第6話 錬金術師、敗れる
「なんで!?」
よろずのは、結衣の願いに対して最強の一言で言い返した。
『なんで』というフレーズには、『そんなことせなアカンの!?』というフレーズが続くことは、関西人なら誰でも知っている。
明確ではないにしろ、否定的意味が大部分を占めるニュアンスで返されたのを、結衣は当然感じ取っていた。
「なんで!?うーん、なんでだろ!?」
結衣は笑いながら、よろずのの質問をそのまま返した。
よろずのは博学で、自分よりはるかに優秀な人間だと結衣は実感している。
だから、ここで下手な理由を作って説明しても説得できないだろう。
逆に、必ず突っ込まれて言い負かされるに決まっている。
これまでずっとそうだった。
だからこそ、結衣はここで一計を案じた。
『沈黙は金』という。
何も言わなければ、言い負かされない。
だから、ここは何も言わずに雰囲気だけで押し切ろうと、かなり強引な作戦に出たのだ。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
よろずのは、何も言わずに結衣の説明を待っていたが、結衣はただニコニコとしているだけだった。
そして、その隣では、遥香が同じようにニコニコしていた。
すると、よろずのが根負けしたように口を開いた。
「だから、どうしてオレが教えないとアカンのですか?」
「そうだね、どうしてかな??」
よろずのの迫力に押され気味になりながらも、結衣は必死に笑顔を続けていた。
その横で同じような笑顔をしていた遥香は、半ば笑顔を引き攣らせ始めていた。
- 何なのよ、この展開は!? -
-結衣ちゃん、あたしに任せておけって言ってたけど、これどういう作戦なの?? -
-もうあたし笑顔ムリ。こんな筋肉、普段使わないからぁ~!! -
遥香は心の叫びを、目を通して結衣に訴えていた。
それに気づいた結衣は、目で言い返してきた。
- ガマンしなさい!! -
- 何でもするって言ったでしょ!! -
- 萬野くんから教わるのが、あなたにとって一番良いことなんだから!!! -
二人が血走った目で会話を始めて、混沌度が一層増していた。
よろずのは、目の前で繰り広げられる水面下のバトル、美人二人の笑顔の中に隠された血走った目の暗闘を、理解できないでいた。
その不理解度が深まると、この表現し難い雰囲気から逃げ出したくなる。
そう、よろずのがいたたまれなくなるのも、時間の問題だった。
「もう、分かりましたよ。課長のついでに説明するだけですよ。」
そして、ついによろずのは、この一言を発してしまった。
- よし、折れた!! -
結衣は心の中でガッツポーズをした。
- おっさん、遅い!!もうちょっとであたしの顔攣ってたわ!! -
遥香は悪態を心の中でついた。
が、そんなことは億尾にも出さずに、二人は笑顔のままよろずのに礼を言った。
「ありがと!!」
「ありがとうございます。」
完全なるよろずのの敗北が決定した瞬間だった。
これまでに、結衣がよろずのから学んだこと。
その中でも、最も効果的なもの・・・・・。
それは投資ではなく、よろずのの扱い方そのものだった。
こういう理詰めでは動かない相手は、笑顔だけで押し切るという原始的な手法が効果的だということを知ることができたのだから・・・・。
こうしてよろずのは、結衣の姪の遥香に、投資を一から教えることになった。
そして、よろずのは、当たり前のように心の中で嘆いた。
- どうしていつもこうなるんだ!!あ、これも全て、あいつ、林野のせいだ。あいつと知り合ってから碌なことが無い。先輩も、えらいトラブルメーカーに引き合わせてくれたなぁ~ -
そんな思いが、よろずのに深いため息をつかせた。
「まぁ、萬野くん。そんなに深いため息つかないで。この子は優秀だから、あたしと違って直ぐにモノになるわよ。」
「そうだったら、ありがたいんですけどね。」
微笑みながら言う結衣に、引き攣った笑いでよろずのは答えた。
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