第5話 錬金術師、邪推する
よろずのが紅茶を飲みながら、何から話し始めようかと考えていた矢先のこと。
静かな室内に、呼び鈴が鳴った。
結衣は、ソファから立ち上がって、インターフォンの前に行った。
そして、画面を確認して開扉のボタンを押して、そのまま玄関に向かった。
よろずのは、『宅配かな!?9064ヤマトHDかな!?』と勝手に考えながら、その後姿を見送った。
そして、後ろ姿を眺めつつ、『やっぱり先に課長の今の知識の深さを測らないといけない』と思った。
ガチャっと扉が開く音がしたら、元気な声と共に会話が始まった。
「こんにちは!!」
「ちょっと遅くない!?」
「ごめーん、電車1本乗り遅れちゃった。」
「ダメでしょ。時間は守らないと。」
「はーーい。」
この会話を聞いたよろずのは、『なんだこの親子のような会話は!!』と思った。
そして、『あれ、他にも参加者が居るのか!?』とも思った。
まさかここで、後に外資系投資会社に就職するようなツワモノを育てることになるとは、予想だにできなかった。
暫らくすると、結衣の後ろに、結衣と同じくらいの背格好の女の子が一緒に入ってきた。
見た目で違うのは、年齢くらいである。
結衣自身も三十代には思えない美貌を維持しているが、女の子の方は、明らかに十代という瑞々しさを兼ね備えていた。
その女の子は、よろずのを見つけるなり、軽く会釈をした。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
この展開についていけてないよろずのは、言われるまま挨拶を返した。
「あ、こっち。あたしの姪っ子の秋月遥香。神大に合格したんで、九州から出てきたところ。」
「秋月遥香です。」
そう言ながら女の子は改めて頭を下げたので、その勢いでよろずのも頭を下げながら挨拶をした。
「あ、萬野正義と言います。赤松さんの元部下です。」
「会えるのを楽しみにしてました。」
「えっ・・・・。」
よろずのは、遥香から『楽しみにしていた』という言葉を聞いて、驚いてしまった。
- そもそも何でオレのことを知っている・・・・ -
- 課長がオレを笑いのネタにしてたのか!? -
色々な邪推が、よろずのの頭の中で、ぐるぐると回転し始める。
そんなよろずのの心中を知ってか知らずか、結衣は遥香をよろずのの対面に座らせて、台所に立った。
遥香に飲み物を淹れるためだ。
遥香は、目の前に座っているよろずのをマジマジと見ている。
普通ならそれほどガン見できないところだが、よろずのの意識があさっての方向にあるのが手に取るように分かったから出来たのだ。
『普通の人だよね。』というのが、よろずのに対する遥香の第一印象だった。
「はい、カフェオレ。」
「ありがと。」
結衣が遥香の前にカフェオレが入ったマグカップを置きつつ、隣に座った。
「実はね。」
結衣がよろずのに話しかけようとしたときには、既によろずのの頭の中では選択肢が整理されていた。
① たまたま同じ日に来ただけ
② オレに投資を教えさせようとしている
③ オレを自分の彼氏として紹介しようとしている
④ 2人に襲われて、身包み剥がされる
そして、この選択肢の中から、あり得る確率を計算していた。
まず④は無い。
こういう選択肢を出しただけで、自分の発想力の乏しさに自己嫌悪に陥ってしまう。
③も無い。
彼氏役ならオレより、林野の方が適任だろう。
それにそういうことなら、事前に何らかの話があったはずだし、それが無い。
だから、一番確率が高いのは①か・・・・。
相手はこの間まで高校生だし②は無いだろう・・・・。
とよろずのが妄想を膨らませていると・・・・。
「あたしと一緒に、この子にも投資を教えて欲しいの。」
よろずのの妄想をあざ笑うかのような、ど真ん中の直球が結衣から投げ込まれてきた。
ある意味、身包み剥がされるより、避けたい選択肢だった。
「この子、前から投資に興味があって、投資の勉強する為にこっちの大学に進学して来たのよ。」
結衣が申し訳無さそうに説明している横で、遥香と呼ばれた子は、ニコニコしてよろずのを見ていた。
その笑顔が、よろずのには、悪魔の微笑みのように見えた。
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