第94話 夫未戦而廟算勝者、得算多也。未戦而廟算不勝者、得算少也。多算勝、少算不勝。而況於無算乎。吾以此観之、勝負見矣

孫子の第1篇『始計』の最後は、「戦う前に勝つ」ということが念押しされている。



――【孫子】――――――――――――――――――

開戦前の御前会議において、既に勝っているというのは、勝算が多いからである。

反対に、開戦前の御前会議において、既に負けているというのは、勝算が少ないからである。

勝算が多ければ勝ち、少なければ勝てないのは当然である。

まして、勝算無き戦いなど勝てることがあろうか。

私は、この会議を観ることにより、勝敗の行方を事前に知ることができるのである。

――――――――――――――――――――――――


――【投資】――――――――――――――――――

仕込み前の銘柄選定において、既に利益が出ているというのは、成功率が高いからである。

反対に、仕込み前の銘柄選定において、既に損失が出ているというのは、成功率が低いからである。

成功率が高ければ成功し、低ければ失敗するのは当然である。

ましてや、成功率も計算できないような仕込みをして、利益が出ることなどがあろうか。

つまり、銘柄選定方法を聞き取ることにより、その成否の行方を事前に知ることが出来るのである。

――――――――――――――――――――――――



この部分に、余り深みは無いと感じる。

人によっては、ナナメ読みだけで終えるだろう。

しかし、そう感じるということが、実は孫子の理解が足りないということを証明しているのだ。

理解が深まれば、ここに書かれていることに感動すら覚えるとよろずのは強調した。



「え~っ、それはさすがに無理です。感動は・・・・・、無理です。」

「じゃ、感動するようになるまで研究だね。それまでは、投資もストップだよ。」

「それは・・・・。うーむ、こんな文章、本当に感動するんですかぁ~!?」


遥香が頬を膨らませながらそう言うと、よろずのは優しく笑っているだけだった。

後は自分でやれという時のよろずのの冷たい態度だということを、遥香は知っている。



以来2年余り、感動と言われても、本当にそこまで深まっているかは分からないが、当時の理解とは乾坤けんこんの差になっているということだけは自分でも分かるようになっている。



つまり、よろずのが言いたかったことはただ一つ。

仕込み前の段階で既に利益が出ている時は、その理由や方法を聞いたら、スムーズに答えが返ってくるということだ。

どもったり、理由をこじつけたりする必要は無い。

なぜなら、自分の中で、儲かるに間違いないという自信があるからだ。



反対に、適切に答えられないときは、不明確だということだ。

返答に窮したり、どもったりすることは、自信の無い表れだ。

ましてや、聞かれたことに逆切れするようなことになれば、失敗することは目に見えている。



だから買う理由を明確に述べられない時は、仕込むべきではない。

理路整然と説明できないときは、知らず知らずのうちに迷っているのだ。

自分自身がそのことを言っているのと、同じことなのだ。



それなら、自信が無いのに、どうして仕込もうとするのかということになる。

そのことをよろずのは、『戦わなければならない状況に追い詰められるから』と教えてくれた。



戦わなければならない状況に追い込まれる原因は色々ある。

例えば、太平洋戦争の日本は、戦って石油の利権を手に入れなければ、何百万人もの日本人が餓死していた。

勝てると分かっていなかったが、戦線布告しないとジリ貧だったので、一か八かの勝負に出た。

これはアメリカの策略の結果であり、逆の視点であれば、アメリカは戦う前から勝っていたと言える。

他にも、周囲の期待とか、過去の自分の言動とかに拘束されて、追い込まれることもある。



「つまり、戦うなら、相手を戦わなければならない状況に追い詰めて戦う。追い詰められていなかったら、敵に有利な状況になってしまうかもしれないからね。」

「はい。ところで、成功率って具体的に計算出来るんですか?」

「投資法によっては、計算出来るね。でも、具体的である必要は無い。初心者は具体性を求めるけど、慣れて来れば具体性は不要だと言うことに理解が至るからね。」


そう言われて、今では成功率を計算できるようになっている遥香は、この時の自分の感情を懐かしく感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る