第17話 採寸する話
「で、どっちから採寸する?パパッと決めちゃって~」
「ええっと……」
チラリとサイカさんの顔色を伺う。やはり俺が先ほど待たせてしまったせいか、少し不機嫌そうに見える。これ以上待たせるのはあまりよくないかもしれない。
「じゃあ、サイカさん……」
「コイツが先で」
同時にお互いを指名する。びっくりしてサイカさんの方を見るとものすごい形相で睨まれた。俺にどうしろと……?
助けを求めるようにアデレアさんの方を見ると、満面の笑みで頷いていた。いや、笑顔ではあるのだけど、どことなく圧力を感じるような笑みだ。なんというか、暗に「とっととどっちかに決めろ」と言うような、すごみがあるような……。
「じゃ、じゃあ俺から……」
「うん、じゃこっち来てね」
アデレアさんに手招きされ、大人しくそちらへ着いていくと、部屋の奥に布で仕切られ、もうひとつ部屋があった。あまりに部屋の内装に紛れていたため気付かなかったらしい。
その部屋は端に簡素な椅子机がひとつずつと、いくつかのおそらくアデレアさんの仕事道具であろう品の数々、それからたくさんの布が棚に置かれていた。
「じゃ、そこでピシッと背を伸ばして立っててね」
「は、はい」
後ろからシュル、というおそらくメジャーを伸ばしているのであろう音が聞こえる。ただそれだけなのに、なぜだかすごく緊張する……のは、俺がコミュ障だからなんだろうか?
「はーい、力抜いて―。あ、いくつか質問してもいい?」
「ど、どうぞ」
「ありがとー。……えーっと、勇者になりたいのはなんで?」
なんかこれ、前にもマーガレット王女にも聞かれたような気がする。そのときと同じような答えを帰すと、
「うんうん、いいねぇ、幼馴染のためね」
と返ってくる。正直話を半分も聞いていないような気がするんだけど……。というか、この感じ、なんか懐かしいと思ったらあれだ、美容室での美容師さんとの会話だ。
美容師さんは髪を切る技術だけでなく、その間の会話スキルも求められるというのは聞いたことがあるけど、もしかしたら仕立て屋もそうなのかもしれない。
他にも、
「元の世界に戻りたいとか思ったりする?」
とか、
「この世界、魔物とかいたりして結構危ないけど不安とかない?」
だとかの俺を心配してくれるような内容の質問が多く、心配してくれることに対してありがたみを感じつつも「元の世界には帰りたいですけど、目的があるので」だとか、「お陰様で、不安とかはあまりないですね」とか答えていると、アデレアさんは嬉しそうに頷いていた。
あとは……、普通に世間話が多かっただろうか。この路地裏は意外と沢山店があるらしいのだが、そのほとんどが魔族の経営するものらしい。なんでも、エルダレを始めとしたヒト族の多い国では力の強い魔族はあまり歓迎されないらしく、細々とやっているところが多いのだとか。
そういった魔族の多くはヒト族と友好的に接したいと考えている人が多いらしいが、なかなか上手くはいかないようだ。
アデレアさんもヒト族と魔族のすれ違いに頭を悩ませるひとりで、色々と距離を縮める方法を模索しているらしいが、なかなかに長年の軋轢を解消するのは難しいらしく、ブツブツと不満を口にしている。
「まあねぇ、お姉ちゃんが魔王だったときかなーり好き勝手してたからね。迷惑被った人もいるんだろうなぁ、とは思うんだけど」
「ははは……。大変なんですね……」
「そうだよー!お姉ちゃんがいつも暴れまわるから私がその始末にあちこち回らないといけなくなるんだもん。北の国へ行ったときなんか知らない人に突然物凄い剣幕で怒鳴られたりとかしたし……」
「あはは……」
アルトも複雑そうな顔をしていたけど、アデレアさんの話を聞く限りかなり先代魔王様は自由な方のようだ。それはぷんぷんと頬を膨らませる様子からも見て取れる。
しかしそんなアデレアさんは怒りながらもどこか楽しそうで──。
「お姉さんのこと、大切なんですね。アデレアさんを見てると、なんとなくそんな感じがします」
なんとなくおかしくなってそう伝えると、突然アデレアさんが大きく目を見開く。
「あ、あれ?違いました……?す、すみません!いやただそうじゃないかなーって思っただけです気にしないでください!ごめんなさい!」
「いやめっちゃ謝るじゃん!?大丈夫だよ!?実際私たち仲いいし」
アデレアさんの言葉にホッと胸を撫でおろす。いけない、こういうところでコミュニケーション能力の低さがうっかり露呈してしまうところ、治した方がいいな……。いや、そもそもコミュ力自体を高めないといけないんだけど……。
というか、めっちゃ慌てようキモかったんじゃないか、俺!?やばい、顔が火がでそうなほど熱い。穴があったら入りたい……!早口すぎだし、呂律もほとんど回ってなかったし、聞き取れなかったんじゃないかなぁ……。本当に恥ずかしすぎる……。
「……ぷっ!あははは!」
「な……。ど、どうして笑うんですか……?」
「ふくくくくく……!いやぁっ……!ごめんごめん、ヨウスケ君がすごく焦ってるの見ちゃったら笑えてきて……」
「そんなに分かりやすかったですか!?」
いやまあ焦ってたのは事実だけど、そんなに顔に出てたのか……。気をつけよう……。
そう心の中で思っていると、アデレアさんが笑いつかれたように息をする。いや笑いすぎだろ……。流石にちょっと傷つく。
「いやぁ、でも君が来てくれて良かったよ、ホント」
「今のでよくそんなこと思えましたね……?」
「あはは、ごめんってば!でもね、君、本当に次の魔王様にそっくりなんだよね、そういうとこ。だからおっかしくって!」
「次の魔王……?アデレアさんはもう会ったことがあるんですね……」
「うん、きっと君なら仲良くなれると思うよー」
「そうですか……?」
というか、今のアデレアさんの俺への認識から想像するに、次の魔王様、もしかしてコミュ障?だとしたらお互いビビッて会話が成立しない気がするんだけど……。というか、魔族を統べる魔王がコミュ障で大丈夫なのか心配なんだけど……。
そこで先ほどのアルトの表情が頭を過る。そういえば、アルトも……。
「実は、さっきアルトが先代魔王様のことは会えば分かる、って言ってたんですけど……。俺、そんなに魔王様に簡単に会えるような身分じゃないと思うんですよね。なのにアルトがまるで、俺が魔王様と話す機会があるって確信してるみたいで……。アデレアさんも仲良くなれるって……。どうしてですか?」
「いやぁ~、そこらへんは女の勘としか……」
「いやでも、アルトは女性じゃ……」
「顔が女の子っぽいし、ノーカンノーカン」
「ええぇ……」
茶化すようなアデレアさんの言葉に少しばかり肩を落とす。
実はこれ、俺なりのカマかけだったのだ。前のマーガレット王女の「アルトに気を付けろ」、というのが気になって自分なりに調べていたのだが、モネやストラさんは何も知らないようで、サイカさんはそもそも話をほとんど聞いてくれなかった。
一応それなりに長い付き合いらしいアデレアさんなら……、と思っていたのだが、この様子だと何か知っていそうではある。が、アデレアさんとしては話す気はさらさらないらしく、すげなくあしらわれた。残念だけど、ここは引くしか……。
そう思っていたのだが、アデレアさんが次に、驚きの情報を口にした。
「ま、でもいずれにせよ、君ならいつか次の魔王様には会うことになるとは思うよ。それについてはこっち独自の情報網。アルトさんの方はわかんないけど、私の知らないところで話が進んでる可能性はなきにしもあらずって感じかな。どう?」
「えっ……!あ、そうなんですね……、って、えっ!?」
「いやいや、探られてることに気付かない程能天気に生きてるわけじゃないからね?そこも含め、君は分かりやすすぎるのはいただけないかなぁー」
「す、すみません……」
ば、バレてた……。これは本格的に、自分の意思を隠す訓練をした方がいいのかもしれない……。
それにしても、意外な情報を貰えたものだ。直接的には言われていないものの、アデレアさんの言葉からは先代か次の魔王様どちらかとアルトに何かしらの関係があることが読み取れる。俺の頭でわかったのはこれだけではあるが、情報の少ない今では大きな進歩だ。
まあ、かなりアデレアさんに融通してもらった結果ではあるのだけど……。
「あははは!まあいいよ、平和な世界に生きてたただの学生さんだったんでしょ?なら十分よくできてたと思うよ!ただ、この世界は平和とはいえない場所も多いし、言っちゃえば悪意のある人間も沢山いるわけだから、交渉術や本心を隠す練習はした方がいいかもね」
「ぜ、善処します……」
「うんうん、それでよし!そんで、採寸も終わり!お疲れ様でした!戻っていいよ~」
「あ、ありがとうございました……」
アデレアさんがシュルル、と使っていたメジャーを巻き取る。俺としてはただ立っていただけだったのだが、驚くほど疲れた……。精神的な疲れが大きいのだけど、帰ったら布団に直行したい……。
そんなことを考えながら入口の部屋に戻ると、モネがパッと顔を上げこちらへバタバタと近づいてくる。
「おかえりー!どうだった?」
「どうだったってなんだよ……。俺としてはただ疲れたとしか……」
「そっか!お疲れ!というかそうじゃなくて、合格貰えるかな?ってことだよ!」
「合格?」
情報の取引としては正直失敗だと思うんだけど……。モネがそんなことアデレアさんとしてるわけないだろうし……。
「いや、忘れたの……?身体強化の試練だよ!マーガレットも簡単な質問だけって言ってたじゃん!聞かれたんじゃないの?」
「……あっ」
そういえば、さっきいくつか質問されたような……。もしかして、あれが……。
「……その反応、もしかして本当に忘れてた……?」
「い、いやいや!忘れてたわけじゃないけど……!アレがそうだって思わなくて……」
「ふーん?本当にぃ~?」
「ほ、本当だよ!」
そんな俺の反応を面白そうに(表情は見えないけど、なんとなく)眺め、「まいっか」とモネは納得したように頷く。た、助かった……。いや、忘れてたわけではないんだけど!本当に!
結局、サイカさんが採寸が終わって出てくるまで、俺はモネのからかうような視線を受け、気まずく過ごすことになった。
俺はこれからはきっちりと目的を忘れないように過ごそうと心に決めたのだった。
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