第9話 こはる日和

やがて二00十年の九月はる子はようやく薫子のビルに同居するようになる。もともとこのビルは階段しかないので、同居は無理と思っていたが、階段昇降機を3階までつけ何とか同居に踏み切った。居室ははる子のために整えられていたので、ようやく落ち着いた平穏な日々が訪れた。波乱万丈な一生のうちで、初めて訪れた平和な日々の様に見えた。使い方を教えもしないうちに、はる子は階段昇降機を使いこなし、嬉しそうに一階まで新聞を取りに行ったりするようになった。その後、半年足らずで重度の脳梗塞を患い、医師には寝たきりになると宣告されたが、持ち前の負けず嫌いで懸命にリハビリに励み車いすで生活ができるようになり、今も新聞を読み、テレビで野球やサッカーなどを観戦している。

平成二十七年一月一日、はる子は九一歳の誕生日を迎え、親戚らとともに祝った。七十歳でこの世を去った浅夫亡き後二十五年もの年月が過ぎていた。今は真面目に仕事をするようになった喜和も祝いの席に加わり、はる子もことのほか嬉しそうで、話も弾んだ。

その日、薫子が

「お母さんの一代記をやるとしたら、どんな女優さんにはる子の役をやってもらいたい?」

と訊いてみた。即座に

「岩下志麻」

という答えが返ってきた。極道の妻の役をやったからだそうだ。

「ほかには?」

「米倉涼子」

大正、昭和、平成をたくましく生き抜いたはる子は、やはり強い女性を好むようだ。窓の外には穏やかな春の日差しが差していた。

                          平成二十七年二月 記







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