第17話

 「――どりゃ!」


 「くッッ」

 

 ドラコの一閃が敵の腹を切りつけ、浅く傷をつける。

 

 「そこッ!」

 

 次に反対側から距離を詰めていた私のジャブが敵の腹部に命中し骨が軋む音を響かせる。

 

 「……ゴフッ」

 

 敵は痛みに耐えつつ私の追撃を避けその射程から退避する。


 今の所戦闘はこんな感じで一方的な展開が続いている。

 マフユの連弾魔法を気を配るのが精一杯の敵に対し私とドラコが接近戦を仕掛けヒット&ウェイで一撃一撃攻撃を積み重ねていく。


 転生者サクラリュウジ。


 確かにその防御力と耐久力は目を見張るものがあるが一方で攻撃力と機動力は少し腕の立つ冒険者程度のものでこの3人なら負ける事はまずないと感じる。

 

 もちろん敵にもそれが分かっているらしく、彼は敢えてこちらに対し積極的な攻撃は仕掛けずこちらのスタミナを削るようなカウンター気味で防御中心の嫌らしい立ち回りで攻めてきている為油断は出来ない。


 そんな膠着した戦いに痺れを切らしたマフユが次の一手を打つ指示を出す。


 「――みんな聞いて! 小粒はやめて次は大きくいくわよ!!」


 「ええ!」「おうよ!」


 マフユの詠唱の掛け声と共に私とドラコは敵の背後に回り込み三方向からの挟撃を試みる。


 「……チッ!! こいつらッ!!」


 「――壮麗なる地の獄の焔よ、我が身に宿りて敵を焼き尽くさん……カイザーデッドフレアッ!!!」


 詠唱を終えたマフユは天高く人差し指を突き上げたその先端には先程までの魔法と圧倒的にスケールが違うどす黒い巨大火球を宿していた。


 「こいつはちと痛いわよ」


 マフユは指を敵に向かい振り下ろすと火球は避ける暇すら与えない程の猛スピードで敵を目指し直進する。


 「クソがっその程度の攻撃なら防ぎきってやる!」


 右手にはドラコ、左手には私そして前には火球が――サクラリュウジは避ける事を諦め、腕を交差させ防御の構えを取った。


 ドゴーーーン!!!


 魔法が敵に直撃した瞬間、凄まじい爆発音と衝撃波が周囲に広がり豪華絢爛な王の間は一瞬で天井ごと崩壊し周囲は瓦礫の山と化した。

 

 爆発直後の土煙が舞う中でマフユの声が響く。


 「ルイ! ドラコ急いで追撃よ! まだ奴は生きている」


 「なに?」


 ――転生者サクラリュウジは全身ボロボロで苦悶の表情を浮かべながらもその場に立っていた。


 「はあッ!!!」


 ドラコより一瞬反応が早かった私が先に動く。


 まずは足払い、そこから宙に浮いたフリーの相手の腹部に渾身のブローを叩きこむ。


 「ゴホッ……」


 すかさず吹き飛んだ相手を全速力で追いかけ全力のダブルスレッジハンマーで地面に叩きつけフィニッシュを決める。


 「やったか!?」


 ドラコの余計な一言が聞こえてきた。

 今度あのセリフを口ずさんだら飯奢らせよう、絶対に。


 満身創痍のサクラリュウジは最後の力を振り絞って飛び起き、再び私達と距離を取る。


 「クソクソクソクソクソが……何故だっ!何故ナゼなぜッ!何故ナゼッ!!回復が間に合わねぇ!!」


 ……確かに不思議だ。

 

 さっきまでより明らかに傷の治りが遅くなっている。

 最強の防御力と最強の回復力を持つ筈の転生者サクラリュウジは何故か私達の攻撃に対しダメージを負い苦戦を強いられている。


 その答えは一体何を考えているのか戦闘に一切参加せず後方で控えていたメイガスの口から語られた。


 「やはり転生者ってのは能力を過信し過ぎてお頭が弱いようですね~」


 「なんだとッ野郎!!」


 サクラリュウジの口調に先程までの他者を見下すような余裕は一切無く、本心であろう怒りの感情むき出しでメイガスに吠えかかる。


 「おぅこわいこわい、しかし貴方は不運ですね~、まさかまさかまさか~貴方の能力と相性最悪の『デバフの女王イザナミ』と戦う事になるなんてね~」


 メイガスはこれまで見せた事の無い醜悪で意地悪な笑みで敵に微笑む。


 「……なん……だと!?」


 「だから言ったでしょ? こいつは大して強くないって」


 メイガスの隣からヒョコっと顔を出したイザナミさんの腕は傷一つ無くなっておりピンピンとしていた。


 「テメェまさか最初の一撃で!」


 完全に状況を察したサクラリュウジは吐血しながら鋭い目つきでイザナミさんを睨む。


 「あら残念ながら私の一撃が無くても貴方は負けていたわよ、マフユちゃんの魔法――カイザーデッドフレアの焔は敵を灰にするまで消える事はないわ……硬い敵には状態異常が効くもの、流石マフユちゃんは頭が回るわね」


 「ふん、貴方に褒められても嬉しくないわ」


 マフユは自身の考えがイザナミさんに読まれた事に腹を立てたのか少しツンとした態度で返した。


 「あぁそうかよ、ケッ、通りでさっきから傷の治りよりも先に痛みが増えちまう訳だ……慢心だな」


 肉体の再生と延焼を延々と繰り返し続ける己の肉体を引きつった表情で見つめるサクラリュウジは恨めしそうにそう呟いた。


 「――勝負あったな、貴様の悪行は決して許せるものではないが力を抜け……せめてもの情けだ苦しまぬよう一瞬で消し去ってやろう」


 マフユの問いに対し両手を上げ降参の意を示すサクラリュウジ。


 「オレの負けだ、未練もねぇ、正直こんな世界に来てもいい事なんて一つもなかった――最後に言わせてくれ、最初は魔物を殺す事がこの世界での正義だと人類の為だとそう信じて疑わなかった、だがいつの日か気が付いたんだお前らにも『心』があると……それが分かった時には遅かった……俺の心は来る日も来る日も敵を殺すだけの修羅へと変貌していたんだ――」


 「――そうか」


 マフユの言葉には慈悲も哀れみも一切ない無感情で機械的な一言を発した直後、無防備な彼に対し火球を放つ。

 

 転生者サクラリュウジは声一つ上げる事もなく火球の光の先に消えさり、この世界からもその存在を永遠に消す事となった。


 「サクラリュウジ、貴方の行いは決して許されるものではないけど果たしてそれが純粋な悪そのものだったのか――正直それは今の私には分からない」

 

 実際私達も魔族の為に世界の為に己の思う正義の為に人の命を奪った張本人だ。

 ひょっとすると彼もまたこの残酷な世界に翻弄された哀れな被害者の一人だったかもしれないと思うと私は少しだけ複雑な思いを感じたのであった。


 「終わった……のか」

 

 その場にドサッと腰を下ろしため息交じりに呟くドラコを見た私も肩の重荷が下りその場にドッと倒れこんだ。


 「ええ、やっと――」


 


 

 


 ――――――否、否、否ッ!!!! まだ終わっていないッ!



 「――えっ」


 その場に寝転んで崩壊した王の間を鈍く照らす月を眺めた私は宙に浮かび月光の中に潜んでいた2対の翼を持つ異形の存在に気が付いた。

 

 「……識別番号3987975『玄武』作戦失敗を確認……これより回収に移ります」


 声の主は上空からサクラリュウジが消え去った場所に物音一つ立てず一瞬で現れた。


 目の前に現れた女性はまるで造形物の様に完璧に整った顔立ちに金色に輝く瞳、清らかな流水を思わせる青く透き通った長髪。

 その身には傷はおろか綻び一つないまるで美術品のような鎧と槍を身に纏う。

 そして特に目を引き付けたのは一切の穢れを感じさせない純白に輝く2対の翼。



 「やはり来やがりましたね~!! ナミちゃん!!」


 「みんな離れて!!! 毒霧いくわ!!!」


 メイガスに促されたイザナミさんは口から黒煙を突然現れた謎の女性に対し勢いよく噴射する。

 私達は言われるがままに急いで距離を取りイザナミさんの方へと駆け寄った。

 

 「イザナミさん! あの人は一体何なんですか!?」


 「――話は後ッ!! 急いでこの場から離れて! メイガスちゃんのデカいのが来るわよ!」


 珍しく余裕がないイザナミさんの言葉にただ事ではない事を察した私達は急いでこの場を離れる。


 「――少しは効いてくださいよ~夜よりも濃く全てを包みこむ漆黒、永劫の滅却、闇夜の刻印、理は天に向かわず闇へと開かれん――黒撃魔法エンドデスフレアッ!!!!!」

 

 私達がその場を離れメイガスの詠唱が遥か遠くで聞こえている最中、突如月明かりが急に消え辺りが闇に包まれる。


 「今度は一体何が起こっているの!」


 「いやいやいやいやいやそんな事よりアレ! 上見てみろって上! 早く逃げようぜ!!」


 ドラコは慌てまくって私に声をかける。

 何事かと思い空を見上げた瞬間――私は衝撃のあまり声を上げる事すら出来なくなった。


 月明かりを隠したものの正体。

 それは恐らくメイガスが作り出したであろう漆黒の巨大隕石がこちらに向かって落下してきているせいであった。

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弱小国の魔王の娘として生まれ変わってしまったので頑張って世界征服をやってみたいと思います yyk @yyk__

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