第11話 頭がこんがらがる話

「──ヨウスケ様の幼馴染、アオイ・ホウジョウについてです」




 王女様から告げられたのは、意外な話だった。


 アオイ・ホウジョウ……?鳳城、蒼……!?




「えっ……」


「まあ、驚かれるのも無理はありませんわね。わたくしとしてもヨウスケ様のその顔が見れただけで伝えた甲斐があるというものです」




 そう言って王女様はにこりと笑った。


 ちょっと待って、頭が追い付かない。俺は気を落ち着かせるために、一度大きく深呼吸をした。


 肺に空気を入れると、少しは混乱していた頭もマシになる。よし、これならかろうじて話を理解できそうだ。




「えっと……。なんで王女様が蒼のことを知ってるのか、とか色々疑問があるんですけど……」


「でしょうね。ひとつひとつ説明いたしますが、驚きのあまり失神しかねないような情報もございます。こればかりは気を強く保って頂くしかないので、精々覚悟を決めて下さいまし」


「うっ……頑張ります……」




 というか、蒼の情報は喉から手が出るほど欲していたものだ。それが意外な人物から意外なタイミングで出たとはいえ、驚きでこのチャンスを失うのはあまりに勿体なさすぎる。というか、そんなことをしたら後で絶対後悔する。


 俺は腹を括り、居住まいを正した。それを見て王女様は満足そうに話し始める。




「まず最初に、アオイ様とヨウスケ様のご関係ですが、わたくしはヨウスケ様がこの世界にいらっしゃる前から知っておりました。ですので、アルトが話したわけではございませんが、一応事実確認としてアルトからも話を聞きました。……プライベートのことをわたくしに話したことを責めるな、とは申し上げませんが、責任は全てわたくしにございます。その点に関しましては、まことに申し訳ございませんでした」




 王女様はそう言って深々と頭を下げた。俺は慌ててそれを止めようと腕を振る。




「いやいやいや、顔を上げてください!──いやまあ、確かに勝手に人の個人情報を探るのは良くないですけど、俺に信頼がないのは分かってましたし、ある程度は調べられてるだろうなぁとは思ってましたからね。むしろ正直に話してもらってありがたいです」




 というか、庶民が王族に頭を下げさせるとか、下手すれば重罪じゃないか!?正直めちゃくちゃ恐れ多いんだけど!王女様本人の気品というか、この年で既に王としての振る舞いが完璧というのもあって物凄く失礼な感じがする。……なんかむしろ俺の方が申し訳なくなってきた……。




「……しかし、蒼との関係をどうやって……?」


「それは、本人が大々的に。なんでも、幼馴染のお二方を探しておられるとかで、身体的特徴と名前、それから年齢が公表されていました。その内のおひとりに、ヨウスケ様がいらっしゃったので」




 蒼の幼馴染なんて、俺と椿しかいない。なるほど、確かに王女様が蒼が俺の探している幼馴染だとすぐにわかるはずだ。


 しかし……




「なんか、蒼の方が個人情報あけっぴろげだなぁ……」




 蒼は元の世界にいた頃、俺や椿以外に対してそこまで自身のことを話すようなことはなかった。しかしそれでも多くの人と交流があったのが凄いところで、俺も尊敬しているのだけど。


 だからこそ、俺や、なにより椿の情報を軽々しく漏らすとは到底思えないのだ。


 しかし、俺のぼやきを聞いても王女様はさも当然、といった様子だった。




「ヨウスケ様方の世界ではどうだったかはわかりませんが、この世界では人を探すとなるとそれなりに大変ですからね。それに加えてご本人もかなり有名な方ですから、広く情報が知れ渡っているのですわ」


「なるほど、それで他からの人の移動を制限しているこの国でも蒼の幼馴染のことは情報として入ってきたと……?」


「はい、その認識で間違いありませんわ。理解が早くて助かりますわね」


「ははは……」




 思わず乾いた笑いが出てしまったけど、やっぱりこの人から笑顔を向けられると、なんともむず痒いというか、背筋が凍るというか……。なんだろう、ライオンの檻に入れられたような気持ちになる……。




「それで、蒼が有名っていうのは……?」


「そうですね、この話をするにあたって、まずこの周辺国家の情勢についてお話ししなければなりませんわね。……あまり時間もないので簡潔になってしまいますが……」




 ざっとまとめると、この世界でヒト族の国で今一番国力のあるのがコーレダ帝国という国なのだそうだ。だいたいヒト族の住む土地の中心に位置する国で、一代でに帝国を世界一へ押し上げた女帝の治める独裁国家なのだという。


 この国で一番特徴的なのが、貴族と奴隷の制度だ。なんでも、周辺にある小さな国や村などを次々と襲い、捕虜とした人々を奴隷にしているのだそうで、今帝国にいる奴隷のほとんどが帝国以外の出身なのだという。


 では帝国に初期からいる人々はというと、彼らのほとんどが貴族なのだという。そして、元から女帝についてきた人間を奴隷として厳しい環境で働かせ国をあっという間に強国にしてしまったのだとか。


 そして得た利益のほとんどを貴族が豊かな暮らしを出来るように分配し、世界最強の軍隊をつくり上げたのだということらしい。




「……」




 ここまで聞いて、凡人の俺としては途方もない、とか、奴隷が可哀そうだとか、そんな単純な感情しか浮かばなかったのだが、それ以上に女帝の圧倒的な才能への称賛が大きい。もちろんやっていることはいい事とはとてもじゃないけど言えない。


 しかし、これだけのことをするまでに大変な努力は絶対にあっただろうし、たくさんの人々を纏めるカリスマもあるのだろう。帝国と戦い、命を散らした人も十や二十ではないのだろうけど、俺には女帝のしたことをひどい、と断じることはできなかった。




 そして、それは王女様も同じようで、複雑そうな顔をして説明を終えた。


 俺はおずおずと手を挙げる。




「それで、そのコーレダ帝国?と、蒼に何の関係が……?」


「実は、アオイ様は帝国の所有する軍隊の元帥なのですわ」


「ぶっ!?」




 ……あまりのショックに吹き出してしまった。慌てて口元を抑え、事なきをえる。




 というか……蒼が!?軍隊の元帥!?俺の記憶が正しければ、元帥は軍隊のトップにあたる役職のはずだ。そんな責任ある立場に俺と同じ歳の、まだ高校1年生ほどの人物を置くだろうか?


 ……いや、蒼ならば、あるいはそんなことも夢ではないのかもしれない。椿や弟のせいで霞んでしまっていたが蒼も天才の部類に入るほど頭の回転が速かった。運動神経も良かったし、貰った能力にもよるが、かなり強いのは間違いないだろう。それを考えると納得できない話ではなかった。




 なんとか落ち着いた俺を見て、王女様は話を続けた。




「……まあ、驚かれるのも無理はありませんわね。そのため、わたくしも帝国軍元帥の幼馴染にあたる方が異世界人としてやってきたと報告を受けたときはそれはもう驚きましたし、胃を痛める羽目になりましたわね。主に国交上の問題で」


「うう……なんかすみません……」


「いえ、こればかりは仕方がありませんわ。ヨウスケ様に非はございません。……まあ、最初は帝国の罠か何かかと思いましたが、そんな様子には見えませんから」




 それは確かに怪しまれても仕方がない。……というか、最初王女様がピリピリしてたのってもしかしてこれが原因だったりするのだろうか?だとしたら、俺かなりとばっちりなのでは……?




 そんな俺の想いを無視したのか、はたまた気付かなかったのかは分からないが、王女様は腕を組みかえ話を進めた。




「しかし、困ったことになったのは事実ですわね。この国はこれまで他国との関わりをできる限り断ち、存在感を消すことでどうにか攻め込まれずに生き延びて来られましたが、それがなければこんな弱小国家、とっくに帝国の従属国にされておりますもの」




 それはまあそうだ。しかし、エルダレは帝国から逃れるためあれだけ大掛かりな仕掛けをしていたのか。ようやく今までの情報が点と点で繋がってきた。




「えっと……なんとなく事情はわかったんですけど、それで俺はどうしたら……」


「まず、もうひとり、幼馴染の方がいらっしゃるんですわよね?その方はどうされましたの?」


「────それ、は」






 想定していたなかった話題に、思わず言葉に詰まってしまった。


 いつの間にか止めていた息を吐きだし、頭の中でどうしたものかと考えていると、ふと王女様の真っ直ぐな瞳が刺さる。




(この人は、きっとなんとなく察してはいるんだろう。……その上で、俺が話すのを待っている。俺なら話すだろうと、信じている)




 この人は、恐ろしい人だけど……。でも、賢い人だ。きっと悪いようにはならない、と思う。彼女の眼を見て、俺はそう確信した。


 ひとつだけため息をつき、ゆっくりと口を開く。




 そこからはあまり覚えていないけど、たどたどしいながらも俺たち幼馴染3人のこと、椿のことをかいつまんで話した。


 正直上手く話せた気はしないし、時系列があちこちに飛んでめちゃくちゃだったと思う。全て話し終わって冷静に振り返ると自分でも突っ込みたいところが多々見受けられた。


 しかし、そんな俺の話でも王女様は理解できたらしい。神妙に頷き、俺に語り掛ける。




「──事情はなんとなく把握致しました。……辛いことを思い出させてしまい、申し訳ございません……」


「……いえ、これはこれからのためにも話しておかなきゃいけないことです。椿も、過去ではなくいつもまっすぐに未来を見据えている人でしたから。──逃げ続けてたら、彼女に顔向けできません」


「そうでしたか……。あなたは、お強い方ですね。そうして前を向けることは、誇っていい事だと思いますわ」




 先ほどと同じように真っ直ぐこちらを見て王女様が俺を褒めた。……なんか、王女様のような才能に恵まれた人に褒められると照れてしまうのは、俺が特別なものを持たない凡人故なのだろうか。




「ありがとうございます。……なんか、王女様にそう言ってもらえると自信がわきますね」


「ふふふ、それは嬉しいですわ。……話を戻しますわね。アオイ様はヨウスケ様はもちろんですが、ツバキ様のことを何より熱心に探しておられるようですわ。滅ぼされた村で聞き込みをよくされていた、と聞き及んでいます」


「そうですか、やはり……」




 それは何となく予想がついていた。というか、椿のことを真っ先に考えない蒼とか、そんなの別人を疑うレベルだし……。




「でも、椿のことは伝えた方がいいですよね?ずっと探し続けるのって、想像以上に大変だと思いますし……」


「ええ、それはわたくしとお父さまで細かいことは決めようと思っておりますが……。もちろんヨウスケ様のこともご心配なされていらっしゃるようでしたし、やはり一度お会いになった方がよいかもしれませんわね」


「いいんですか?……その、国交上の問題とか……」




 この国の立場だと、先ほどの話からも分かるように強国であるコーレダ帝国には干渉したくないはずだ。それを俺の我儘で無理に曲げるのはどうかと思うんだけど……。


 しかし、そんな俺の心配を他所に王女様は自信ありげに頷く。




「もちろんデメリットもございますが、帝国に恩を売る、というのはヨウスケ様が思っていらっしゃる以上に大きなことだとも思いますわね。まあ、あの帝国ですからヨウスケ様を人質にしている、とか言ってくるかもしれませんけど、そこはヨウスケ様に上手くやっていただければ問題ありませんし」


「そうなんですかね……?でも確かに、俺としては何としてでも蒼の所在を知りたかったので、正直無事に生きてるってことが聞けただけでも十分嬉しいんですけどね」




 そう、結局のところこれに尽きる。蒼のことは2年も探して、その所在が分かっただけでもかなり大きな進歩なのだ。


 ……正直、椿を殺した犯人に蒼も……とかも考えていたし、様々なリスクがある中で教えてくれた王女様には感謝しかない。


 まあ、元の世界に帰るために勇者を目指す、というのは変わらない。そこに蒼と一緒に、という一文が追加されただけだ。




「……でもやっぱり、大切な幼馴染なんです。……会って、話がしたい、ですかね」


「ええ、そうおっしゃると思っていましたわ。それでは、その方向で話を進めてまいりますわね」


「──ありがとうございます」




 俺が覚悟を表すためにそう伝えると、王女様も頷いた。


 感謝を伝え、大きく息を吐きだすと、思いのほか自分が緊張していたことに気が付いた。これでまだ朝かぁ……。体感もう夕方くらいなんだけど……。




「……にしても、ほんとに驚きましたよ。まさか行方不明になってた幼馴染が異世界にいたなんて……」




 今までの話を反芻するようにそう呟く。なんというか、未だに実感がわかない。まあ、あまりにも突然これまで止まっていたような気がしていた時間が進みだしたのだ。実感がわかなくても仕方がないのかもしれない。




 そこまで考え、脳内にあるひとつの棘のような……小さなしこりのような気がかりに意識を向け、もう一度脳をフル回転させると、気がかりの中身が見えてくる。




「──あの、こんな偶然ってあるんですかね?」


「はい?」




 完全に話が終わったと思っていたらしい。王女様が気の抜けた返事を返した。


 それに気を取られるとこの疑問が消えてしまいそうで、思ったことをそのまま口に出した。




「いや、だって、おかしくないですか?知り合い同士がふたりとも異世界に飛ばされるって……この世界にどれだけ異世界人がいるか分からないですけど、出来すぎてませんか?俺らのいた世界以外からも人が来てるのに……」


「──そ、うですわね。言われてみれば、妙ですわ……」




 王女様もその可能性に思い当たったらしい。スッと背筋を正し、腕を組んで熟考モードに切り替わる。


 何だか俺もここから掘り下げないといけない気がする。頭のスイッチを入れて話を続けた。




「例えば、誰かがこうなるように仕組んだ可能性とか考えられませんか……?といっても、そんなことができるような人なんて……」


「先代の魔王様と勇者様、そして今代の魔王様……、今回の選定を指揮する神様方……?いえ、ですがそんなことをして皆様になんのメリットが……?」




 すっかりこちらに意識を向けることなくブツブツと何か呟きながら王女様は思考を張り巡らせていく。


 彼女が呟いた内容は概ね俺の考えたことと一致していた。しかしこれまで受け取った情報から考えても名前の出た人物が俺たちに手を出して何かするメリットはパッとは思いつかない。


 王女様も同じようでうんうんと首を捻り、眉がどんどんと寄っていく。




 このままだと埒が明かないかもしれないと思った俺はわざと明るい調子で声をかけた。




「ま、まあ!また蒼に会えるなら何があっても耐えられます!……これが誰かが仕組んだことだったりする可能性は否定できませんけど……それでも、希望が持てました。ありがとうございます」


「い、いえ……。ですが、この件は更に慎重に動かざるをえなくなりましたわね。わたくしどもも細心の注意を払いますが……」




 しかし、まだ王女様は納得がいっていない様子だ。当然だろう。俺も疑問は解消されてないし。


 ただ、この件に関しては今ある情報だと答えが出せない気がする。まあ、ただの勘なんだけど……。




 ふたりして複雑な気持ちで机に置かれたティーポットから新しいお茶を淹れてすっかり渇いてしまっていたのどを潤す。ぬるい。




 そうしてぼうっとティータイムを過ごしていると突然部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。




「お嬢様!──と、ヨウスケ様!大事なお話の最中失礼いたします!」


「話は大方済みましたけれど……どうしましたの?」


「それが……」




 そこで一度、メイドさんが俺の方をチラリと見た。部外者の俺には聞かれたくない話なのだろうか?ならば退室しようかと立ち上がろうとすると、王女様が手で制した。え?なんで?ゆっくりと椅子に腰を戻す。




 少しの間迷ったようだが、メイドさんは伝えることにしたらしい。居住まいを正して王女様に語り掛ける。




「……取り乱してしまい、申し訳ございません。──サイカ様が、目を覚まされました」

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