031 三人は街道をゆく

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 ミルンとスニエリタが意識を取り戻したところで、ずたぼろの三人は訓練場の真ん中で正座をして座っていた。

 もちろんその前にはロディルが立っていたが、相変わらず険しい表情だった。


 遣獣のネコがにゃあとひと鳴きすると、三人の頭上からきらきらと光の粒のようなものが降り注ぐ。

 回復系の術らしく、身体がふいに軽くなり、節々の痛みが薄れた。ついでに服の破れていた箇所まで直るというのがすごい。

 そんな便利が術があったのか、とララキは思わず頭上の紋章を見上げた。ぜひ覚えたいが獣の術なので招言詩がわからない。


 三人が、試験前の状態とまではいかないまでもすっかり元気になったのを確認し、ロディルは口を開いた。


「三人とも不合格」


 第一声がこれだった。

 嘘だろう。ララキはともかく、あと気絶して放り出されてたミルンはともかく、スニエリタまでか。


「まずミルシュコ。おまえはバランスはいいけど応用が甘い。あと攻撃において威力を無意識に抑えているところがあるし、描くのが遅い。

 次にスニエリタ。三人の中ではいちばんマシだったけど、やや攻撃に寄りすぎて防御が甘い。

 最後にララキ。……予想外の妨害があったけど、それは置いておいて、全体的にレベルが低い」


 けちょんけちょんだった。

 そのあとも個別にあれやこれやとご指摘いただいたが、全員すでに身も心もずたぼろにされたあとだったので、何も言い返せずただただ言われるばかりだった。


 それぞれが学校を出てからは誰かに指導される場面などほとんどなかったし、改めて名のある術師に師事しようと思ったらそれなりの資金が求められることを思うと、無償でここまでしてくれるのは実際とてもありがたいことなのだ。

 ただなんていうか想像以上のスパルタだった。昨日はあんなにほんわかした大人しそうな人だったのに、人は見かけによらない。


 そういえば、とララキはライレマから聞いたことを思い出した。

 彼の生徒の話なのだが、普段はとても温厚なのに、手袋を着けると人が変わったように荒々しくなる人がたまにいるそうだ。ロディルもそういうタイプなのか。


「はっきり言って、とりあえず現状ではとても"幸福の国"まで辿り着けそうにはないね」

「……なんでジーニャにそんなん言われなきゃなんねーんだ……」

『そこ、態度が悪い!』

「痛って!」


 ちょっと拗ね気味にぶつぶつ言うミルンの横っ面に、ネコが思いきりパンチを食らわせた。

 せっかく治してもらったのにまた小傷が増えてしまったようだ。何やってんだか。


「よく考えてごらん、神を敵に回すかもしれないということは、その神に仕える者もまた敵になるということだ。神によってはより低級な神や精霊を配下に置くものもあるし、地域によっては祭司や神官だって敵対者になりうる。

 そういう場合にきみたちは三人だけで対処しなきゃならないんだよ。もっと強くなっておきなさい」


 言われたことは、もっともだ。

 これから尋ねていく神がみんなルーディーンのように協力的なわけがない。ヴニェク・スーのように、あるいはもっと激しい拒絶と攻撃を受ける可能性のほうが高い。


 そんなことは重々わかっていたつもりだったが、今回『自分の攻撃を十倍にしてやり返される』という無慈悲極まりないことをされて、改めて身に染みた。


 相手が本気でこちらを殺そうと思っていたらそんなものでは済まされないのだ。

 ましてやこの大陸の神というものは、クシエリスル合意が成されるまで大陸各地で覇権を争っていた荒神が大半なのだから。自分に歯向かう人間ごときを相手に容赦も慈悲も躊躇もない。



 訓練所を出たところでロディルとは別れた。彼もまた強くなるための旅を続けていくそうだから、もしかしたらまたどこかで会うかもしれない。

 そのときまでにもっと強くなるんだよ、と最後に言って別れたときは、元の穏やかな人に戻っていた。


 三人はヴレンデールに行くため、西方方面行きの列車を求めて駅へと向かう。

 まだ昼前だったが、朝からひどい目に遭ったせいで疲れ切っていた三人は、駅の傍の喫茶店で昼食を買ったとき以外はほとんど口も開かないありさまだった。移動手段が列車でよかった。


 ……ところがどっこい、いざ駅に着いてみると『西部レルヴェド行きの列車は運休いたします』の表示が目に飛び込んできた。


 おかしい、ここはフィナナのど真ん中なのに、ルーディーンの加護を受けられていない。


 ララキは崩れ落ち、スニエリタはそんなララキを力なく励まし、ミルンは駅員に詰め寄って事情を聞いた。


 なんでも線路沿いの街道に妙な獣が出るというので少し前から騒ぎになっており、そのせいで線路の一部が壊れてしまったので、修復されるまでフィナナからの列車は全便運転休止しているという話だった。

 運休区間はフィナナから街道沿いの街ガールまでで、その街まで行ければそこからは西部行きの列車があるそうだ。


 なお、ワクサレアでは全国に列車を導入したことによって利用者の減った馬車の定期便の廃止が相次いでおり、もちろんフィナナからガールへの便も例外ではない。


 もう嫌な予感しかなかったが、念のためフィナナ市内の数少ない借り馬車業者をあたってみたところ、空きはいっさいないとのことだった。

 ジェッケの悪夢をよりひどくして再演された感じだった。こちらも大きな祭りの後で帰路についた観光客たちがすべて借り出してしまっていたのだ。


 三人は途方にくれた。もう徒歩でガールを目指すしかないからだ。

 アルヌやジャルギーヤといった運搬能力のある遣獣は、すでにロディルの試験によって力を使い果たしてしまっていた。


「……どーする?」

「どうって……歩いていくしかねえだろ……」

「……ですわね……」


 街道の入り口に立っても、当然その先の街など見えはしない。昨日買い込んだ荷物を余計にずしりと重く感じながらララキたちは歩き出した。


 列車が数日運休、しかも復旧の見通しが立っていないとあって、街道は込み合っていた。恐らく普段は列車で運ばれているのだろう、大量の資材を積んだ荷馬車が幾つも走っている。


 その荷台を見て、お金出すからそこの隅っこに乗せてもらえないかなあ、と思わずララキは呟いた。

 俺も同じこと考えてたけど、まあ無理だろうな、とミルンが言った。

 スニエリタはそんなこと考えつきもしなかったという顔でふたりを見ていた。


 街道の途中に休憩所のようなものがあると聞いていたが、三人とものろのろとしか進めないので当然そこに辿り着けずに腹の虫が悲鳴を上げる。仕方なく、石畳で舗装された道から外れてそのへんの草むらで昼食を取った。


 意外なことに、そんな状況での昼食をいちばん喜んだのはスニエリタだった。さすがに育ちがよろしすぎて、地面にしゃがんで食事をするという行為が人生初の体験だったらしく、新鮮ですわと軽くはしゃいでいた。

 それを見ていたララキとミルンは、なんていうか美少女の屈託のない笑顔ってずるいよな、と思った。


 しかしこれがある意味よくなかった。一旦座って休んでしまうとなかなか立ち上がる気になれない。ただでさえ疲れているのに、食事でお腹がくちくなったせいで眠気まで襲ってくる。


 うとうとし出したララキとスニエリタを、ミルンが肩を掴んで揺さぶる。


「おいコラおまえら、寝ようとすんな」

「うえー……むり、ねむい」

「ルーディーンの領域内ったって他の神に襲われないとも限らねえんだぞ。それに、こんな人通りの多い場所で寝こけたらもう荷物を盗んでくれって言ってるようなもんだ」

「そうですわね、ララキさん、お立ちになって……」

「……言いながら寝てるぞスニエリタ」


 俺だって眠いのに、とぶつくさ言いながら、ミルンはなんとかふたりの腕を引っ張り上げる。

 といっても少年ひとりで少女ふたりを起こすのは少々無理があり、ひとりを起こすともうひとりが落ちてしまう。

 こんなときミーを呼べたら、いやアルヌを呼べたら便利なのに。どっちかアルヌの背中に括りつけてやりたい。


 そんなことを何度もやっているうちにララキは多少眠気が薄れたようで、うにゃうにゃ言いながらもどうにか自力で起き上がった。


 あとはスニエリタか。やっぱりお嬢さまは平民たちより体力がないのかもしれない。

 とりあえず肩を掴んで上体を起こさせる。それでもスニエリタは完全に眼を閉じた状態で、すでに半ば寝かかっていた。淡紅色のくちびるからすうすうと静かな息が零れている。


 こうしているとただのきれいな服を着たお嬢さんで、数日前戦ったあのスニエリタには見えなかった。


「……ミルン、スニエリタに見とれてないで早く起こしなよ」


 ララキの寝惚けて低い声にはっとなり、掴んだままだったスニエリタの肩を揺さぶった。


「あら……すみません、少し眠ってしまいましたわ」

「気をつけなよスニエリタ。いまミルン、オオカミの顔してたよ……ふあぁ」

「してねえよバカ!」

「あ、怒った」


 そんなやりとりがあって、また三人はのろのろと歩き出す。


 少しくらい休んだところでペースはほとんど上がらなかったが、それでもなんとか日が暮れる前にはひとつの町に辿り着けた。

 もちろんガールにはほど遠く、着いたのはその道中にいくつもある、いわゆる宿場町というやつだ。


 町の名前はキリエンというらしい。


 ともかくまず宿を探し、部屋を確保した三人は、入室するなり寝台に倒れこむようにして寝た。もう限界だった。

 泥のように数時間延々眠りこけ、途中でようやく眼を醒ましたときはもう外は真っ暗になっていた。


 窓を覗いても街灯の下を人っ子ひとり歩いていない。もはや犬さえ吠えないほどの深夜だった。


 夕飯を食べ損ねている。空腹を感じたのもあって眼を醒ましたのだが、もちろん食堂など開いているはずもない時刻だ。

 ララキが愕然としていると、隣で寝ていたスニエリタも起きた。

 今夜は二部屋とって男子と女子にわかれたのだ。相室のほうが宿代も安上がりになる。


「中途半端な時間に寝てしまいましたわね。今、何時なのでしょうか」

「わかんない。ね、スニエリタ、お腹空いてない?」

「ええ、少し……」


 だよねえあたしも、と言おうとしたら、それより先にお腹がきゅるきゅる鳴った。


 スニエリタがくすりと笑う。ララキも苦笑いするしかない。


 こういうときこそ携帯草粥の出番だろう。いや本来は宿さえない野宿のとき用なのだが背に腹は変えられない。ここで何もせずに無理やり寝直して明日の朝ごはんまで何もなし、は辛すぎる。


 前回の反省を活かして川の水を使うのはやめ、というか今から外へ出て川を探して水を汲んでくるほうがはるかに手間なので、水系の紋唱で粥をふやかす。

 さらにスニエリタにも手伝ってもらい、風の紋唱で干し肉を刻んで入れ、さらに炎の紋唱で温める。仕上げに乾燥チーズを少々まぶしてできあがり。


 少なくとも外見は前回の百倍美味しそうな草粥になった。これならミルンも納得するだろう、というわけでミルンのようすを見にいったところ、彼も同じく眼を醒ましていた。


「あ? 飯?」

「うん、お腹空いてない? 草粥作ったから食べよ」

「ええ……草粥ってあれだろ、クソ不味い……」

「だから干し肉も入れたってば」


 渋るミルンを引き摺って部屋に戻る。スニエリタは丁寧に三人分を器によそってくれていた。


「匂いと見た目はだいぶまともだな」

「そうでしょ。さ、いっただっきまーす」

「いただきます、……。……なかなか、その……珍しい味わいですわね……」

「……とりあえず前よりは食える」

「慣れるとけっこう美味しいと思うんだけどなあ」


 干し肉から溢れ出たうまみと芳醇な香りにより、草粥本来の味気なさと臭みがだいぶん軽減されていた。

 乾燥チーズもほどよい甘みを生んでいる。

 これでベースが草粥でなければ最高だった。味はかなり改善されたが、粥自体の食感のひどさはどうしようもない。


 それでも温かい食事で空腹を満たせるのはよいことだった。しかも粥がさらにお腹の中で膨れるのか、少量でも意外と腹持ちがいいのだ。これで朝までぐっすり眠れることだろう。


 食べ終えたあと、片付けながら明日の予定について軽く話し合った。


 地図によれば当面の目的地ガールまでは街道沿いに町が幾つか点在しており、そこを経由しながら二日かけてガールを目指すことになった。むろん遣獣たちが回復すればもう少し短縮できる。

 ガールに着いたら列車を利用してヴレンデールとの国境まで向かう。


 今のところ資金面に問題はないし、とくに道中見ておきたい施設もなさそうなので、当分は寄り道することもなさそうだ。


 確認事項が済んだところでミルンと別れ、もう一度就寝した。朝まであまり時間はなさそうだったが、明日もひたすら歩かなくてはならないので、体調を整えておかなくてはならない。

 幸い思ったよりすんなり寝付くことができた。


 そして、短い眠りのなかで、ララキは夢を見た。


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