第16話 お久しぶりな話

 アルトが店の扉をノックし、中から快活な返事が聞こえてくるのを確認し、扉を引いた。


 取り付けられたベルの小気味良い音が狭い路地に響き渡る。かなり周りの壁が高いせいかうわんうわんと音が反射していた。




「やあやあ皆さん!いらっしゃいませ~!こんな狭いとこまでよく来たねぇ」


「お久しぶりです、アデレアさん。一か月ぶりですがお変わりないようで安心しました」




 そう、俺たちは紆余曲折あったものの無事に王城を出発し、アデレアさんの店へたどり着いたのだった。


 王様たちがなにか細工をしたのだろう。道中俺たちに対して何か言ってくるような人もいなかったため、出発こそぐだぐだしたものの、この店まではスムーズにこれた。本当にアルトや王様、王女様には感謝してもし足りない。




 扉を開けた途端、アデレアさんの花がほころぶような笑顔が俺たちを出迎える。静かな路地裏に不釣り合いなほど大きい声も相変わらずのようだ。一か月ぶりとはいえ、王城での暮らしは新発見で一杯だったから密度が濃かったこともあり、本当に久しぶりに感じた。




「わー!アデレアちゃん!お久しぶりー!元気してた?」


「そりゃもう超元気!モネも剣で斬られたって聞いたときは心臓止まるかと思ったけど、意外とピンピンしてるね!」


「ちょ、それどういう意味!?」


「あはは、元気そうでよかったって意味だよ~。というかサイカ!君ちょっと逞しくなったねぇ!王女様にかなーりしごかれたんじゃない?」


「るっせぇ、オレは変わってねぇ!」


「えぇ~、そうかなぁ~?」




 楽しそうに手を取り合い再開を喜ぶ女性陣。これでモネのマスクが無ければさぞ絵になっただろう。


 まあそうでなくとも、久々の再開はモネにとっては実りあるものとなったと思う。それは楽しそうに土産話に花を咲かせる様子から見ても明らかだ。




 そしてサイカさんも普段より少しだけ表情が柔らかい気がする。対するアデレアさんも悪戯っぽくサイカさんをからかいクスクスと笑った。




 実は俺より先にこの世界に来た二人は俺よりも多くこの店に来ており、アデレアさんともかなり親しいらしい。俺はまだこの世界に来てだいたい一か月しか経っていないため、季節それぞれの服装を用意する必要がなかったのが大きな理由なのだが……。




「ヨウスケ君もお久しぶり!服も大切に着てくれてるみたいで、ありがたや~だねぇ」


「あ、いえ、こちらこそ素敵な服をありがとうございます。とても着心地がいいです」


「そかそか、なら良かったよ!」




 だからこそ若干の疎外感を感じていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。他のふたりに対するのと同じようにアデレアさんが話しかけてくれて、この1か月に起きた出来事で話が弾んだ。久しぶりだったので少しばかり緊張していたのだが、肩の力が抜けるような気がした。




「はいはい、みなさん、盛り上がるのはいいんですが、当初の目的を忘れていませんよね?」




 アルトが手を叩き、全員の気を引く。




 そこでようやく本来の目的を思い出した。今日ここに来た本来の目的は開会式に着ていく礼服の採寸と、身体強化を会得するための試練だ。いや、忘れていたわけではないんだけど、つい話に夢中になってしまった。心の中でそっと反省する。




「そうだねぇ、そろそろ採寸に取り掛かろっか。最初はモネがいいかな?女の子だしね、時間かかると思うし」


「おけー。じゃ、行ってくるね!」


「おう」




 バタバタと慌ただしく奥へ消えていくふたり。声の大きい人間が一気に減り、店に静寂が訪れる。




 何となく気まずくなり、視線を右へずらすとカウンターの上にある一枚の写真に目が留まる。近づいてよく見てみると、アデレアさんともうひとり、アデレアさんによく似た栗毛の少女が快活そうに白い歯を見せて笑っていた。どうやらアデレアさんと本当に仲がいい人物らしい。




「それは……。アデレアさんの姉君にあたるチェルシー様の写真ですね。強固な保存魔法が掛かっているのでいつのものかは分からないですけど……」




 後ろからアルトが声をかけてくる。というか、アデレアさんのお姉さんってことはまさか……。




「ってことは、この人が……」


「はい、先代魔王様ですね」


「はー……。意外と怖い顔してないもんだな。失礼かもしれないけど、魔王っていうからにはもっと恐ろしいかと思ってた」


「あははは……」




 するとアルトが微妙な反応で苦笑した。何かおかしなことを言っただろうか?


 そう思い訊ねてみても、




「怖い方ではないんですが、少し独特な方ですね。これについてはヨウスケさんもいずれ会うことになると思いますし……。私からは、会えばわかる、としか……」




 としか返ってこなかった。俺は首を傾げたのだが、アルトはこれ以上答える気が起きないようで、「失礼しますね」とだけ言い残して反対側で服を見ていたサイカさんの方へ去っていった。




 自然、取り残された俺は手持ち無沙汰になる訳で、うろうろと狭い店の一角を歩き回る。いや、動きがうるさいと思われるだろうけど、俺はもともと賑やかな幼馴染ふたりに挟まれていたのだ。こういった微妙な空気の静寂はなかなか慣れるものでもないわけだし、少しくらい許してほしい。




 現に、モネの次に元気なサイカさんが今日はそれなりに大人しく、今は物珍しそうに店の商品を眺めている。普段モネと大喧嘩しているところや、俺に絡んでくる様子しか見ていないからかかなり新鮮だ。今日は本当にサイカさんの新しい一面を見る日だ、と思う。


 もしかしたら性格が大雑把なだけで、意外とファッションに詳しかったりするのかもしれない。実際、サイカさんは顔がかなり整っているわけだし、黙っていればかなりモテると思う。きっとオシャレをするのは楽しいだろう。




 隣にいるアルトも、かなり美形だ。最初に会ったとき一瞬女性かと疑ったように、中性的で綺麗な顔立ちをしているし、サラサラとした銀髪に蒼く澄んだ瞳がよく映える。




 ふと鏡に映る自分と目が合う。そこにいたのはTHE日本人といった平々凡々な顔だった。整っているわけでも、汚いわけでもない、ある意味で面白みに欠けるような顔。思わず向こうのふたりと比べてしまい、ため息をこぼす。


 いや、幼馴染ふたりがかなり顔が整っていたから美形に見慣れてはいるのだが、微妙に悲しい気持ちになるのはどうしようもないだろう。




 というか俺もしかして、美形に囲まれやすい体質なんだろうか?特定の人にとってはご褒美なんだろうけど、自分の容姿が釣り合わないと気まずいことこの上ないだけなのだが。




「はぁ~……」


「どしたの?ヨウスケさんがため息なんて珍しいじゃん?」




 頭上からの声に振り向くと、採寸を終えたらしいモネが立っていた。既に見慣れた馬のマスクがこちらを見つめる。……なんだか『顔』の概念のないモネがいると安心するな。




「いやぁ、あのふたり、顔がいいからさ。自分の顔が相対的に微妙に見えるんだよな」


「あぁ~……。それは分かる気がする……。あのふたりとマーガレット見てるとあたしも『マスクで良かった!』ってちょっとだけ思うもんね。ずっとこのままは絶対ヤだけど!」


「裏切者……!」




 コロコロと楽しそうな声でモネが笑う。……まあ、こうして似たような感覚の人間がいるというのは救いではある。なんとかモネにはいつまでも同士であってほしいものだ。切実に。




「ほらほら、馬鹿なこと言ってないで、さっさと採寸受けてきなよ。サイカさんもう行っちゃったよ?」




 言われて部屋の奥を見ると、本当にサイカさんが不機嫌そうな顔で奥の方に立っている。これは本当に早く行かなければ怒られそうだ。




「おう、じゃあ行ってくる」


「はいはい、行ってらっしゃい」




 モネに手を振り、俺は駆け足で部屋の奥へ向かった。

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