第89話 将聴吾計、用之必勝。留之。将不聴吾計、用之必敗。去之。

基本に忠実な投資を実践して、自分にとって良い流れを作る。

この大事さを、遥香は『カブトレ!』で実感している。

良い流れの中で売買していると、損切りも苦にならず、サクサクと売買した結果、資産も増える。

反対に、あやふやな気分になり、『まっ、いっか!?これくらい。』と例外的なことをして失敗すると、一気に心が重くなる。

後悔ばかりが先に立ち、『早く取り返さないと!!』という思いばかりが強くなり、売買のタイミングが遅くなって、余計に利益が上がらなくなる。


ケームとはいえ、こういう思いを、何度となく経験させられた。

だから遥香の中では、『絶対に例外は作らない』という考えと共に、『焦らない』という思いが強く育っている。



だからだろう、ふと見た一文が、胸に強く突き刺さった。




――【孫子】――――――――――――――――――

そこで、もし、全軍を任せる将軍が以上のこのことをよく理解しているのであれば、必ず勝つことになるので、この者に兵を率いさせることができる。

反対に、よく理解していないのであれば、必ず敗れることになるので、この者に兵を率いさせることができない。

――――――――――――――――――――――――


――【投資】――――――――――――――――――

そこで、もし、株式投資を始めようとする人が、以上のことを理解しているのであれば、必ず成功することになるので、株式投資を始めてみれば良い。

反対に、理解していないのであれば、必ず失敗することになるので、株式投資などに興味を持たないほうが良い。

――――――――――――――――――――――――



そう、教わったことを真に理解して実行できれば、成功するのに間違いない。

逆に理解が足りず、実行も伴わなければ、必ず失敗する。

これは、あのことを言っているのだと遥香には、思い当たっていたのだ。



損切りしても直ぐに反騰するような相場の動きが続いた。

なら、直ぐに損切りせず、ちょっと様子を見た方が、効率が良いよね、と考える。

遥香も、そう考えた。

自分は、損切りを躊躇なくできるのだから、多少の様子見は問題ないだろうと思った。

そしてその考えは、正しかった。

損切りが減り、利益が大きく取れるようになったのだ。

そういう売買の好循環が続いた。



が、ある時、様子見していた銘柄が戻らなくなった。

仕方なく損切りしようと思ったが、そんな時にふとマイナス額を見てしまった。

そして愕然とした。

それまでは、直ぐに損切りをしていたので、含み損なんかは無視できるような金額だった。

が、様子を見たが為に、その額は今までに見たことが無い額にまで育っていたのだ。



- 今売れば、ここ一週間分の儲けが飛ぶぞ!! -


悪魔がそう心の中で囁く。


- 今まで戻ってきたのだから、もう少し様子見したら戻ってくるかもよ!?そうしたら、損切りしたことを後悔することになるぞ!! -


更に囁く。



遥香は、囁きに負けて、持ち続けた。

そして、一週間分はおろか、一か月分の儲けを飛ばした。

そう、その銘柄は戻らなかったのだ。



ゲームでも、当然、遥香は落ち込んだ。

が、同時に、ゲームで経験出来て良かったと思った。

こんなことをリアルで体験していては、心がどうにかなりそうだと思った。

そして、よろずのが口酸っぱく言い続けたことを、本当の意味で理解した。



例外は作らない!!



そういうことを思い出しながら、遥香はノートを振り返っていた。

すると、よろずのの説明と共に、欄外にこの時のやり取りが書き残してあった。



最初の5条件を思い出して貰いたい。

銘柄と投資法と言う世間一般的に重要だと理解されている条件以外に、孫子では3条件があると書かれている。

それも、銘柄と投資法より重要だと。

更に、この3条件は、余り知られていないとも説明されたし、結衣や遥香も、投資本では読んだことが無いと言った。

その時のやり取りだ。



「投資家でも、この条件は知らない人が多い。だから、知ったモン勝ち!!」

「それならですけど、このことが広く一般に知られて、誰もが知っている条件になったら、みんな勝てちゃう!?」

「勝てないよ。」

「ですよね。その時は、どうなるんですか?」

「このことをより理解している者が勝ち、理解していない者が負ける。さっき、書いてあった通りだよ。」

「なるほど。結局、堂々巡りなんですね。」

「堂々巡りって言うのではなく、それだけ大事だから、何度も書かれてるって理解の方が正しい。」

「あ、スミマセン。そうですよね。」

「孫子を良く理解している人なら、戦う前から戦いが始まっていることを知っている。」

「戦いが始まる前から戦いが始まってるって、それもなんか理論的に破綻してますよね。」

「いやいや、『実戦が始まる前から、情報戦は始まってる』ってことだよ。勝敗の判断をつける為には、敵のことを知らないとダメだよね。逆の立場なら、敵に情報を与えてはならないってことになるよね。」

「確かにそうですね。情報戦は、平時から始まってますもんね。」

「だから孫子では、後から出て来るけど、情報が非常に大事だと書かれている。情報をケチるなら、軍を率いる資格は無いと書かれている。」

「開戦する前に敵の情報を得て、勝てると判断できたら、そこで初めて開戦するってことで良いんですよね。」

「そう。」

「それが投資ならどうなるんですか?」

「投資の場合なら、仕込みのことを考えた方が良いと思う。実際に、仕込みをする前に相場の情報を集めて、儲けられると判断できれば、そこで初めて仕込みをするってこと。」


遥香は、読みながら、懐かしくその時のことを思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る