151恥目 決められた最期

「もういい、聞くに耐えん」

「おい、まだ終わってないぞ!」


 伝説なんて、地元住人の暇潰しだ。何もする事がないから、適当な作り話を面白おかしく言い伝えて、人を不安させたり、自信を持たせたりして惑わすのだ。

 勝の話す「化女沼伝説」と言うのだってその通りで、要に何の関係があるのかさっぱりわからん。


 こうしている間もアイツは苦しんでいるかもしれないのに、俺は呑気に喫茶店に子供とお喋りってか。こんな時間があったら、少しでも早く就職するために努力したいんだ。

 宇賀神を残して帰ろう。テーブルに金を置いて立ち去ろうとすると、背広の袖を引かれる。勝だ。あれだけバカにしても引き下がらないないのが煩わしい。

 一つ認めてやるとしたら、聞け聞けとうるさいのが要と同じってことくらいだ。内容はどうであれ、強引で諦めが悪いところは同じだね。


 子供のワガママに答える気も失せ、無言で立ち去ろうとすると、これまたいいタイミングで関連のありそうな男が顔見せる。なんでこのタイミングで東京駅になんかいるんだよ。


「……尽斗かよ」

「太宰さん……ふえん、太宰さん!」

「ダッー!」


 顔を見るなりベソを掻いてギャンギャン泣き始める。周りの人間もなんだなんだとこちらを見るんだから、尽斗の話は聞いてやらないといけなくなった。

 次から次へと忙しい。


 尽斗と再会の挨拶を済ませながら。席について鼻水を啜る。3人で何を話していたか説明すると、尽斗は上の空で聞いている様子がない。これはまず、自分の話を聞いてくれって顔だ。空気を読んだ宇賀神が訪ねると、瞼を晴らし、虚な目をしながら口だけ動かすのだ。


「アイツが要を突き放したんだ……」

「アイツって、檀か?」

「そうですぅ。要が過去を話そうとしないから、話す気になるまで会わないって……ひどくないですかぁ!? 別にそこまで言わなくていいと思いません!?」


 尽斗さんはいつも通り、びゃあと勢いのある噴水みたいな涙を流してテーブルへ突っ伏した。

 感情の起伏が激し過ぎます。


「つっても、檀はお前の別人格だろ? 少なからずお前も考えていたんじゃないか? 最後の切り札で言ってやろうとかさ」

「かっ……か、考えてないです!」


 吃ってすかさず目を逸らすんだから考えていたんだ。自分の言う事を聞かせる為なら、最悪相手が嫌がる事をやってやろうかと考えるのもまた人間らしい。

 尽斗さんのは親が子供を叱る時に言う、次悪さしたら山に捨ててくるよ、みたいな感じかな。

 会わないで困るのは尽斗さんだから、要さんの生活には支障なさそうだけですけどね。


「要に合わせる顔がないよぅ……父親から絶縁切り出すとか最悪だよぅ……」

「なら謝って来いよ。あまくせのこった、すぐ許すだろ」

「謝るのも怖いですぅ」


 修治さんのイライラは募るばかり。

 真向いに座る尽斗さんに真っ当な怒りの感情を持つ事は不思議な事ではない。寧ろ当たり前というか、修治さん、貴方やっとまともになってきたんですね。反抗期の息子が成長していく姿を見ているようで嬉しいです。


 そしてメソメソと泣く尽斗さんの横で、再びソワソワしているのが勝くん。

 まあ聞きたい事は何か検討がつくんですけど。


「あの、檀さんは要のお父さんなんでしょうか」

「うん……そう……こんな僕でもお父さん……だ……よ」

「えっと、え……いくつですか?」

「29歳。要の片親さ。母親は訳あっていない。あとソイツ、死んでる」


 落ち込んでレスポンスが遅い尽斗さんに代わり、修治さんが返事をした。

「修治さんそれ言っちゃメッ!」と言ったものの、勝くんは鼻で笑い、いいですよと手を横に振る。


「死んでいたら動けるわけないじゃないですか。バカみたいな話をしないでください」


 そうそう、よかった。これが普通の反応ですね。僕ら平成人が変に敏感なだけなんだ、普通を装わなくちゃ、逆に怪しい。


「お前が話してる化女沼伝説ってのもおんなじくらいバカバカしいよ。宇賀神、尽斗を頼んだぞ。俺は忙しいんだ」

「はい。今日は白金代に帰るんですか?」

「さぁな、時間によっちゃあお前んちに行くさ」


 静かな場所で志望動機を考えたい。そう言って再び店を後にしようとすると、逃すまいと尽斗さんは顔を上げた。


「化女沼伝説? あー、昔誰かに聞いた事あるや」

「本当ですか!?」


 勝くんが目を輝かせる中、尽斗さんは怠そうに、修治さんは足だけ止めて聞き入った。


「お姫様の呪いで幸せになれない呪いをかけられた蛇の話でしょ? よく覚えてないけど、呪われた蛇の家系は産まれてくる子は男女交互で、呪いに選ばれると生きてる途中で体に花みたいなアザが出来るんだって。あとは……迷信みたいであんまり聞いてなかったや。そういや、その人にもアザがあったなぁ」

「……母親か?」

「いやいや、母親じゃないですけどねぇ。だから信じてないんですってば。呪いに選ばれるの幸せになれないって言うんですよ。愛に恵まれずとも、哀に巡まれるってねぇ」


 尽斗さんの語る伝説に、修治さんは息を飲んでいるように見えた。きっと反応したのはアザだ。

 要さんには無数のアザがある。平成、昭和、いつ何処で出来たものかもわからないアザ。

 修治さんはそれを気にしていて、どうにか治る薬はないかね。と薬局を目の前にするといつも呟く。就職したらそれを買ってやろうなんて言うと、また早歩きになって新聞社を訪ね歩く。


 自分が作らせたアザかもしれない。せめて、顔にあるアザさえ治せたら。その目標を掲げた矢先に、信じられないのに信じてしまうような話をされたら、偶然を恨むと言うもの。


 修治さんの気持ちも知らず、尽斗さんは何故かお尻を摩りながら話続けた。


「実は僕にもあるんですよぉ、お尻にね。生まれてからずっとあるらしいんですけどね。生まれた時からのアザなんてよくある話でしょ? ちなみに要にもあるんです。胸にね。でもたまたまだよねぇ。根拠がない都市伝説には興味ないかなぁ」

「……あの、失礼ですけど、人生はうまくいってますか?」


 何かに繋がるかもしれないと、期待と不安の混じる顔で勝くんは声を震わせる。

 その問いに、尽斗さんは眉を動かした。


「落ち込んでる僕にそんな事聞くのぉ? 結構容赦ないんだねぇ……うーん」


 尽斗さんの人生は決して上手く行っていたと言えないと思います。上手くいっていたのなら、自殺はしないだろうし、精神を病む事も無い。それが答えだ。

 

「嫌な事はあったけど、要のお父さんになれたから幸せだったなぁって今なら思うよ。先日あんな事言ったのは後悔でしかないけどねぇ……」


 なんとかして要と元に戻らなきゃねぇ、とはにかんで笑うと、頭を冷やすと言ってアイスコーヒーを頼んだ。

 意外な答えに僕は驚いたけれど、尽斗さんだからそうかと納得も出来た。


 するとぐずぐずと鼻をぐずらせる音がする。

 尽斗さんが横を見れば、鼻水をだらりと大きな溜まりのように垂らし、ビー玉みたいな涙の玉をボロボロ頬に転がす。

 「だ、大丈夫?」と、肩に手を添えて、そっと尽斗さんが声をかける。


「尽斗さんと、おんなじ、母ちゃんも、死ぬまえに、アザが咲いて、それで、同じ事を言って、自分で、死んだんだ」

「それはー……自殺って事?」

「呪いに選ばれると、最後は必ず自殺を選ぶんだって。母ちゃんは、こんな呪いは断つべきだって。だから、母ちゃんより後に生まれた女が、子供を産めない体になれば、この呪いは絶てるんだって、言ってた」

「……ちょっと待って? 君のお母さんは、呪いに選ばれた女の子が子供を産めなくなるように願ったの?」

「そうさ、金蛇水神社ってとこには蛇の姿をした神様がいるから、蛇の呪いに相手に人がどれだけ真剣か見せるために、母ちゃんは自分で死んだんだ。だから――」


 勝くんは「きっと尽斗さんも呪いが憑いてるよ」と言いたかったのだと思う。

 けれどそれを遮り、修治さんが膝を落として砂山が崩れるように座り込んだ。

 

 ヤイヤイと周囲の客が彼を見て、あからさまな距離を置いて軽蔑の眼差しを向ける。

 気にせず、彼は見慣れたメソメソとした泣き声を鳴らし、床を叩いてみせた。


「伝説なんて、そんなもの、恥ずかしい御伽噺じゃないか」


 伝説だってなんだって、あまりに要さんに当てはまり過ぎているから。


 要さんには数えきれない程のアザがある。 

 要さんには耐えきれない程の哀しみがある。

 要さんには女性にあるはずの臓器が無い。


「どいつもこいつも、薄情だ」


 僕は修治さんに何と声を掛けたら良いかわからなかった。これではまるで、就職しても要さんを幸せにする事なんて出来ないと言われているようなものだもの。


 勝さんのお母さんの願い――いや、呪いが叶ったのなら、それは彼女に降り注いだ事になる。


 伝説も御伽噺も信じるなら、要さんは救えない。きっと彼女は生出家の呪いに選ばれている。

 それも最後の犠牲者として。


 

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