も本来ならば選ばれていたらしいのですが、諸々の事情が……」




 なるほど、それで勇者を選ぶ、ということか。今までの情報がやっとのこと線で繋がった気がする。つまり、単純に勇者としての強さだけでなく魔王との相性も基準ということは、次の魔王に取り入ろうとする輩が多いのだろうということだ。俺は思わず魔王に少し同情してしまう。


 そうこうアルトと会話をしていると、奥から箱を抱えたアデレアさんが戻ってきた。




「お待たせしゃしたー!目測で測っただけだけど、私の目に狂いはないかんね!ぴったりだと思うよ!試着してみる?」


「あ、ありがとうございます」




 そう言って箱を俺に渡してきた。試着といっても、試着室のようなものは見当たらない。奥の部屋にでもあるのだろうか?




「えっと……。試着って……?」


「それはもう、こうっしょ!」




 アデレアさんがクルリと指を振る。すると突然箱の蓋が開き目の前が明るくなる。光がはれると、俺の着ていた制服が、アルトの着ているものと似たタイプの中世風なシャツと、丈夫そうなベルトのついたズボンに変わっていた。どちらもとても肌触りがよく、軽く動いてみると伸び縮みする素材で出来ているらしく動きやすい。サイズも測ったようにぴったりだった。元の世界で着たことのあるどの服よりも完成度が高い。




「おおお、凄い!」


「だろうとも!うんうん、流石私!君も様になってるし、それなら王の前に立たせても恥ずかしくない!ちなみに、箱に入っている他のものも同じサイズで似たようなものだから、しばらくはそれで大丈夫だろうね。ほら、これに箱を入れて帰りな」




 そう言って、大きめの紙袋をずい、と渡された。受け取って中を見てみると、俺の先ほどまで着ていた制服が入っている。




「ありがとうございます!」


「うんうん、私も久しぶりにお客が来てくれて嬉しかったよ!是非今後とも御贔屓に!出来ればまた国のお金で買い物するような立場でね!にしし」


「それは、確約出来ないですけど……。でも、また来たいと思います」




 俺は何度も手を振るアデレアさんに頭を下げ、店を後にした。








 路地裏から出て、大通りに入ると、先ほどと違い周りから視線を感じることは少なくなった。ただまあ、アルトが美形なのでその点では目を惹くのだけど……。でも、そのおかげでさっきまでは落ち着いて見られなかった街の風景も落ち着いて見られるようになった。そうすると、歩いていても様々なものが目についてしまう。


 例えば、お菓子のお店だ。店のショーウィンドウに飾られた沢山の見たこともない装飾のそれらはとても美味しそうで、見た目も芸術品の様だ。他にも、それこそ勇者が持つようなカッコいい剣や盾、杖などが売られている店もあり、これらをみるとやっぱり異世界なんだなぁと再認識してしまう。




 そうしてキョロキョロと様々なものを見ていると、少し遠くの方で大きな人だかりが出来ているのが見えた。俺はアルトに訊ねてみる。




「あれは何だろう?何かの催しかなんか?」


「いえ……。この時間は出し物を許可してはいないはずです」




 少し近づいてみると、人だかりには30人ほど人がいるらしく、何やら大声で叫んでいる人たちが集まっているようだ。




「何かの揉め事かもしれません。私は少し見に行ってきますので、ヨウスケさんはこちらでお待ちください」


「おう、気を付けて」




 そう言ってアルトは人だかりへ走っていき、後ろの方でオロオロとしていた野次馬の女性に話しかけた。




(俺は離れてた方がいいかもな)




 事情も分からないし、この街のことにも詳しくない、何か役に立てるわけでもない。それならばと店を見に行こうと踵を返した瞬間のことだった。




 ドゴ――――――――――ン!!!!




 という心臓に直接響くような轟音と、地響き、それから、




「ガリュグルアアァァァーーーーーーーーーーーーッ!!!」




 という爆発音に負けずとも劣らないほどの叫び声が街中に響き渡った。


 驚いて振り返ると、そこにはヘリコプターほどの大きさの巨体に翼を持つ美しい黒曜石のような鱗の──ドラゴンがいた。




「────は?」




 前方から人々が逃げ出し、青ざめた顔でこちらへ走ってくるのが見える。するとドラゴンはそのうちのひとり、──今朝『海岸亭』で俺のことを噂していた男のようだ──を自身の大きく鋭い爪で攫い、こちらの方へ軽く、いかにも路傍の小石を放るようにこちらへと投げた。




「う、わああああぁぁぁぁぁーーーーーーーー!?」




 ぶつかる。そう思った瞬間、何かが空中で男を横から受け止め、地面に颯爽と降り立った。よくよく見るとそれはアルトで、男を近くにいた住民に預けてこちらへ走ってくる。




「ヨウスケさん!ご無事ですか!?」


「俺は大丈夫だ!というか、アルト、すげえな!今飛んでなかったか?」


「ええ、風魔法の応用です。──それで、ヨウスケさんに折り入ってお願いがあるんです」


「お願い?」




 いつになく真剣な表情でこちらをじっと見つめるアルトに心臓を掴まれたように動けなくなってしまう。


 ドラゴンは炎を吐き、周囲を火の海にすることで他の人間が近づかないよう威嚇している。それにより、周囲はあっという間に地獄もかくやといった様相に変わっていく。美しい街を一瞬で酷い有様に変えてしまった当の本人は傍で腰が抜けてしまった人間を冷たく見下し、また近くにいた人間を放る。しかし、その人が地面に叩きつけられる直前、アルトが腕を振り強い風が体を受け止めた。




「あんなのに対して俺が何か出来るとは思えないんだけど……?」


「そうですね、そんなの期待してません」




 そう言いながら、またアルトは投げ出された人々を受け止めていく。ドラゴンはそれでも勢いを止めず、今度はこちらに近づいてきた。大きな音を響かせ、地面の石畳を破壊していく様はまさに怪獣ともいえる。いや、そんな冷静に分析してる場合じゃないなこれ!?逃げなきゃ死ぬじゃん!




「時間がありません、とりあえずお願いします!」


「え、ちょ、まっ」




 そう言うが早いか、アルトは俺を抱え、足元に風の渦のようなものを発生させて浮き上がる。……ってこれお姫様抱っこってやつでは!?怖い!落ちる!


 当のアルトは涼しい、というには険しい、緊張を表情に貼り付けて、ぐんぐんとドラゴンの背に向けて加速していく。




「すみません、私ではどうしようもないんです!城から魔導士が派遣されるまでにも時間がかかるでしょうし……!」


「わかった、わかった!俺にできることかわからないけど、とりあえずやってみるから!何をしたらいい!?」




 ここまで来たらもうどうしようもない。諦めた俺の言葉にアルトは嬉しそうに頷く。




「ヨウスケさんの能力は『治癒』なんですよね?それをあのドラゴンの背にいる人に使ってあげてほしいんです!」


「は!?だから、あれは使い方が──」


「そこはほら、フィーリングで!」


「そんな無茶な!」




 そんな俺の悲痛な叫びに対して、ドラゴンがどんどん近づいてくる。それにつれ、その大きさがヘリコプターレベルではないことが段々と分かってきた。実際には、体育館ほどの大きさだ。……いやもっとだめじゃないか!




「よし、到着です!大丈夫、ヨウスケさんならできます!根拠はないですけど!」


「そこは嘘でもできる根拠とか出してほしかったかなぁ!」




 しかし、俺の叫びも空しくドラゴンの背の近くまでたどり着いてしまう。アルトは俺をそうっと下ろした。




「お願いします。──私は下の人は助けられますが、それだけなんです。こんなこと、よそから来た方に頼むのは心苦しいのですが……」


「分かったよ。──友達の頼み、だもんな」


「────!はい、頼みます!」




 一瞬アルトは目を見開いたが、すぐに力強く頷き、住民を救助するため飛び去って行った。それを確認し、俺はドラゴンの背中を見渡す。すると、背中の先、頭上に近い辺りに倒れた人影を見つけた。


 まずい、なんであんなところにいるかは分からないが、アルトの言葉からあれがこの事態を引き起こしている元凶なのだろう。




(まさか、『治癒』の力を使えって……っ!)




 嫌な予感が頭をよぎる。大きな振動にふらつきながらも近くへ寄ると、その人物は風変わりなマスクのようなものをつけていて、しかし着ている服はこの国で先ほどまでよく見ていたタイプのもの。それによりどこかちぐはぐな印象を受ける。




(いや、今はそれよりも……)




 そうっとドラゴンを刺激しないよう体を動かすと、そこには肩から胸にかけ、大きな裂傷が痛々しく刻み込まれていた。確認すると、浅くではあるが胸は上下しているため生きてはいるようだ。




「ううっ……」




 思わず顔をしかめてしまったが、確かにこれはすぐにでも治療が必要だとわかる。




(仕方ない!やるだけやってみるか……!)




 確か、アルトは石を使わずとも、念じるだけでいいと言っていた。その念じるというのが分からないのだが、神に祈ったりするような感じなのだろうか?


 とりあえず、手を傷口の上にかざし、神に祈るように目を閉じる。……残念ながら効果はないようだ。




(馬鹿者……!それでは効果が無いに決まっておるだろう……!)


(!?だっ誰ですか!?)




 突然頭の中に声が響く。イメージとしては立体音響のものを聞いているような感じで背中がぞわぞわする。慌てて話しかけるように返事を返すと、座り込んでいた地面が大きく揺れた。




(儂だ!お前が今踏みつけておるだろうが!)


(は?……え、まさか、このドラゴンだったりします?)


(そうだ、いいから今儂に話しかけている要領で脳内で能力を使え!モネが死んでしまうではないか!)


(は、はい!?わかりました!)




 言われた通りにもう一度目を瞑り、先ほどのドラゴン?に話したのと同じように倒れている人物にイメージを飛ばす。




(頼むっ……!治って……生きてくれ……!)




 すると、傷口が淡く光り、ゆっくりではあるが塞がっていく。肩からだった切り口が短くなっていき、最終的には傷すらなくなっていった。


 出血量はそう多くはなかったので大丈夫だろう。俺は傷口から手を離し、安堵のため息をついた。




「いやぁ、助かりました。……いや、こんなことになってるのは貴方のせいなんですけど、貴方のおかげでこの人を助けられたので」


「ふん。儂は悪くないわ。悪いのはあの不埒な人間たちよ。儂はただモネを守ろうとしただけじゃ」


「モネ……?もしかして、この人のことですか?」




 俺は先ほど『治癒』を使った人をちらりと見やる。このドラゴンにやられて傷を負ったものだと思っていたのだが、違うのだろうか?




「そう。その者は儂と契約した者なのだが、先ほど不埒な人間にその傷を付けられてな。普段はモネに怒られぬよう小さいサイズでいるのだが、ついかッとして巨大化して追い払ってやったのだ!はっはっはっはっは!」


「いやいや、追い払うだけならもう少しやりようはありましたよね!?見て下さいよ、下!石畳もボロボロだし、家なんか崩れちゃってるじゃないですか!」


「そんなものは知らん!人間とは脆いものだ、それともなんだ?人ひとりの命よりも街の方が大事だとでもいうのか?それに儂は誰も殺してはおらん!」


「いや、まあそれは!命は大事ですけど!死者が出てないのはアルトが頑張ったお陰ですし、これだけ被害が出てると困る人も多いと思いますよ?」


「ふん。愚かな人間がいくら困ろうと知ったことではないわ!」




 ……だめだ、この人……。じゃない、ドラゴン……。全く反省の色が見えない。というか悪びれもしない。いや、ドラゴンに対して人間の常識を求めるのはナンセンスなんだろうけど……。


 このままでは埒が明かない。途方に暮れていると、左の方から住民の避難を終えたらしいアルトが飛んできた。




「モネさんは無事ですか!?」


「アルト!いいところに……!モネさんは無事だよ。それより助けてくれ、話が通じなくて困ってるんだ」


「そうですね。『友達』の頼みですし、助けにはなりたいんですけど……」


「うっわ!待って、それは忘れてくれ!」


「ふふふ。多分一生忘れないと思いますね」


「黒歴史確定じゃねぇか……!なんで言っちゃたんださっきの俺……」




 アルトと軽口を交わし、ちらりとドラゴンの方を見る。こいつのこれからの扱いは俺には分からない。というか、彼とモネの関係もよく分からないし、この先は黙っていた方がいいと思う。




「そうですね、私の仕事は異世界人の保護であって、問題が起こってしまったときの後始末ではないですし、ここから先は役所の者がなんとかするでしょう。私たちは当初の目的通り、城へ向かいましょう。王がお待ちです」


「分かった……。けど、いいのか?モネさんをここに置き去りにしても?」


「ええ。すぐ専門の者が来るように手配しておきましたから」


「流石だな。……で、もしかして、ここから降りるのって、」




 そう言うと、アルトが柔らかく微笑んだ。




「すみません、あの持ち方は嫌ですよね……。おんぶにしますか?肩車にしますか?」


「絶対面白がってやってるよな、それ!?普通に抱えてくれ!……いや、抱えられてる時点で大分恥ずかしいけど!」




 こうして、騒ぎを聞きつけた住民やアルトが呼んだ役人の前でとんだ赤っ恥を晒すことになってしまったのだったが、その話を詳しくすることはないだろう。……何かの罰ゲームでもなければ。


 大変な寄り道になってしまったが、収穫も大きかった。失ったものも大きかった気がするけど……。何より能力の使い方が分かり、人に対して行使できるようになったことが大きい。……これで、勇者を目指す道のりを選ばない理由がひとつ減ってしまった。これは本当にいい加減、腹を括るしかないのかもしれない。




 そうして、俺は勇者を目指す方に気持ちが傾きながら王に謁見する羽目になってしまったのである。


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