第10話

 「ほら、おいでなすった」


 貴婦人スライムにメイガスが「ささっどうぞ」と手招きすると彼女は一礼し私達のテーブルの空いていた椅子に腰かけ、挨拶を始めた。


 「メイガスちゃんお久しぶりね、他のお方はお初にお目にかかりますわ、ワタクシはナギサ・シュローム……グーラの国、通称スライム国の女王をやっている者ですわ」


 ナギサさんは軽く自己紹介した後、私達に礼儀正しくお辞儀をした。


 「この人が女王? マジ?」


 一国の女王様が私達に声をかけてくる事実が信じられず私は思わずメイガスに聞き返す。

 (よく考えたら母も女王だけども……)


 「マジに御座います」


 「へ、へぇ~」


 私にはこの人が本当に女王様かどうかは分からないがメイガスの知り合いである事は事実だし、悪い人では無さそうな雰囲気を感じる。


 「……ウッソだろおい」


 一方、私よりこの事実に驚いていたのはドラコで、彼女は開いた口が塞がらず信じられないという表情でナギサさんをまじまじ見つめている。


 「あらら~嘘じゃないと一番分かってるのはドラコじゃないんですか~? その物事の本質を見抜く龍眼、便利ですよね~私達に近付いたのも高位の魔族であると瞬時に分かっていた事も一因では?」


 メイガスの煽りとも取れる問いかけが図星だったのかドラコは「うっ」っと短く発した後に黙り込んでしまう。

 ナギサさんはそんな私達やりとりを静かに見つめていた。


 「ユカリさんの娘にヒトを棄てた魔女と龍、見れば見るほど面白い組み合わせね――」


 ユカリそれは母の名前。

 あの人はどうやら母とも知り合いっぽいな、ドラコの反応といいどうやら本当に魔王の一角っぽい。


 「あの~つかぬことをお聞きしますがナギサさん……でしたっけ? どうして私達の会いに来たの? まさか本当にメイガスの言った通りの事に巻き込まれちゃったりして……?」 


 「ええ、そのまさかよ」


 私に対してきっぱりとそう告げるナギサさん。

 おいおいまじか……。


 「メイガスちゃんのお話通り、貴方達には私の国を取り戻すきっかけになる手助けを頼みたいわ……それに元々このお話は貴方のお母様が言い出したものよ、それだったら断れないんじゃないかしら?」 

 

 「ええ! 私のお母さんが!」


 ……おい、おかん。


 「その通りよ、フランメ・リ・フィーズ=ルイさん」

  

 ナギサさんは敢えて私をからかう様にこの世界での名(?)を口にする


 「私はそんな長ったらしい名前名乗ったことは無いです!!!!!」


 「でしょうね」


 私の肩に手がポンと置かれメイガスは諦めろとばかりに首を振る。


 おかん……何て事を娘に押し付けてんだあああああああああああああ!!!!。

 私は頭を抱えてうなだれる。


 ……次会ったら絶対文句言ってやる。


「……おい、ちょっと待て! どうしてルイの母親がグーラ国奪還を立案しているんだ? すまんが話が全く見えてこない」


 こちらの事情を全く知らないドラコがこの質問してくるのは当然の事であろう。

 私が魔王の娘である事(信じたくないが)を一通り説明する。




 「――なるほど確かに高位の魔族である事は分かっていたがまさか魔王の娘とはな……しかし事情も知らない娘をこんな事に巻き込むなんて酷いもんだ……しかも誘導者を付けた確信犯とは、な?」


 「本当にね」


 事情を理解したドラコはメイガスとナギサさんを恨めしそうな眼で二人を睨む。


 「やめてくれますかそんな目は! それに我々は今から人助けしようとしているんですから!! いや、人じゃない魔族だけど……まぁとにかく善行ですよ善行!」


 「ふん、それは命を賭けるに値すると?」


 もっともな意見をぶつけるドラコの発言を受け、メイガスは助けを求めるようにナギサさんに目配せする。


 「……ええそうよ、既にシア公国はハーヴェスト占領だけに飽き足らず、目下グーラの完全制圧に向け軍備増強中よ……もしグーラが落とされれば次の狙いは――その近辺にあり資源の質と量ともに高水準で揃っている【龍の霊峰】これは貴方にとっては避けたい未来ではないかしら?」


 淡々と話すナギサさんの言葉を聞いたドラコの表情が一変する、龍の霊峰って事はつまり――。


 「私の故郷が戦場になるかもしれないと……あり得ない話でもない、アンタの言う通りあそこは資源も豊富にある、正直私自身もそう遠くない未来に戦に巻き込まれる可能性はあると思っていた」


 「そうですね~だがしかし龍の霊峰程の強国は少なくとも百年は現在の国境を維持すると予想を立てておりました、しかしシア公国はそこまで待ってはくれない様ですよ」

 

 百年。

 それが長いとみるか短いとみるか人間と魔族ではまた違うものだろう。

 

 しかしこのままこの事態を放っておくといずれはドラコの故郷が戦火に包まれる。

 これは皆の共通意見である事は間違いないようだ。 

 

 「おまけに件の異世界人は随分と戦闘狂でオレツエーして武勲を上げる事に憑りつかれている有様、そんでもってシア公国の国王にグーラ制圧戦争の許可を求めているのが密偵を通じて分かっています、まぁ密偵って私なんですけどね~~」


 サラッとすごい事を口走ったメイガスを無視して私はナギサさんに自分の意思を伝えようとする。


 「ナギサさん――私」


 「母とお会いしているのであれば私の事情は知っていると思います……私は正直この世界の事はよく分かりません、でもっ!――」


 ハッキリとした口調で自分の言葉でナギサさんに今の気持ちをぶつける。


 「――人と魔族の大戦争は避けたい、母もその気持ちは一緒のはずです……だからその為に私に出来る事があるのでしたら協力したいと思っています……それと、異世界から来た人間が悪人であるならば――その覚悟も出来ています」

 

 完全に迷いもないと言えば嘘になる。

 しかし自然と口に出てしまったその言葉にナギサさんは静かに微笑み、メイガスはうんうんと首を縦に振る。

 ドラコも「はぁ~」とため息をついたりしているがその表情は思ったより明るい。


 「本当に貴方はユカリさんと似ていますわね……いいでしょう貴方達はここからまっすぐ東に進みリュウジに向かってください、リュウジには迎えの者を待たせておりますのでそこで詳しい話をお聞きになって……それではくれぐれもお気をつけて」


 ナギサさんはそう言うと椅子から立ち上がり、地面に溶けるようにして吸い込まれていき完全に姿を消した。


 「ったく随分と面倒な事に巻き込まれちゃったじゃねぇか」


 「ええそうね……まんまとしてやられたわ随分と頭の回るメイドさんに」


 口笛を吹いて誤魔化そうとしているメイガスに私は少しだけ力を込めたチョップを食らわす。


 「いてっ!! まぁこうなっちゃったものは仕方ない~~それじゃあパパッと向かいますか敵陣に!」

 

 「あんたが(お前が)言うな!!!!!!!」

 

 二人仲良くメイガスに突っ込んだ所で――。


 さぁ行きますか、めんどくさそうな目的地に。

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