第9話 初顔合わせの話

 王様の宣言のあと、俺はアルトとストラさんの3人がかりでマーガレット王女からモネを引き剥がし、王座の間から引き摺るようにして出た。というか出した。モネのあまりの暴れように、最終的には入り口にいた兵士の方々まで集まる事態になり、間から出るとメイドさんたちがものすごく青い顔をしていた。いやホントお疲れ様です……。これに対し、モネの言い分は、




「いいじゃん、別に!マーガレットに最後に会ったの昨日の夜なんだよ!?もうちょっち居させてくれたって……!」




 と言うことだった。絶句するしかない。




「いやいや!昨日ならだいぶ最近だろ!お前はマーガレット王女の何なんだよ……」


「友だちだけど!?友だちって頻繁に会ってお喋りするんじゃないの?」


「いやまあそうなんだろうけど……」




 でもそれにしたって流石にこの頻度で会いに行っては多忙なマーガレット王女にとって迷惑だろう。何か俺に彼女の負担を減らせるように出来ることはないのだろうか。


 俺がうんうんと唸っていると、大きな扉を閉めたメイドさんが俺たちに話しかける。




「モネ様、マーガレット様は忙しいのですから、もう少し王座の間へ行かれる回数を少なくして頂けると……」


「はーい。善処いたしまーす」


「絶対にわかってませんよね、それ……」




 うわぁ、メイドさんの目が死んだ魚のようだ。今までどれだけモネに苦労させられてきたのだろう……。俺は心からこの城の使用人の方々、それから何よりアルトに同情する。


 だからこそ、ひとりでに口に出さないはずの独り言が漏れてしまった。




「大変なんですね、皆さん……」


「わかってくださいますか、ヨウスケさま!いや、本当に大変で……!毎日王様にお叱りを受けるのを恐れながら働く日々!本当に追加手当を頂かないとやっていけないってもんです!」




 突然メイドさんが振り返り、がしりと俺の腕を掴み上下に振り始めた。いやあ、俺みたいな女性と話した経験があまりないような人間でも分け隔てなく接してくれるっていいメイドさんだなー……って、痛い痛い!腕がちぎれる!




「あの!わ、わかったから、これから気をつけるから!ヨウスケさんが千切れちゃう!」


「っは!?こ、コホン。失礼いたしました……って、え!?今、モネ様……何と……」


「だから、これからはマーガレットのところへ行くのは少しだけ控えるってば!」


「本当ですか!?ありがとうございます!助かります……!」




 メイドさんは慌てて俺から手を離した。が、手にくっきりとメイドさんの握った痕が……。まだ少しヒリヒリする。


 しかしモネが助けてくれて良かった。というかむしろ意外だ。完全に聞き分けないヤツかと思っていたけど失礼だったな。これは俺も反省する。




「ありがとうございました、ヨウスケ様!」


「え?いや、俺何もしてないですけど……」


「いえいえ!私共にとっては来ていただけただけで……、しかもモネ様がこれだけ譲歩してくださるなんて……!」


「お前いつもどんな行動してんだよ……」


「てへっ」




 いやてへっ、じゃないが。俺はモネの頭にチョップを入れる。しかし当たり前ではあるが、本人まで届いたような感触はなく、ドラゴンマスク……こうやって書くとカッコいいなこれ……のブニュッとした感覚がするだけだったが。




「それでこれから俺たちはどうすれば?何かすることってありますか?」


「ああ、そうですね、失念しておりました。今日はもうおふたりにご予定はありません。ヨウスケ様はこれから専用の部屋までお連れしますが……。モネ様はどうされますか?」


「んー、あたしはそうだなぁ……。あ、サイカくんに会いに行こっかな?」


「サイカ……。確か、もうひとりの異世界人……だったっけ?」




 彼……ないし彼女にもあまり良い噂は聞かない。『海岸亭』のお客さんによると、引きこもっているという話だったはずだが。




「あ、そっか!ヨウスケさんは会ったことないんだっけ。じゃ、部屋に案内してもらって一息ついたら一緒に会いに行く?起きてるかわかんないけど」


「おう、そうしてもらえると助かるかな……。起きてるかわかんない、っていうのは?」


「その辺は会ってみての方がいいかな?どう思う?」




 モネがメイドさんに話を振る。するとメイドさんはそれに頷いた。




「そうですね。もしかするとヨウスケ様の能力で治せるかもしれませんし、一度会っていただくのがよろしいかと」


「わかった。と、いう訳だからヨウスケさん、とりあえず部屋にレッツゴー!」




 ……なんか俺の意思関係なしに話が進んでる気がしなくもないんだけど……。まあいいか、サイカっていう人物には俺も会ってみたいし、この後の予定がないなら暇だし。






 そうして、俺は城の中にある一室、メイドさん曰く客間のうちのひとつにあたる部屋に案内してもらったのだが……。




「うっわ、ひっろ……」




 そう、この部屋、滅茶苦茶広いのである。具体的に言えば高級ホテルのスイートルームというのが近いだろうか。俺はどこにでもある一般家庭の出身なので、そんな場所には全くと言っていいほど縁はないのだが、妹が世界各地の宿泊施設の写真を見るのが趣味だったためわかる。




 まずふた部屋に分かれていて、寝室とリビングのような部屋がそれぞれある。寝室のベッドは本当に大きく、人が3人寝られるんではないかと思うほどだ。シーツもサラサラで、そうっと手を置くとゆっくりと沈みこんだ。すごい。




 リビングにはこれまた大きなソファとテーブルがあり、どれもかなり精密な模様が入っている。それだけでなく、さきほど応接室で見たようなあの高そうなツボと満開の花たちも生けられていて、存在を主張している。


 というかそもそも床の絨毯がフカフカだ。しかも埃がひとつも見当たらない。かなり手入れが行き届いているようだ。




 とまあこんな様子なので、俺はすっかり委縮してしまった。ただの一般人が使っていい部屋ではないだろう、と思わなくもない。




 そんなことを考えながら辺りを見回すと、部屋の隅の小さな机の上に見覚えのある紙袋があった。




「これ……!さっき買ってもらった服だ……。そういえば、騒動やらなんやらで置いて来ちゃったからな……」




 誰かこの城の人が持ってきていてくれたのだろう。親切な人に俺は心の中で感謝した。


 中を確認すると、ちゃんともともと着ていた制服と見繕ってもらった服が入っている。俺はそれをひとまず大きなテーブルの上に置いた。




「で、これだよな、問題は」




 そう言って、ずっと背負ったままだったナップザックのような革袋を床に下ろした。


 中に入っているものは変わらず、ミリアさんからもらった宝石箱と、着替えたときに取り出されたのであろうポケットにしまっていたブレスレットだけだ。




「これは……とりあえず箱に閉まっておいた方が便利かもな」




 管理するのが面倒くさいという訳ではないのだが、万が一失くしてしまうとショックが大きそうだ。


 俺は宝石箱を開け、中にブレスレットをしまった。ひとまずはこれで行こう。ブレスレットによって石に傷がつく可能性も無くはないが、なんとなく、直観でそうはならない気がした。何と言うんだろうか、この石は見た目こそ儚いものの、根拠はないが欠けたり傷ついたりするイメージが浮かばない。


 まあだからといってあえて傷をつけてみる、なんて野蛮なことはしないが、一応この石についてもう少し誰かに詳しい話を聞いた方がいいのかもしれない。




 そんなことを考えながら荷物をソファの上に置き部屋の外へ出た。








 先ほどと同じメイドさんに連れられ、サイカさんの部屋に着いた。俺はメイドさんと目配せをし、部屋の扉をノックする。重い音が響き、中から返事が返ってくる。




「どうぞー」




 扉を開けて中へ入ると、そこは先ほどの俺の部屋と同じ間取りの部屋だった。


 ただ、俺の部屋と違うのは大きなベッドの横にイスに座ったモネと彼女の膝で眠るストラさんがいること、部屋の照明が落とされ照明がカーテンの隙間から差し込む日光だけになっていること。それから……。




「この人が、サイカさん?」




 大きなベッドの中央、ひとりの男性が眠っている。歳は俺と同じか年上くらいだろうか、かなり整った顔立ちで、男性アイドルにいそうな雰囲気がある。特筆すべきは暗い部屋でも目立つその髪の色だ。艶のある深い緑色で、それもあって大人しそうなイメージを受ける。


 俺は彼を起こさぬように声を潜めてモネに訊ねた。




「そう。あたしより先にこの国に来てたらしいんだけど、ずっとこの調子だからあたしもあんまり話したことないんだよね」


「そうか……。で、この人はなんで寝てるんだ?」


「それがね、よくわからないんだよね。魔法も魔術も、お医者様にも診てもらったらしいんだけど、病気とかじゃないみたい。魔力を行使されたような痕跡もないらしくて、もうお手上げって感じ」


「そうか……」




 そんな症状でパッと思いつくのは睡眠障害くらいだが、モネの口ぶりでは恐らくそういった類のものではないのだろう。


 すると、モネがグイッと俺に近づき、先ほどよりも声を落として俺に話しかける。




「で、ここからが本番なんだけど……。ヨウスケさんの能力って『治癒』なんだよね?サイカくんに使ってみてくれないかなぁ……なんて。いや、嫌だったら全然大丈夫なんだけど」


「いやいや、全然嫌ってことはないんだけど……。でも、正直怪我とかじゃないから治るとは思えないんだよな……」


「それでもいいの。試せる手はなんでも試したいんだ」


「わかった。……駄目でも怒らないでくれよ?」




 モネが頷く。俺はそれを確認し、しぶしぶベッドに近づく。サイカさんの身体の横に膝を付き、一応状態を確認する。なんかあったら嫌だし。


 一通り見ても異常は見受けられない。呼吸もしているし、静まり返ったこの部屋では耳を近づけると心臓の鼓動すら聞こえた。本当にただ寝ているようにしか見えない。


 俺はため息をつき、目を瞑る。今朝モネにしたように胸のあたりに手を翳し、心の中で治れ、と念じた。




「────!ヨウスケさん、見て!」




 そうっと目を開けると、俺の手の周りがぼんやりと発光していた。光は薄くサイカさんの身体を包み込み、……しばらくしてから消えてしまった。




「……起きないな」




 瞼は一ミリも上がることも、震えることもなく、覚醒の兆しもない。残念だが、俺にできるのはここまでだろう。


 俺はそのまま体勢を変え、ベッドのふちに腰掛ける。マットレスがふかふかで気持ちがいい。




「……まあ、仕方ないよね。マーガレットにも無理だったもんね。──はぁー。あたしの傷を治せたヨウスケさんならもしや、と思ったんだけどなぁ」


「ごめん……」


「いやいや、ヨウスケさんが謝ることじゃないよ!あたしこそ無茶言ってごめんね。──やっぱり神サマの呪いってやつなのかなぁ」




 神サマの呪い?聞きなれない単語だ。そんなものが存在するなんてアルトも言っていなかったはずだが……。




「神サマの呪いっていうのはなんだ?」


「あれ?ヨウスケさんはされなかったの?ほら、あの能力をくれた金髪ロリいるじゃん?あの人すっごい性格悪くてさー、あたしの格好見て大笑いしてこのマスクが外れないようにされちゃったんだよね。サイカくんのもそれと同じようなものかと思ったんだけど……。まあそれだったら『治癒』をかけてもらったらマスクくらい外れるよね」


「なるほど、そんなことが……」




 確かにあの人ならやりそうな話だ。俺の脳内を悪い貴族のように高笑いしながらミリアさんが通っていく幻覚が見えた気がした。




「ヨウスケさんはそういうのないの?なんかされてない?」


「俺は特に何も。むしろモネが特殊っぽいけどな」


「そうかなぁ……?」




 モネが首をかしげる。まあ確かに、この容姿を見たら誰だって笑ってしまうだろう。俺はファーストコンタクトが非常事態だったから笑うなんてことはなかったけど、もっと初対面の状況が平和なときだったら笑いを堪えられる自信がない。




「そういえば、ヨウスケさんってあたしのこと見ても笑わないよね。なんで?元の世界ではクラスの子たちにめっちゃ笑われたんだけどなぁ」


「いや、だって……。他の世界から来てる人ってことは、文化が違うってことだろ?下手に笑ったら失礼かな、と……」


「いや真面目かっ!別に失礼があったらそのとき謝れば良くない?ずっとそんな人に気を遣って生きてたら疲れるよ?」


「まあそうなんだけど……」




 このあたりの調整は椿の得意とするところで、彼女はいつも飄々と自分のしたいことをしていたのだが、それ以上に周りのことをよく見ていて誰も嫌な気持ちにさせなかった。俺は椿のそんなところを本当に尊敬していたし、そんな風に振舞いたいと常日頃思っている。まあ椿ほどは上手く立ち回れないんだけどな。


 だからこそ、ここだけは譲れないもので、俺のモットーとも言えるのかもしれない。




「でもさぁ、あたしの見た目、大分……なんていうか、アレじゃん?笑ってもいいんだよ?」




 どうやらモネは俺の答えに納得がいっていないようだ。元凶であるマスクをペチペチと叩きながらそう言った。マスクの内側であまり良い顔をしていないような気配がする。




「うーん……。なんだろうな、無意識にそういう、人の見た目を笑うことを避けてるのかもな」




 実際、そういう容姿を笑うことはあまり良いこととは言えないだろう。俺も常に椿と蒼の二大美形コンビと過ごして、「釣り合わない」だとか「なんで平凡顔があのふたりの傍にいるんだ?」とか色々言われてそれ以降顔がコンプレックスになってるみたいなところあるしな。




「そっ、か。変なの」




 しかしモネは納得しなかったようだ。余計に首を傾げさせてしまった。




「まあ、価値観は人それぞれだよな。さっきも言ったように俺たちは文字通り生きてきた世界が違うわけだし、ある程度合わないなぁ、って思うこともあるだろ。俺も納得しろなんて言うつもりないし」


「うん。そう、だね……」




 しぶしぶ、といった感じではあるがモネも頷く。


 そう、お互いのことについてはこれから知っていけばいい事なのだ。時間はたっぷり……あるかは分からないが、同じ国にお世話になる以上関わりは大きくなるだろう。しかしお互い勇者を目指す立場で、ライバルと言ってもいい。けど、だからといって理解し合えないという訳ではないだろう。少なくとも俺はそう信じていたい。




 ふと窓の外を見ると、辺りは陽が沈んですっかり暗くなってしまっていた。暗い部屋にいたため気付かなかったのだろう。先ほどよりもはっきりと部屋の輪郭が見える。




「そろそろお暇しようかな。今日は色々あったし、頭の中を整理したい」


「あっ、うん。疲れてたのにごめんね、付きあわせちゃって」


「いやいや、俺こそサイカさんに会えてよかったよ。いや、会ったって言い方で合ってるのかは分からないけど」




 それだけ言って俺は立ち上がる。結構な時間座っていた気がするが、ベッドがふかふかだからか身体が全く痛くない。俺はひとりで勝手に感動しながら部屋を出た。




「あ、モネに石のこと聞き忘れたな」




 というかそれが俺の主目的だったはずだが。もちろんサイカさんと顔合わせをすることも大切だが、石のことも結構大切な要件のはずだ。こういう忘れっぽいところは反省しなけらばならないな。


 モネに偉そうに言っちゃったけど、俺もたいがい欠点だらけだ。──こういう後から会話を振り返ってもだもだ考えるのが最高に「陰キャ」って感じだし、それもとっとと直せればそれに越したことはないんだけどな。何事もコツコツやっていくしかない。




(とりあえず、人と話すときにもうちょっと考えてから口に出すことを意識したほうがいいよな。……はぁ、明日も王様とマーガレット王女に会わなきゃいけないのか……。気が休まらない……)




 俺は明日のことを思ってちょっと憂鬱な気持ちであてがわれた部屋へ歩き出した。










「……はぁ」




 すっかり暗くなり明かりがほぼなくなったサイカの部屋、ひとり残されたモネは先ほどヨウスケが出ていった扉を見つめた。完全に人の気配が無くなったのを確認し、大きく息を吐く。


 どうやら気づかぬうちに緊張していたようだ。らしくないなぁ、と苦笑する。




「──にしても、厄介だなぁ」


「儂はモネも大概だと思うがな」


「起きてたんなら言ってよね。盗み聞きは趣味が悪いよ?」




 ストラバーストがモネの独り言に皮肉気に返す。モネも起きていたことに気づいていなかったわけではなく、ストラバーストもそれを承知して黙っていた。だからこのやり取りはただのじゃれ合いに過ぎない。お互いそれをわかって憎まれ口とも言える会話をしていた。


 だからこそモネの言葉にストラバーストは鼻で笑うだけだ。




「ま、あたしはいつも通りやるしかないんだよね。これ以外、やり方なんかわかんないし」


「……それでモネがいいというのなら、儂も異論なんかありゃせんよ。最悪儂が全て吹き飛ばしてしまえばいいだけのこと」




 モネはその言葉に面食らう。それと同時に、思った以上に甘やかされているな、とも実感する。




「──ありがと」




 モネ自身ですら聞こえるかわからないほど小さく呟かれた感謝に返事はない。しかし、モネにとってはそれだけで満足だった。


 膝の上に感じる体温に、確かに絆を感じてそっと目を細めた。

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