第16話 弟子、戻り待ち投資を詳しく知る

戻り待ち投資は、損切り投資と違い、いくら下がっても売らずに我慢し、買値以上に戻って来たら撤退する投資法のことを言う。

だから、戻り待ちと言えば、ただ単に持っていれば良いのだと簡単に考える人も多い。

確かに、持ち続けていれば良いので、そういう意味では簡単だ。

でも、本当に持ち続けることができるのか、どうして多くの人が持ち続けられないのかという部分にまで、思いを馳せている人は殆どいないだろう。


戻りを待つからには、何があっても待ち続けなければならない。

大きく売られても持ち続けなければならない。

無配、優待廃止になっても持ち続けなければならない。

株価が1/10になっても、持ち続けなければならない。

相場には、投資家を惑わせるような多くの悪魔が存在する。

そういう悪魔は、戻り待ちを誓った投資家の耳元で囁く。

『最悪、倒産して株価が1円になるかもよ。だから、今、売った方が損失は少なくて済むよ。』と。

この囁きを無視し、悪魔に打ち勝つことができなければ、戻る前に売らされてしまう。



「戻り待ちは、戻るまで本当に待てるかどうかがカギなんですね。」


よろずのの説明を聞いて、遥香が言う。


「そうだよ。株価っていうものはね、その会社が倒産して無価値にならない限り、必ず買値以上に戻ってくる。ただし、戻ってくるのが、明日なのか、1年後なのか、10年後なのか、100年後なのか分からない。だから、最初は戻るまで待つつもりで買っても、途中で疑心暗鬼になって持ち続けることができなくなることが多い。」

「なるほど。」


株価は、買い方と売り方の需給で決まる。

需要が高まれば上昇し、供給が高まれば下落する。

また、経済は拡大と縮小を繰り返しつつ、結果的にはゆっくりと拡大するものだ。

だから、当然の理として、その銘柄が上場され続けている限り、いつかは買値を超える日が来る。



「そういう腰の据わっていない投資家は、ほぼ最安値で投げさせられて大損してしまう。株価が最安値を付けてる頃って、暴落してて、もっと下がるかも!?と誰もが疑心暗鬼に駆られているときだからね。だから、持ち続けるって本当に難しいんだよ。」

「でも、それは本当の意味で信用できてないから、疑心暗鬼になるんですよね。信用できたら、途中に何があっても騙されないですよね。」


遥香は、部活で信用することの大切さを学んでいた。

吹奏楽は一種の団体競技だと言って良く、団体競技では仲間を信用しなければ成り立たない。

一人のミスが全体に波及する。

それぞれ個人がミスをしないだけの練習を積み重ねることで、全体のレベルが上がる。

もし誰かが手を抜いていれば、自分の努力は水泡と化す。

他の部員は、自分よりももっと努力しているのだと信用していたから、自分も努力し続けられたのだと思っている。



「そうだよ。だから、人間関係でも何でもそうだけど、一旦信用すると決めれば、信用し続けないといけない。結果的に騙されることになる確率より、途中で疑心暗鬼になって悪い結果を招くことの方が、損失が大きくなるからね。」

「あたしもそう思います。」


遥香は、よろずのの説明が、やけに心にスッと沁みた。


「だから今言った通り、戻り待ち投資をするなら、徹底的に信じられる相手でないといけない。ハルにとって信じられる相手って、どんな相手!?」

「それって株ですか!?人ですか!?」

「人だったら、どんな人??」

「それはやっぱり、笑うツボが同じだというところですね。」


笑いながら遥香が答える。


「笑うツボかぁ~~。ハルは大人だなぁ~。あたしがハルくらいの時は、イケメンにしか興味無かったけどなぁ~。」

「えーっ、お父さんからは、バスケ以外には興味無かったって聞いてたよ。寄ってくる男全てを玉砕させたって聞いてるよ。」

「それは兄さんが大袈裟に言ってるだけよ。」


結衣の話を聞いて、『お父さんが言ってた通り本当に気付いてなかったんだ。』と、今更ながら結衣の鈍感さを遥香は再確認した。



「投資先もそういうことだよ。周囲からどれだけ雑音が入っても、信じ続けないといけない。周囲の雑音に騙されることが、一番の失敗だからね。」

「はーい。」


わざと手を挙げる遥香は、叔母の欲目を抜きにしてもかわいいと、結衣は思った。

その横では、この態度はあざとくないかと目を細めるよろずのの姿があった。

同じ態度を見ても、見方によっては、こうも変わるのだということを、当然ながら誰も気づいていなかった。

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