第14話 怪しいファンとコスプレイヤー
「みなさーん、盛り上げていただき、ありがとうございまーす‼ 今から三時間後、本日午後九時からーっ、すぐそこのライブハウス・デルフォイで一時間ほどのライブをやりまーす! 当日券あるので、ぜひ来てくださいねー!」
曲が終わると、華やかで多量の拍手が豪勢に手向けられていた。好意と称賛と信仰のシャワーを浴びながら、
上出来だ。
あまりに出来が良すぎて、俺などにはもったいないくらいに。今もなお、その過分さは加速している。
「あ、そうです! 『はっしゅたぐ?』で広めてもらえると、アテナはとってもとってもうれしいです‼」
あいつは足元の看板を可愛らしくきゅっと抱き寄せて、即座に向けられたスマホの方向へ目線を合わせて表情を作っている。
なんだあれは。現代への順応が速すぎるだろ神様。
こちらとしても働きで負けてはいられない。従者が主に敗北するのは不敬なのか、負けて主神に花を持たせるのが真の敬意ではないか、という点は置いておく。とにかく、俺は非常階段という高所から早足で降りていった。
小気味いい金属音が途切れ、アスファルトとの摩擦に切り替わった頃合いで、
「すみません、少しいいでしょうか?」
俺は声をかけられた。
「はい? どちら様で――っ⁉」
応答しながら振り返ると、眼前には度肝を抜くほどの美丈夫がいた。南欧系の顔立ちだ。砂金のような短髪は路地裏にあっても翳りを見せず、視界に入れたくないほどに輝かしい。
美しく見栄えが良いというだけでなく、独特の圧力を持ち合わせてもいる。突如として肥大した、ゾッとするほどの存在感は高身長であるというだけでは説明がつかない。
そして何よりも――コスプレしているというのが最悪の特徴だった。ボディースーツに近いコスチュームは、いくら電気街といえど昼間に目撃していい衣装ではない。いや夜に見ても怖いかもしれんが。
しかも、その狂ったデザインには見覚えがあった。確か、最近人気のアプリゲームに登場するキャラだったか。
とにかく、ただの外国人レイヤーにしては色々な凄みがありすぎる。
一体なんだ、こいつは。
「すみません、驚かせてしまって……これはですね、夢の街ということで浮かれてしまってですね……あはは」
金色の甲冑と白色ボディースーツが組み合わさった謎のコスチュームを叩きながら、朗らかに笑う青年。乱雑に扱われた先につい目線が行って、また閉口せざるを得ない。あまりに肉体に無駄がないのだ。
芸能事務所やライブハウスで色々下働きをした以上、肉体改造したV系や男性モデルのこともある程度注視してきたのだが――これに比べれば、俺が今まで見てきた身体はまるで子供だ。
あのような常人たちと比べるべくもない。
「ええと、ボクにどこか変なところでも……ありますか?」
「いや、見事なものだなと感心していただけです。じろじろと眺めてすみません」
「いえいえ、コスが見ていただけるのはボクも嬉しいので。これ結構時間かかった力作なんですよ」
こちらが視認できるということは、同様にあちらも見つめ返せるということだ。相対している切れ長で黄金色の瞳も、俺をしかと映し出している。
唐突に探り合いが試みられて、あっけなく途絶した。
嫌な静寂が一秒にも満たない間、無機質な隘路を支配して、こちらが痺れを切らした時には相手も口を開こうとしていたからだ。
妙な譲り合いと読み合いの末、
「で、ご要件は?」
俺の言葉が先に発せられた。返事はすぐに為される。
「見たところ、あなたはアテナさ……ん、の
「そうですが」
「今日開催されるライブのチケットって、もう売ってたりとかします?」
「――は? え? 失礼、取り乱しました。チケットは私が管理しているので、今にでも販売は可能ですが――」
「買わせてください‼ すぐに‼」
「ミニライブですが、よろしいでしょうか?」
「ライブの時間が何秒だろうと買います! 出来ればこの先に行われるライブのチケットも確保しておきたいのですが――」
「申し訳ありません。予定がまだ決まっておりませんので……」
「そうですか。先を急ぎ過ぎましたね、あはは」
快活な笑いを聞きながら、俺はカバンから午前中刷り上がったばかりの、三十枚から成るチケットの束を取り出す。販売作業に用いるコインケースに触れる指が、震えている。
一枚売るだけでも至難であるのが、ライブチケットだ。
知らない
そういった極めて稀な人間を探すために、何度も繰り返して宣伝を行う必要があるのだ。大規模プロダクションに所属していない
今回のアテナのように、即座にチケットを二桁単位で発行して売るなんて異例だ。俺がアテナに惚れ込んでいだから、狂信しているから二桁刷ってしまったのだ。十二分に勝算があると判断した俺でも、こんなにもすぐに一枚目が売れるだなんて楽観視はしていない。
ついさっきゲリラライブが終わったばかりだぞ? 正気か?
もちろん、こんな心中は表情にも声色にも出さない――出していないと思いたい。驚愕が強すぎて、薄っぺらい面の皮を維持できているかすら疑問だ。保ってくれ、とひたすらに祈っている。
なお、俺の神では腹芸のコツは教えてくれそうにない。ご利益増加しろと願っている内に、チケットと料金の受け渡しはすんなりと終わった。
券を受け取るやいなや、男はまるで少年のように破顔している。
「ありがとうございます! いやあ、楽しみだなぁライブ……なにか、ローカルルールとかありますか?」
「いや、うちにはそういったものはないですね。常識を守っていただければそれで――」
急に、俺は嫌な予感を覚えた。数々のイベントで裏方をやっていると、時には『厄介』と呼ばれるような人間を相手にすることがあるのだ。その時に押し寄せて来る、名状しがたい感覚と今のは似ている。
一応、念のため、万が一に備えて、遠回しに釘を刺しておくか。
「ライブには普段通りの服装で来ていただければ、それだけで十分です」
「なら、このままで大丈夫ですね! 安心しました! ボク、何しろ
は?
一文字が浮かんで、喉を通って、寸でのところで抑え込んだ。
貴重な
にしても、コスが普段着?
いや確かにクオリティは非常に高いが。加えて、驚くほどの美青年だが! スマホアプリの中からそのまま出現したようだが――ボディースーツにところどころ甲冑が合わさった、そのコスチュームが普段通りの服装なのか⁉
「いや、ちょっと待っ――」
一秒にも満たない逡巡を通じて、制止の声を出すも反応はなかった。引き留めようとつい前に出た右手が、空気を押すにとどまる。
あの青年の姿も影も、どこにもなかったのだ。
慌てて周囲を見ても、大柄の男性が身を隠せる場所などない。そもそも有力な遮蔽物が見当たらない。
全力で走り去ったにしろ音は消せないはずだが、遠ざかっていく足音すら絶無。
俺は青年が去っていったであろう、薄暗い路地裏の先を見つめる。
アテナがライブをした結果、光に満ちている広場とは対照的に――この裏通りからは一切の光が消えうせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます