第5話
「……実を言いますと我らの国、ヤハテス国は現在あまりよろしい状態とは言えません【十八年前の戦争】で敗戦こそ免れましたが、その後の魔王様御不在の中行われた不利な状況での戦後処理により国土の大半を失い……大変申し上げにくいのですが現在は亡国寸前の弱小国家となり果てております」
和やかな旅の初まりの空気を一変させるメイガスの言葉に私は黙る事しかできなかった。
十八年前、それはつまり私が【現実】で産まれた年。
単純に考えると魔王である母は戦局を察し、国よりも我が子の身を案じてこの世界を棄て別世界に逃げた。
そう思わざるを得ない話の流れだ。
私はうっかり聞いてはいけない事を聞いたのかもしれない。
知りたくなかったことを知ってしまったのか?
いや違う、早い内にその事実を知ることが出来てむしろ良かったのかもしれない。
「メイガスはそんな今の国に……いや今の魔王に不満は無いの?」
普通なら国から逃げ延びた魔王が突然帰ってきたとしても相手にされるはずがない。
下手したら極刑の対象だ。
私はそれが気になって質問してみたがメイガスの反応は意外なものであった。
「いえいえむしろ魔王様は先の戦争の功労者で不満など……あっ!いえ、これ以上は第一種国家機密に該当いたしますので……申し訳ないのですが私の立場で発言する事が出来ません、ご了承ください」
国を棄てた敗戦の将が功労者? いまいち意味が分からない話だがこの事についてメイガスにしつこく聞こうとしても彼女は口を堅く閉ざし、一切話してくれなかったので諦めざるを得なかった。
その話は機会があれば母から直接聞こうかな。
「……それにしても亡国寸前の弱小国ねぇ」
溜め息交じりに私はそう呟く。
そんな大問題、当然今の私が母の前に戻って行ったところでどうにかなる問題でもない事は分かっている。
「あーですが! しばらくの間は心配はいらないかとおもいますよ~魔王様不在の状態だとかな~り危なかったですが、魔王様のいる今、チョッカイを出してくるような命知らずの輩はまずいないと思いますよ~それに少し自虐的にはなりますが……周辺国からすると特質する資源も無い小国など中立地として放置しておいた方が何かと都合は良いですしね」
私の不安な気持ちを察してか、メイガスは慌ててフォローに入る。
確かにそれは納得のいく理由ではあるがいつ何が起こっても不思議ではない不安定な状態にある事に変わりはない……。
――メイガスはすっかり重くなったこの場の空気を変えようとしたのか敢えて明るい態度を取り話題を変更してきた。
「そっそれよりも、ルイ様はなんでこんな穏やかな平原が危険地帯なのかって気になりませんか? 気になりますよね~?」
「ん~確かにねーそれは気になったわ、ベルガの狩場?だっけか、物騒な名前の割には大人しそうな生物しか見かけないし、肉食獣が現れるっていう夜になるまでは本当に平和そのものって感じだし」
別にメイガスを疑っているわけじゃないが確かに危険地帯という割には平和過ぎていた。
危険なものに出会う、そんなイメージが一切湧かない。
どこかの牧場の様なのんびりとした時間の流れる平原。
――その一方でかすかな違和感の様なものは感じている。
この平原を歩き続けて数時間、一つだけ思ったことがある。
私達が歩いて行けば歩いて行くほど、道中で見かける生き物の数が少なくなっている気がするという事だ。
あれほど動物たちの声で騒がしかった筈の平原が今では物音一つしない程に静まり返っている……。
景色自体は殆んど変化が無いのが却ってこの状況を気味が悪く感じさせる要因の一つであった。
度々周囲を警戒してはいたが今に至っては何も気配を感じない。
そう、ついには何一つ気配を感じる事が出来なかったのだ……。
「雰囲気が変わった……?」
「気が付きました? ――さってと、そろそろベルガの狩場の仕組みをお教えしましょうか」
「仕組み?」
突然のメイガスの意味深な発言に私は少し身構える。
「この平原は先程地図で見た通り草食獣にとっては天国の肥沃な緑地がほぼ円形上に広がっていますがそれはさして重要ではありません、そしてここからが本題で草食獣がこのオアシスを利用するには一つだけルールがあります」
「勿体ぶるのね、それでそのルールとやらは?」
「まぁまぁ落ち着いてルールは簡単です、あるモノには絶対に近付かない事……単純でしょう?」
「……あるモノ」
私はゴクリと生唾を飲み込む。
視線の先にはぼんやりと見えている岩――。
メイガス曰く、平原を抜ける為の【目印の岩】があった。
その岩に焦点を合わせながらメイガスの次の言葉を待つ。
「そのルールを守り、あるモノから命からがら逃げてきた哀れな動物達を円の外周で待ち構えている肉食獣が喰らうというのがこの狩場の仕組みなんですよね」
「ルールを守ったのに喰われるって……それって随分変な話ね」
「確率の問題ですよ~ルールを守った方が生き残れる確率が上がるっていう事です」
「具体的には?」
「そうですね~ 0%が50%くらいにはなるかと」
私はその言葉に戦慄する。
先程から見つめている緑一面の平原にポツン置かれた奇妙な赤い岩。
確かに目印とするには最適だし旅人の誰かが色を塗っていたのかなと思っていた。
でもそれは私のとんだ思い違いであった。
違う、あれは岩なんかじゃない。
近くに来るまでは気が付かなかった、あの岩は……アレは動いている。
「メイガス……まさかとは思うけど一応聞いておくわ、あるモノってまさかあの【目印の岩】のこと? そんな事ないわよね~」
メイガスは私の問いにニヤリと笑みを浮かべ、とんでもない事を口走った。
「そうです!アレこそがこの狩場の主にして狩場の絶対王者! 危険度A級の魔物、憤怒の赤猿ベルガ! そしてルイ様が最初に討伐なさる記念すべき獲物です!!!」
岩だと思っていた……いや思いたかったソレは全身鋼鉄の鎧の様な筋肉に身を固め、憤怒の赤猿の名に相応しい燃える様な赤の体毛に覆われた大猿の寝ている姿であったのだ――。
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