第七章 代表決定戦が始まる
さらにスピードが上がる。
ゴールフラッグを立てたボートが見えてきた。そしてその左手にはアヒルの船団がぴょこぴょこ揺れている。
「マリさん、飛び立てそうです」
体の震えが止まらない。
ゴールはもうすぐだ。船は真っ直ぐに波の上を滑ってゆく。
「あれ?」
何かへんな感じがする。なんだ、なにか良くないものがやってくる。
「マリさん、波がおかしい!気をつけてください、三角波になる!」
「何い?」
「!」
突然目の前の海面に穴が空いた。底が見えない。真っ黒だ。
パワーのある波と波が斜めにぶつかりあってエアポケットのような深い波の 谷間を作り出したのだ。470はそこに向かって落ちてゆく。
ブローが背後からセールを蹴り込んだ。
「同じだ」
マリの動きが止まる。
彼女の目だけ大きく見開かれている。
「マリさん、ティラーを、メインを引くんだ!」
マリの目に光が戻った。呪いが吹き飛ぶ。
「させるかぁ」
私は無意識に吠えていた。
船が奈落に向かって船首を下げる一瞬前にトラピーズハンドルを掴む。船体
を思いっきり蹴り上げた。そのままマリがいる船尾めがけてジャンプする。
トラピーズワイヤはマストトップに結びついている。これを自分の体重で後ろに引っ張るのだ。
バウ(ヨットの船首のこと)を無理やり持ち上げる。そのままマリのうしろに着地した。
「どすん」
その衝撃でさらに船尾を蹴り下げる。
「このまま突っ込むぞ」
マリは冷静だ。そのままティラーを引きこむ。そして、船首を黒い壁に真っ直ぐ向けたのだ。
方向が定まったことをめにするとメインシートを一気にひきこんだ。セールをうちわのように煽る。船が一気に加速する。
470はそのまま船首を上げながらジャンプした。波の間にできた真っ黒な穴を飛び越える。
反対側の波の壁に激突した。
「ズシーン」
凄まじい音がした。
バースから見ていたオーナーの目には海面が爆発したように見えた。
アンの父親は娘の船が波の壁に突き刺さった姿を目撃した。
「いけぇー」
私は叫んでいた。
470は波の谷間を飛び越え、反対の壁をその尖った切っ先で突き破った。
凄まじい飛沫が上がる。大量の海水が私達を襲う。
波の壁をぶちぬける。次の瞬間、平らな海面に躍り出た。そこは強い光に満ち溢れていた。
ゴールがすぐそこに見える。
「行きましょう」
トラピーズハンドルを握り直し、崩れかけた船のバランスを取る。
マリは鉄の意思でティラーを握りしめる。
ブローの先端に乗って、そのまま私達の470は再び一直線にゴールを目指す。
白い飛沫の尾を上げて、ゴールに向かって突き進む。その姿は彗星のようだ。
そして、その姿を見てアヒルの群れたちはひれ伏す。
私達の船は誰よりも速くゴールラインを切った。
優勝だ。
「マリさん、やりました」
片手でガッツポーズを作る。マリが手を伸ばしてくる。がっちりその手を握った。
「ありがとう、アン」
「マリさん、わたしこそ、ありがとうございます」
「いいや、アン、お前がいなければあたしは最後に同じ間違いをするところだ
ったよ」
「私達はチームです。マリさん」
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