第6話
「あっ、それと言い忘れましたが今回私はルイ様に余程のことがない限りお助けしませんのでどうかご容赦を~~」
メイガスはその一言と共に手に取った石を離れた場所で大イビキをかいて寝ている大猿の怪物ベルガ相手に投げつけたと同時にその場から全力疾走で離れていく。
「っておい! 待てこら!!!」
流石は魔界一の逃げ足(?)時すでに遅し。
メイガスの後ろ姿は既にゴマ粒の様な大きさにしか見えないまでに遠ざかっていた。
私の叫びも虚しく響き渡る中、突如睡眠を邪魔されたベルガは烈火の如く激怒した様子で全身の赤い体毛を逆立て、牙をむき出したまま最も近くにいた私に目を合わせまっすぐに突進を開始した。
「……やっぱ、そうなるよね~」
「グォオオオオオオォッ!!!」
五メートルを優に超える巨大な魔物が荒れ狂いながら迫ってくる――。
周囲の草木を跳ね除け、土煙を上げながら轟音と共に大地を揺らし疾走する。
誰が見ても命の危機を感じる状況。
でも何故だろうか恐怖はまるで感じない。
例えるなら目の前でハムスターが威嚇している程度にしか思えないのだ。
――こいつになら勝てる、むしろそんな気しかしないッ!!。
「ヤツは右手を振り下ろす……気がするから左右どちらかに少し避ければいい、多分!」
頭はキンキンに冷え、冴えに冴えまくっている。
恐怖に割く頭のリソースが全く無い分全てを戦闘の対処に使える、これ程戦うのにベストなコンディションはない!!
私は己の直感を信じ、ベルガが私との距離を詰めきり、右腕を振り上げた瞬間に左にステップした――。
直感は見事に外れた。
ベルガは腕を振り下ろすのではなく、振り払ったのだ。
その結果私はベルガの攻撃を直撃してなすすべも無く吹き飛ばされた後そのまま頭から地面に叩きつけられた……。
……のだが。
「……痛くない」
起き上がりパッパッと軽く装備に付いた埃を払う私に流石の憤怒赤猿ベルガも度肝を抜かれたのか口をあんぐりさせ驚愕の表情を浮かべている。
「アナタ何やったの?」
私の問いに獣が答えるわけも無く、一瞬の戸惑いを見せた後ベルガは再び勢いに任せ、私に向かって飛び掛かる。
次の攻撃こそは腕の振りおろし……さっきの攻撃との僅かな動作の違いを読んでそう判断する。
今度はビンゴ。
危なげなく攻撃を躱しながらすかさずカウンターの回し蹴りを思いっきりベルガの脇腹に叩き込む!
「とりゃあああああ!!!」
野生で鍛え抜かれたベルガの鋼の様な硬い筋肉を持つはずの脇腹がベキベキと音を立てて簡単に凹んでいき体はくの字に折り曲がり口からは激しく血を吐き出し地面を抉りながら吹き飛んでいく。
――地面に転がった憤怒の赤猿ベルガは小鹿の様に体をピクピクと振るわせているだけで一生起き上がってくる気配はなかった。
「えっ、勝ったのこれ?」
勝利があまりにあっさりしすぎて実感が全く湧かない。
「ありゃりゃ……もしかして私なんかやっちゃいました? ……一度言ってみたかったんだよね、これ」
「……流石ルイ様です! この冒険もう貴女様一人でいいんじゃないかな~?」
私のセリフに悪乗りするのはやめて! ていうか当たり前のように遥か後方に逃げていたメイガスが隣に立っているのは一体何なんだ? もしかして忍者なの?
「メイガス……あんたこうなるのが分かってて私とベルガを戦わせたでしょ?」
「それは半々ってとこですかね、勝敗は別にしてA級の魔物に対しルイ様がどの程度戦えるかを見たかったというのが本音です」
なるほど、メイガスに……いや、母にテストを兼ねてこの場所でベルガと戦うのが仕組まれていたと、考えていいかな。
「それで? テストの結果は余裕の合格かしら?」
「…………追試ギリギリの合格ですね~」
一撃でベルガを仕留めた筈なのに、この評価の厳しさに私は納得がいかなかった。
「そんな! 嘘でしょメイガスさん!?」
「いえいえ本当ですよ、減点箇所は三ヵ所あります」
「あれだけの戦闘で三ヵ所も!?」
メイガスにとってはさっきの戦いがそんなお粗末な戦いに見えていたのかという事実に私は素直に驚かされた。
「はい一つは初撃を読めなかった事、そしてもう一つは敵に止めを刺していない事、最後の一つは――」
「そこに立っている者に気が付かなかったことです」
メイガスは数十メートル離れた場所に目を向けた。
そこには確かに一つの小さな人影があり、こちらに向けて手を振っていた。
私は目を凝らし、じっくりと人影を見つめその正体を探った。
キリッとした顔に金色の瞳、一つに束ねた長いエメラルドの髪。
大斧を持ち、私よりも長身でRPGで見かけるエロかっこいいビキニアーマーを身に着けている事から考えると彼女は女戦士のように思える。
「先客の冒険者さんベルガはあんたらに譲って見学させてもらっていたわ、こちらに敵意は無い! 怪しくも無いわ! まぁ証拠も無いけどね!!」
女戦士は大声でそう叫ぶと手に持っていた大斧を地面に突き刺し、戦う意思のない事を証明し私達の方へと自ら歩みを進めてきた。
「見た所戦士の方のようですね、ベルガを討伐にわざわざやって来たのでしたら申し訳ない事をしてしまいましたね」
メイガスは普段通りの口調で話しかけつつも女戦士に対する警戒を解いてはいない様子である。
「ルイ様……こういう輩は報酬の横取りを考えている場合がございます」
「……そういう事ね」
私にしか聞こえぬ小声でメイガスは女戦士を警戒している理由を教えてくれた。
「おいおいおいそんなガチガチに警戒しなくたってイイじゃん、ベルガの先客は残念ながらあんたらだ、横取りなんてそんなしょうもない事しないよ」
女戦士は私達の前に立ち手を差し出し握手を求めてきた。
「……それでは私から」
まずメイガスが警戒しつつ握手をし、お互いに挨拶を交わす。
「私はメイガスよ」
「おうメイガス!よろしく! オレの名はドラコ――」
「マル○ォイ?」
「ちげぇよ!!!!!!!!」
突然のメイガスの世界観無視の危ないボケにもドラコはキレのあるツッコミを返した。
どうやら悪い人では無さそうな雰囲気である。
メイガスもドラコに対し少しだけ警戒心を解き私にも握手を促す。
「私はルイよ、よろしくドラコ」
「おう! よろしくな! ……ところでルイ達はこれからこいつの討伐報告をどこの町へ? というかこの辺りだとルミンへ行く以外には無いな、違うか?」
「そうよ、もしかしてドラコも? だったら一緒に行きましょう」
「まぁ私は依頼対象が倒されちまったし出戻りするだけだけどね」
ちょっと待ったとメイガスが間に割って入る。
「ルイ様いくら何でも今知り合ったばかりの人間と行動を共にするのはいくら何でも――」
まぁまぁと私はメイガスを宥める。
「仮にドラコがこの辺を縄張りとした悪人だった場合、わざわざ捕まるリスクのある町に一緒に行こうと言っても断わるんじゃないかしら?そう思わない?」
「確かに犯罪者が町に出向く事は殆んどありません……特にルミンの様な発展の遅れた町ほど法体系はガバガバで犯罪者は見つかり次第即刻極刑を宣告される未開さですが…………はぁ、ルイ様がそう言われるのでしたら……分かりました同行を認めましょう、ただし警戒はさせてもらいますよ」
メイガスは納得のいかない表情ではあったが私の頼みに渋々従いドラコの同行を認めてくれた。
「よっしゃ! 決まりだな! ルミンはよく行くんだ――これも何かの縁だ、とびきりうまい店知ってるから奢ってやるよ」
こうしてお互いに次の目的地が同じルミンだった事もありドラコは私達とそのまま同行する運びとなった。
狩場の王無き今ルミンまでの道のりを邪魔する障害は無く、当初の予定より少し早い到着となった。
――農業と畜産業の盛んな田舎町ルミン。
私達は町の中心街にある焼肉店で今後の作戦会議を始めた。
……いや! 焼肉店なんてあるんかーーい異世界!!!!
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