家族

 工房に入ると、その散らかり様に近藤は驚いて固まっていた。近藤は几帳面そうだから、あまりこういう惨状に慣れてないんだろうな。まぁ、今日は特に散らかってるんだけど。


「そこら辺に椅子あるはずだから、適当に座って」

「あ、あぁ」


 俺は椅子があるであろう場所を指差し、近藤に座るよう勧めた。無かったら無かったで仕方ない。

 近藤は指差された辺りを軽く片付け、椅子を取り出して座った。


「それでこんな時間まで、俺のことを待ってた用事ってなんだ?」


 日が暮れてもわざわざ俺の帰りを待っていたのは、それなりの理由がある気がしていた。近藤は少し躊躇う様な素振りをしたが、少しずつ話を始めた。


「あのさ、天内はさ……、この状況に納得出来てるのか?家に帰りたいって思わないのか?俺は……、俺はさ。家に帰りたい。異世界召喚って聞いた時も、どうして俺たちなんだ!って思った。今も、思ってる」


 近藤の話は城に残った奴らの代弁の様だった。きっと誰もが思っている当然の感想。もちろん俺も思っていたことだった。


「どうして西条や委員長たちは、城を出て旅に出れたんだ?俺は部屋から出るのも怖かったのに。天内、お前も……。おまえも、どうしてあんなに楽しそうに笑えてるんだ?」


 近藤の質問は至極真っ当なものだ。この世界に来てから不安で仕方がないのだろう。

 近藤の言う通り、西条や委員長は確かにどこかおかしいだろうな。それが異世界に来てしまった反動からなのか、それとも元々のものなのかはわからないが。


「近藤、俺も不安がないわけじゃ無いぞ。でもな、この状況を楽しまない方が損じゃないか?って思うんだよね」


 俺の返答に近藤は「やっぱり、俺と天内達は違うんだな」と、虚しそうに呟いていた。

 確かに俺や西条達と、近藤は違う。まぁ、どちらかと言えば近藤が正常で、俺や西条達が異常なんだろけど。でも、近藤がここに来たってことは俺たち程とは言わないけど、この世界に少しでも馴染みたいからなんだろう。


「近藤はさ、これからどうしたいんだ?」

「俺は……、この世界でちゃんと生きていきたい。そのために少しでも前に進みたい」


 「でも」と近藤は続けて、元の世界にいる家族の心配を口にした。きっと家族は心配しているのに、自分はこの世界に馴染んでいっていいのか?それは家族を裏切ることになるんじゃないのか。近藤は溜め込んでいた不安を吐き出すように話を続けた。


「元の世界で家族が待ってくれてるのに、俺は……。俺は前に進んでいいのかな?母さんも父さんも妹も、きっと俺のこと探してくれてるのに。どうしたら、どうしたらいいんだ?」

「どうしたらって、何かするしかないだろ。元の世界に戻るにしても、何か行動しなくちゃ何も起きないぞ」


 話を聞く感じ、よっぽど仲の良い家族だったんだろうな。自分のことより家族のことを心配してるし。

 だけど、そのせいで何も出来なかったら本末転倒だろう。元の世界に戻りたいなら、その方法は自分から探しにいかなきゃ見つかるわけがない。


「そうかもしれないな。俺、元の世界に戻る方法を探すよ」

「そうか、頑張れ。もう大丈夫そうか?」

「あぁ、話聞いてくれてありがとう。天内、いや恵!」


 何故、名前呼びに?まぁ、別にいいけど。

 近藤の話も終わったし、俺が帰ろうとすると「なぁ、恵はどうなんだ?」と呼び止められた。


「どうなんだって何が?」

「家族のことだよ。心配じゃないのか?お前、割と最初の方からこの世界に馴染んでただろ。だから、どうなのかなって」

「どうって、言ったってな。特に変哲は無いぞ。父と母と兄がいるんだけど、兄が結構優秀でさ。父と母は兄第一って感じなんだよね」


 家族のことを考えるが、特にこれと言った印象が出てこない。近藤の家みたいに仲の良い家族って稀だと思うんだよな。俺の家族はお互いに無干渉って感じだった。まぁ、兄は父と母にちゃんと関わって欲しかったみたいだけど。


「だからかな。大して家族は心配じゃないかな。あっちもそんなに気にしてないと思うし」

「そんなことない!……と思う。子供が心配じゃない親なんていない」

「そうか、そうかもしれないな」


 近藤の反応には驚いたが、近藤の言う通りかもしれない。確かに仲良しって感じではなかったけれど、嫌いじゃなかった。元の世界に戻れたら、色々話してみたいとも思う。


「ありがとな。俺もちょっとすっきりしたよ」

「こっちこそありがとな。明日から頑張ってみるわ!」


 近藤はすっきりした顔をしていた。悩みを誰かに話すことで、自分の中でも色々整理できたんだろう。

 時間も遅くなったので、俺たちは自分の部屋へと戻っていった。お互いにどこか晴れ晴れした気分だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る