第3話 新神アイドルのアンチはシスター
「――は……?」
「あなた、
「あ、ああ、そうだが――何故、俺に声をかけた?」
「私がこの国に来て出会った、最初の
そんなことで?
「そんなことなんかじゃありません。運命というものは意外とバカに出来ませんよ?」
感情が言葉と成って外部に吐き出される前に、内心が見事に読まれている。
最初はその容貌に圧倒されたが、口を開けば怪しさしかない。
よし、逃げよう。
「いや、逃げられませんよ。私の手があなたを掴んでいますから」
大人が全力を出して逃走を図っているのだが、俺の位置には依然として変化が見られない。
周りに目線で助けを求めてみるも、よくできたパントマイムパフォーマンスとでも認識されたのか、拍手が返ってくる。
「おっとっと、衆目を集めてしまいましたか。これではおちおち、大事なデビューのお話も出来ません。『秘密で期待の大型新人、まさかあの清楚な神様が
「お、おい、ちょっと待て!」
「さあ行きましょう、あなたの事務所まで! あっ、道案内はお願いしますね」
必死に抗った俺の努力はどこへやら。ずるずると古典的な漫画のように引きずられて、俺と彼女は円形の人混みを切り裂いた。
スーツ姿のやつれた青年がゴスロリ美童女に連れ去られる光景は、とても面白い娯楽に仕上がっていることだろう。感嘆に観衆から声が生まれ、中には口笛を吹く者まで存在する。楽しむな。こっちは大変なんだぞ。
終いには出発の餞として、俺たち二人に送られる大量の拍手。
最後の最後までパフォーマンスとして成立していた結果、幸か不幸か穏便なまま(成年が未成年を夜に連れ回しているというのに、善意の通報なしで)この場を後にしてしまった。
観客の一部が俺たちの後を追うが、童女の早足に振り払われる。
景色は流れに流れて電車に揺られているときのよう――って、どれだけの速さで移動しているんだ⁉
「おい、おい! 摩擦で俺の足が死ぬ!」
俺の悲鳴を受けて、疾走は人気のない路地裏で中断された。手での拘束は維持したままで、童女はくるりと回ってこちらに向き直る。
「おっと、これは失礼しました。なにぶん普段と状態が違って、力の制御があまり出来ないんですよね」
「普段? 状態……?」
「こちらの話ですから、どうぞお構いなく。まあすぐに話すことになるでしょうけど」
謎めいたことを言いながら、童女は含みのある笑みを浮かべた。
「すぐに、ね……契約とか色々とあるから、そこまで早く事は進まないぞ。まずは親御さんとの相談がな……」
「親⁉ 絶対に嫌です! 父は浮気魔の極み、母は暴力と復讐の権化なので!」
あれだけクールだった表情が突如崩れて、必死にわめく童女。
どんな父親と母親だよ……。
娘がこれなら美形なのは確かだろうが、その恵まれた容姿を帳消しに出来る性格を備えていそうだ。
正直言って、その親御さんと話したくはない。
しかし、これだけの逸材をみすみす逃すのか……?
「親との話なんて要りません! 私はしっかりと判断できますからね。むしろ、親よりも私の倫理観の方がまともですからね!」
「そう言われてもな」
保護者の同意なしで、未成年をアイドルにするなんて大問題だ。普通に俺や社長が捕まる。
どうしたものかとこちらが困り果てたところで、童女は腰に手を当ててから、呆れたようにわざとらしいため息を一つ。
「大体、人の子の規則を私に押し付けないでください。そんなものは無意味です」
「おいおい、それだとキミが人じゃないことになるぞ」
「当たり前でしょう――と言いたいところですが、あなたにはまだ話していませんでしたね。うっかりです」
こほん、と大仰に咳払いで雰囲気を整えて、神々しさと共に彼女は高らかに言い放った。
「女神アテナ――それがこの私を指し示すにあたって、最も相応しい言葉です」
思わず、俺は目を背けてしまった。
『あー、こういうパターンの思春期か。なるほどそういうことね十分に分かった』
なんて風に大人として理解しなければならないのだが、古傷を抉られたのに近い気分であるからか、理性的な対応が難しい。
「ふむ、顔を背けるのも無理はないですね……神の御姿を直視しないことで、敬意を表す信徒も過去には存在しました。ああ、パルテノンが懐かしいです……」
耳を塞ぎたかった。自分の痛々しい思い出を掘り起こされるのは、率直に嫌だ。
しかし俺は言わねばならない。
大人として、似た病に罹患した先輩として、それ以前に人として。
非常識な両親の元で育ったために、少し歪んでしまった子供と向き合わなければ。
「いいか、そうやって天狗になるのは良くない。キミが周囲と比べてとんでもない美形だからといって、驕るのは無駄に敵を作ることになるぞ」
「いえいえ、慢心などではありませんよ。私の容姿なんてどうでもよく、醜かろうと美しかろうと――私は生まれた時から女神アテナですから」
なるほど、中二病でなく厨二病か。それも邪気眼系の重度症状が見て取れるな、覚えがありすぎる。
「そういうのも止めた方がいい。数年後にはきっと、自身の行為を思い出して死にたくなるからだ。心の痛覚に殺されることになるぞ」
「心の痛覚……? はっ⁉ あなたもしかして、私を単なる痛い奴だと思っていますね⁉ 不敬ですよ、世が世で場所がアテナイなら追放です!」
「キャラ設定ちゃんとしてんな……それ意外と疲れるんだよな、一人称とか語尾とか用語とか。日常で絶対に使わないしな。わかるわかる」
「勝手に分からないでください!」
頷く俺に、可愛らしくも怒鳴り声が飛んできた。こういうの、やっている本人は真面目も真面目だしな、過去の俺も多分そう抗議してるよ。
「くっ、ここまで信用しないとは……。姿を見せるだけで神威を発揮できないとは、私も堕ちたものというべきですか。おのれ『すまーとふぉん』、憎みますよ『ソシャゲ』とやら……仕方ありません、証拠を見せてあげます。存分に権能を目に焼き付けて――」
悔しそうに喚く途中で、彼女の纏う雰囲気が様変わりする。
「いえ、証拠は別の形で見せることになりそうですね」
言葉を打ち切って新たに継ぎながら、童女は機敏に振り返った。可愛らしさは雲散霧消して、振る舞いには真剣と物騒な印象がつき纏う。
隣にいて、正常に息ができない。身体は勝手に強張って、言うことをちゃんと聞きやしない。
「お、おいおい……なんだよ、その目は……」
呼吸を止めないようにしながら、俺は必死に言葉を絞り出す。そうしなければいけないほどに、彼女の目つきは剣呑な雰囲気を帯びていた。鋭利な視線の先を追うと――そこにいたのは二人の修道女。
見覚えがある。さっき通り過ぎた教会から出てきたシスター二人だ。
アイドルになるなら有望な、女の子二名。
「シルフィ、見つけたぜ。例のやつだ。人除けは済んだか?」
「ええ。ワタクシの術技に、抜かりはないですもの。ですが対象に触れられていると、さすがに除外できませんね」
シルフィと呼ばれた少女はきつくカールした赤髪を揺らしながら、胸元のロザリオを握りしめた。彼女がこちらに向けてくる眼差しは、およそ尋常の範囲内でない。敵意とか悪意とか嫉妬とか、そういった凡百の類を飛び越えている。
「――ったく、結局ミスってんじゃねぇか。で、オレがやっていいか?」
「フィルアのお好きにどうぞ。しかし我々は簡易神装です。念のため、用心してかかった方がいいかと」
「わーってるって。じゃ、援護よろしく」
フィルアという名前らしい女の子は、両の拳を握って前に突き出す。そのボクシングじみた構えを保ったまま、一歩前に進み出た。すると、金髪のポニーテールが夜の空気をかき乱して踊る。
それだけ。たったひとつの動作で、彼女の異常性が俺にも理解できた。これでも一応ダンスレッスンに付き合ったことはあるから、人の体幹にブレがあるかないかぐらいは若干分かる。
そしてポニテ少女の瞳にある熱意が、俺の悪寒を加速させた。
まずい。これはやばい。芸能界人ってのは直感が働くんだ。クラブハウスとかには悪い奴らもたくさんいるからな!
真正面から顔を背けずポケットの中からスマホを取り出し、早く警察へ――
「そんな暇ありませんよ! 動いてください!」
傍らの童女が忠告すると同時に、赤毛の修道女が動く。シスターが何もない空間に両腕を伸ばせば、そこには不可思議な光が集まり――少女の手には一振りの槍が収まった。
冗談じゃない。俺は悪い夢でも見ているのか? いや、こんなにも魅力あるアイドルの原石を拾ったのだから、悪夢だとしても結果プラス――
「死にますよ!」
視界が動く。ちんまりした手に突き飛ばされてすぐ、右隣りを鉄槍が通り抜けていた。目で追えない速度だ。そして槍の穂先は、ばっちりコンクリートに突き刺さっている。
死ぬ。当たれば死ぬ。
「外しましたか……ワタクシとしたことが」
「よくも私の
童女は訳の分からないことを口走りながら、右手を前に翳す。か細い光が真っ白い掌を中心に収束して変形し、同様に槍を成す。
白銀の刃先で空に軌跡を描き、彼女は名乗りをあげた。
「我が名は女神アテナ! 超人気神格にして未来の
その言葉は多分、意味が違う。
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