第8話 王様に謁見する話

 着くまでの間に話し合った結果、俺たちは王座の間の前までメイドさんふたりに案内してもらい、扉が開いたら俺とモネだけが中へ進む、ということに決定したらしい。俺は緊張と説明された段取りを必死で覚えることで精一杯で、ほとんどメイドさんの話を理解できなかったのだが、モネが




「大丈夫大丈夫!あたしやサイカ君ですらこの国から追放されてないくらいだから、ヨウスケさんなら余裕だよ!まああたし達しょっちゅう怒られてるけど……」




 と言っていたため、少しは気が楽になった。それに、いざとなったら中にアルトもいるのだ。なんとなく、アルトなら俺たちが入ってくるまでに何かしら手を回してくれていそうである。




 そんなことを考えていると、前を歩いていたメイドさんが立ち止まる。




「到着いたしました。──心の準備はできておりますか?」


「はい。──モネもいいよな?」




 振り返ると、モネがサムズアップしてぶんぶんと首を縦に振っている。それにつられて頭のマスクもすごい勢いで振れ、今にも飛んでいきそうなのだが謎の力でモネの首にぴったりとくっついたままだ。なんだかとてもシュールで思わずクスリと笑ってしまう。


 覚悟は決まった。俺はメイドさんへ向け軽く会釈する。




「──じゃあ、お願いします」


「はい。モネ様、くれぐれも、失礼のないようお願いいたします」


「はいはーい。分かってまーす」




 その返事にメイドさんは満足そうにうなずき、軽く扉をノックした。重く低い金属音が響き渡る。




「国王陛下、ヨウスケ様をお連れしました。モネ様もご一緒でございます」


「うむ。入るがよい」




 すると内側から扉がゆっくりと開かれた。どうやら兵士の方が開けてくれたらしく、目で入るように合図される。それに合わせ、俺たちは中へ足を踏み入れた。


 王座の間は多くのステンドグラスのような窓に覆われて、どこか協会のような印象を受けた。中は体育館がふたつくらい入るんじゃないかと思うほど広く、先ほど俺がいた応接室など比ではない程豪華な装飾がされている。


 奥には3人の人物がいて、俺から見て左の人物はアルトだろう。王の傍に控えるようにして佇んでいる。真ん中の大きな椅子に座っているのが王だということは分かる。それから右にいる美しい金髪の人物は……まさか……。




 王座の前まで歩みを進め、先ほどメイドさんに言われた通りに跪く。やばい、足が震えて前が見れない。心臓が早鐘を打ち、目の前が真っ白になって何も考えられなくなっていく。心なしか口が渇いてきた。……先ほど飲んだ紅茶が嘘のようだ。どうしよう、引き返したくてたまらない……!隣にいるモネの足音ですら自分の心臓の鼓動なのではないかと思うほどに体が震えて止まらない。




「うむ。──面を上げよ」




 唐突に頭上から降ってきた声に背筋に氷水を入れられたように反射的に顔を上げる。そこで初めて俺は王の顔をまともに見ることができた。


 王は恰幅のいい背の低い人で、モネの着ているワンピースの刺繍に似た模様の布がふんだんに使われた一目で高いと分かるような、いかにも王族といった感じの服を着ていた。しかし目元や口元はどこか優しげで、それに安堵して体からどっと力が抜けてしまった。




「ぬ?そなた、大丈夫か?」


「す、みません……。緊張してしまって……」




 ──そういった直後、空気が凍った。俺が人生で経験してきたものの中で一番と言えるほどの静寂が部屋に落ち、




(え、待って俺何か変なこと言った!?やばいやばいやばい!?とりあえず何か言わなければ──)




「ふぁっふぁっふぁっ!聞いたかマーガレットよ!緊張だと!」


「ええ、聞きましたわ、お父さま。……でも驚きました、本当にまともな方ですわね」


「だから、そう申し上げましたでしょうが……」




 ……えーっと、状況がイマイチ読めないんだけど、どういうことだろう。まず、俺が何か言葉を返そうと焦っていると、王が王座の間の端に居ても聞こえるほどの大声で笑い、右側にいた小さな少女がそれに返した。それに左側にいたアルトがため息をつき、片手で顔を覆う。それから、モネは……




「マーーーーーーーガレーーーーット!どーん!」


「のわっ!モネッ!引っ付かないで!暑いっての!先ほどの暴動も耳にはいってるのよ!?貴方たちこれで何度目なのか覚えているのかしら?!──知らん顔しても無駄ですのよ、ストラバースト様!全く、犠牲が出ていないのが奇跡ですわ!」


「マーガレット!?あたしの心配してくれてたの!?」


「いつ!わたくしが!そんなこと言いましたか!?貴方の耳は何のために付いてますの!?」


「いたいいたい〜」


「おいモネ、失礼のないようにとメイドに言われただろう!もう少し節度を持たぬか!」




 ……おそらく、この国の王女、マーガレット・エルダレであろう少女が、とてつもない勢いでタックルしていったモネを引きはがし、その場に座らせ説教を始める。……なんだか、想像していたイメージとは違ったな、これ……。俺の想像ではもっと、逆らった人間から処刑していくような厳しいイメージがあったんだけど……。


 というか、もしかしてモネが王座の間に着いて来たがった理由って……。




「先ほどぶりですね、ヨウスケさん。モネさんと打ち解けたようで何よりです」


「おう……アルト……。なに、これ?」




 アルトがすっかり膝から力が抜けてしまった俺を支えて立ち上がるのを手伝ってくれる。ひとつ呼吸をして、どうにか状況を確認した俺の疑問……まあ、ほとんど確信は持ってはいるけど……に、王様が直々に答えてくれた。




「モネ殿はわが娘、マーガレットと仲が良くてな、よくこうして遊んでおるのだ」


「仲良くないです!モネが勝手にくっついてくるだけですの!……ちょっ、抱きつくなっ!」


「まあ、マーガレット様がこんなに感情を露わにするのは国王陛下とモネさんだけなんですよね」


「アルトッ!貴方余計なことを……!」




 ……つまり、モネはマーガレット王女に会いたいがために俺を利用したということだ。確かに女の子の後ろを着いて回る、とか聞いてはいたけど、まさか国のお姫さまに対してやっているとは……。マーガレット王女はマーガレット王女でどこか満更でもなさそうで、少しだけだが頬が上気している。……いやこれは怒ってるだけだな。


 びっくりして言葉も出ない俺に、国王陛下が声をかけた。




「ふむ、見苦しい所を見せてしまったな。……ただ、この国にやってきた異世界人だと、モネ殿とサイカ殿がかなり変わり者だったのでな。少しばかり驚いてしまったのだ」


「いえ、こちらこそすみません。まさかモネがこんなヤツだったとは思わなくて。……ちょっとびっくりしました」




 ……まあ確かに『海岸亭』で聞いた噂はいい話が無かったし、実際モネはこんな調子だし、国王が驚くのは無理もないのかもしれない。下手すると異世界人みんな変と思われているかもしれない、という覚悟で来たのだから。……アルトはまあ、馴染みすぎて異世界人って感じがしないだけだろう。




 それから国王と少しばかりこれまでのことや俺のいた世界の常識とこの世界の常識の違いなどのすり合わせ、それから、モネを助けたことのお礼を言われた。俺としては、モネに言ったこともそうだし、そもそも俺があの場に居合わせたのも偶然だったので、王にそう伝えたのだが、王は静かに首を振った。




「いや、あの混乱した状況できちんと動ける者はそう多くはあるまい。まして、平時より訓練をしていたり、魔物と戦っている兵士や冒険者ではない者が、だ。それは誇って良いことだ」


「そう……ですかね」




 一国の王にまっすぐそう言われるとなかなか照れる。でも、普通を体現したような生活を送ってきた俺にも人の役に立てることがあるのは素直に嬉しかった。


 そして、俺の言葉に国王は頷き、すっと元の威厳ある王の顔に戻る。




「──して、アルトから聞いておるとは思うのだが……。そなたはどうする?勇者になるため戦うか?……それとも、この世界で一般市民として生きていくか?ここまで来たということはもう答えは決まっておるのだろう」




 ついに本題に差し掛かってしまった。王の言葉に一瞬で周辺の空気が変わる。アルトは元いた位置へ戻り、気配を消すように王の隣に静かに佇み、マーガレット王女もモネを引き剥がし、冷徹姫と言われる所以である冷たく、しかしどこか神々しさのある眼差しで王の方を見やる。一瞬で俺たちが入ってきた時と同じ空気感に戻ったのは流石は王族といったところだろうか。先ほどまでのモネと接していた空気感とは全く違う、別人にすら見える姿に俺は息を呑み、もう一度気を引き締める。




 実を言うと、この答えに関してはついさっきまで決めかねていた。具体的に言うと、モネを治す時まで。しかし、モネの傷が治っていくのを見たとき、ふと、こんな考えが頭によぎってしまったのだ。




(この力がもし、あの2年前の日にあったのなら、俺は椿を助けられたのだろうか)




 もちろん、あの時すでに椿の魂は体に無かった。もしもの話だが、治癒の力があったところできっと助かることはなかっただろう。しかし、これだけは言える。──俺にあの時、何か出来ることがあって、動くことができたのなら、こんなに後悔はしなかっただろう。


 でも、後悔なんて何の役にだってたちやしない。いつだって人は未来だけにしか進めないのだから。でもだからこそ、もう誰かが痛みに苦しむことも、無念の中に命を散らすようなことがあってほしくない。そしてそれを止めることが俺にできるのなら。




「俺は、勇者になります。……もちろん勇者になって自分がやりたいこともありますけど、でも──俺はもう傷つくだれかを見たくない」


「────そうか。わかった。それでは、そのように取り計らおう。……マーガレット」


「はい、お父さま」




 いつのまにかモネもマーガレットから離れ、いつになく真剣に王の言葉に耳を傾けていた。無理もない。これから王が発する言葉はこの国の新たな第一歩となるのだから。厳かな空気が美しいこの間に染み渡っていく。俺も、思わず祈るように目を閉じ、王の言葉だけに集中した。




「第23代エルダレ王国国王として宣言する。──サイカ・ウチノ、モネ、ヨウスケ・サカモトの3名をここにエルダレ王国の代表として勇者選定の儀へ送り出す。明日、これからの計画を立てるための会議を行う。準備せよ」


「承知いたしました、お父さま」




 国王が腕を振り上げ、高らかにそう宣言した。よく響く声に反してこの場で宣言を聞いているのは俺たち5人だけだが、この言葉は今この国で何よりも重いものである。




 こうして、俺はエルダレ王国の代表として、勇者になるための『試練』に臨んでいくことになった。──これから巻き込まれていく、諸国の陰謀や運命に翻弄されながら。


 しかし、それは今の俺には知るよしもないことだ。……少なくともこのときの俺は、この選択をしたことが運ぶ期待と不安だけで胸が押しつぶされそうだった。








 ちなみに余談ではあるが、マーガレット王女が王の代わりに政治を行っているというのは嘘であった。このことについてマーガレット王女は




「なんでそんな嘘を言うようにメイドに言ったんですの!?」




 と言っていたのだが、それに対する王の返答はひどくあっけらかんとしたものだった。




「え、いや、その場合誰に対して膝を付くか見ていたのだ。もしこれでマーガレットを王だと思っていたのなら、その時点で即見放そうと思っておったのだよ。……ただでさえこの弱小の国が勇者選定で勝ち抜くのは難しいのにこれ以上厄介事が増えるのは勘弁なのでな」




 最後の方はモネを見て言っていたが、当の本人は気にした様子もなくマーガレット王女に腕を絡ませていた。


 俺は間違った選択をしなくてよかったと心の中で本当に安堵したのだが、それと同時に油断のならない人物の登場により一層気を引き締めようと誓ったのだった。

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