魔法少女が珊瑚になるまでの手記(5)
家に辿り着くと、私の来訪に母は酷く狼狽した。
「どうしてここに……」
心配から出た言葉ではないのは明らかだった。
「真菜子から聞きました。未来が、ここを尋ねてきたと」
「ふん、あんな失礼な子供は初めてみましたよ。早々にお引き取り願いました」
「未来はなにを言ったんです?」
「そんなことはどうでもいい。早く病院へ戻りなさい」
母の口は堅かったが、ひとつわかったことがある。母は私に隠し事をしていた。
私はかつての意趣返しのつもりで、母を睨みつけた。
「お母さま、私になにか、隠し事をしていませんか?」
「お黙り! 欠片のひとつも取り返せないバカ娘が!」
母は口角泡を飛ばして怒鳴ると、タクシーを呼んだ。
私は病院に連れ戻される車のなかで考えていた。
母はなにを隠しているのだろう。
私を見るや否や、母は取り乱していた。私に見られては不味いものでもあったのか。
未来は母と口論していたという。母はそのことについて一切触れなかった。
母が隠していること、あるいはものは、未来との口論に関係があるのだろうか。
未来に直接聞けば話は早いのだろうが、彼女は私からの連絡を拒絶している。
私は少し気が引けたが、真菜子の手を借りることにした。未来と度々会う真菜子に探りを入れてもらう算段だった。
「どうだった?」聞くと、真菜子は眉根を落として申し訳なさそうに言った。
「ううん。大したことは言ってなかった。たぶん、姉さんに話がいくのを警戒しているんだと思う。ただ――」
「ただ?」
「未来さんは玉手箱の欠片の所在をずっと探っているみたい。香織さんを殺したアビスから玉手箱の欠片が出なかったことが気になるみたいで」
芳しい情報は得られなかった。それは私たちがずっとしてきたことだ。
「あのね、姉さん」
真菜子が思いつめた顔で呟く。
「浦島家にアビスが入ったことが、あったでしょう?」
「それが、どうかしたの?」
「私、あの日実は神社にいたの。ほら、深波家は神社の管理を任されているでしょ?」
「ええ、そうだったわね」
分家の仕事のひとつに、神社の管理がある。真菜子は休日の朝に境内の掃除を行っていると言っていた。
「それで、私はあの日、昔姉さんに貰ったキーホルダーを落としてしまって、夜に探しにいったの。キーホルダーを見つけてほっとしていたら、突然木が折れるような音がして、怖かったけれどこっそりと本殿のほうへ様子を見にいったわ。そしたらあの人が――お母さまが出てきて、私は急いで帰ったの。そしたら次の日、アビスが入り込んで、欠片が盗まれたって聞いて」
「もうアビスが逃げたあとだったわけではないの?」
「違う……と思う」
これはどういうことになるのだろう。考えているうちに、真菜子は続けた。
「それでね、姉さん。私、欠片を盗んだのは未来さんじゃないかって思うの」
「え?」
考えが一気に吹き飛んでしまうほどの驚きが私を襲った。
「もちろん未来さんは良い人だから、なにかわけがあったはずだけど……」
「ちょっと待ちなさい。どうして未来だと思うのよ」
「だって、アビスは結界を解けないはずでしょう? なら、そもそもアビスが来なかったって考えると、結界の潜り抜けたと考えられる。結界を潜り抜けられるのは、浦島家の人間か、魔法少女だけ」
「そんな……わけは……」
口ではいくらでも否定できたはずなのに、言葉が紡げない。
私の頭はぐるぐると回っていた。
真菜子の説は一考に値する。彼女はこう言いたいのだろう。
アビスは結界を破ることができない。逆に考えれば、こちら側の人間は破ることが可能だ。
例えば魔法少女であれば、それは可能だ。
「いったいなんのために……」
「玉手箱の欠片は凄まじい力を持っているんでしょう? 未来さんはそれを使ってなにかしようとしているんじゃ……」
私は答えが出せなかった。胸がぞわぞわとして気持ち悪い。結局答えは出ないまま、私はひとりにしてほしいと真菜子に言って、ベッドに体をうずめた。
やはり未来ではないはずだ。確かに、あの状況を考えれば未来が犯人だと考えてもおかしくはない。真菜子が未来に疑いを向けるのはしかたない。
ただ、私は未来が犯人とは思えない。当然ながら香織も違う。私たちは一緒にアビスと戦ってきた。珊瑚病にもなってしまった。
未来がなにか事を起こすのなら、とっくにそうしているはずだ。
未来は犯人じゃない。
ただ、真菜子の考えは、私に別の考えをもたらしていた。
山椒魚は、アビスたちが、盗んだ欠片の力を使って進化したものだ。少なくとも私たちはそう考えていた。しかし山椒魚を退治しても、欠片は現れなかった。
つまりやつらは欠片を持っていないということにはならないだろうか。
山椒魚を倒して以降、一見変わったアビスの姿はない。甲殻型数体がせいぜいだ。
これは二つの欠片がこちら側にあるときとなんら変わりはない。
私たちは山椒魚が出現して以降、第三の欠片がアビスたちの元に渡っていると考えていた。
だがもし、それが間違っているとしたら?
初めから第三の欠片なんてものはなくて、第二の欠片までなかったとしたら。
私は頭のなかにある考えを整理していった。
すべてを整理し終えたとき、私はもう一度浦島家に向かっていた。
おそらくこれが最後の変身になるだろう。
そして私の考えが正しければ、もう間に合わないかもしれない。
手記を書こうと思い立ったのはこのときだ。
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