第18話 合否発表の話
俺の分の採寸が終わった数十分後、サイカさんも終わったようですぐに奥から出てきた。
……のだが、アデレアさんの姿が見えない。どこへ行ったのかモネが訊ねると、サイカさんは肩をすくめた。どうやら彼もどこへ行ったのかは分からないらしい。
仕方なく待つこと数十分、やっとのことでアデレアさんが店の奥から顔を出した。手には何やら小さい箱を持っている。
「いやぁ~、遅れてごめんね!ちょっと色々数値とか記入してたら遅れちゃった!採寸は終わったし、あとは試練の結果発表だけだよね?」
「そうですね、……とはいえ、皆さん合格なのでしょう?顔を見ればさすがに分かりますよ」
「うむ、アルトさんの言う通り、みんな合格だよ!で、これが身体強化の宝石ね。……みんな、今日ちゃんと宝石箱持ってきてるよね?これをその中に入れた時点で勇者選抜に参加する意志ありってことで登録されるけど……、うん、大丈夫そうだね」
アデレアさんが俺たちの顔を確認し、頷く。
ここまで来たのだ。誰も首を振るものはいなかった。──もちろん、俺も。
「それでは!お渡ししま~す」
アデレアさんが持っていた箱を開け、中に入っている石をひとつづつ俺たちの手に乗せていく。
俺は貰った石をまじまじと見つめた。……透明な水晶の中に金色の星がひとつ浮かんでいる。店内のランプに透かしてみると、温かく輝く太陽のようにも見えて、少しだけ眩しかった。俺はそっと石を自分の箱の中にしまった。
箱の中はこれで小さな宝石がふたつに、思い出の詰まったブレスレットが入っていることになった。ただ箱の中に石が一つ増えただけなのだが、なんとなく心持ちが違うような気がする。なんというか、一区切りついたような気がする。まだ大きなことはなにも成し遂げられてはいないけど、少し誇らしい気分だ。
──俺たちは今、ここで、勇者選抜に本格的に参加表明をしたのだ。自然と気が引き締まる。
他のふたりも同じ気持ちのようで、各々自分の箱をじっと見つめている。……いや、モネの目線は見えないんだけど、なんとなくそんな気がする。
それなりに長く過ごしてきたからか、モネのこともぼんやりとは理解できたような気がする。……あとは、サイカさんとも仲良くなれればいいんだけど……、今ちらっと見ただけでも滅茶苦茶鋭く睨まれた。これは道のりが長そうである。
するとアデレアさんが俺たちを見回し声を張って確認を取る。
「──うん、みんなきちんとしまったね?で、これからのことなんだけど……、アルトさん、先の予定って聞いてる?」
「ええ、勿論。……あと数日で帝国に発つのですが、その道中でいくつか試練を受けて頂いて、到着といった感じですかね。そこからは委員会運営から示されたスケジュールで動きます」
そう言ってアルトがスケジュール帳を示す。そこにはビッシリと予定が書きこまれていた。……うわぁ、かなりキツそうだ……。とにかく帝国へ行くまでの予定が売れっ子芸能人ばりで、分刻みと言ってもいい。モネがマスクの下で眉をひそめた気配がする。
「ふむふむ……、なるほどなるほど……。うん、分かった。一応街道沿い担当の役員には伝えておくね」
「助かります」
アルトとアデレアさんが素早くこれからの予定をすり合わせる。……随分と慣れているけど、アデレアさんにそんな権限があるんだ……。なんか俺たちに有利になるよう進めてもらってしまって少し申し訳ないな。いつか恩返し出来るように頑張ろう。
「──はい、ではよろしくお願いします。今日はありがとうございました」
「いえいえ~、みんなも大変だろうけど、どんどん周りの人を頼るんだよ」
「あ、うん!アデレア、本当にありがとう!」
「ありがとうございます」
どうやら打ち合わせは済んだようで、アルトが今日の礼を述べる。どうやらそろそろお別れの時間のようで、アルトが今日のお礼を深々と頭を下げながら述べた。
俺とモネが慌ててお礼を言うと、一歩遅れてサイカさんも頭を下げた。アデレアさんがそれに応えるように微笑む。
今日は街に人が増える前に帰らなければならないためきゆっくりとお礼をできなかったが、いつか手土産でも持ってまた来たいものだ。何より、アデレアさんともゆっくりお話がしたい。
今度は、平和な……、世間話とか、最近あった面白い話とか、そういった他愛のない話を、お菓子でも囲みながらできたらいいと強く思う。
どんなお菓子を持っていけば喜んでもらえるだろうかなどと考えていると、他のメンバーは帰る支度が整ったらしい。それぞれの鞄を背負って立ち上がった。俺も慌てて取り出していた箱をしまう。
「それじゃあ、私たちはここで。また近いうちに伺わせていただきますね」
「アデレア、バイバーイ!またね!」
「うっす」
「さようなら」
俺たちがそれぞれ別れの挨拶を口にする。するとアデレアさんも小柄な体を大きく使って手を振った。
「みんなも気を付けてねー!ご来店ありがとうございましたー!あ、お城に帰ったら能力の試し打ち、忘れちゃ駄目だからね!」
そういえば、俺たちが貰ったのは身体強化の能力だって話だったけど……。確かに、これでどれだけのことが出来るようになるのか、まだ正直全くと言っていいほどわかっていない。これは確かにアデレアさんの言う通り、試し打ちをした方が良さそうだ。俺は心のメモ欄に書き込んでおく。
……まあ、俺が覚えておくまでもなくアルトが覚えてそうだし、どちらにせよ明日も王女様にしごかれると考えると、忘れている暇はなさそうだと思うけどね。
結局俺たちはアデレアさんが暗闇で見えなくなるまで何度も振り返り、別れを惜しむように手を振った。心なしかあのサイカさんも残念そうに見える。前をずんずんと歩く背中がいつもよりも小さく見えた。
ふとアデレアさんとの話を思い出し、ちらりとアルトの方を見る。するとパチリと目が合い、どちらからともなく目を逸らした。
……正直言って、滅茶苦茶気まずい。賢いアルトのことだし、俺や王女様がアルトのことを疑っていることはなんとなく気づいていそうではあるんだけど……、やっぱり本人に直接確認する勇気は湧いてこない。
というか、聞いてしまったら全てが終わってしまう気がして切り出せない、の方が正しいかもしれない。もしアルトが俺たちを裏切っていたら、襲い掛かってくる可能性もある。
何より、異世界で初めての……、というか下手すると蒼と椿以外で初めての友達なのだ。アルトは。そんな彼と喧嘩別れのようなことはしたくはない。これが一番俺の中で大きな理由なのかもしれないな。
とはいえ、このままモヤモヤしたままでこれからの勇者選抜に参加していきたいわけではない。アルトは俺たちの大事な仲間だし、それはモネやサイカさんだって同じはずだ。
王女様だって、口ではああ言っているけど、本当は信じたいと思っていることを俺は知っている訳だし。
だからこそ、いつかはきちんと話し合いたいとは思っているんだけど……。下手に探って王女様が動きにくくなったら本末転倒なわけで、なかなかに難しい立ち位置に立たされたような気がする。
……結局、俺にできることは日々少しだけ警戒をして、何事もないように祈ることくらいのことだけなのだ。それがなんとも歯がゆく、もどかしい。俺は気を紛らわせるように下唇を強く噛む。
こうして、久しぶりの城からの外出はそれぞれに進展を持って無事に終わり、俺たちはまた帝国へ行くための準備に明け暮れることとなったのだった。
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