第44話 弟子、日本文化の特性を知る
狩猟文化の場合、集団で狩りをした場合、直ぐに獲物は分配される。
だから、他人に助力を得れば、助力に対する報酬を直ぐに支払うと言う考えになる。
この考えは、労働に対する正当な対価として、現代にまで伝わっている。
これに対して農耕文化の場合、収穫は秋に限られていることから、直ぐに分配されない。
収穫の時期まで、無報酬で助け合うのが当たり前であり、直ぐに報酬を要求するべきではないと言う考えに育った。
だから日本では、報酬を要求することが浅ましいと言う文化になった。
「そうですね。じゃ、欧米では、手伝えば子供でも報酬が貰えるんですか?」
「アメリカのホームドラマでは、小学生が夏休みにベビーシッターのアルバイトをするって言うのが、良く出て来るんだけど、知らない?」
遥香の問いに、よろずのが答えた。
「うーん、余り海外のドラマ見ないから。」
「ま、今度、時間がある時に、フルハウスでも見てみたら良いよ。」
「はい、見てみます。」
欧米では、労働には、必ず対価たる報酬が伴う。
だから基本的に、報酬を伴わない労働は存在しない。
後の時代になって、例外的に教会主導で報酬を伴わない労働が設定されるようになった。
この無報酬の労働が、ボランティア活動と言われた。
これに対して日本では、報酬が伴わない労働が、助け合い活動と呼ばれて、当たり前に存在していた。
だから、欧米からボランティア思想が輸入された時、学者たちは非常に困った。
日本人が当たり前のようにしていることが、欧米では当たり前ではなく、特別なことのようになっている。
このまま伝えたら、日本が進んでいて、欧米が遅れていることになってしまう。
そこで学者たちは、日本人の助け合いを更に進めて、自分を犠牲にしてやることを、ボランティア活動だと説明した。
学校でも、当たり前過ぎることは教育にならないから、自分を犠牲にすると言うように一歩進めて教えるようになった。
「と言うことは、日本文化は、欧米文化より優れているんですか??」
「助け合いの面では優れているけど、リスクマネジメントの面では劣っている。一長一短だよ。」
「なるほど、良く分かりました。」
よろずのの説明に、遥香は納得した。
「あ、ついでだから、今の日本企業の生産性が諸外国と比べて劣っている原因も、一緒に理解した方が良いよ。」
「それも、助け合いが問題なんですか?」
「違う、違う、リスクマネジメントの方。」
「あ、そっちですか。」
「うん、原因は大きく見て2つあると言われている。」
よろずのが続いて説明した。
まずは、労働力の硬直化の問題。
日本企業は、終身雇用制度が採用されている為、企業側は自由に労働者を解雇できない。
これを逆に言えば、日本企業は、人数的な問題から、採用も制限されてしまう。
また、労働者側から見れば、合わない会社でも、次が無ければ辞められない。
合わない会社で、合わない仕事をやっても、効率が上がらず、生産性が落ちるのは当たり前だ。
だから、日本企業の生産性は伸びないのだ。
「そうですね。それは先生から教わりました。一見良く見える終身雇用制度が、悪の元凶だって。」
「これともう1つある。それがリスクマネジメントの方。」
日本人には、リスクマネジメントの考えが薄い。
これは、欧米人の選択肢の中には、『safety』、『risk』、『danger』の3つがあるのに対して、日本人には『safety』と『danger』しかないことになる。
欧米人が『risk』と判断しても、日本人は『danger』としか判断出来ない。
つまり、欧米人はチャレンジしても、日本人はチャレンジせず逃げることになる。
このことを焼き物の職人に例えるなら。
欧米人は、普通の職人だ。
焼きあがった茶碗で、不良品で無ければ出荷する。
ありふれた普通の職人だ。
対して日本人は、名工になる。
自分自身で納得行かない茶碗は割って出荷せず、納得出来た茶碗だけを出荷するようなものだ。
確かに、名工の商品の方が高値になるだろう。
しかし、必要とされるのが日常に使われる茶碗しかなければ、どうなるだろう?
いくら名工の作でも高ければ売れず、安く売らなければならないのなら、こだわりが足かせになる。
つまり、今の日本企業は、『safety』商品しか出荷せず、『risk』商品は割っているようなものだ。
『risk』商品を、『risk』ありと言う注意書を付けて出荷する欧米企業に、勝てる訳が無い。
だから、消費者の方も、選択肢を極端に狭められていることになる。
なんせ日本企業は、『risk』商品を売らないから、『risk』商品が欲しくても買えないのだ。
「日本企業は、『risk』が理解できずに、『risk』が取れないから、生産性が上がらないってことなんですね。」
「そう、企業が新しい事業に投資しようとした時に、『risk』の理解が足りず、『safety』を求めてしまう。『safety』にする為には、莫大な費用がかかるからね。」
「確かにそうですね。ありがとうございます。良く分かりました。」
一応、聞きたかった質問の答えを貰って、遥香はお礼を言った。
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