078 眠るウサギと荒ぶる乙女

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 その日の夕方、スニエリタはミーと一緒に帰ってきた。


 ララキには意味がわからなかったので聞いたところ、ミルンがスニエリタの職場を見にいき、あまりにも大変そうなので補佐として置いてきたらしい。

 とっても助かりました、とスニエリタは笑顔だったが、相変わらずめちゃくちゃ過保護だな、以外の感想が抱けないララキだった。


 しかもスニエリタはなぜかミルンのマフラーも持っていた。

 なんでも衣装が薄着なので寒くないように貸してあげたとかで、なんかもう以下略。


 そのうえミルンはスニエリタの明日の仕事を取りやめるべきだと言い出したのでララキはちょっと呆れたが、よくよく話を聞いているとけっこう無理もない理由であることが判明した。


 露出の高い衣装を着させられること。もともとああいったイベントの売り子を務めるのは、夜のお店(このあたりをミルンは変にぼかして言った)で働く女の子が多いこと。

 そして、お客さんの大半もそのことを知っているので、馴れ馴れしく話しかけてきたり、べたべた触ってきたりすること。

 もちろんスニエリタにそういう相手を上手くいなすことができず、今日も困っていたこと。


 それは確かにダメだな、とララキも思った。

 衣装云々はともかくとして、知らない人、とくに歳上の男の人に腕を掴まれたりするのはまずい。そんなのスニエリタじゃなくたって怖い。

 よく二日間も我慢できたものだが、少し無理をしていたのだろうか。


 そういえば昨日はちょっと疲れた感じだったが、それもあったのかな、と昨夜のようすを思い返した。

 なるほどそういう状況だったのならミーを置いてきたのもいい判断だ。


 でも売り子さんの横にでかいクマがいたらみんな驚いただろうな、お客さん怖くて立ち寄ろうにも近付けなかったんじゃないかという気もするけど。


「ちなみに衣装ってどんなの?」

「あの、その……こう、肩がすべて出てしまっていて……こういう形の……」

「オフショルダーね」


 なるほど、露出に慣れていないスニエリタにはかなり勇気が要る服装だっただろう。

 それに肩を出すとけっこう身体が冷える。マフラーを貸した理由もそれか、正しい判断だったなミルン。


 というか、たぶんミルンは眼のやり場に困ったんだろうな……と、女子の話を聞いていないふりをしながら耳を赤くしている少年を見ながらララキは思った。

 ミルンも見慣れてないからな、スニエリタの生肩。


「ていうかそれ、背中の模様見えちゃわない?」

「それは一生懸命お願いして、背中に大きめのリボンを垂らしていただいたので、なんとか隠せたと思います……でも、スカートもこのあたりまで切れ込みが入っていて……靴もヒールが高くて、立っているだけで疲れてしまって、今は腰が痛いです」

「一日じゅうそれだと脚も冷えちゃうよね。今日は先にお風呂入りなよ、女の子は身体冷やしちゃダメだってママさんもよく言ってたよ」


 ちなみにララキのこの恰好にも苦言を呈されたよ。楽ちんなので貫いたけど。

 その代わり身体を温める効果がある瓶入りのジャムみたいなお茶をもらったから、あとでスニエリタに飲ませてあげよう。


 というわけで急いでお風呂を沸かし、スニエリタが入浴している間にお茶の準備をする。


 このお茶は見た目は柑橘系のジャムだが、これをお湯に溶かして飲むのだ。もちろんジャムとしてパンに塗ってもおいしい。

 幸いこの前の事故ではこのお茶の瓶は無事だったので、こうして役に立てて嬉しい。

 せっかくなので自分とミルンのぶんも淹れ、スニエリタが出てきたところで乾杯した。


 果たしてお茶の効果か、それとも疲れが溜まっていたのだろうか、そのうちスニエリタは眠ってしまった。

 冷えないように布団をしっかりかけてあげながら、お茶の残りを流し込む。


 うむ、柑橘類の爽やかさと甘みに生姜などの風味が加わってすっきりした美味しさだ。


 向かいで飲んでいるミルンも表情からして気に入ったっぽかった。

 そういえば最初に会ったときもブカクティを食べてたし、男の人にしては珍しく甘党なんだよな、この人。今はそういう人が増えてるのかな。


 そっとスニエリタを見やる。完全に眠っているのを確かめて、ミルンに向き直る。


 ララキには、どうしてもミルンに聞いておきたいことがあった。


「スニエリタのことだけどさ。明日の仕事、あたしが代役やろうか。衣装はたぶん平気だし、いちおう護衛にプンタンでも置いとけばいいから……たぶん、いきなり今日は出られませんっていうの、通じないよね」

「そうだな、頼むわ。さすがに二日連続でミーを出ずっぱりにはできねえし。本人は体調が悪いってことにでもすればいいだろ」

「……売り子さんってそういう仕事だったんだね。知らなかった。ミルンは、知ってたんだよね」

「まあ、おまえに会う前の旅の途中でいろいろ見たからな」


 やっぱりそうか。斡旋所での態度にいろいろ疑問があったのだが、これで理由はわかった。

 しかし知っていたならあのとき止めてくれればよかったのに、と一瞬思ったが、スニエリタの手前言えなかったのかもしれないと気づいて、それは飲み込んだ。


 でもそれで結果的にスニエリタに無理をさせたのだから、ちょっと反省しよう。

 ララキもスニエリタのことをミルンに任せすぎたところがある。


 ミルンは面倒見がいいし、いろんなことをちゃんと教えてあげている。スニエリタを任せるのに適任者であるのは間違いないが、しいて足りないところを挙げるとすれば、性別だ。

 男の人から女の人に言いにくいことは絶対あるし、その逆もしかり。それを忘れてはいけない。


「あのさ、ミルンからだと言い辛いこととかがあったら、あたしから言うから、相談して」

「……ああ、これからはそうする」

「それでスニエリタの売り子さん衣装を見ての感想はどう?」

「眼のやり場が……ってしれっと何聞いてんだ」

「いや、だってさ、仕事の内容は初めから知ってたのに、今日になってやめろって言い出したから。男の人に絡まれてるのとか、際どい服着せられてたのとか見て、我慢できなくなったのかなって思って。

 ほんとはスニエリタがどう思ってるかより、自分が嫌だからやめさせようとしてない?」


 いちばん聞きたかったことを聞いてやった。

 案の定、ミルンはものすごくびっくりしてこちらを見ている。自覚していなかったのか、それとも言い当てられたことに驚いたかはわからないが、図星には違いない。


 ややあって、そうだよ、と意外に素直な返事があった。


「やっぱり、好きなんだ。スニエリタのこと」

「おまえにゃ前から言われてたけどさ……もしかして俺ってわかりやすいのか?」

「そうだねー、とくにあたしはよく見てたからね。ていうかよく言うよ、いっつもスニエリタのほう見てるし、操られてたころなんか寝顔眺めるわ髪撫でるわ……」

「やめろ言うな自分でもそれはどうかしてたと思ってる!」


 頭を抱えて呻るミルンは、顔も耳も手までも真っ赤になっている。

 ようやく認めたな、とララキは謎の達成感を感じながら、もう一度スニエリタのほうを伺った。気持ち良さそうに熟睡している。


 確かに、彼女はかわいい。顔はもちろん、性格も素直でおっとりしていて、事故とはいえ風呂を覗いた前科のある男に毎晩寝台を空けてやるような優しさも持っている。

 ちょっと気弱で泣き虫なのが玉に瑕だが、そのへんは周りの人間次第でもあるだろう。


 それにララキは知っている。スニエリタだってミルンのことを悪しからず思っていることをだ。


 まあ、スニエリタはまだ自分自身のことでいっぱいいっぱいなので、本格的にミルンに対してそういう感情を抱いているわけではなさそうだけど。でも、それも時間の問題のような気がする。


 なんとなれば、妹を持つ兄の血がそうさせるのかは知らないが、ミルンはしょっちゅうスニエリタの頭を撫でる。

 練習のときとか、ちょっと上達が見られたらすぐ撫でる。頭撫で魔と言ってもいい。

 それだって本来はよほど気心が知れた仲でなければ不快に思って当然の行為だが、スニエリタは一度もそれを嫌がったことがない。


 それどころか、たいてい嬉しそうな顔で撫でられている。つまりララキから見れば充分に脈ありである。


 ということを洗いざらいミルンに伝えてやりたいが、そしてその背中をどつく勢いで押したいところなのだが、外野にあまりやいやい言われたくなさそうであるし、悩ましいところだ。

 とりあえずちょっと考えて、伝えるべきことは伝えることにした。


「スニエリタはね、実家に帰ったら、大して好きでもない人と結婚するんだって。なんか軍人のすごい人らしいよ、許婚ってやつ」

「そりゃそうだろうな、将軍の娘だもんな」

「いいの?」

「何がだよ。まさかスニエリタが結婚することが、とか言うんじゃねえだろうな」

「そのとおりに決まってるでしょうが。あたしの話聞いてた? 好きでもない人と、だよ? そんでもってあたしの聞いた話から推測すると、向こうも大してスニエリタのことを大事にしようとはしてないね」

「……でも、そういうもんだろ。ある程度の家の人間ってのは」


 あ、ダメだこれ。

 重たいほうのミルンが出てきている。しかも端から諦めている。


 そりゃあミルンの言うとおりかもしれない。こんなことを、部外者のララキがあれこれ言うべきではないのかもしれない。


 でも、ララキにとってはミルンは大事な旅の相棒であり、スニエリタは初めてできた同性で同年代の友人だ。

 ふたりともに幸せになってほしいと思うことくらいは許してほしい。

 だから、言ってやる。


「たぶんスニエリタもミルンのことが好きだよ!」

「……はっ?」

「今はまだちょっと微妙かも……だけど……ふつう、女の子はどうでもいい男から頭撫でられてあんな顔しません! だからミルンは、その、あれだ、ほら、略奪しなさい!」

「はあああ!?」


 ヒートアップしたララキは、ミルンの肩をがっちりと掴んで揺さぶりながら続ける。


「好きなら! 攫って逃げるくらいのことを! しちゃいなよ!!」


 さすがにかなり飛躍した発言だったので、ミルンは怒るとか笑うとかの次元を超えて、ぽかんとしていた。

 でも今のところこれがララキの頭が叩き出せる結論だ。


 ミルンがスニエリタを追っ手から守り続ければいい。もしかしたらすごく強い追っ手が来るかもしれないが、それならララキだって協力する。


 それに、ララキたちの旅が目指す場所はアンハナケウ。何でも願いが叶う"幸福の国"なのだ。


 だから大昔から、いつだってそうだったように、これからも。


「……おとぎ話はハッピーエンドじゃなくっちゃ、ね?」


 誰かが恋をしているのなら、それは結ばれて終わらなくては意味がない。

 それがララキでも、ミルンでも、スニエリタでも、最後はみんなが笑っている。


 そうなるために、旅をするのだ。


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