第30話 弟子、リスクとリターンを知る

よろずのから寡欲の必要性を聞いた。

でも、あたしはそんなに欲深くないと、遥香は内心思っていた。

結衣も自分では同じように思っているのだが、よろずのには、いつも欲深いと言われる。


- 萬野くんの言う通りになったら、あたしは聖人君子になってしまう -


結衣はそ言い返したかった。

でも、言い返したら、


- なら、聖人君子になれば!? -


そう言われそうで、いつも言葉を飲み込んでいた。



「ま、相場に参加するなら、この程度のことは最低限身に付けないと成功できないよ。その点、ハルはラッキーだね。」

「あたしがラッキー??」


またまたラッキーと言われて、遥香はちょっと怪訝な表情をした。

何がラッキーなのか分からなかったからだ。


「実際に始める前に知ることが出来たんだから、課長みたいに変な欲は無いでしょ。」

「変な欲って何よっ!?」


言われて結衣が噛み付いた。


「こんなハイリスクなことやっているんだから、最低でもこれだけのリターンを得ないとダメだって、思ってるでしょ。」

「あ・・・・。」


よろずのに当てられて、結衣は何も言えなくなってしまった。


- それは、事実だから!! -



「リターンって、何ですか?」


黙ってしまった結衣に代わって、遥香が尋ねる。

リスクは聞いたことがあっても、リターンは聞いたことがない人の方が多い。

遥香も、その大勢の一人だった。



「あれ?前回、リスクの説明してなかったっけ?」

「はい。」

「そっか、ごめんごめん。大事なこと忘れてた。」


そう言いながらよろずのは、早速リスクの説明を始めた。



「これは叔母さんにも聞いたことなんだけどね、『risk』を和訳したら、何になる?」

「『risk』ですか!?『危険』??」

「じゃ、『危険』を英訳したら、何になる?」

「『danger』ですか??」

「どうして、『『risk』』を和訳したら『危険』になるのに、『危険』を英訳したら『danger』になるのかな?普通に考えれば同じになるはずでしょ。どうして違うんだと思う?」

「えーっ、それは、分かんない。」

「じゃ、『『risk』』と『danger』って、全く同じ意味だと思う?」

「いえ、違うと思います。」

「どう、違うと思う??」

「それは・・・、うーむ、スミマセン。分からないです。」


いつものお決まりのやり取りをした後、よろずのは詳細に説明を始めた。

結衣は、わざと叔母さんと言われたことを根に持って、またまたよろずのを睨んでいた。



『risk』と『danger』は、和訳すると、両方とも危険になる。

実は、日本語で言うところの危険は、『danger』に相当する。

だから、危険の英訳は、『danger』が当て嵌められている。



それに対して、『risk』に相当する日本語は、実は存在していない。

だから、似た言葉を和訳として当て嵌めなければならない。

それが、『危険』だったと言うことだ。



「そんなことあるんですか?言葉が無いって!?」

「日本語では、正義や仁義って、意味が異なるでしょ。でも、どちらも英訳すると『justice』が当て嵌められる。つまり、英語を話す人達は、正義も仁義も、深く学ばないと同じ意味と理解してしまう。『risk』と『danger』も、同じ関係なんだ。」

「なるほどぉ~。」


遥香が頷く。



そこで、『risk』と『danger』の違いは、『return』があるかどうかの違いだとよろずのは説明した。

『return』は、報酬だと考えれば良いと言う。

『return』と言う報酬があれば『risk』となり、無ければ『danger』となる。

だから、『risk』は敢えて冒そう、つまり危険でも突き進むと言う考えが生まれる。

それに対して、『danger』は敢えて冒そうと考えるのは、愚者としかならない。

何ら報酬が無いのに、危険にチャレンジする理由は無いからだ。



「そう言う明確な違いがあるんですね。あたし、全然知りませんでした。」

「仕方ないよ。殆どの日本人は、知らないから。だって、日本文化には存在しない考え方だからね。」

「どうして日本には無いんですか?」

「ま、簡単に言えば、日本人はリスク局面に遭遇することが、圧倒的に少なかったんだよ。そうじゃ無かったら、そう言う考え方が、欧米と同じように発達しているはずでしょ。」

「そうですね。」

「それで、リスクの話は、ここからが大事になるよ。」


よろずのにそう言われて、遥香は気を入れ直した。

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