第4話

 旅。


 それは風のまま、気の向くままに己の求める終着点へと歩みを進める事。


 そこに目的があろうが無かろうがそんな事は一切関係ない。

 結局の所、最終的なゴールは自分自身が決めるのだ。

 

 そして思う。

 私の旅の終着点はここがいいと。


 

 そう、ここがいいのだ――。




 

 「……歩くの飽きた」


 常に何かに刺激を求める都会派の私にとって、体感五~六時間もの間、一切景色の変わらぬ平原の中をひたすら歩き続けるという不毛な行為に対し、嫌気が差してきたのだ。

 

 「ついさっきまで私の冒険者としての小さな一歩はここから始まる! とか、かっこいい事言ってたじゃないですか~しっかりしてくださいよ~」


 旅のお供である魔法使いメイド(?)のメイガスは困り顔とも呆れ顔とも取れる表情で私に反応を返した。

 

 ごもっともであるが私含め、冒険というのものにある種の幻想を抱いていた者にとってはこういう退屈な時間が非常にきついものに感じられたのだ。

 物語に於ける冒険では地味な旅路は大体カットされるが、本来の冒険ってのはひたすら移動する事の方がメイン。

 寧ろ一年の大半を移動に使い、旅先の町でのちょっとした事件や派手なボス戦なんてのは時間にしてほんの数時間から数日で解決する些細な出来事といっていい。


 頭では分かっているつもりだが、異世界での冒険のしょっぱなが地味だとつい弱音を吐きたくもなってくる。

 


 「そんな事言ったって~休憩もせずこんだけ歩いてたら足だって痛くなっ……いや、全然普通だ!」


 ……なぜだろうか、この違和感は。

 休憩も取らず歩き続けた、筈なのに呼吸一つ乱れていない。

 気持ち的な怠さはあれど身体的な疲労は一切なく、汗は一滴たりともかかず、喉は一切乾いていなかった。

 

 それが妙に納得いかなかった私であったが違和感の答えはメイガスの一言ですぐに判明する事となる。

 

 「そりゃそうでしょ~ルイ様は冒険者の前に魔族、それも【魔王種】の血を受け継ぐ者、人間風情とは比べ物にならないくらいの基礎体力をお持ちの筈です」

 

 「なるほどなるほど、そう来たか~どうりでねぇ……って!?」


 「……? どうかしました?」


 どうかしました、じゃないよ! 私はペタペタと身体のあちこちを触って確認してみる。

 

 うん、やっぱり。

 

 母のような角も翼も尻尾も確認できない。

 

 【異世界】から【現実】に移り住んだで身で既に魔王としての存在があった母とは違い、【現実】で人間として生まれ、存在した私はこの【異世界】でも人間であるはずだ……。

 

 そして魔王という立場にあった母は娘の私が人間であった故、魔界で生きていく事を不憫に思い、私をどこか遠くに転移させたのではと勝手に思い込んでいた節があったためにその仮説を否定するメイガスの言葉に一瞬理解が追い付かなかった。

 

 「およよ、もしかして角が無いのを気になされているのですか? ルイ様は【成長期】なのでじきに生えてきますから心配しないで下さい!!」


 「成長期!? 私十八だけどまだ成長するの!? いや一度死んでいるから今は0歳……なのか?」


 「もちろんですよ! ルイ様はまだまだ成長途中です、ご心配なさらずに魔族は数百年を生きる種族ほんの十数年程度の時間なぞ些細なものに過ぎません」


 違う、そうじゃない。

 メイガスに百八十度以上違う心配をされているが取り敢えず私の事は置いといて、それよりも少し気になる点が。


 「ちょっと待って、魔王……種? もしかしてだけど魔王って」


 「ええお察しの通りです、魔王を冠する者は複数人おられます、ただ魔王種なんていう分類は人間にとっての大災厄に匹敵し、種族の頂点に君臨する強大な力を持つ魔族に対して用いられるただの呼称に過ぎないのですがね」


 「なるほどね」

 

 それはつまり逆に考えたらあの温厚だった母も大災厄に匹敵する存在という事になる、いやあり得ないでしょ。


 「正直に申しますと私個人としては魔王に求められる資質というのはただ圧倒的な力だけではないと思うのでこのカテゴリー分けは少々間違っていると感じますがね~」


 たしかに王に求められるのは力だけじゃないというメイガスの意見は分かる気がする。

 人間で例えたなら格闘技の世界チャンピョンは王様だと言っているようなものだしね。


 「……ふーむ、ところでその魔王種って大体どれくらいいるものなの?」

 

 「えーと人間と同じ様にそれぞれの国を統治する十三人の魔王と、後は他に支配に興味が無く縛られるのが嫌いな単独行動がお好きな魔王や様々な理由で各地を旅する魔王、例えばそう貴方様のようにね、それらを合算するとかなりの数になるかと」


 意外といるものなのだな魔王って。


 「当然国を持つ十三人の魔王の中の一人にお母さんが入っているのね」


 「ええ、もちろんです」

 

 「それでぶっちゃけお母さんの国ってどうなの?」

 

 私の質問に対しメイガスは少し気になる含みのある言い方をした。


 「とても良い国です…………いや良い国でしたよ」 


 「それってどういう――」

 

 しばしの沈黙。


 メイガスは苦笑いを交えつつゆっくりと口を開き母の国の現状を包み隠さずに話してくれた。

 

 それは私にとって悪いニュースである一方、何故だろうか心の奥底に何か宿命の様なものを感じる内容でもあった。


 

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