第12話 寝起きの人間は不機嫌?な話

「──サイカ様が、目を覚まされました」




 メイドさんの言葉に、大きな音を立てて立ち上がる。優雅な彼女がこんなに慌てるなんて珍しい。


 にしても少し俺も驚いた。まさかサイカさんが起きるとは……。昨日聞いた話じゃ滅多にない事だったはずだけど、こんな偶然ってあるのだろうか。




「な、なんですって!?本当ですの!?」


「え、ええ……。今はモネ様がお傍についておられます。受け答えもそれなりにハッキリしてらっしゃいました」


「まさか、本当に……。こうしてはいられませんわ。すぐに伺いましょう。──お手数ですがヨウスケ様もいらっしゃってくださいまし」


「は、はいっ!」




 え、なんで俺?と思わなくもないが、まあまだ起きているサイカさんに会ったないしな。キチンと挨拶をしよう。


 そう思っていたのだが、事態がそれどころではないことをあとから知ることになった。






 王女様について昨日のサイカさんの部屋に入室する。昨日とはうってかわって部屋には明かりが灯されていて明るい。そのせいかベッドに腰掛けるサイカさんもハッキリと見えた。


 隣にはモネとストラさんがいて、何かを話しているようだったが、王女様に気付きパッとこちらを見た。……もうなんかモネの王女様への態度に慣れつつある自分が怖い。




「サイカ様、失礼いたします……。ご加減はいかがでしょうか?不調がありましたらすぐに仰ってください」


「ふわぁ……。おはよう、王女様……。あれ……なんでここにいんの……?」




 大きな欠伸をしながらサイカさんが王女様に問いかける。目覚めて時間が経っていないからかまだ眠そうだ。


 急に声を掛けて驚かせるわけにもいかないので、ここは黙っていることにしよう。いや別に話しかけにくいとかそういうのではなく、初対面の人間がいたら緊張してしまうだろうという配慮だ。別に俺はビビッてない。




「覚えていていただきありがとうございます。サイカ様がお目覚めになられたと聞き及んで来ましたの」


「ふうん……。それで……、えぇっと……君は……?」




 いやなんで話しかけてくんの!?無視しても良かったのに……。


 というか、そういえば自己紹介何言おうか考えてなかったな。えぇっと……。




「あ、俺ですか?俺は坂本陽介……、えっと、ヨウスケ・サカモトです。初めまして」


「はぁ……。どうも……」




 内心の焦りを出来る限り押し殺して最低限の挨拶をしたのだが、反応が薄い。いや反応が薄いというか、なんか睨まれてないか……?単に光が眩しかったり寝起きでぼうっとしてるだけかもしれないけど……。




「ちょっと!サイカ君不愛想過ぎない?ヨウスケさんはサイカ君の呪い?を、治してくれた恩人なんだよ?」


「ちょ、ちょっと、モネ……ッ!まだヨウスケ様が治したとは言えませんのよ?」


「あの……、俺はそんな何かしたとかじゃ……」




 もしこれで俺が治したわけでなかったら恩着せがましくなりそうだったので王女様に賛同しておく。


 というか、昨日のモネの話だと神様の呪いだろうから俺には治せないってことだったはずなんだけど……。もしかしてモネ、昨日の自分が言ったことをきれいさっぱり忘れてるのでは……?




「ほら、こいつもそういってることだし、いいんじゃね?」


「よくないっ!せめてありがとうぐらい言ったらどうなの?それとも何?ずっと寝てたから礼儀まで忘れちゃったの?」


「モネ、俺は大丈夫だから一回落ち着けって。ほら、深呼吸深呼吸」




 そう俺が窘めるとモネは渋々深呼吸をするような動作をした。……まあ、龍マスクを着けてるから本当に深呼吸をしてるかは分からないんだけど……。




 そんな俺たちを横目に見ながら王女様がため息をつく。




「まったく、貴女って人は……。サイカ様、今はどれくらい眠いですか?あとどれほど起きてられそうかだけでもお教えいただきたいのですが……」


「ん……。割と、眠くない……。ざっと、あと5時間くらい……」


「上出来ですわ。……まさか本当に、ヨウスケ様が……?いいえ、今はそんなこと考えてる場合ではありませんわね……。とりあえず、今しなければならないのは……」


「ちょい待ち。……アンタ、誰?」




 そういってサイカさんが俺の方をビシリと指さした。あれ?さっき自己紹介したはずだけど……。


 もしかして他の人に言っているのか?とはいえ、見回してもモネと王女様しかいない。




「えっと……。俺ですか……?」


「アンタ以外にいねぇよ」


「俺はヨウスケ・サカモトで……」


「それはさっき聞いた。なんでわかんねぇかなぁ……」




 ガシガシと頭を掻いて、サイカさんが俺の方をにらみつけた。


 そんなこと言われても詳しく説明して貰えないと良く分からないんだけど……?俺の理解力が足りないの?




「だから、なんでここにいるんだって話!……いや、違うな。アンタを見てるとなんか……こう……」


「なんかこう?」




 そう言うと黙り、考え込んでしまう。これ俺ここにいる意味あるのかな……?


 若干面倒くささを感じ始めたが、案外すぐに顔を上げた。




「うーん……。──駄目だ!出てこない」


「えぇーっ!すっごい気になるんですけど!あともうちょっと頑張ってよぉ!」


「そんなこと言われてもなぁ……」




 まあ俺もモネと同じで気にならなくはないが、正直面倒くさい気持ちの方が大きい。


 だからといって席を立つわけにもいかず、王女様に視線で助けを求める。が、ため息を吐かれて終わりだった。ため息つきたいのはこっちなんですけど……。




「とはいえ、なんかこいつを見てるとむず痒いことは確かだよな……。少なくともいい気分では無いことは分かるんだけど……」




 もういいかと無理やりにでも退出する方法を考えていると、新しい言葉に遮られる。正直俺はもうサイカさんが俺にどんな印象を持とうが別にいいんだけど……。死ぬわけでもあるまいし。




 しかしモネは納得がいかないようでずいと身を乗り出して会話に参加してきた。うわ、王女様が凄い顔してる……。




「いやいやいや、まだ会って直ぐなのになんでそんなことになるのさ……?あ、もしかして寝ぼけてる?一発はたくといいかもね?」


「モネ……。貴女はどうしてすぐにそう……。サイカ様、気分が優れないようでしたらわたくし達は退出いたしますが……」




 しかしサイカさんはというとモネのあまりに過激な発想にも怖じることなく俺を睨んだままだ。もう何言っても無駄な気がする。




 誰も得しないし退室しようかと思っていたところ、突然部屋に来客の合図が入る。


 入ってきた人物に俺たちは揃って息をのんだ。




「失礼します、アルトです。……どうしたんですか、皆さん揃って険しい顔ですけど……?」


「アルト!」


「アルトさん!」




 この場にいる全員が一斉にアルトの名を呼んだ。すかさず俺はアルトの分の椅子を用意し、王女様はポットからお茶を注いだ。モネとサイカさんは……、盛大な拍手を送る。……この2人、もしかして意外と相性がいいのでは?


 そこまでされたアルト本人はあまりの歓迎っぷりに面食らったようで、訝し気に席に着く。


 なぜだろう、彼がいるとなんでかわからないけど場が上手く回る、という確証がある。……少しだけ、先ほどの王女様の話が過ったが、首を振って頭から追い出した。今はそれどころではないはずだ。




 そしてそれは現実となる。王女様の簡単な説明のみでほとんどの事情を察したらしく、アルトはすぐに次の行動に取り掛かった。


 ……若干苦い表情をしていたのはきっと気のせいだろう。俺たちはそっと心の中でアルトに感謝した。






 ……まあ、結局俺とモネはそれぞれ、『いると話が進まない』、『関係ない』という理由で部屋から追い出され、隣の空き室で暇を潰すことになってしまった。ちなみにストラさんはメイドさんと茶菓子を取りに行ったので実質初めての2人きりである。だからといってなにかある訳でもないけど。




 とはいえ暇なものは暇なもので、特に王女様とアルトの判断に納得がいかなかったらしいモネは先ほどからずっと机に頭をゴツゴツと打ち付けていた。おそらく彼女なりの感情表現なのだろう。マスクが衝撃を吸収するのかあまり痛くないようで、ちょっとだけこういう時は便利だな、と思ってしまったけどなぜか言ったら負けな気がしたから口には出さない。




「むぅー……」


「あんまり拗ねてると子どもみたいに思われるぞ?」


「だってぇー!なんであたしたち部外者みたいになってんの!?というかこれ隔離されてるみたいじゃん!ぜえぇーったい!おかしいって!」


「そんなこと言われてもなぁ……。ぶっちゃけモネはあんまり関係ないし……」




 当事者の俺以上に文句を言うモネ。これだけ見るとおかしくも感じるが、声色や今までの言動から本当に俺やサイカさんを心配して言っていることは伝わる。多分サイカさんにかなりキツイことを言っていたのもその心配の裏返しなのだろう。




 複雑な気持ちになり、背もたれに思いきり体重を預けた。フカフカなクッションが俺を支え、少しは落ち着いた心地になる。




「というかさぁ、なんでヨウスケさんはそんな冷静なのさぁ!なんでか知らないけど嫌われてるっぽいし……。怖くないの?もしかして平和ボケしてる?」


「うーん……。いやまあ怖いけど、なんというか、本気で言ってるような気がしないんだよな。本心からのものじゃないというか……」




 実を言うと、最初に睨まれて強い口調で話しかけられたときはビックリしたし、焦りもした。


 しかしなんだろう……。とても本心から俺のことを嫌っているようにはとても見えなかったのだ。初対面だったわけだし、第一印象が良くなかったのかもしれない。その場合これから次第で関係を修復するのは可能だと思う。




 感じたことをありのままに伝えると、モネは完全には納得しなかったようで首を傾げながらではあるが、曖昧に頷いた。




「ふうん……?まあよくわかんないけど、警戒はしてた方がいいんじゃない?」


「まあそうなんだけど……」




 そう考えると俺はまだサイカさんの能力すら知らない。その点で言うと確かに警戒はした方がいいのかもしれない。


 この世界で大した戦闘能力を持たない俺の唯一の武器といってもいいのが『治癒』の力だ。しかしそれは他の勇者候補も同じだろう。下手すると俺より戦闘能力のある人物が俺より強力な能力を持っているかもしれないし。


 なにより怪我がすぐに治せるとはいえ、痛みは普通に感じる。俺は確かに蒼と元の世界に帰るためにはどんな苦しみも受け入れる心づもりだが、出来る限り痛いのは避けたいものだ。




 そんなことをぐるぐると考えていると、ガチャリと部屋の扉が開く。


 音のした方を見ると、ストラさんが器用にも背に盆を載せ、角を駆使して扉を開けて入ってきた。モネが慌てて盆を受け取ると、ちょこんと机の上に腰掛けた。




「ほれほれ、モネよ。茶菓子を持ってきたでな。これでも食べて、気を落ち着けるがよかろう」


「むぅ……。ありがとう……。ドラちゃんの癖に気が利くじゃん?」


「癖に、とはなんだ癖にとは。儂はいつでもジェントルマンじゃが」


「はいはい、そうでございますわねー」




 たわいのない軽口の応酬。孫と祖父のやりとりのようにも見えるそれを微笑ましく見ていると自然と心が和らぐ。




「そういえば、モネはサイカさんの能力知ってるのか?」


「いや、知らないけど?ドラちゃんは?」


「儂が知っておるわけなかろう」


「だよねぇー」




 モネがサイカさんの能力を知らなかったのは少し意外だが、よくよく考えてみれば当たり前だろう。彼女も前にそこまで多く会話したことがないと言っていたし、おそらく俺と同じで簡単な自己紹介と世間話くらいしかしていなくてもおかしくはない。




「にしても、サイカさんってあんなこと言う人じゃなかったはずなんだけどなぁ?あんまし話したことないからよく知らないってだけかもしれないけど」


「ふむ、まあ儂もそれには賛同するな。いつも眠そうだったからの、本性が出てなかっただけやもしれん」


「それはありそうですよね。まあどちらにせよ、目が覚めたのはいい事ですよね」


「ヨウスケさんって意外と肝据わってるよね……」




 そんなこと言われても……。正直、この世界に来て驚くような出来事続きでもはや悟りを開きかけてるだけだ。その『驚くような出来事』の中にモネとのエピソードも入っているのだけど。




 そこで一度会話は途切れ、各々の茶菓子を食べる音、お茶を啜る音だけが部屋に響く。ちなみにモネは龍マスクの口部分から紅茶もクッキーも中に入れていた。……そこからどうやって口に行くのかちょっとだけ気にならなくもない。




 が、それを訊ねる前にモネが口を開く。




「……ね、ドラちゃん。サイカ君が起きてる時だけでいいからヨウスケさんの護衛してくんない?あ、サイカ君にバレない様にね」


「いやいや、流石に契約者を置いて俺の護衛になんて……」


「よいぞ」


「いいんだ……」




 なんか今までのストラさんの行動や俺への評価を見ると、俺に対してなにかしてくれるようには思えなかったので、素直に驚くと共に感謝の念が湧く。何よりストラさんがかなり強いことも身をもって知っているし、この国でも随一の戦闘能力を持つストラさんが守ってくれるというのは安心しかない。




「モネの傍にいても王女の後を追っかけてるだけで暇だったのでな。丁度よい」




 ああ、なるほど……。そっちが本音か。確かにずっと同じ顔しか見ていないと飽きるだろうし、王女様の行くようなところなど限られているだろうし、退屈になっても仕方がない。妙に納得してしまった。




「うんうん!これがウィンウィン、ってやつだね!じゃあよろしくね、ドラちゃん!」


「すみません、お願いします」




 ストラさんが返事の代わりにしっぽをパタリと動かした。これでとりあえずは急に能力を使われて殺される、なんてことにはならなくて済みそうだ。




 するとまた部屋の扉が開き、アルトが顔を覗かせた。どうやら話は纏まったようだ。




「どうも、皆さん。除け者にしてしまいすみません……。なんの話をしてたんですか?」


「いや?何でもないよ?それでそれで?どんな感じに話まとまったの?もうマーガレットに会いに行っていい?」


「王女様はまだお忙しいので……そうですね、あと30分ほどすればこちらにいらっしゃると思いますよ。」




 そう言われると、モネは「やった!」と飛び上がる。本当に王女様大好きだな……。




「──それで、サイカさんと話した内容についてですが……」




 まず、出来る限り王国としても俺たち2人が納得できるような形に落ち着くまで、アルトや王女様が間に入って話し合いをすること。


 次に、お互いの能力についてはその話し合いで話すこと。これは俺はもちろんサイカさんも人に攻撃するような能力ではないらしく、それをきちんと互いに説明しあうためだ。


 それから最後に、仲良くしなくてもいいが、まずはお互いのことを知る努力をすること。これに関しては俺がもともとしようと思っていたことだったので安心した。


 アルトも「これについてはヨウスケさんに心配はありませんけどね」と笑った。




「……なんかだいぶ配慮してくれてるんだな。いやめちゃくちゃありがたいけど」


「そうですね、我々としても面倒なゴタゴタは避けたいので。……出来れば仲良くして頂けるのが一番なのですが……。これからこの国代表の異世界人としてまとまって行動することも多くなりますしね」




 なるほど、確かに他の国の異世界人や冒険者などと張り合うにはひとまずこの国代表の異世界人で結束するのが最も現実的だろう。


 協力には相手を知り、信頼し合うことが必要不可欠だ。モネが回復してすぐ俺のところに挨拶をしに来たのはそれも大きい理由だったのかもしれない。




 ……まあその本人は今、喜びのあまりストラさんを抱いてくるくると踊り回っているのだけど……。


 そんな様子を見てアルトも優しげに微笑んでいたが、ハッとなにかを思い出したように顔を上げた。




「そうそう、サイカさんの例の発言については王女様から伺いました。私としても気になってお医者様にも診て頂いたのですが、特に異常はありませんでした。魔道の干渉も無かったです」


「ふぅーん……?じゃあなんであんな嫌悪感バリバリだったのかなぁ?そこはわかるの?」


「いえ……。それについては王女様がカウンセリングをされていますね」


「13の娘っ子にカウンセリングされる青年か。なんとも滑稽な絵面じゃのう」


「ははは……」




 思わず乾いた笑いがこぼれる。確かに想像したら面白いかもしれないけど、俺としては王女様に根掘り葉掘り聞かれるのが浮かび胃がキリキリと引き締まるような気がした。別に俺がカウンセリングを受けるわけではないんだけど、サイカさんへ胸の内で合掌する。




 まあそんなこんなで色々と問題が起こってしまったわけで、この後のもともとの予定としては朝食を取って会議をするはずだったが、休憩をはさむ手はずとなった。






 ちなみに朝食は普通に、というかかなり美味しかったことをここに記しておく。


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