第9話
「――それで、その三つの弱点とやらとあの都市に喧嘩を売る転生者への腹いせ以外での明確な私達のメリットと目的……それを教えてもらおうか」
ゆっくりと腕を組んだドラコはメイガスを試すような口調でさっきの言葉に反応を返した。
「結論を急ぎすぎですね、せっかちは嫌われますよ…………それより先にお腹空いてませんか? 私は空きましたね、よし、そうだ!あそこの店で朝食を取りながら話しましょうよ」
ズコッ!。
真剣な雰囲気から一転しすぎた発言にドラコと私がどこぞのコントさながらにその場にズッコケた。
「ムシャムシャ、それでですねムシャ……あの地をを解放する……ムシャムシャ……メリットは」
「……メイガス、行儀悪いから食べるか、話すかどちらかにして」
「そうだぞムシャ……行儀がムシャムシャ悪いなメイガスはムシャムシャ」
「あんたもだよ!!!!!!」
私はパンを頬張りながら話すメイガスとドラコを注意する。
さっきの注意が効いたのかメイガスが次に口を開いたのは食事が一段落ついた後であった。
「さて、そろそろいいですかね? まずはこれを」
テーブルに地図を広げたメイガスは英雄都市のある場所を指差した。
「――――周囲を見てください……ほら英雄都市リュウジの周りは人魔の国の境界地点、当然近隣国は争いやもめ事に出来るだけ関わりたくない中立地域もしくは魔族の治める国のみです」
魔族の勢力圏と斜線の引かれた中立地域に槍の様に細長く食い込んだ不自然な人間の勢力圏、どうやらその先端に英雄都市リュウジがあるようだ。
「随分と歪な国境ね」
「戦略を考えずに無理に奪い取った占領地ですからね」
メイガスが短く答えた。
「付け加えるとここは元々はスライムの国の首都ハーヴェストで今は魔族に人類の発展と力を見せつけるプロパガンダとショーウィンドウの場となってる薄っぺらくてまるで血の通ってない見せかけの都市――つまりは立地条件、それが一つ目の弱点か?」
メイガスはドラコの問いに頷いた後、話を続ける。
「そうです、あのようなまやかしの一都市が仮に戦場になったとして、周辺には争い事に顔を出したくない中立地と魔族の支配圏が多いあの場所ですぐに助けを差し伸べる国は皆無でしょうし、英雄都市リュウジを築いた本国のシア公国からの増援も立地上かなりの時間を要する事でしょう」
援軍が中々来れない立地に更には周囲には敵対している魔族の国が多いという事は、つまり……二つ目の弱点はあまり頭がいい方でない私ですら気が付くものだ。
「万が一事態が動いた場合、敵の本国からの増援よりも先に好機を見出した周囲の魔族の国が、あるいは領土を占領された民達が武力蜂起する可能性が高いという事? 不確定要素が多い仮定だけども……立地と環境少なくともこの二つは私達にとって優位に働くわね」
「ルイ様よく分かってらっしゃる! 当然スライム国はこの事実には気が付いており、なんらかの交渉材料を持って周辺国と裏で首都奪還計画を立てているのはほぼ確実かと、かの地で騒ぎが起きれば何かしらの行動は起こす事は固いでしょう」
メイガスの話に静かに聞き入っていたドラコは未だ納得のいかない表情を浮かべたままだ。
「ふん、メイガスの話はどれもこれも想像と理想や仮定ばかりで確定した事項は無い――それじゃあ弱点とは言えないぜ、それに一番の問題が抜けているだろ」
「……一番の問題?」
その問題はドラコがメイガスの話に乗り気でない一番の理由であった。
「十万の軍勢すらも跳ね除けるとまで云われる転生者があの地を治めている事には触れていない……それが特大の火薬庫である筈のあの都市で騒ぎが一切起きない最大の理由だろうが」
なるほど、四方八方に味方がいない歪な立地の人間の都市が君臨できている理由はそれか。
目指す場所に転生者がいる。
その話を聞いた私の心は都市の解放という名誉以上に危険回避の方へと少し揺らいだ。
恐らくこの世界でかなり恐れられていた赤猿ベルガをいとも簡単に倒した今の私であればただの人間の兵士を相手にする事は容易いだろう。
正直そういう慢心の様なもの含みながらメイガスの話を今まで聞いていた部分もある。
しかし相手が【私と同じ】転生者となると話は随分と変わってくる。
なにせ異世界デビューしたての私と戦闘経験が圧倒的に違うのだ。
勝てないと思う戦はしない、これはドラコに理がある話だと私は思う。
目的地を変えようと私が言葉を発しようとしたその時、メイガスが待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「ほうほう、それではドラコこうしましょう、もしもその無敵の転生者とも渡り合えるスライム国の女王が私達の味方になってくれるのであれば貴方の考えは変わりますか?」
コーヒーの入ったティーカップに砂糖を5かけらもドボドボと投入し、優雅にスプーンでかき混ぜるメイガスのその言葉に一瞬目を見開いて驚きを見せたドラコだったが動揺を悟られぬよう、すぐに表情を戻した。
「確かに魔王クラスの実力者なら転生者にも引けを取らないのかもしれない、しかしな! いち冒険者風情の戯言が魔王に相手されるとは考え難いな、それこそ夢のまた夢の話だぜ」
「――ええその通りよ龍のお嬢さん……貴方達が【普通】の冒険者ならワタクシの興味を惹かないでしょうね」
――後ろの席にポツリと座っていた女性がドラコに音も気配も無く近づきそう囁いた。
「えっ!?」
気品溢れ高貴な顔立ちのその女性は恐らく……スライム。
体は透き通った銀白色で出来ており、その肉体とは別に構成された優雅なドレスのような物質は黒と紫をベースにした複雑な配色で所々に散りばめられ煌く発光色から幻想的な銀河を思わせる。
荘厳にして優雅その見た目はスライムという雑魚モンスターの代名詞が感じさせるものではなかった――。
――同日同時刻ヤハテス国。
王城内の離れに整備された日本庭園。
そこに設置されたこじんまりとした茶室にてとある茶会が開かれていた。
「ユカリさん、どうやらワタクシの分身体が貴方の娘さんと接触したようね」
一人のスライムが魔王ユカリに声をかける。
ユカリは「そうか」と静かに言って茶を啜る。
「……クケケケケやっとか……我は退屈せねばそれでいい……ケケケケケ」
気品あるスライムの隣には不気味な笑い声に似合わぬ鮮やかな着物を着飾った美女が一人座っていた。
白く透き通った肌を持った長い黒髪に王冠の様なド派手なかんざしが刺さっているミステリアスな美人、そんな彼女が茶菓子に手を伸ばすと茶菓子はたちまち黒ずみ腐り落ちる。
わずかに手に残った残骸に躊躇なく食らいつくその姿は周囲とは一線を画す圧倒的な狂気を孕んでいる。
「相変わらずだな、化け物が……まったくアンタと敵同士だったらと思うとゾっとするぜ」
その姿をおぞましそうに見つめ毒づくのは漆黒のスーツを着飾ったまだ若い見た目の白髪の好青年。
その言葉に対し謎の女性は首を90度に折り曲げ青年を見てケケケケと嗤う。
「うわ! 気持ち悪ッ!! やめてくれない? そういうの」
青年は冗談とも本気とも取れない口調で女性に反応を返した。
「カカカカ若造は恐れを知らんよのう……ケケケケッ」
互いに冷静な雰囲気を醸し出してはいるが女性の周囲から漂う邪気はどんどん強まっていく。
一触即発の空気を読んだ気品あるスライムはパンッと手を叩き二人の会話を中断させた。
「今日は口喧嘩をしに来たんではありませんのよ……同盟国の皆さんと話し合うハーヴェスト奪還反攻計画の進捗会議の場なのですから――」
そう、メイガスは知っていた。
だからこそ私達を導こうとしているのだ。
スライム国首都奪還計画に母が絡んでいたのだから――。
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