Dear K

 それから、30分後。

 私たちは駅中のファミレスに来ていた。ちょうど夕食時だったので、立石に「一緒にどうか」と誘われたのだ。


「なんか立石、子供の相手上手だったよね」

 ドリアの皿の縁についた焦げをスプーンで剥がしながら言うと、ハンバーグにナイフを入れていた立石は「あー」とうなずいた。

「一応、小学校の先生目指してるからな。子供の相手は普段から結構気を付けてる」

「へえ。教員免許取るんだ」

「まあ、そういうことだな」


 杏花ちゃんは、とりあえず親御さんにKのことを相談することにしたらしい。上手くいくように祈っておこう。


 そのままドリアを黙々と食べていると、ふいに立石が顔を上げた。

「そう言えばさ。高橋、さっきトキウマートでメッセージ用のカード貰ってたよな」

「え? うん」


 長らくレポートのご褒美のお預けをくらった私は、ここに来る前にトキウマートに寄らせてもらい、ミルクチョコレートを買ったのだが、その時にくだんのメッセージ用カードを貰ったのだ。

 チョコを贈る相手がいる訳ではないので、別に要らなかったのだが、断るのも面倒でそのまま受け取った。


 立石が少し震えた声で訊いてきた。

「あれ、書かないのか? レジ横のテーブルでは書いてなかったけど」

「あー、あのチョコ、誰かに贈るやつじゃないから、書く必要ないかなって。断るのが面倒くさくて、受け取っただけだよ」

「じゃあ、贈る相手はいないってことか?」

「うん、自分用。チョコ渡すような相手とかいないし。それがどうかしたの?」

「あー……いや、何でもない」

「そう」


 そのまま会話が自然に途切れ、スプーンを握り直そうとしたその時。

「いや、やっぱり何でもなくない」

「立石?」

「……あのさ。チョコ渡す相手がいないんなら」


 立石は俯いたままそこまで言うと、顔を上げた。まっすぐに澄んだ目がこちらを捉えている。

「俺のことを見てほしいっていうのは、無理な話ですか」

「……え」


 思考が一瞬完全に停止した。面白いぐらいに、言葉が出てこない。


 と、立石が立ち上がる。

「別に今答えてくれってわけじゃないから。じゃあ、俺はこれで」

「え、ちょっ」


 そうして、立石は私に構わず、そのままファミレスを出て行った。ハンバーグとライスの皿は、知らない間にすっかり空っぽになっていた。


 鼓動が速くなっていく感覚だけが体の中で増幅していく。

 私は鈍感な方だが、さすがにあの言葉の意味が分からないほどではない。


「え……」


 答えが見つからないままに、春はすぐそこまで近づいてきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dear K 久米坂律 @iscream

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ