8月7日―――危機と、気づきの片鱗。


その日は、唐突にやってきた。




ピンポーン


昼間、部屋の奥で1人でのらりくらりと過ごしていたら、家のベルが鳴った。


その日はガッツリ平日で、母も父も仕事で家を空けていた。

僕は仕方なく部屋を出て、インターホンの前へ向かった。



「はい、どなたですか……!?!?!?」




僕は、その粗い画質に映っている人物を見て、驚いた。






―――そこに立っていたのは、僕の担任と、学年主任だった。








僕は、担任と学年主任をリビングへ通した。

インターホンに出てしまった故に、通すしか方法はなかった。

リビングの椅子を勧めると、適当にお茶を作って出した。



その間、僕は先生の視線を感じ取っていた。


先生方は、どこか僕の雰囲気を垣間見るようにしているようだった。



「山本、勉強は順調か?」

担任は、優しそうな表情をして、僕にそう聞いてきた。


「まぁまぁです。」

僕は視線を少しそらした。

どこか、見透かされているような気持ちになったからだ。


「そうかそうか。まぁやってるなら良かった。」

担任は僕の答えに満足したみたいだった。学年主任と顔を合わせ、頷いた。


そろそろ本題へ行こうか、という顔をしているように見えた。



…ここで僕は、この話題が序章だということを、確信した。





「今日、先生達がなぜ来たかは、分かるよな……佐藤のことだ。」


僕は、数日ぶりに彼女の名を聞いた。



「今、先生達で同じクラスの生徒に聞いているんだ。最近の佐藤の様子で気になることがあったら聞きたいんだ。山本、あるか?」

「本当に、何でもいいんだぞ。」

学年主任が、担任の言葉にうんうんと頷く。


「これは責めている訳ではないんだ。クラスメイトの一員として、山本に聞いているだけだから。」




僕は、先生達の返答に困り果てた。


ここで僕が、何か少しでも言えば、先生達は即座に食いつくだろう。




そして………




彼女との一件がバレると、僕は彼女との約束を果たせないと思った。




―――本当の私を見つけろ。




彼女が僕に渡した、手紙の内容を思い出す。





「…佐藤さんとは、特に接点がなく、分かりません。」


僕は、当たり障りのない言葉を並べて言った。


「確かに、接点は他の人に比べて少ないよな。」

担任は僕の言葉に納得したのか、首を縦に振った。

その反応を見て、僕は胸をなでおろした。








僕は先生達の質問を返し続けた。

30分程経った後、もう先生達は諦めたらしく、そこで会話は終わった。




「佐藤は、クラスや学校の為に、全力で動いてくれた。」


最後、担任は僕の前で小さく呟いた。


「なんで佐藤がこうなったのか、先生には分からない…非の打ちどころのない、本当にいい生徒だった。完璧な、学校の模範的生徒だった。」





―――僕はそこで、なぜか強い違和感を覚えた。





「…そうですね。」


その違和感が分からぬまま、僕は端的にそう返しておいた。






………担任の言った言葉に、どうして違和感があるんだ?

佐藤は、「そういう人」なのに。

これは、間違ってないと思う。

担任の言うことも、他の人が彼女に対して思っていることも、全て嘘ではない。






そう、僕も思う。





いや、正しくは、「そう思っていた」のか。









―――本当の私を見つけろ。









彼女が発したあの言葉が、また僕の頭の中を掻き回した。







僕は、担任に言った。

「佐藤さんは、フレンドリーですよね。あと、言葉遣いが丁寧で。」



担任は大きく頷いた。

「あぁ。同じクラスにいれば、より分かるだろ?本当に佐藤はいい生徒だ。」




僕は、ハッとした。




僕は、今、重大なことに気づくことができた気がする。





確かに、学校の中での彼女は、本当に「いい生徒」だった。

それは本当だ。

それでも、あの8月、彼女と出会った時、僕は「いい生徒」とは反対の佐藤を、垣間見た気がする。




誰にでも優しくて、言葉遣いが丁寧で。

頼まれた仕事は、責任を持って行う。

そして、先生にも生徒にも、みんなから好かれている。


それでも、数日前、彼女と話した時は、違った。


毒舌で冷たくて、自分の意見を押し通して、僕に無理難題ともいえるようなお願いを突き付けて来た。










もしかしたら、彼女は。















自分を隠して生きていたのか…?

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